- 幻冬舎 (2018年3月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (440ページ) / ISBN・EAN: 9784344032705
感想・レビュー・書評
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俺の高1の幼稚だった記憶と隔絶大差。英語で海外文通志すこと、まして単身現地で、中学出たて英語で丁々発止と社会主義圏のサービス精神皆無の担当者とやりとり「なんとかなった」経緯を脚色もあろうが再現。「ハンガリー青年はソ連を恐れているからこそロシア語を学ぶ」「ルーマニアの列車乗車は指定席券が要るが乗ってみると8人室に15人居て乗務員が9人退席させた」/ペンフレンドは父は医師だが「所得が最も高いのはおそらく炭鉱夫だろう」。残業がなくパチンコ居酒屋など娯楽がないからか夜学で日本語を習得した書店員も。社会主義国の余裕
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私も埼玉の県立高校に通っていたので、浦和高校の学力水準は良く知っているが、合格して集まってきた高校生がどの様な雰囲気を作り出すかは別。そんなリアルな浦和高校のイメージを想像したことはなかった。
でも、この本を通して、いや佐藤優氏の描くた浦和高校を私のイメージに被せることで、あながち遠くないであろうその当時の浦和高校が浮かび上がらせることができた様に思う。
ひとことでいうと、私が高校生の時代に見ていた世界とは違う世界を見ている高校生が多いということだ。この本の著者佐藤優氏もまたそのひとりだ。
それは、部活が終わって家に帰ると、必ずテレビのスイッチを入れて、翌日にはその内容で盛り上がる中学生時代を過ごし、高校に集った仲間たちが作る世界。
そんな世界を基準に世の中を見てきた同じ年齢の私が、15才の佐藤優君が育った環境世界を通して、彼のこの東欧のひとり旅を読むことはなんと、スリリングなことか。
時折でてくる、東欧の国々の歴史の知識や、英語のコミュ二ケーション力、飛行機や時計、車(特に東欧の)に対する知識の量は、私のやっかみから、大人なってからの後づけの知識だと割り引いて読ませていただいたが、それにしても、15才の夏といえば、ちょっと前までチュウボー(中学生)ですよ。言葉も、文化も、そして身の安全も保障されないような、東欧にひとりで旅行に行こうなんて…。
両親の彼への厚い信頼からのプレゼントととは言え、自ら作り上げるペンフレンドと逢うための東欧のひとり旅行の計画、これを周囲の人たちの助力を惹きつけないわけがない。
実際の佐藤優氏の人生もこの“15の夏”以上にスリリングだ。そんな佐藤優氏はこんな15才を経験したから出来上がったとも言えるし、この15才の経験が佐藤優氏の人生を裏付けているとも言える。
上に、違う世界を生きていた佐藤優君と書いていたが、読んでいる私のなかに残っている15才のピュアな志しにも彼と同じく『この世の中を生きていく力を試してみたい』、『既成のものでは意味がない』といったことへの渇望かあった。その余韻は確実にあった。そのことを思い出させられながら一気に読み終えた一冊。 -
読書による人格形成、その影響は旅に出た時ほど大きくは無い。しかし、少なからず自らの血肉にはなっている。佐藤優の本を好んで読んだ。だからこそ、そのルーツを知りたいという気持ちがあった。楽しみにしていた読書。外れなしの紀行文。
旅と言えば、出会い、食、見聞、トラブル。全てが盛り沢山の本著だが、なぜだろう、食に目がいく。そしてあまりにも美味しそうに、リアルに表現されるから、自らも旅行し食している気分になる。トラブルに関しては、高校一年生の一人旅の割に少ない。周到で堅実、解決力が高いからだからだろう。出会いは多い。こんなに上手く交流できただろうか、脚色もあるだろう。あまり観光地は巡らない。目で見るより、話し、味わう。この辺の比率は佐藤優独自のものだが、若者の旅、青春を共に。 -
佐藤優さん高校一年の夏休み東欧ソ連一人旅の記録。
さすが未来の大物はちがう。
400ページ以上もありさらに下巻があるから早く読まなくちゃいけないのに、自分のいろいろなことを思い出して、何度も立ち止まってしまいました、とても面白い内容なんだけど。
佐藤少年が海外一人旅をしたという高校一年の夏、私は毎日家と高校の往復でした。
水泳部だったからです。
自分で進んで入ったのに、嫌でたまらなかった記憶がずっとのこっていました。
でも、佐藤さんが旅先でいろいろな人と関わった記録を読んでいて、「そういえば夏休み中は大学生のOBの人たちが毎日かわるがわる来てくれて、嬉しかった」ということを急に思い出しました。
嬉しかった理由が二つあります。
まず、私は二年生の先輩のこと、怒られてばかりだったので嫌いだったけど、OBの人たちはみんな優しかったのです。
「この子には皆と同じ練習は無理だから」と、他の部員と別にしてマンツーマンで教えてもらったことがたびたびありました。
そして、私たちに威張っていた二年生先輩がOBには頭が上がらない。
時々わがままなOBが理不尽な理由で二年生先輩にパワハラするのを見て気分良かったです(笑)。
そんなことを思い出し、「私の高1の夏休みもなかなか良かったじゃないの」と。
だからこの本を読んで良かったです。
佐藤さんみたいにきちっと書き残していれば、そして文才があれば、小説が書けたのに。
しかし、本当によく記録していますよね。
40年以上も経って本にするとは思っていなかったのだろうけど。
この上巻はハンガリーが中心になります。
今度は自分のハンガリー旅行を思い出しました。
日本語が上手なガイドさんがとても面白く、私がひとりで電車に乗りたいと言ったら切符を買ってきてくれてお金をとらなかったこと、ソ連のこと嫌いと言っていたことを思い出しました。
また、電車の中で路線図と自分のガイドを見比べて困っていたときに、ご婦人が「どうかしましたか」と声をかけてくれた。
そんな経験はハンガリーだけでした。
日本にいる私から見ると東欧の国々は同じような感じだけど、現地に行くとずいぶん違うんだなあと思いました。
下巻はソ連が中心になります。
上巻に出てきた人たちのその後も気になります。 -
著者は1960年生まれで1975年は高校一年生。
進学校の浦和高校入学したてで夏休みにソ連、東欧の一人旅に出かける。
自分は著者より2学年上だが、とてもとても足元にも及ばない。
佐藤優氏の著作は何冊か読んだが、こういう育ちをしたのか、と感じ入ってしまった。 -
私が今まで持っていた佐藤優氏のイメージは『昔逮捕されたことのある官僚=悪人』でした。
ある時、新聞に載っていた佐藤優氏のコラムが読みやすくて、『15の夏』分厚いけどちょっと読んでみようかなと軽い気持ちで図書館で借りました。
読んだらもう、引き込まれてしまいました。
佐藤氏の両親思いで優しさが見てとれる人間性や食べ物の描写が多くて、しかもとても美味しそうに描かれていて食べることが好きな人なんだなと今まで持っていた悪人のイメージは全くなくなりました。
東欧の街並みの描きかたも綺麗でいつか行ってみたいなと思いました。 -
なんと高校1年の夏休みの40日間の東欧・ソ連一人旅。これが少年佐藤優の初の海外旅行。みずみずしい感性あふれる青春の記録だ!このような経験を15歳の少年がしたということに驚くとともに、両親の素晴らしい決断を痛感する。ハンガリーのフィフィというペンフレンドを訪問することから、スイス、西ドイツ、チェコ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアを経てソ連・キエフまで。少年は実に観察力、初対面の人とのコミュニケーション力を備えていることに驚嘆した。またこのような詳細な記憶?記録?がこの人の非凡な能力を感じさせる。1日3度の食事に至るまで実に細かく覚えている!ハンガリーの人たちの自由で楽しそうな世界に比べ、ルーマニアの暗さ。危機的状況に少年佐藤でさえも嗚咽する場面は、あまりにも酷い国だと感じさせられた。自らの目で共産主義の東欧諸国を見ていたことにこの人の後の日の強さを感じる。
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高校1年であれだけ色々興味を持ち、また日本についても語れるというのがすごい。
旅に出るまでの準備過程から面白かった。 -
10代特有の瑞々しい感性が描かれている、素晴らしい良書である。
西ドイツでスーツケースに書かれた名前を他の乗客が笑った事からなんとなく全ての人が嘲笑っているように感じて食事も喉に通らなくなる。若い頃に海外に出た人間ならばそんな経験があるのではないか。
筆者の著作は何冊か拝読していたが、ここまで「小説」を描ける人とは認識していなかった。読者にイメージさせる為に風景描写からインクの匂いまで使って、東欧を表現している。これは十五の夏に描いた作品と勘違いしてしまうぐらい素晴らしい感性だ。 -
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下編にて
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とても楽しい本だ。70年代の香りと青春の息吹が本書全編に漂う。
1975年のヨーロッパ・ロシアに迷い込んだような思いを持った。「私もこのような体験をしたかった」と心から思わせてくれる本だ。
しかし本書の出版は2018年。著者はよく詳細に覚えていたものだと驚く。いやいや佐藤優氏は優れた小説家なのだろう。
小生より7歳年下の佐藤優少年の青春の旅はまだ途中である。共に旅する感覚で読む下巻もまた楽しみである。 -
この本を読めば、観光旅行だけの旅はもったいないと思うようになるかもしれませんね。
旅先で出会う人との交流が旅の醍醐味の一つだと実感できます。
「旅の過程にこそ価値がある」スティーブ・ジョブズ
「旅は真の知識の大きな泉である」ディズレーリ
「他国を見ればみるほど、私はいよいよ私の祖国を愛する」スタール夫人
「旅をすることは、他国に対する間違った認識に気づくことである」クリフトン・ファディマン
先人の残した旅に関する名言ですが、本書でもこうしたエッセンスがちりばめられています。
とはいえ、大昔の旅行談ですので、かなりの脚色が入っているのは間違いありませんが、博覧強記であるのは確かでしょうし、15歳で社会主義国をみてやろうという好奇心と実行力はやはり圧巻です。
旅行代理店の船津さん、ハンガリーで夜学に通って日本語を習得した本屋の青年、文通だけでこれだけ深い友情を育んでいたフィフィとその家族たちなどの出会い、さらに飛行機やレストランで一緒になった人たちは、例外なく一人旅の日本人の若者に好奇心を抱き話しかけてくる・・そうした一期一会のはずの人間関係がどんどん広がっていくが、確かに、そこでの会話が彼の精神の核を形作っていく。
例えば、混雑したレストランで同席したハンガリー人から夕食をおごられたことを知り、支払おうとすると、レストランのフロアーマネージャーが「いつか僕たちが日本に行ったら、その時は君が日本料理をおごってくれ」などというやり取りからも何か得たものはあるはずです。
また、社会主義国の人間が資本主義国の人間と仲良くしているのは当局ににらまれたりトラブルに巻き込まれたりするのに、これほどよくしてくれるのはなぜだと文通相手のフィフィに聞くと「何が許されるのかどうかは両親はよくわかっている。両親はマサルを通じて僕に世界は広いということを伝えようとしている」という答えも、自分の息子の見聞を広めたいと願う親はどこの世界も一緒だということなのでしょう。
筆者の父親は息子を君付けで呼び、あたかも欧米のように、自分の子供ながらも一人の対等な人間として接しているのがよくわかりますが、要所要所ではきちんと物事の道理や善悪について的確なアドバイスをおくっています。
こう考えるとやはり、15歳の社会主義国一人旅を許した(というよりも推奨)親もすごい人ですよね。 -
[図書館]
読始:2018/9/15
読了:2018/9/20
読むと、自分の子どもにも「10代で海外を経験してほしいなぁ」と思えてくる。そこから逆算して、小学生のうちに飛行機旅行や、想定外のことが起きた時の対処法を身につけてほしいとか、テストの点より英会話ができることを優先していけるように気をつけたいとか、色々考えてしまう。
周りの大人のフォローが素晴らしい。こんな先生や大人が、自分の中学・高校時代にいてくれたらよかったのにと思う。
中学時代、情報系の職業に就きたいから商業高校の情報処理科に進みたいと言ったら教師や両親から罵倒に近いことを言われた。なぜなのか少しも理由は説明してもらえなかった。「いい高校」「いい大学」を自ら蹴るなんて馬鹿だ、お前は何も分かっていない、というようなことしか言われなかった。
高校で勉強できること、大学で勉強できること、をきちんと自分の言葉で説明してくれる大人はいなかった。たとえばこの本で旅行中にポーランドで出会った日本人女性のように。
「英語が苦手」と言いつつ行く先々でスイス人、ポーランド人、ハンガリー人、イギリス人などとコミュニケーションをとりまくってるのがすごい。
「社会主義国は労働者のやる気がそがれてサービスの質が悪く物資も不足し、経済が停滞している」というイメージを覆される描写が多かった。
入国前の手続きが非常に面倒だったり、電車も数時間待ちだったり、ホテルの予約をとるのにも国営旅行社に行って数時間待ちだったり、ということも確かにあるのだが、国によっては個々人の生活水準は日本よりも高かったりする(ハンガリーなど)というのが意外だった。
「東欧」でひとくくりにされている国々も、実際にその中に入り込んで見ると様々な違いがあるということも、当然だけれども今まで考えたことがなかった気づきだった。
p. 267 「(ハイパーインフレの時)紙袋に山のように紙幣を入れて買い物していた。また、タバコがお金の役割を果たした。」
p. 419「インツーリストやレストランなど、1日の拘束時間が12時間を超える職場は、すべて1日おきに仕事をしています。ですから、明日のレストランの予約を今日取ることはできません。ただし、明後日、4日後の予約ならば今日取れます」
校正が適当だ。
「天動説を唱えたコペルニクスの像だ」(p. 135)いやコペルニクスは地動説だろう。
フィフィが1960年生まれの作者の2つ年上(p. 213)ならば1958年生まれになるはずだが、フィフィのお母さんが1956年のハンガリー動乱のときに「生後間もないフィフィを抱いて祈っていた」(p. 262)と言っており矛盾している。
東ローロッパ(p. 298)ちょっとシュールな響きだ。 -
上巻が面白い。
旅の準備から東欧での出来事は
一人旅の醍醐味が詰まっている。
やがてソ連に入ってしまってからは、
出来上がった 外国人観光客おもてなしシステムに乗っているだけで、臨場感がない。
その分、政治的思想的背景のやりとりを増やしたのは賛否があるところでしょう。 -
面白い‼️
下も立ち読みか? -
この本は上巻と下巻に分かれています。上巻は初めての東欧の単独旅行の苦労話や日本のメディア目線での報道と実際に現地を旅行して感じた違いなどが書かれていて面白く読み始めた。しかし、上巻の後半から下巻にかけて著者の佐藤優氏の主題がはっきりした。私を含めた日本人が、ロシア人および東欧諸国の一般市民について何ら理解していなく、報道機関からの一方的な政治的側面のみの評価で、決めつけていることに気づかされた。お互いがもっと相手のことを、政治視点を抜きに知るべきだと気づかされる。それは私自身の経験と重なる。初めてミシガン州デトロイトを一人旅して、アメリカ人の多様性を認識できた。この大陸は単に様々な人種のあつまりと言う画一的認識では捉えることができないくらい複雑で奥が深い。そこに生きる人々は新聞報道されている繁栄したアメリカとは大きく異なるニンゲンその物を感じた。実際のアメリカの普通市民とのギャップは大きく溝は深く、平和ボケした日本人には到底理解できない。
佐藤優氏は15歳にしてこれらのギャップを感じることができた特別な感性を持っていた。
北方領土問題を歴史的法律論だけで解釈することの危険性や正義と言う感情論での判断の空虚さを今一度見つめ直す時代と思う。
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作者と同じ目線で旅をしている感覚で、観光地ではなく人や現地の生活を体験したいと積極的に会話する。
行く前にきちんと調べて、漏れがないかも旅行会社にチェックしてもらい万全に出発するがやはりトラブルはあるが、持ち前の積極さで乗り切る。国民性の違いも佐藤氏の目線で書いてある。出会う大人全てがこの旅で視野が広がって考え方が変わるが勉強はしっかりしなさい。エスカレーター式の高校じゃなくてよかったよと言っていたのが印象に残る。 -
15歳の著者のコミュニケーション能力の高さに感服。
著者プロフィール
佐藤優の作品
