読書という荒野 (NewsPicks Book)

著者 :
  • 幻冬舎
3.58
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  • (27)
  • (10)
本棚登録 : 1262
レビュー : 165
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344033054

作品紹介・あらすじ

【出版界の革命児による圧倒的読書論がここに誕生! 】
実践しなければ読書じゃない。
暗闇の中のジャンプ!天使から人間へ。認識者から実践者へ。

適切な言葉を選べなければ、深い思考は出来ない。表現することはおろか、悩むことすら出来ない。人は言葉を獲得することによって人生を生き始める。だから読書することは重要なのだ。本は最も身近で最も安価な人生を切り拓く決定的な武器だ。

【目次】
はじめに 読書とは「何が書かれているか」ではなく「自分がどう感じるか」だ
第1章 血肉化した言葉を獲得せよ
第2章 現実を戦う「武器」を手に入れろ
第3章 極端になれ! ミドルは何も生み出さない
第4章 編集者という病い
第5章 旅に出て外部に晒され、恋に堕ちて他者を知る
第6章 血で血を洗う読書という荒野を突き進め
おわりに 絶望から苛酷へ。認識者から実践者へ

感想・レビュー・書評

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  • 幻冬舎の社長・見城徹氏の自叙伝的、読書論的なビジネス書のようなもの。
    大体において、「お前ら!俺の言うことを聞け!」的な文体なのだが、ここまで断定的に言われると逆にすがすがしい。
    右翼的にも左翼的にも偏った意見が文中にちらほら出てくるが、そこは薄目で読んでもらえば良いのだろう。

    内容的には、見城氏の幼少時代から現在までが書かれており、自分の人生において影響を受けた数々の本紹介や一緒に仕事をしたり、付き合いのあった作家達との交流が描かれている。

    なかでも若手の編集者だった頃の昭和のビジネスマンらしい著者のエピソードが非常に興味深い。
    当時売れっ子作家だった五木寛之氏にどうしても自分の出版社の雑誌に連載をしてもらいたくて、五木氏の新刊が出たときには詳細な読書感想文を販売開始時から5日以内(五木氏の五にかけている)に何通も手紙を出していたことや、当時、既に国会議員であった石原慎太郎氏と一緒に仕事をしたくて、石原慎太郎の小説を丸暗記して、石原慎太郎の前で暗唱してみせたことなどだ。まさに、「仕事の鬼」だ。

    「ワークライフバランス」と言われている今の時代になって、こういう働き方をもし上司から命令されたら即パワハラになるだろうが、「自分から好きな仕事に命を懸けて、他の人に絶対に負けない、交渉相手がびっくりするくらいの努力を自分でする」という働き方をする人間は、自分としては嫌いじゃない。

    ただ、最後に筆者が今の読者に一番おすすめしたいという小説が、
    『蜜蜂と遠雷』
    だと書いていて、ちょっと、『普通』過ぎて肩すかしを食った。
    もちろん、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』は大傑作だし、自分の読書人生の中でも最高傑作の一つであるのだが、見城氏が薦めるという本はもっと難解で、込み入っていて、ちょっと陰のある小説であるべきだ、と著者の主張を読んでいて思ったからだ。

    しかし、ふと考えると自分のような庶民が面白いと思う小説を、大衆小説を出版する出版社の社長が面白いと思わなければ、売れる本を出せる訳がないなと妙に納得した。

    だが後で、気がついたのだが、『蜜蜂と遠雷』は幻冬舎からの出版だった。やはり、著者は昭和のビジネスマンの鑑だ(笑)。

  • 学生時代に恩師から教わったことがある。

    「一流の人にどんどん会っていきなさい。一流の芸術にどんどん触れていきなさい」


    著者は幻冬舎の社長として、数多のミリオンセラーを世に送り出してきた。

    その背景にあるものこそ、読書。しかもそれは徹底している。

    一流の人に会うために、凡人は徹底した準備、圧倒的な努力が必要だ。

    涙をこらえ、歯を食いしばり、血の小便が出るまで、働き抜く。

    徹底して、自己検証し、自己否定する。その先にしか自己肯定はないのだ、と。

    五木寛之と仕事をするために、彼の本を発売から5日間以内に読破し、感想を手紙にして、本人に送り続けた。

    石原慎太郎と仕事をするために、「太陽の季節」と「処刑の部屋」を一言一句暗誦できるようにしてから出会った。

    林真理子と仕事をするために、毎日のように飲み歩き、電話をし、悩みを聞きぬいた。

    本の山に囲まれて鋭い眼光で睨み付ける、ド迫力の表紙。

    読後には、それが戦い抜いた、そしてこれからも戦い抜いていく男の決意の顔だと分かる。

    ともかく元気が出てくる。働きたくなる。そして、本が読みたくなる痛快なる書。


    読書こそ人生という荒野を切り開く武器だ。

  • 【感想】
    「読書」というよりも「言葉」の大切さ。
    こんなにもストイックにやらなければいけないのかと思いつつ、見城徹の類を見ないストイックな姿勢に心が揺さぶられた。
    常に渇き、絶望し、逆境に身を置き、1日1日をフルスロットルで生きるこの男は、実際一緒に仕事をするとどうなんだろう?
    外から見る分にはスゴイ人だなと思えるが、一緒の環境ではできれば働きたくないな。。。

    読書1つ取っても、この御方にとっては1つの「闘争」なんだろう。
    温度感はともかく、自身の貴重な時間を割いているのだから、何かメリットにしなくてはいけないなぁ。

    読書とは「投資」。読書とは「闘争」。そんな読書のステージは、彼にとって「荒野」だったのだろう。
    自分自身、為になる読書を今後ともやらなくてはいけない。


    【内容まとめ】
    1.実践しなければ、読書は読書じゃない本とは、単なる情報の羅列ではない。
    →自分の弱さを思い知らされ、同時に自分を鼓舞する、現実を戦うための武器なのだ。
    2.「自己検証、自己嫌悪、自己否定」この3つがなければ、人間は進歩しない。いつも寝る前には、その日1日を振り返り、悶え苦しむ。
    3.売れるコンテンツの条件は、「オリジナリティーがあること、極端であること、明解であること、そして癒着があること」
    4.努力は、圧倒的になって初めて意味がある。
    →どこから始めていいのかわからない、手がつけられないくらい膨大な仕事を一つ一つ片付けて全部やりきること。
    5.絶望しきって死ぬために、お前は今日一日を最大限生きたのか?
    →本から何を読み取り、どう動くか?どう自分の生き方に作用させるか?読書は単なる情報収集の手段ではないのだ。


    【引用】
    言葉が武器なのだ。
    読書とは、「何が書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」だ。


    p5
    ・自己検証、自己嫌悪、自己否定
    この3つがなければ、人間は進歩しない。
    1.自己検証
    →自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。

    2.自己嫌悪
    →自意識過剰さや自己顕示欲を恥じ、自分のズルさや狭量さ、怠惰さに苛立つこと。

    3.自己否定
    →自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れること?

    いつも寝る前には、その日1日を振り返り、悶え苦しむ。


    p49
    どんなに美しい理想を掲げても、実際に成し遂げるためには数多の苦しみ、困難がある。
    何かを得るためには、必ず何かを失う。
    代償を払わずして何かを得る事は不可能だ。
    この考え方は、現在に至るまで僕の根本に位置している。

    そしてこれに気づくまでに、僕は猛烈な量の読書をした。
    人間は一つの人生しか生きられないが、読書をすれば無数の人生を体感できる。

    人間は多様で様々な価値観を持つ。
    そうした他者への想像力を持たない者に、成長も達成もない。


    p78
    身体をビルドアップすることは、自分が苦しんだ分だけ必ず成果が出る。
    仕事に比べて、何とわかりやすいことか。
    トレーニングを終え、「これでまた、自分は戦える」と思った時の充実感は何物にも代え難い。


    p85
    売れるコンテンツの条件は、「オリジナリティーがあること、極端であること、明解であること、そして癒着があること」

    僕は人と会う時は、常に刺激的で新しい発見のある話、相手が思わず引き込まれるような話をしなければいけないと思っている。
    たとえ30分でも僕と会った人には、「見城さんって何度も会いたくなる面白い人だね」と言われなければ絶対に嫌なのだ。


    p90
    よく僕は「圧倒的努力をしろ」と言う。
    圧倒的努力とは、人が寝ている時に眠らないこと。
    人が休んでいる時に休まないこと。
    どこから始めていいのかわからない、手がつけられないくらい膨大な仕事を一つ一つ片付けて全部やりきること。
    努力は、圧倒的になって初めて意味がある。


    p90
    ・実践しなければ、読書は読書じゃない
    本とは、単なる情報の羅列ではない。
    自分の弱さを思い知らされ、同時に自分を鼓舞する、現実を戦うための武器なのだ。


    p102
    常々言っているのだが、感想こそ人間関係の最初の一歩である。
    結局、相手と関係を切り結ぼうと思ったら、その人のやっている仕事に対して、感想を言わなければダメなのだ。
    しかも、「よかった」「面白かった」程度では感想とは言えない。
    その感想が、仕事をしている本人も気づいていないことを気づかせたり、次の仕事の示唆となるような刺激を与えたりしなければいけない。


    p112
    「男の言い訳」
    →タイムアップぎりぎりに逆転のトライを挙げたラガーの話。
    一生をかけた遺言で、「あれはトライだった」と言った。

    仕事を進める上で譲れない美意識を持っているということは大切だ。
    見栄や利害損得で行動する人は、大きなことを達成することはできない。
    その瞬間、自分が損をすることになっても、やせ我慢して貫くびがくをもっていれば、それが魅力として外に溢れ出し、人が付いてくる。

    男として、時に本心をグッと飲み込み、結果で自分の存在意義を証明する生き方。


    p130
    ・3人の大物と、きらめく新人3人をつかむ
    →そうすれば、中間にいる人達は向こうから声をかけてくれ、自分から開拓をしなくても来た中から才能を見つけていけばいい。
    一度こうした好循環に入ると、編集者としては無敵である。


    p198
    頭ではわかっていても、やはり死ぬのは怖い。
    だから、せめて救われるために、死の瞬間に「自分の人生は満更ではなかった」と思って目を閉じたい。
    後悔を少しでも減らすために、早朝に起き、身体を鍛え上げ、休息なく働き続けているのだ。


    p200
    ・絶望しきって死ぬために、お前は今日一日を最大限生きたのか?
    本から何を読み取り、どう動くか?
    どう自分の生き方に作用させるか?
    読書は単なる情報収集の手段ではないのだ。


    p217
    ・夢や希望など、豚に喰われろ。
    夢や希望を語るのは簡単だ。語り始めたら、自分が薄っぺらになる。
    野心も同じだ。自己満足でしかない。
    そんなものは捨てたらいい。
    そんなものと無関係に生きようとしたとき、人は匍匐前進の一歩を踏み出している。
    日々を自己検証しながら圧倒的努力で生きる。
    夢など、実現した後に静かに噛みしめるように「これが自分の夢だったんだ」と語ればいい。


    p218
    言葉は重いものである。
    夢や希望や成功という言葉を使えるだけ、自分は考え抜いているのか?
    そのことを問い直し、もし考え抜いていないと思ったら、思考する言葉を手に入れて欲しい。


    p236
    正確な言葉がなければ、深い思考はできない。深い思考がなければ、人生は動かない。

    自己検証する。自己否定する。
    それを繰り返し、繰り返し、自己嫌悪との葛藤の末に自分の言葉を獲得する。
    その言葉で思考して、思考して、思考し切る。
    その格闘の末に、最後の最後、自己肯定して救いのない世界から立ち上がる。
    認識者から実践者になる。暗闇の中でジャンプする。人生を切り拓く。

    読書はその為の最も有効な武器だ。

  • 一言で表すと読書感想文。とはいえ生半可なものではない。エネルギー密度がこんなにも濃く込められている文章に出会うことは稀だ。咀嚼するのにもエネルギーを使う。羽交い締めにされながら読んでいるようで、一気に読み続けることはできなかった。読書を想像力の鍛錬や追体験とし、行動を起こす姿勢が、読み手を強く揺さぶるように描かれている。自伝的感動ポルノとも言えるが、滲み出る卑屈さというか劣等感がいやらしさを緩和しているように思う。
    そして流石編集者、本や作家の紹介が上手く、出てくる本はどれも読んでみたくなった。

    「編集者という病い」という見城氏の本からの引用が多くみられる。そこに最新(2018年6月まで)の読書体験を追加した、という感じに見えなくもないが、それでも「編集者という病い」も読んでみたいと思う。

    一読の価値あり。

  • 血で血を洗う読書という荒野を突き進め。
    本書の第6章のタイトルです。
    「血で血を洗う」なんて、読書を形容する言葉としては、初めて見ました。
    でも、読んで分かりました。
    見城さんにとって読書とは、そのくらい苛烈なものなのです。
    見城徹さんは慶応大卒後、廣済堂出版に入社し、角川書店へ転職。
    そして、1994年に独立し、出版社を開業しました。
    あの幻冬舎です。
    私は本好きな大学生でしたが、「トンがった出版社だな」という印象を持ったのを覚えています。
    刺激的な惹句の踊る新聞広告を見て、何度、書店へ走ったことか。
    創業当初から、五木寛之や村上龍、山田詠美など人気作家をそろえていたのも特色。
    本書を読んで理由が分かりました。
    社長自ら、口説いたのですね。
    著作を全て読むのは当たり前、相手の懐へ飛び込み、機を捉えて相手が承諾せざるを得ない「カード」を切るのです。
    この辺りは本書の読みどころでしょう。
    我が意を得たりという言葉にもたくさん出合えました。
    たとえば、「ビジネス書や実用書には『結論』しか書かれていない」として、こうした本を読むことは「読書」に値しないと切り捨てます。
    「僕が考える読書とは、実生活では経験できない『別の世界』の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、『何が書かれているか』ではなく、『自分がどう感じるか』なのである。」
    全くその通りと思います。
    ぼくは44歳ですが、これまで約3千冊の本を読んできました。
    大半は小説とノンフィクション。
    なぜなら、本を読んで感動したい、心揺さぶられたい、こことは違う世界を見てみたい―。
    そんな願いがあるからです。
    ただ、見城さんほど本と格闘してはいません。
    いや、全く足元にも及ばない。
    何たって、読書で得たものを武器にして、世の中を渡って行くのですから。
    よく、ビジネスパーソンや経営者が「忙しくて本なんて(まして小説なんて)読んでいる暇なんてない」と言うのを聞きます。
    しかし、本当にいい仕事をしたいなら、むしろ小説をどんどん読んだ方がいい。
    私も背中を押された気がしました。
    ありがとうございます。

  • 見城徹という人物は生々しいほどに読書を血となり肉としてきたことがわかる。

    読書というものがこんなにもパワーのあるものだという事を再認識させられました。

    荒々しく熱い文章ですが非常に清々しさもある本でした。

  • 見城が自分の読書体験と結びつけながら自分なりの読書論を書いた本。

    「読書とは自己検証、自己嫌悪、自己否定を経て究極の自己肯定へと至る、最も重要な武器なのである」p.221

    「僕が考える読書とは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、「何が書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」なのである。」

    上記の2箇所に見城の読書論が表れている。
    重要なのはどのような情報を得るのではなく、自分がどう感じるか、どう考えるかという意見は現代の情報社会への強い提言のように思われる。よくビジネス書ばかりを読む人がいるが、そこには結論だけしか書かれておらず内容は浅薄なものが多い。ビジネス書を読むことも読書だという意見も散見するが、本を読む目的を捉え直したほうがいいと思う。かくいう自分もこのような傾向がないわけではないので用心しないといけない。

    あと本を読んでて思ったのは世間的な成功者と呼ばれる人の多くは圧倒的に自己本意(今風に言うと「サイコパス」なレベルで)であるということだ。また、現時点では人としてこの域に達せる人と達せない人がいるのではないかという仮説を持っている。もちろんそこの域に達することが必ずしも良いわけではないが。

  • 見城徹さんの読書を通した人生について書かれていた本でした。人間が進歩するには、自己検証、自己嫌悪、自己否定とあり、自分を客観視し、自分の狭量や怠惰に苛立ち、自分を否定することで新たな自分を手に入れるということを述べていました。毎日、自己嫌悪をするので、ネガティブな印象を受けますが、苦しさや恐怖と戦うことで生きていくことができるという。そういう感情を味わえるのが読書なのだと感じることができました。日々を自己検証しながら、圧倒的努力をした結果、目指していることを実現できるので、楽して何かを得ようという考えが恥ずべきものだと感じました。何かを目指すものは地獄や悪夢を身をもって生きるという言葉に重みを感じました。
    また、読書では本質的なものを読めとあり、ビジネス書には、成功体験の結論しか書かれていないので、そこにたどり着いた過程を想像することが重要と書いてありました。何が書かれていたかではなく、自分がどう感じたかを思考し、蓄積していきたいと思います。


  • 「こんな仕事があることを知っていたら、目指していたかもしれない。」
    と大学生の息子は云うが、
    「こんな仕事があるわけじゃない。こういうことを仕事にしているんだよ。どんな仕事も、最初に目的や行為があって、それを類似性で括ってタグ付けしたのが〇〇という仕事なんだよ。」

    “編集者”という仕事に抱いていたものが全く違ったものに置き換わった。これは見城さんが特別なのかどうかも、もともと“編集者”なる仕事の形などないのかもしれないとも思わさせられた。


    読書の価値を自分の人生経験を通して語るスタイル。このパターンはよくありがちなものでもあるけれど、
    この本の特異な点をあげよう。
    ①個人的な読書観をぶつけてくる。「どう感じるか」を重視する。

    ②明確な目標を掲げた若者と、特異な編集者が作家たちと濃密な時間を通して獲得した規制から脱出した世界観、へ誘おうとしてくる。
    ーー私はたいへん気に入ったし、読みたくなった作品も幾つもあったが、近寄り難さを感じた人もいるのではないだろうか)

    もちろん、見城さんの読んできた数多くの本たちの一部の紹介。敢えて人間形成に必要な、人工的で軟弱な世界観からの脱出をテーマにしている。まさにタイトルにある“荒野”に立って生きるための流儀の道程のよう。

    【読書・旅・恋愛】は人生の三原色だといってもいいと思っていたけど、この3つもしっかり織り込まれている。

    私は映画でも、ロードムービーが好きだ。この世に生まれてきて、生きるステージは“荒野”。
    なのに、自分の周囲には何重もの檻が張り巡らせてしまって、その荒野の景色が目に映らなくなってしまっている。
    苦しんだとき、思い通りにならないときにこの荒野を感じる。「やっぱり荒野を生きているんだ」って。

    その荒野を生き抜いていくには、「教育」や「平等」「快適」と言った概念の延長上にある人工的な軟弱世界を外から眺められないとならない。

    そのための刺激として薦める読書の姿勢が書かれている。

    せっかくだから、“荒野へ誘う読書心”に火を点ける文章を抜粋します。

    〜〜
    ★読書とは、自己検証、自己嫌悪、自己否定を経て、究極の自己肯定へと至る、最も重要な武器なのである。生きて行くということは矛盾や葛藤を抱えて、それをどうにかしてねじ伏せるということだ。
    認識者でいるうちは理想や夢や希望を語っていれば、それでいい。しかし、読書で得た認識者への道筋は、矛盾や葛藤をアウフヘーベンしなくては意味がない。それが「生きる」ということだ。認識者から実践者へ。天使から人間へ、読者から始まった長大な旅は、認識者を経て、人間へとジャンプする。共同体のルールを突破して個体の掟で現実を切り開く、地獄の前進へ。血を流し、風圧に耐えながら、自己実現の荒野へ。

    〜〜

  • 読書観というものが、ここまで人によって違うのか、というのを見せつけられる。

    見城徹さんの本は、過去感度か読んだことがあるのですが、過去で一番やられた本です。良い意味でも悪い意味でも。

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著者プロフィール

幻冬舎代表取締役社長。1950年12月29日静岡県清水市(現:静岡市清水区)生まれ。 静岡県立清水南高等学校を卒業し、慶應義塾大学法学部に進学。大学卒業後、廣済堂出版に入社。初めて自身で企画した『公文式算数の秘密』が38万部のベストセラーに。75年、角川書店に入社。「野性時代」副編集長を経て、「月刊カドカワ」編集長に就任、部数を30 倍に伸ばす。5本の直木賞作品を始め数々のヒット作を生み出し、41歳にして取締役編集部長に。 93年、角川書店を退社し、幻冬舎を設立。五木寛之『大河の一滴』、石原慎太郎『弟』、唐沢寿明『ふたり』、郷ひろみ『ダディ』、天童荒太『永遠の仔』、村上龍『13歳のハローワーク』、劇団ひとり『陰日向に咲く』、長谷部誠『心を整える。』、渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』など26年間で25冊ものミリオンセラーを世に送り出す。著書に『編集者という病い』、『異端者の快楽』、『たった一人の熱狂』、藤田晋との共著に『憂鬱でなければ、仕事じゃない』『絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ』、松浦勝人との共著に『危険な二人』、林真理子との共著に『過剰な二人』などがある。

「2020年 『読書という荒野』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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