私以外みんな不潔

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344033870

感想・レビュー・書評

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  • 能町さんすごい。こんなにも幼稚園の時のことを記憶してるなんて!
    僕はサクラ組だったような気がする。幼稚園嫌いで、行くのが嫌だったなあ。

  • 「私小説です、たぶん」と帯にあり、確かに私小説だとは思うけど、幼稚園時代のみを描いているという点で特殊。
    そしてまた、ホントによく覚えていて、それを文章で再現する能力の高さに恐れ入った。ああ、そんなことがあった、と読みながら自分の記憶の蓋が何度も開いた。トイレの床のタイルの目地に溜まった水の汚らしさ、おゆうぎ室の床の冷たさ、折り紙の金・銀のびらびらと音のするワクワク感といった場所や物についてだけでなく、子どもの気持ちの表現ときたら!
    読んでいて、この子の賢さは(観察力の鋭さ)女の子の賢さで、これくらいの時期の男の子は賢くてももっと一点集中で、自分の中に向かっているような気がする。なのに男の子として生まれついてしまったことが、この後の人生でどうなるのかもぜひ書いてほしい。

  • 住み慣れた町を離れ、一家で祖母の家に越した「私」たち。転入先の幼稚園でのヒリヒリするような日々を、聡明なる5歳児の視点で描いた「私小説」。

    私自身が筆者の能町みね子さんと同郷(北海道)で生まれた年も同じという事もあり、読み始めた直後から猛烈にシンパシーを抱いてしまっていたのですが、本書でその慧眼を如何なく発揮する主人公「私」にしてみれば、こういう所こそ「無理やり共通点を見出してこちらのテリトリーに土足で踏み込んでくる不躾な大人」って感じだよな……と後々冷や汗が止まりませんでした。

    40歳を目前に控えた今振り返る自分の「幼稚園時代」って、特に大きな事件もなく、ただただのっぺりとした輪郭しか思い出せないのだけど、多分それって川の下流のに転がっている石が丸っこいのと同じなのかも。
    三十数年分の月日の流れの中で摩耗しちゃっただけで、元々は幼児なりの、そして幼児ゆえの悲しみや苦しみや葛藤や軋轢や恥辱でデコボコギザギザガビガビだったのではあるまいか。
    いや絶対そうだよ。だってあの時だってさ……って突然記憶のタガが外れたようになって、今まで思い出しもしなかったようなあれやこれやが自動再生されてしまい、読みながら身悶えすること頻り。

    子どもの頃、何と表現すればよいのかすら解らず漠然と抱いていた感情が、本書によっていきなり最適な言葉を与えられたような、ものすごい読書体験でした。

    うちにはあと半年で5歳になる娘がいるんですけど、この子の頭の中にもこんな感じの世界がぎゅうぎゅうに詰まってるのかな、と思うと、不思議すぎて頼もしすぎて愛おしすぎて笑っちゃう。

  • 夏休みに札幌から関東の幼稚園に転園してから、3月に卒園するまでの幼稚園児の日々。どんどん書き進めていくペンちゃんの漫画。母親、姉、先生。絶望的なトイレ。ピアノの先生。お当番さん、おもらしをいじめてくる男の子たち、絵をほめてくれる女の子たち。

    豊かに広がる5歳児の世界。5歳児の私小説、すごすぎ。あぁ確かに、幼稚園の頃ってこんなふうに見てたかもって、かすかな記憶がよみがえるような。子どもにはきちんと接しないといけませんね。

  • 久保みねヒャダが好きで、能町さんのエッセイも一応大体は読んでいます。

    この本は、能町さんの半自伝的小説らしいので、そう思って読んでいました。

    読んでいると苦しくなってきて、何回か、途中で読むのをやめようかと思いました。最後まで読んだけど。

    私も子供時代、頭はそんな良くなかったけどとにかく敏感な子供だったので、幼稚園にはあまり適応できず、そういう自分の子供時代の色々なことを思い出して、辛くなりました。

    こんなに自意識がある子供だったら幼稚園は辛いでしょうね。こんなに大人びているのに、おもらしだけはしてしまうというのも、とても可哀想。

    花川先生が、最後にとても良くて、そこに救いがありました。「小学校ではお勉強がんばってね」と、全員に言ってるのかもしれないけど、この子にとってはとても励みになったことでしょう。

    多くの友達ができなくても、ほんの少しだけでも信頼できたりホッと出来たりする相手や場所がある、そのことが命綱となってなんとかやっていける。

    小学校に上がってその後どうなったか、というのも読みたいな。

    あと、コピー機が欲しいという子に対してプリントゴッコを与える親、というのはなんかいいな、と思います。

    「私以外みんな不潔」というタイトルはキャッチーで人目を引きますが、私としては「おゆうぎの部屋」の方が合っていた気がします。

  • 早熟な子が周囲と馴染めないときに「不潔」と思うことによって自己防衛する感じが、思いあたる節があってむずむずした。

  • 「にっぽりは茶色、きたせんじゅはパステルカラーの水色」「黒鍵の音は白鍵の音よりもとんがって押し返してくるような音」など、子供ならではの独特の感性が、淡々とした大人口調で綴られていて、そのチグハグな感じが面白かった。

    子供であることを馬鹿にされているような気がして「さん」をつけられるのが嫌い・ごはんは三食食べる、などの「そうなっていること」について抵抗するつもりはない・友達というものがよくわからない、遊びはなによりひとり遊び・触られるのがイヤなど、同世代の子供とはまた違った視点でものごとを考えている捻くれた子だけれど、絵を褒められた時に素直に喜ぶ姿や、卒園時に泣いてしまうなどの子供らしい一面にも好感を持てた。

  • あたしゃ登園拒否児でした。半裸で水浴びとか、どうかしてるぜホント…。

  • 5歳の男の子を主人公とした小説。 という形を借りた私小説ではないか、と言われているが、言われてみればそんな感じ。
    5歳とは思えない大人びた単語選択ながら、幼い故の知識の限界・大人との基準感覚の違いも描かれている。
    「非凡な子」は確かに描かれている。
    非凡であるが故の不安や恐怖の自覚と、苦痛の自覚・表現、その対処の継続に共感してしまい、読了時には意外と心が動く(正直を言うと、読む前・読みながらも、少し高を括っていた...)。
    平仮名が多めなので最初の出だしは読み辛く感じたが、直ぐに慣れた(ほぼ同時並行して、普通の小説などを読もうとすると、なかなか頭に「文章の意味」が入ってこなくて意外。結局は同書を優先して読み切った)。

  • 幼稚園の頃の自分を時折思い浮かべながら思い出しながら読んだ。
    子供なのに子供を演じてる部分もあってすごく冷静に分析して考えて俯瞰で周りを見ていて自分を見ていて読むのがなかなか辛かった。
    ここまで考えている5歳児が果たしているだろうか。
    幼稚園児の野蛮さ、喧しさ、その表現が絶妙だったなー。うまいなー。
    あたしも大概子供らしくない子供で、周りの子がズボンのお尻を汚しながら土の崖を滑っているのを横目で見ながら、汚れるのが嫌なあたしはその崖を1人歩いて降りてた記憶が…。
    地獄のような幼稚園よくがんばりました。
    最後のページ、あたしも何故か涙がこぼれた。

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著者プロフィール

北海道出身、茨城県育ち。文章やイラストの仕事のほうが多い漫画家。他称好角家。雑誌やネット媒体でコラムなどの連載多数。2006年、イラストエッセイ『オカマだけどOLやってます。』(竹書房)でデビュー。著書に『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『ドリカム層とモテない系』(ブックマン社)、『逃北〜つかれた時は北へ逃げます』(文春文庫)、『「能町みね子のときめきデートスポット」略して能スポ』(講談社文庫)、『雑誌の人格 2冊目』(文化出版局)、『うっかり鉄道』(幻冬者文庫)など。『「能町みね子のときめきサッカーうどんサポーター」、略して能スポ』(講談社文庫)がサッカー本大賞2017の大賞を受賞。ラジオやテレビなどでも活躍している。

「2018年 『中野の森BAND』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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