世にも美しき数学者たちの日常

著者 :
  • 幻冬舎
3.84
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本棚登録 : 688
レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (310ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344034501

作品紹介・あらすじ

「リーマン予想」「ホッジ予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を"作る"ことに夢中になる人たちがいる。そして、数式が"文章"のように見える人たちがいる。数学者だ。

類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。

黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで――7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界に触れる!

ベストセラー『最後の秘境 東京藝大――天才たちのカオスな日常』の著者が、次に注目した「天才」たちの本当の姿とは。
あなたの苦手な数学の、あなたの知らない甘美な世界へようこそ。

感想・レビュー・書評

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  • 感覚的に、なるほどと思えることが多かった。

    数学にしても国語にしても同じなんだな、と思ったのは、与えられた問いに対する一つの答えを返すことが大切なのではない、ということ。

    山の頂上に到達することが目的というよりは、そこまでの過程、ルートを考えられること。
    または、そもそも、それが山であるということを、ちゃんと把握しているということの方が大切というか。

    そうすると、計算の間違いなんかは後から何とでもなって、ちゃんと頂上へは辿り着ける。

    「数式は音楽家が使う音符と同じものであって。誰かに伝える時に音符はあると便利だけど、でも音符を読めなくても音楽は楽しめるじゃないですか。本質は楽譜じゃなくて、奏でることにある。数学イコール数式というのは、全然違うんですよ。数学を味わうのに、必ずしも数字や数式は必要ではない」

    本書に登場する数学者のスタイルからは、自分の時間、自分のフィールドで数学とずっと向き合い続けて、日常生活に支障をきたすほどの人もいたり。
    そうではなくて、自分のフィールドを、世界中にいる同じ方向を見ている誰かと共有させて、どう化学変化を起こすかに時間を費やしている人もいる。

    そしてそれはどっちが、というより、自分の世界との向き合い方、姿勢なんだと思う。

    最初と最後に登場する東京工業大学名誉教授の黒川先生は「写経」ならぬ「写オイラー」に楽しみを見出す。

    でもね、なんか分かる。
    同じものを書くことで、書くという一方向の時間の流れを小さく小さく追体験することで、分かることの意味が。

    岡潔とカルタンのエピソードも面白い。

    カルタンによって書き直された岡潔の論文によって、岡潔は一躍有名人になった。
    でも、岡潔はカルタンの論文を、私の理論じゃないといって嫌っていたという。

    「難問を鶴亀算で解いた人が、連立方程式がそこからできたと言われても嬉しくないわけですね。食い違っているんですね」

    「岡先生の論文も、カルタンによって手直しされているんです。最も言いたかった部分が削除されてしまっている。それは何かというと、主観的な部分です。私は何のためにこの論文を書いたか、という言葉が序文からみんな消えてしまってるんです。カルタンからすればそんなものは不要なんですよ」

  • 7人の大学の数学研究者と4人の在野の数学者(数学塾講師、数学お笑い芸人、中学生)にインタビューしたもの。出てくる数学自体の話はよく分からないが、それぞれの人たちの数学への愛がひしひしと感じられる。数学が人生そのものになった人たち、世界で最も幸せな人たちの記録である。その幸せ具合に中てられてしまうというのか、ちょっと羨ましくなったり、ちょっぴり数学がやりたくなってしまいそうになる。この人たちがやっている数学は、高校でやるような公式を使って解くようなものでなくて、自分で分野を切り開き、自分で問題を作るといった非常に自由なものらしい。
    最後の12章の家族へのインタビューは特に面白い。やっぱり数学者は宇宙人ぽいなあ。

    • やまさん
      goya626さん
      こんばんは。
      やま
      goya626さん
      こんばんは。
      やま
      2019/11/09
  • 『科学道100冊』の1冊。

    一般に、数学者とあまり縁のない人たちは、数学者にどんなイメージを抱いているだろう。
    自分の身近でない分野のことはよくわからないものではあるが、それにしても数学者って、何だか浮世離れしたような仙人のような、あるいはちょっと変わった人のような、そんな感じがするのではないだろうか。
    それは多分、数学自体が抽象的な「わかりにくい」事柄を扱っていることにも由来するのだろう。
    何だか「美しい」ことをやっているようだ。けれども何がどう美しいのか、数式を見てもちんぷんかんぷんでよくわからない。
    いったい彼らは日々何を考え、どんな生活を送っているのだろう。
    これはそんな数学者たちの素顔に迫る対談集である。

    登場するのは日本を代表する数学者や在野の数学者たち。聞き手は小説家・ノンフィクション作家である。
    オイラーの数式を書き写しながら、その視点に近づいていく者。
    世界を飛び回り、多くの数学者と議論を交わし、理論を発展させていく者。
    数学がテーマのイベントを主催する者。
    大人のための数学教室を開く者。
    数学は人生だという者。
    アプローチはさまざまで、その世界の奥深さに驚かされる。
    もちろん、実際の研究の深いところまではわからない。才能や努力なしには到達しえない厳しい世界であり、一足飛びに理解できるようなものではない。
    だが、聞き手である著者が、丁寧に真摯に聞き取っていく中で、朧にそのイメージが浮かび上がっていく。

    数学者たちが取り組む数学は、いわゆる受験数学ではない。
    問題のパターンがあり、定まった解法があるようなものではない。
    ある種、問題を解くよりも、問題を作り出す方が大切であり、同じ問題を解くにも人によって解き方が違うこともある。同じ山でも違うルートを通ることもできるわけだ。
    ある問題の解が別の問題を導いたり、すでに解けている問題に別の解法を与えたり、といったこともある。
    時には、数学自体ですら、数学的な考察の対象になる。
    さまざまなものの見方。さまざまな考え方。
    勝ち負けを争うものではないから、数学者同士は得てして仲がよいという。

    個人的には、数学史家でもある数学者の話が特におもしろかった。
    鶴亀算と連立方程式を例に出し、彼は言う。連立方程式を手に入れて、確かに便利にはなった。けれども抽象化が進みすぎ、現代数学は面白くなくなってしまったのではないか。
    うーん、そうなのか・・・。

    数学には漠然としたあこがれがありつつ、ずっとどこから手をつけてよいのかわからずにいる。最先端に触れることができないのはわかってはいるのだが、素人なりに親しむとしたら、どうしたらよいのだろうか。
    そのヒントがちょっともらえたような、でもやはりちょっと難しいような、そんな読み心地である。

  • 数学を愛する人たちのインタビュー集。
    数学は苦手だったのに、フェルマーの最終定理とか、博士の愛した数式が面白いのはなんでだ?と思ってましたが、この本に答えがありました。受験数学は数学の本質ではない。この世界で感じたことを表現する方法に数学という手段があるわけで、それはつまり文学と同じなんだなぁと。

    私はこの本に出てくる『数学者』たちのような人生が送りたい。

  • 大学受験の時、嫌いだった数学。
    この本を読んで、あの時漠然と持っていた数学に対する良くない感情の正体を掴むことができました。
    私は「受験数学」で数学が苦手になり、社会人になってからは数学のことを何かをこなすための道具としてしか見られません。この本を読んでからも、その気持ちが大転換を遂げることはありませんでした。
    でも、数学を仕事にしているというよりも数学と共に歩んでいる方々の人生を、著者の軽快でいて嫌味のない、それでいて率直な語り口を通して垣間見られる、貴重な体験ができました。
    題名通り、数学という学問について読むというより、数学と生きる人々の人生を読む本だと思います。
    私自身も「結婚」できるようなものを見つけたくなる、そんな楽しい気持ちのきっかけになりました。

  • しあわせ感が伝わってきて、にまにましてしまう。いいなあ。積んでる数学っぽい本読まにゃ!

  • 「最後の秘境 東京藝大」の姉妹版ような今回は、タイトル通り、数学者の日常に迫るインタビュー集。まさに紙とペンを使い、ほとばしるイメージを書き留める学者から天才中学生まで、様々なかたちで数学に関わる人々を描いています。そこで描かれる数学という学問は普通にイメージされているものとは違い、数学者のひとりの言葉にあるように芸術に近いという気がした。数学者として生きるのなら積み上げる努力もさながら、持って生まれた天分が大きく左右するらしい。
    数学を学び直そうと考えている私には充分にトリガーとなった一冊。前著「藝大」ともどもおすすめします。78

  • 日常生活であまり使われない「美しい」という言葉をよく使うのは、芸術家以外では数学者なのではないだろうか。
    ある数学者に、数学以外にはどんなものに『美しい』という表現を使いますか?と聞いたところ「数学と、妻だけですね。『美しい』は。」だって。
    やっぱり数学者って変わってる。

    例えば国語の長文読解などは、正解がひとつとは言い切れないけれども、数学はスパッと答えがひとつなのでわかりやすくて良いというのが、数学好きな長男の言い分。
    だけど、この本を読むと、必ずしも答えがひとつとは限らないし、答えよりもいかに新しい考えが含まれているかに重きをおくんだって。
    どのみち私にはよくわからない世界だけど。

    でも、私が数学→算数を苦手になったのは、短い時間に多くの正解を出さなければならないという、学校で習う算数に対応できなかったから。
    ゆっくりなら間違えないのよ、私も。
    だけどゆっくり解いているうちに、どんどん先に進む授業についていけなくなって、私は数学で落ちこぼれてしまった。
    これは結構、深い恨みだったのだけど。

    この本を読むと、数学を教える先生が、数学を好きすぎると、たまに生徒を置いてきぼりにして数学の世界に浸ってしまうことも往々にしてあることらしく、そういう時は潔く教育者を辞めて研究者になる…なんて人はほんの一握りでしょう。
    多分私も、数学好きすぎる先生に教わってしまったのだ。
    「お前たちにこれがわかるか?わからねーだろう」と言って黒板に数式を書きなぐった先生…。
    今ならちょっとは許せるような気がします。

    しかし数学の世界で生きていくためには、独りよがりでもいけない。
    ”重要なのは、自分の伝えたいことを細かく区切っていって、数学的な言葉で言えばある種、組合せ論的な手法によって文章を再構成して、相手に伝えることなんですよね。問題は語学力にあるのではないと思います。大切なのはむしろ言語を完全に忘却した状態で、表現しようとしている論理構造を適切に分析し、整理すること”
    あれ?
    近づいたと思った数学の世界が、また遠ざかってしまった。

    現代数学が確立したのは第一次世界大戦後のことなのだそうで、そこから、主観の入る余地のない、論理以外の何物をも受けつけない世界を良しとするようになったのだそうだ。
    しかしそれ以前は、証明は出来ないけど感覚でわかる、美しい数式こそが正解であるというような数学の世界があった。
    ”数学とは人の心、すなわち情緒を数学という形式で表現する学問である”

    「数学って理系の哲学なんですよ」と言ったのは、数学科を卒業した後輩。
    よく分からないけれど、そっちの方が私は好きかも。

  • 数学の本質を語るものではなく
    あくまでも数学者の人となりを楽しむ構成
    「エレガントな解答」を求める
    数学とは美の追求なんですね

  • あんまり勉強にはならなかった

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著者プロフィール

一九八五年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。二〇〇九年に『!(ビックリマーク)』でデビュー後、『一番線に謎が到着します』『裏世界旅行』『最後の医者は桜を見上げて君を想う』など、癒し系ミステリーからホラーまで幅広く小説を執筆。一方で、初ノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 がベストセラーとなり、以後、本書や『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』などでも評判に。

「2021年 『世にも美しき数学者たちの日常』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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