まだ人を殺していません

著者 :
  • 幻冬舎
3.90
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感想 : 89
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  • Amazon.co.jp ・本 (324ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344037953

作品紹介・あらすじ

あなたは子どもの何を知っていますか、

何を信じていますか。


「悪魔」の子と噂される少年、良世。事故で娘を失った過去を持つ翔子は、亡くなった姉の形見である息子を預かり育てることになるが、良世は掴みどころがなく何を考えているかもわからない。不気味な行動も多いなか翔子は子供を育てることに自信が持てず不安は募るが……。

『ジャッジメント』で衝撃デビューの著者による感動ミステリ。

読後全てが逆転するーー。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、今までに何人の人と出会ってきたでしょうか?

    これは、難しい質問です。この世にオギャーと生まれて、まず関わりを持つのは家族でしょう。両親から始まった繋がりは、祖父母、親戚と広がっていきます。そして、会話できるように、歩けるようになって、近所に暮らす同じような年頃の子どもたちとの出会い、その先には学校でのクラスメイトや先生との出会いへと広がってもいきます。その先の人との繋がりはもう無限大です。その人それぞれの世界の中で数多くの人との出会いを繰り返していきます。流石に、道ですれ違っただけ、隣のテーブルで食事をしていただけ、そんな一瞬の関わりは除いたとしても、それでも私たちは日々数多くの人たちと関わりを持って生きています。人が集団社会の中で生きる生き物である以上これは当然のことだとも言えます。

    そんな人との出会いを思い返す時、私たちは、あの人との出会いが自分の人生を変えたというような出会いを経験したことがあると思います。それは、良い意味で語られる場合が多いと思います。しかし一方で、ある人と出会ってしまったがために、その後の人生が暗転してしまった、人に語ることはなくともそんな出会いもあるのだと思います。人と人との出会いはある意味で、運とも言えます。ある人にとって素晴らしい出会いであっても万人にとってそうと言い切れるわけではないからです。なかなかにこの世を生きていくのも難しいものなのだと思います。

    さて、ここに人と人との繋がりの連鎖の中で運命を暗転させられた一人の少年の姿を描く作品があります。主人公は、そんな少年のことを知り自らと共に暮らすことを選択します。この作品はそんな主人公と少年のそれからを描く物語。少年に隠された過去に隠されたまさかの真実に驚愕する物語。そしてそれは、『人間は誰に出会えるかで、大きく運命が変わる生き物だ』という言葉の意味を読者も感じざるを得ない結末を見る物語です。

    『今日の午後五時二十分頃、自宅に遺体を遺棄した疑いで、新潟県警は薬剤師の南雲勝矢(なぐも かつや)容疑者を死体遺棄容疑で逮捕しました』というニュース報道を見るのは主人公の葉月翔子(はづき しょうこ)。『南雲容疑者の自宅から、大型容器に入れられてホルマリン漬けにされたふたりの遺体が発見され…』と続くニュースの映像が切り替わり、容疑者宅の『上空からの映像が映しだされた瞬間、『背中に怖気が走』った翔子はスマホを取り出し一枚の写真を表示させました。『写真の人物は、姉夫婦。南雲勝矢と詩織。詩織は、四つ上の』翔子の実姉でした。そんな時『スマホの着信音が鳴り響』きます。『もしもし翔子か?南雲勝矢が警察に捕まった。姉貴はどうしてあんな奴と…あの男は人間じゃない』とかけてきたのは兄の雅史でした。そんな兄の『とにかくタクシーで来てくれ』と言う言葉に兄の自宅へと向かうことにした翔子。『銀行を退職し、懇意にしていた県議会議員の娘と結婚した』雅史は『義父の議員秘書を務めて』おり、『次の市議会議員選挙に立候補すると意気込んで』います。そして兄の家に到着早々、『さっき警察と児相から連絡があったんだ』と語り出した兄は勝矢の息子である良世(りょうせい)が『就学義務免除の手続き』を取り『一時保護所』に預けられていることを説明します。『娘と同い年だった』良世のことを思う翔子は、『良世を出産後』『羊水塞栓症で帰らぬ人となった』姉のことを思い出します。『姉の葬儀の日、面会を求め』ても勝矢に断られ、それ以降も接触の機会なく今日に至ることもあって『私は良世の顔を知らない』と思う翔子は、『良世はこれからどうなるの』と訊きます。そんな問いに連絡があったら『迎えに行く』と言う兄ですが、『お兄ちゃんが引き取るの』という問いには『俺には子どもがいるから無理だ』と答えます。その一方で義父が『子育て支援の充実』に力を入れていることもあって施設に預けることはできないとも言う兄は『独り身のお前なら、良世を引き取っても問題ないだろ…普通養子縁組も視野に入れて…』と一方的に話します。『無理だよ』と言う翔子に『子育てに失敗したからか?』とも言う兄に戸惑う翔子。そんな翔子は議論の末に『私が…引き取る。良世は、お姉ちゃんが命がけで産んだ子だから』と兄に告げました。『勝矢の有罪が立証されれば、良世は間違いなく殺人犯の息子になる。まだ小学生の幼い子どもなのに、その残酷な事実を背負って生きていかなければならない』という現実を見据え、『なにもかもが怖く感じる。問題なく育てていける自信なんてない』と思う翔子。そんな翔子に姉の言葉が蘇ります。『ショウちゃんの出産が先でよかった。不安にさせちゃうから』。そんな翔子は五歳で交通事故で亡くした娘の美咲希のことを思い出します。そして、『ひとりきりで、彼を守れるだろうか』と戸惑う中に児童相談所職員に連れられてきた良世。『葉月翔子です。良世のお母さんの妹です』と挨拶する翔子がそんな良世と一つ屋根の下で暮らす日々が始まりました。

    “「悪魔の子」と噂される少年、良世。彼と過ごしたあの日を、あの叫びを、私は決して忘れない”と本の帯にうたわれるこの作品。デビュー作「ジャッジメント」、それに続く「罪人が祈るとき」では、犯罪被害者の”復讐”という感情に光を当てた小林由香さん。そんな小林さんがこの作品で光を当てるのは加害者の子どもという存在です。そんな物語は『12月12日 曇り この日記は、良世と過ごした日々を綴ったものです』という日記らしき文体から始まります。また、読み進めていくと『〈妊娠3ヶ月〉妊娠8週〜妊娠11週 新しい命が宿っていると知ったのは、2週間後の午後です』と始まるこれまた別の日記らしき文面も登場します。両者はその後も本文に差し込まれるように全編に渡って記されていきます。まずはこの点から見てみたいと思います。

    日記らしき文体は、以下の通り良世の三つの学年にまたがって合計14日分、記されています。

    ・序: 12月12日
    ・小学校5年: 7月27日、7月31日、8月3日、8月23日、12月12日
    ・小学校6年: 5月8日、5月9日、5月15日、5月24日、6月6日、9月8日
    ・中学校1年: 4月23日、7月9日、12月12日

    冒頭の〈12月12日〉の日記は結末に再度登場し物語を締めます。これに似たスタイルをとる作品としては凪良ゆうさん「汝、星のごとく」が挙げられます。こちらは日記ではありませんが冒頭と結末に同じ文章を見る物語は同じ内容なのに、そこから見えてくるものが全く異なることに驚愕させられます。そうです。このように同じ文章が読み始めと読み終わりで二度登場するという演出は読者の感情がそこにどのように変化するかが一つの読み味でもあります。一方で、実質最初の日記〈7月27日〉には、こんな記載があります。

    『お姉ちゃん、今日は初めて良世に会います。不安や希望が混在していて、落ち着かない時間を過ごしています。これからときどき日記を書きますね。気が向いたら返事をください』。

    そう、この日記は主人公の翔子が亡き姉の息子である良世を引き取るに際しての心の内を亡き姉を思いながら記していくという体裁をとっているのです。もちろん、本文にもそんな翔子の苦悩する内面は存分に描かれてはいきますが、日記という、よりプライベートなものに本人が記す内容、しかもそれが亡き姉を思いながら書かれたものである以上、その記載は読者の胸に切々と響いてくるものがあります。同じように日記というものを小説中に登場させる作品としては、18日分の日記が登場する西加奈子さん「きいろいぞう」、26日分の日記が登場する原田マハさん「総理の夫」、そして4つの短編合計61日分の日記だけで構成された永井するみさん「秘密は日記に隠すもの」などがあります。いずれも日記というものの意味合いを絶妙にストーリー展開に利用していきますが、小林さんのこの作品における日記は本文中の翔子の心情を補完するものとして効果的な役割を果たしているように思いました。

    そして、もう一つが『〈妊娠3ヶ月〉』という形で記されていく日記です。その記載はこんな感じです。

    『新しい命が宿っていると知ったのは、2週間前の午後です。妊娠が判明したとき、喜びよりも先に複雑な感情が芽生えました。それは胸の奥底に隠してきた、深い畏怖の感情です。息苦しさと同時に、苦い思いが込み上げてきたのは、私の過去に原因があるからなのでしょう…』。

    これはまさしく、子どもを身籠った母親が記す”マタニティ日記”と言えるものです。『妊娠』はそれ自体一つのドラマでもあり、そんな『妊娠』中の母親の感情を日記として綴っていく作品は他にもあります。角田光代さん「予定日はジミー・ペイジ」、小川洋子さん「妊娠カレンダー」、そして近藤史恵さん「私の命はあなたの命より軽い」などです。出産のXデーを迎えるまでの日々、体内で子どもが確かに成長を続けていることを感じる日々を綴る小説はXデーへのカウントダウン的意味合いもあって読者の気持ちを自然と高めてもいきます。しかし、この作品で描かれる”マタニティ日記”は、その意味合いが少し異なります。というのもそんな日記は全編に渡って以下のように挿入されていくからです。

    ・妊娠3ヶ月、妊娠4ヶ月、妊娠5ヶ月、妊娠6ヶ月、妊娠7ヶ月、妊娠8ヶ月、妊娠9ヶ月
    ・妊娠3ヶ月、妊娠4ヶ月、妊娠5ヶ月、妊娠6ヶ月、妊娠7ヶ月、妊娠8ヶ月、妊娠9ヶ月、妊娠10ヶ月

    途中でXデー前に一旦終了、また日記が繰り返されているのがわかると思います。そしてそんな内容もどこか苦悩を匂わせる重々しい雰囲気感に満ち溢れています。この”マタニティ日記”の意味とは?何故か一度しか記されない『〈妊娠10ヶ月〉』には何が記されているのか?これから読まれる方には小林さんが込められたそんな構成の妙に是非ともご期待ください。

    以上の通り、この作品は主人公の翔子が良世との日常を綴っていく日記と、謎の”マタニティ日記”が複雑な順番に本文に織り込まれていくという非常に凝った作りになっています。本文だけでも物語は成り立つように思います。そこに、この二つの日記がまさしく蔦が絡み合うように組み合わされていくことで読者の感情は間違いなく複雑な揺れ動かされ方をします。このようにレビューにまとめてみて、改めてこの作品の凝りようがよくわかりました。

    そんなこの作品は、上記の通り自宅に遺体を隠していたことで逮捕された義兄の子どもである良世を主人公の翔子が預かることになった先の日常が描かれています。そんな日常の前提にあるのが義兄が犯した犯罪の影響です。

    『勝矢の事件は、「ホルマリン殺人事件」と呼ばれ、インターネット上でも話題の中心になり、未確認の情報が錯綜している。SNSなどでも話題にしている者が多くいた』。

    凶悪犯罪自体は古の世から存在します。しかし、インターネットが存在しなかった時代に比べ、現代社会は一つの犯罪に対する国民の関わりが先鋭的になりがちです。そもそも一度インターネット上に書き込まれた情報はさまざまな形で転載もされいつまでも残り続けます。また、SNSや掲示板の存在によって匿名の人物によって真実、虚偽問わずさまざまな書き込みがなされていきます。それこそが、

    『ネットがある以上、どこにも逃れることはできないのだ』。

    という厳しい現実です。そこには、

    『父親が加害者というだけで、ここまでされなければならないのだろうか ー 』。

    という翔子の素朴な疑問が読者の心を揺さぶってもいきます。その一方で、『ホルマリン殺人事件』を起こした勝矢にも何か隠された内情があることが匂わされてもいきます。そして、彼の息子である良世自身も謎に満ち溢れた存在です。物語は、そんな”ミステリー”な物語を解き明かしていく翔子視点で描かれていきます。一体、この物語にはどんな”ミステリー”が待ち構えているのか、本の帯に記された”読後すべてが逆転する”というどういうことなのか?”ミステリー”にネタバレは禁物ですので、この位にしたいと思いますが、上記もした『12月12日』の日記。冒頭と結末に全く同じ内容が記されるその同じ日記を読む感情の中に、確かに”逆転”という言葉に見る光景がそこに描かれていたように思いました。

    『人間は誰に出会えるかで、大きく運命が変わる生き物だ。だからこそ、別の人生を想像してしまうのかもしれない』。

    この作品では、それぞれの運命を、出会った誰かによって翻弄されてきた登場人物たちが、悩み苦しむその先の人生が描かれていました。『良世は、お姉ちゃんが命がけで産んだ子だから』と自らの元で育てていく主人公・翔子の苦悩を描いたこの作品。何かを隠しつつもそんな翔子のことを新たな身内と思う中に大人へと苦悩の中にも階段を上がっていく良世の成長が描かれるこの作品。

    「まだ人を殺していません」という書名の響きが、読後別物に変わる瞬間を見る、重量級の重さを持つ、切なく、深い物語でした。

  • 葉月翔子は子どもの良世を産んで亡くなった姉の夫が猟奇殺人事件を起こし、逮捕されたことから児童養護施設に送られそうになった、まだ9歳の良世を兄の雅史に子供のいない翔子に養子縁組をするように頼まれます。
    翔子は姉と同じ年に産んだ娘の美咲希を5歳の時に交通事故によって亡くし夫とは離婚しています。
    翔子は元美術教師で、絵画教室を開いて一人で暮らしていました。

    良世は場面かく黙症という症状があり話をすることができず、最初はパソコンで翔子と会話をしていました。
    しかし、良世は絵の才能があることがわかり、翔子は良世を自分の絵画教室に参加させます。
    最初は良世のとる行動や言うことがことごとく奇怪に感じられました。

    以下ネタバレ含みます。

    父親が猟奇殺人の犯人だというだけで素性のわからない子どもを育てるのは大変だと思い、良世のことを色眼鏡でみてしまったかもしれません。
    良世は友人の飼っていたハムスターを殺したり、首の斬られた赤ん坊を抱く母親の絵をかいたりしました。
    だけど、全部それらは良世から送られた信号(サイン)だったのです。
    自分を守る事と他人を傷つけることは紙一重だったのだと思いました。

    翔子は姉の親友のサチの助けや良世と絵というつながりもあり心を通わせることができるようになります。
    良世の送る信号(サイン)は本当にせっぱつまっていました。
    「翔子さんは美咲希と僕とどっちが好きですか」と養子縁組をしようという翔子に尋ねてくるのには本当に泣けました。

    又、父親の罪を負ってネットで情報が拡散するたびにいじめに遭い転校するというのも不憫でした。
    良世は父親から『不幸を呼ぶ子』と罵られ、生まれてきた意味を見出せなかった少年でした。
    でも、間違った価値観の親に育てられた子供でも希望はあるんだと思えた物語でした。

    難しいテーマで作者はよくここまで書いてくれたと思いました。

  • 自分がいかに自分で決めたフレームで決めつけているかということを思い知らされた。

    良世の態度、行動を見て良世は「いい奴ではない」と無意識に判定していた。しかし彼のそれぞれの行動には全て幼い彼なりの理由があった。

    そこまで分かった上で、詩音はどうなのだろうか?

  • もの凄く緊張感のある読書でした。
    認知症の老人、小学生の少女を殺しホルマリン漬けにした父親。
    猟奇殺人者の息子となった9歳の良世は、亡き母の妹である翔子に引き取られ暮らすことになります。
    翔子は良世と同い年の娘を5歳の時事故で亡くすという辛い過去がありました。

    場面緘黙症の良世と翔子の生活は息の詰まる緊張した毎日で、良世の気持ちがわからない不安、子供を死なせた自分への育児に対する自信の無さに読んでいる方も辛い(>人<;)
    そして良世のとる行動、仕草、表情が不穏なんです。
    悪魔の子は悪魔なのか?

    最初この翔子という女性が頼りなく思えていましたが、引き取り育てる決断や良世と一緒に頑張って生きようとする姿は感動します。

    繊細で聡明な良世はこの先何度も傷ついていくと思うけれど、支えてくれる誰かがいてくれる事を願わずにいられません。

    最後にタイトルの意味がわかり、このタイトルに込められた翔子の気持ちに涙が出ます。


    • ゆーき本さん
      タイトルが惹かれるわぁ。
      自分の子供を育てるのだって難しいのに…。

      感動ミステリー!
      惹かれるわぁ。
      タイトルが惹かれるわぁ。
      自分の子供を育てるのだって難しいのに…。

      感動ミステリー!
      惹かれるわぁ。
      2023/06/24
    • みんみんさん
      でしょ?タイトルが意味深でイラストがイメージぴったり〜!
      でしょ?タイトルが意味深でイラストがイメージぴったり〜!
      2023/06/24
  • 痛感の一冊。

    残虐な事件、薄気味悪さに最初、心はのらなかった。
    でも良作だった。

    掴めそうで掴めない悪魔の子と噂される良世の不快感しかない行動と言動。
    対する翔子の苦しみは血と涙でしかない。
    そして二人を取り巻く環境には怒り、哀しみしかない。

    どれだけのものを小さな身体と心に抱えもがいていたのか、全てが氷解した瞬間、言葉にならない感情が涙となって満ち溢れた。

    言葉、眼差し一つが愛に姿を変え、子どもが外の世界での苦しみに日々立ち向かう鎧になっていることを痛感した。

    力強さと愛溢れるラストに涙と心を添えずにはいられない。

  • 途中までホラー小説かと思うくらいの不気味さがあったけど、良作だった。

    子育てに完全などない。正解もない。
    手探りなことばかりだ。
    我が子はみんなかわいい。愛しい。
    だけどそれだけではやっていけない。
    自分の子どもだからといって、その子のすべてをわかっているわけはない。

    大人にはわからない子どもの世界がある。
    子どももずっと子どもの考えをしているわけではない。
    さりとて、心はまだ子どもなのである。
    怯えなくてもいいものに怯える。心の叫びすら、正しく叫べない。わからないから、手当たり次第に暴れる。気づいてほしい、と。

    たかが9歳。されど9歳。
    いや、生まれたての赤ん坊ですら、親の考えていることや自分の状況を案外わかっているのかもしれない。
    子ども扱いをせず、1人の人としてちゃんと向き合わなければいけない。

    翔子は、亡き姉の息子であり、「殺人犯の息子」である良世を引き取ることになる。
    良世は声が出せなかった。そして、理解できない不気味な行動をした。
    首の切られた人や動物の絵を描いたり、虫や動物の命を粗末にしたり、困り果てる様子に対して不敵な笑みを浮かべたりして、翔子は大いに戸惑い、悩み、苦しむ。
    「殺人犯の息子」「悪魔の子」という言葉が何度も頭をよぎる。私も良世を疑った。
    それでも懸命に良世と向き合い、時には大喧嘩をし、じわじわと心を通わせ、ついには事件の真相と、良世の本当の気持ちを知る。
    そして何があっても、どんな困難が起きようとも、良世を守ると誓う。

    殺人者の子は「悪魔の子」ではない。
    悪魔に心を支配されてしまった子なのだ。
    心は子どもだから、大好きな親という名の悪魔のことを慕い信じるのだ。
    小さな体で、懸命に抱え、それが真実なんだともがき続けていた。

    「まだ人を殺していません」。それは、母となった翔子の、叫びに近い、心からの祈りだった。

    不穏なタイトルと不穏なストーリーだったけど、光の見える結末でよかった。
    私も、きっと大丈夫だと、2人の今後の明るい未来を願った。

  • 小林作品はいつも十字架を背負った主人公を見ているようだ。心に訴えてくる小林さんの作品はとても深い。今回、殺人者の姉の子・良世、彼と一緒暮らす決意をした翔子。翔子は自分の子どもを5歳で亡くしたが、この2人が一緒に暮らしていく。この作品では1つの大きな柱が絶対にブレない。それは「良世を絶対守り抜いてこうとする翔子の覚悟」だった。良世が周りから「殺人者の子どもだ」と後ろ指さされても絶対動じてはいけないし、良世にも覚悟を決めてもらう。翔子の覚悟は亡娘への贖罪でもある。良世の未来が彼自身の人生でありますように。⑤↑

  • 『誰もが善の芽を持ち、悪の芽を持っている。だからこそ、誰に出会い、どのような人に助けられ、支えられたかで人の運命は大きく変わる』
    これからも良世と翔子さんは厳しい現実と闘わなくてはならないと思う。二之宮さんやサナさんのようにまっすぐに向き合ってくれるような人がいてくれるといいな。

  • 最初は、何が起こるんだろう…と恐怖感いっぱいで、早くその怖さから逃れたくて息吐く間も無く一気に読んだ。

    殺人犯の父の言葉を鵜呑みにした自分の薄っぺらな感情に蓋をしたい気分だ。

    一緒に寄り添い、苦難を乗り越えながらも前に進むべき方法を模索していくしかない。
    たとえ、途中で止まることがあっても…。

    誰かと出会い、助けられ支えられたかで人の運命は大きく変わる。
    確かにそう思う。
    親ならば「心ある友との出会いをください」と願わずにはいられない。

  • 不穏な題名だなと思い気になって手に取りました。

    小さいお子さんを不慮の事故で失った翔子さんと、亡くなったお姉さんの旦那さんが殺人事件を起こしたため止む負えなく引き取ることなった息子の良世くんが出会ってからお話がスタートします。
    読み進めると話が想像とは違った方向に進み、これはサスペンス?それともホラー?などと思いましたが、しっかり着地はしているなと思いました。

    最後まで読むと題名の意味が分かり胸が熱くなり、、、『はわ〜〜涙』となりました。
    親と子とはいえ1人の人間ですし、思っていることはテレパシーみたいには伝わらない。
    外野は色々言うけれども、負けないで幸せになって欲しいなと思います。

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著者プロフィール

1976年長野県生まれ。11年「ジャッジメント」で第33回小説推理新人賞を受賞。2016年、同作で単行本デビュー。他の著書に『罪人が祈るとき』『救いの森』がある。

「2020年 『イノセンス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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