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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784344040953
作品紹介・あらすじ
次は、絶対に同じ後悔をしない。明日からも、患者さんのために生きる。悩んでばかりで、自信が持てない、訪問診療所の新米医師・野呂聖二。コロナ禍、在宅介護の現場で奮闘する彼は、ヤングケアラーの過去を封印していた。吉永小百合主演映画『いのちの停車場』原作続編!老老介護、ヤングケアラー、8050問題……。介護の現場で奮闘する若き医師とその仲間たち。愛おしい人を、最後まで愛おしく思って生きられるように――。医師国家試験に合格し、野呂は金沢のまほろば診療所に戻ってきた。娘の手を借りず一人で人生を全うしたい母。母の介護と仕事の両立に苦しむ一人息子。末期癌の技能実習生。妻の認知症を受け入れられない夫。体が不自由な母の世話をする中二女子。……それぞれの家庭の事情に寄り添おうとするけれど、不甲斐ない思いをするばかりの野呂には、介護していた祖母を最後に“見放してしまった”という後悔があった。
感想・レビュー・書評
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あなたは、『介護は家族の義務だから逃れることはできない』と思っていませんか?
(*˙ᵕ˙*)え?
2022年に発表された総務省の”社会生活基礎調査”によると、この国では全国で、なんと653.4万人もの人々が家族の『介護』をしていることがわかります。人口比にして、6.1%にものぼるというその数字は、『介護』が決して他人事などではなく、誰もが向き合う可能性があることがわかります。
しかし、一方で、この国では少子高齢化も問題になっています。『介護』を受ける人口ばかりが増え、『介護』を担う人口の減少は、老人が老人を『介護』せざるを得ない、『老老介護』の問題も浮き上がらせています。
すべての人間には必ず『死』が訪れます。それはあなたにも私にも避けられないものです。しかし、そんな『死』がどのような形であなたや私を襲うかはわかりません。まさかの病気で、まさかの交通事故で、そしてまさかの事件によって、あなたや私はこの世を後にすることになる、これだけははっきりしています。こんなことを考えると切なくもなってきます。
そんな中で上記した『介護』の数字は、あなたや私が辿る可能性を示唆してもいます。また、そんな『介護』はされる側だけでなく、する側が先に訪れることになるでしょう。身近な家族、特に今まで自分を育ててくれた親の『介護』は、避けて通れない未来ともいえます。
『介護は家族の義務だから逃れることはできない』
このことに意を唱える人はおおよそいないと思います。しかし、本当にそうなのでしょうか?『介護拒否は、家族の身勝手』なのでしょうか?
さて、ここに、『もっと役に立つ自分になりたい』という思いの中に医師となり『在宅医療』を支えていく一人の男性が主人公となる物語があります。『僕が来たからには、日本一のクリニックを目指します!』と宣言する主人公が『在宅医療』に真摯に向き合う姿が描かれるこの作品。さまざまな『介護』の現場に思いを新たにする主人公が描かれるこの作品。そしてそれは、『大切な家族に手を差し伸べる介護者の状況は本当にさまざまだ』と思うその先に、そんな主人公が『相手を思うがゆえのつらさ』に思いを馳せる物語です。
『野呂っち、待ってたよ!』、『野呂さん、お帰りなさい』、そして『野呂聖二君、再びまほろば診療所へようこそ』と『全員がマスク姿』の中、開いてくれた歓迎会の主賓となるのは主人公の野呂聖二。『五年前に東京の城北医科大学を卒業したものの、医師国家試験に二回続けて落ちた』野呂は、『金沢へ移り住んだ白石先生を頼って、ここ、まほろば診療所でアルバイトをさせてもら』っていました。『東京へ戻って予備校に通い、翌年の医師国家試験を受験して合格。そのまま城北医科大学で研修医となり』、『今日、晴れてまほろば診療所に戻ってき』た野呂。しかし、その間に世界を襲った『新型コロナウイルス感染症』の対応のために、『加賀大学の強い要請を受け』た白石咲和子先生は、『医学部の特任教授を兼務』し、『附属病院で救急医療の陣頭指揮を執ってい』ます。そんな中に『訪問診療』の中核を担うことになった野呂ですが、『コロナだから、家族以外の接触は避けたくて』等の理由から『先週は二人、今週は三人の患者が、診療の停止を申し入れ』てきたことを知り、『ため息が出そう』になります。そんな中に、電話が鳴り『新規の患者』から問い合わせが入ります。『森山の大元露子さん、体調が悪いとのこと。往診していただけませんか』と事務の亮子が語る内容に、『まさに今、僕が生かせることと言えばフットワークの軽さだ』と思う野呂は、電話を代わると、『かぜ、ねつが…ひどくて』と息苦しそうな声を聞いて『熱ですか!すぐに向かいます』と答えると電話を置き『麻世ちゃん、コロナかもしれない。完全防備で急行しよう』と『緊急の往診を宣言』します。『防護服を』着用し、『マニュアルに従って高性能マスクN95とさらに医療用のサージカルマスクで口元を覆』い、『念のため酸素も持っていこう』と『酸素ボンベ』も車に積み込み、看護師の麻世と出発した野呂。家に着くと『小さな門には「水引教室」の看板があり、玄関の上に「大元」という表札も掲げられてい』ます。それを見て、『そうだ。大元露子さんって、地元では有名な水引アーティストですよ』と麻世が言う中に『玄関の引き戸に手をかける』野呂。そんな時、『あの…母に何か?』と背後から女性の声がして振り返ると『露子さんの長女だという女性 ー 美沙子さん』が、二人の『防護服姿に驚い』ています。『ここは母の水引教室です』と美沙子に案内されるも『最近は実家に寄らせてもらえなくて』近況が分からないと説明する美沙子。そんな時、『美沙子、お前は来んでいいって言うたがに。帰るまっし』という声が階上から聞こえてきました。『感染リスクがありますから、離れていた方がいいです』と美沙子を下がらせ、『細い階段を』上がる二人。そこには、『布団の上で横になって』いる患者の姿がありました。『大元露子さんですね?息苦しさはないですか?』と訊くも『首を左右に振る』露子。麻世が『熱と酸素飽和度を測定』するも、体温三七・一度、酸素飽和度も九八パーセントあります。脈、血圧を測定するも『ひとまず問題なし』。『さてと、どんな具合でしょう』と『PCR検査につなぐ前に、症状を詳しく把握する』ために『顔をのぞき込む』と、露子は『かぜねつ、ひどくて…』と『痛々しい表情』で語ります。そんな時、『突然、麻世ちゃんが大声を上げ、続けてケタケタと笑い出し』ました。『なーんだ!もう、野呂先生ってば』と語る麻世。『新型コロナウイルス感染症』対策に万全の体制をとって『訪問診療』に臨んだ野呂に、まさかのオチが待っていました…という最初の短編〈水引の母〉。金沢を舞台とするから描ける微笑ましい展開から始まる好編でした。
“医師国家試験に合格し、野呂は金沢のまほろば診療所に戻ってきた”という書き出しから始まる内容紹介に、前作を読んだ読者には、おおーっ!と感嘆の思いがまず湧き上がるこの作品。南杏子さんの代表作で映画化もされた前作「いのちの停車場」の続編となります。「いのちの十字路」という書名だけでなく、満開の桜の樹の下の建物の入り口に立つ一人の医師の姿が淡い色調の中に描かれた表紙含め、前作へのオマージュであることが強く伝わってもきます。
そんな続編となるこの作品では、前作の〈プロローグ〉で、事務アルバイトながら、救急救命の大混乱の中に点滴を行ったことで、責任者であった咲和子が職を辞すきっかけともなってしまった野呂が主人公となります。前作では咲和子を頼って『まほろば診療所』でドライバーとなり、味のある脇役としての姿を見せてくれた野呂。そんな野呂は前作の最後に”僕、やはり医師免許を取ります…免許を取ったら戻ってきます。なので、なので、必ず待っていてくださいっ”と力強く宣言して診療所を後にしました。これが、この続編を意図されての記述だったのかどうかはわかりませんが、そんな野呂が戻ってきて主人公を務めるという展開は、前作を感動の中に読み終えた読者には、待ちに待った展開とも言えます。そんな前作と今作の間には約三年の期間が空いていますが、いずれも既刊となった後に読んだ私は連続して読むことを選択しました。そんな連続読みをした感想としては、これらが二冊というよりは、二作で一作とも言えるくらいに世界観が全く同じで、展開があまりに自然な計12章からなる一冊の連作短編の作品を読んだ印象が残ります。これから読まれる方には、まあ必ずしも連続でなくとも良いかもしれませんが、あまり間隔を空けずに二作の両方を読まれることをおすすめしたいと思います。南さんが伝えようとされる『在宅医療』について深く、とても深く知ることのできる読後があなたを待っています。
さて、そんなこの作品ですが、2023年4月刊行ということもあって、『コロナ禍』どっぷりな物語が描かれていくのも特徴の一つです。『コロナ禍』を描いた作品には、窪美澄さん「夜に星を放つ」、寺地はるなさん「川のほとりに立つ者は」、そして近藤史恵さん「それでも旅に出るカフェ」など最近発売になった話題作の数々は『コロナ禍』を作品の背景に描いています。そんな中でも、近藤さんの作品は『コロナ禍』によって影響を被るカフェの窮状が描かれるなど『コロナ禍』を正面から見据える作品作りがなされていました。そして、この南さんの作品が画期的だと思うのは、『コロナ禍』を医療者の立場で描くところです。未知の病と最前線で戦わざるを得ない医療従事者の皆様のお仕事には感謝の思いしかなく、私たちが見えないところでもこの三年間どんなに苦労されたかには頭が下がる思いです。この作品では、『コロナ禍』で患者の家に赴く『訪問診療』の大変さも描かれています。そんな大変な中で医師として働くことになった中に、『新型コロナウイルス』に罹患した可能性のある患者の元へ往診することになった野呂の気持ちをこんな風に表現する南さん。
『苦しがっている患者のもとへ一刻も早く行きたいところだが、ここで感染するわけにはいかない。一方で、もしかしたら自分たちが持っているかもしれないコロナウイルスを患者にうつす可能性もある。とにかく、互いにウイルスを持っている前提で行動をしなければならない』。
そんな思いの中での『訪問診療』は、感染対策も徹底されます。
『防水ズボンをはき、ポリエチレン製のシートでできた長袖ガウンを白衣の上から着る』、『ガウンの背部をぴったりと合わせ、養生テープで留め』る。『マニュアルに従って高性能マスクN95とさらに医療用のサージカルマスクで口元を覆う』。そして、『キャップとアイシールド、手袋、シューズカバー』を現地で装着。
これはもう完全防備と言える状況です。しかし、そんな状況で、医療者は活動する必要があります。
『普段は何でもない動きでも、N95マスクのせいで息苦しい』。『防護服の内側は、汗でびっしょり濡れていた』。
拷問とも言えそうな環境下で、それでも命を救うために日々、数多くの医療従事者の方々が奔走してくださったこの三年間。そんな医療従事者を主人公とするこの作品だからこそ見える『コロナ禍』を違う視点から見ることのできるこの作品。『コロナ禍』を扱った作品は多々ありますが、一味違うこの作品の視点は『コロナ禍』を総括する意味でもとても貴重だと思いました。
そして、この作品では前作同様に六つの短編が連作短編を構成しています。そこには、『在宅医療』という視点からこの国に潜在するさまざまな問題に光を当てていきます。この作品の特徴はそんな光の当たり先が前作より、さらに重々しいものになっているところだと思います。そんな中から、さまざまに取り上げられることも多いテーマを取り上げた三つの短編をご紹介しておきたいと思います。
・〈シャチョウの笑顔〉: 『インドネシアから外国人技能実習生として』来日し、『北沢水産の北沢』『社長の家で暮らし、一緒に漁に出る生活を送ってきた』という『二十九歳の青年』。そんな青年が『末期の胃癌と診断』され『在宅医療』を希望してきたことで野呂が『訪問診療』を開始します。青年から訊かれ、あと二ヶ月という診断を伝える野呂。そんな状況に、周囲が帰国させてあげた方が…と思う一方で、本人は『ボク、日本にいたいです』と帰国を頑なに拒みます。そんな青年は何を思うのか…。
・〈正月の待ち人〉: 『加賀医療センターからの紹介患者で』『大腸癌の手術を受け、ストーマを造設された』七十六歳の患者・信彦を担当することになった野呂。そんな信彦の家を訪問する野呂は『便臭』を感じます。自らストーマの『パウチ交換』を上手くできないものの『訪問看護ステーション』の対応を拒む信彦は女性に対して羞恥心を抱いていました。そして、そんな信彦と同居する三歳年上の妻・美雪に『認知症』の症状を見る野呂。しかし、信彦は施設への入所を拒みます。このままでは『共倒れ』になると危惧する野呂。
・〈レトルトカレーの頃〉: 『二年前に脳梗塞を発症し』、『左半身に麻痺が残った』という四十五歳の中村久仁子は『要介護3』の認定で『ほぼ毎日の訪問介護』を受けています。シングルマザーの久仁子には『中学二年生の女の子と小学四年生の男の子』がいます。そんな家を『訪問診療』する野呂は、ヘルパーが作るのは久仁子の食事だけであり、身体の自由がきかない母親からのさまざまな頼みに終始応えていく必要がある中に日々を送っていました。『ヤングケアラー』という言葉が野呂の頭に浮かび上がります。
三つの短編を取り上げましたが、順に『外国人技能実習生』の問題、『老老介護』の問題、そして『ヤングケアラー』の問題がそれぞれ取り上げられています。特に『ヤングケアラー』の問題は、本屋大賞2023を受賞された凪良ゆうさん「汝、星のごとく」でも取り上げられるなど、昨今注目されているテーマの一つでもあります。この作品では、現役の医師でもある南さんの視点でこれらの問題を描いていくところが何よりもの特徴です。専門家の視点をもってしてもそう簡単には解決点が見出せない問題の数々、なかなかに重い課題に、しっかりと目を向ける、そんな描かれ方が強く印象に残りました。
そして、この作品でもう一つ外せないのが『在宅医療』の中で必然とも言える『介護』というものが何かという点をわかりやすく伝えてくれる点です。咲和子は『人は誰でも、介護に関して四つの権利を持っている』と『ある社会学者の説』を以下の四つの権利について説明されます。
・① 介護を受ける権利
→ 『年老いた親が息子や娘に介護してもらうケース』など
→ 『介護保険制度』に行き着く
・② 介護を行う権利
→ 『家族は介護をする権利がある』、『義務じゃなくて、権利』というのがポイント
・③ 介護を受けるのを強制されない権利
→ 『できる限り一人で生きていきたいという気持ち』
・④ 介護を行うのを強制されない権利
→ 『たとえ同じ家に暮らしていたとしても、親の介護を子に強いるのは間違っている』
以上の四つの考え方を読んで、あなたはそこに何を思うでしょうか?特に、”④”の考え方には衝撃を受けるのではないでしょうか?『介護拒否は、家族の身勝手だと思い込んでいた』という主人公の野呂は、『高校に入った頃から、東京の実家で母とともに祖母の介護に追われた生活を思い返』していきます。
『介護は家族の義務だから逃れることはできない』
そんな思いの中に生きてきた野呂の受けた衝撃。この作品の前作となる「いのちの停車場」では、主人公・咲和子が『安楽死』という非常に重い問題に対峙する物語が結末に描かれていました。これが、前作の六つの短編を通して、その裏側にもう一つのテーマとして描かれていくものでした。続編となるこの作品では、その結末の先に何があったかが描かれます。前作の結末にもどかしさが残った方には是非読んでいただきたいと思いますが、そんな前作のもうひとつのテーマに相当するのが、この作品では、主人公・野呂の過去に隠された祖母の『介護』に向き合った日々です。『介護』とはどうあるべきものなのか?『介護』とは誰が担うべきものなのか?この作品では、誰もが他人事ではいられない、大きな命題への一つの答えが描かれていきます。『介護』に直面している方、『介護』が見えてきた方、そして『介護』はまだまだ他人事と思っている方含め、読む価値を強く感じる作品だと思いました。
『介護者がつぶれてしまわないように支えることほ、そのまま患者さんを守ることでもある』
『在宅医療』の場に内在するさまざまな問題にわかりやすく光を当てていくこの作品。そこには、医師であることの強い説得力を背景に、『在宅医療』の現場に潜在するさまざまな問題に対峙する主人公・野呂の物語が描かれていました。『外国人技能実習生』、『老老介護』、そして『ヤングケアラー』とこの国に間違いなく存する問題に光を当てるこの作品。『次は絶対に同じ後悔をしない』と誓う野呂の生き様に魅了されるこの作品。
六つの短編に描かれていく超重量級の重さをもった物語の数々に、『いのち』というものに思いを新たにする素晴らしい作品だと思いました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
野呂くん頑張ってます
!
たとえ物語のなかでも、
いえ、たくさんの人の
目に触れる物語のなか
だからこそ、
あなたみたいな医師が
いることが大きな希望
なんです。
ヤングケアラーや老老
介護といったこの国が
抱える深刻な社会問題。
その影に隠れた当事者
たちの声なき声を聴く
者たちよ。
まほろば診療所に集う
現代のヒーローたちに
敬意を表して、
キラキラ輝く星五つを
捧げたいと思います♪
そして野呂くんにもう
一言・・・
あなたが多くの人々を
助ける姿を、
天国のおばあちゃんは
どんなときも見守って
ますよ。
あなたのことをこの世
のだれより誇りに思い
ながら。 -
いのちの停車場の続編
前作を読んだのが少し前になるので
あんまり覚えておらず、
こちらを読み始めたら野呂先生が主人公。
あれ?男の人の話だったかな??
と読み進めていると
見覚えのある人たちが出てきました(^^)
今回は野呂先生目線で進むようです。
さて、今回も日本が直面している
様々な問題について取り上げられていました
老老介護、ヤングケアラー、外国人労働者、認知症…
誰もがいつか直面するであろう問題が
たくさん書かれていて、
親の老後、自分の老後、
病気になったら、、、
いろんなことを考えさせられます
家族の介護の問題は本当に難しいですね
訪問診療で周りから見て
おかしくなっていることに気づく。
自分じゃわからなくなってしまうんだなと知りました。
介護受ける権利
介護を行う権利
介護を受けるのを強制されない権利
介護を行うのを強制されない権利
そして介護を休む権利
ひとりひとり正解は違っていて、
制度を上手く使うのは難しいかもしれないけど
でもどの人にも自分に合った介護を
見つけられる世の中になってほしい
そう思いました。
患者さんの様子と並行し
野呂先生が少しずつ過去の出来事を
精算できていく様子もよかったです(^^) -
『いのちの停車場』の続編。
今回は、訪問診療所の新米医師である野呂聖ニが奮闘する。
彼自身が、祖母の介護をした経験があり、最後まで看れなかったことに対するわだかまりがあった。
だからこそ真摯に患者と向き合い何が必要なのか、どうすれば少しでも気持ちに寄り添えるかを考えているように感じた。
娘の手を借りずに一人で人生を全うしようとする母。
認知症の母の介護と仕事の両立に苦しむ一人息子。
末期癌のインドネシアから来た技能実習生。
大腸癌の手術を受けストーマを造設した夫は足腰も弱っているが妻が認知症であることを受け入れられないでいる。
体が不自由な母の世話をするのは、中二の少女という…ヤングケアラー。
老老介護であったり、ヤングケアラーであったり、家族なら仕方ないと、当然のことだからと思うのだろうが眠れなくて辛くて苦しんでいる。
なかなかSOSの声を上げることがないままである。
最悪なことになる前に声を上げて欲しいと思う。
訪問診療所の医師が今どのくらいいるのかわからないが、気づいてくれる医師が近くにいれば…としみじみと思った。
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それならば!私も声の限りを尽くして叫びたい。
「誰かにとっての『いい子』でも、自分にとっての『いい子』かどうか、考えなきゃ。」
『いい子』とは大人にとってのいい子であって、それは『都合のいい子』と同義だと思っている。
ヤングケアラー、きょうだい児のみんな、こんなの読んでなんかいないかもしれないけど、もしも気付いたら考えてみてほしい。
「自分の気持ち大事にできてる?」
どんな気持ちだって大切なあなたの気持ちでどれも全部正しいんだ。
いい子でいる必要なんてどこにもない!
最近政府が打ち出したヤングケアラーのキャンプ、あれには心底絶望した。
そこじゃない。それはもっと先の話なんだ。
あの子達が困っているのは今!なんだよ。
福祉がまだまだ間に合ってないんだよ。
キャンプじゃなくてケアラーにならないで済む制度を作ってよ。
何のための介護保険?子どものいる家庭なのに、介護を必要とする人間だけ!の食事に洗濯。
確かにそれだけでも助かるかもしれない。
大人ならまだしもよ?
子どもなのよ!ごはんは?洗濯は?掃除は?子供がやらなきゃならないのよ!
子供には子供らしくいる権利があるの!
それを大人の都合で子供らしくいられる時間を奪って無理矢理大人にしていいはずがないの。
介護保険だってもう少しだけ柔軟にしようよ。
せめてヤングケアラーになりそうな家庭にはさ。
読んでいて胸が苦しくて苦しくて息ができなかった。
私はね、いつかきょうだい児の子たちの逃げ場を作りたくてね。
でもそれにはまだまだ考えも知識も繋がりも全てが足りない。
時間もまだない。自分の生活だけで精一杯だ。
この本すごい。すごいものを読んだ。
物凄い切り込んでる。
前作の続きだと思って読み始めたらとんでもない方向に吹っ飛ばされた。 -
後悔にはいい後悔と悪い後悔があると思う
スーパードクター白石先生から主人公の座を引き継いだ元雑用係の新米医師野呂っち
まほろば診療所での日々は後悔の連続だ
ああすればもっと患者さんの力になれたんじゃないか
こうすれば患者さんの家族を救えたんじゃないか
思わずそんなにくよくよするなよ一杯どうよって背中をポンと叩いてあげたくなる
だけどそんな心配は無用だ
周りの人たちの助けも借りながら
野呂っちは後悔を前に進むための原動力に変えていく
後悔のない人生なんて有り得ない
だとしたら野呂っちのようないい後悔をしたいものだ-
後悔のない人生なんて有り得ない
まさにその通りです!w
日々後悔です…_| ̄|○ il||li後悔のない人生なんて有り得ない
まさにその通りです!w
日々後悔です…_| ̄|○ il||li2023/06/01 -
2023/06/01
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2023/06/01
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コロナ禍というマスク越しに語られる令和版・訪問診療所の物語。在宅介護、老老介護、ヤングケアラー、技能実習生、どれも生々しく切実な問題ばかり。
劇場版『いのちの停車場』の吉永小百合さんのように、南杏子さんらしいさらさらした美しい文章の流れが、逆にスーッと心の内側まで入ってくることがあって怖い。マスクが役に立ってない。
中でも老老介護の話は、心中を図るほど仲睦まじい夫婦のひとつの形を見て、複雑極まる心境にさせられた。いや、羨ましいとかだけじゃなくて。ホント。(羨ましい)
人に下の世話をしてもらうくらい体裁の悪いこと。そのために無理をすること。無理を止められないこと。
他方で、それは誇りをもつとも考えられないだろうか。自分だったらと悩む。誰もが当てはまるわけではないが、何度も何度も試練を乗り越えてきた夫婦だからこそ認知症を患ってなお愛し合う姿に心が動く。
それは生きるための響き合い。
なんと美しい言葉だろう。
東洋経済によれば介護現場の崩壊は異次元に突入したという。この作品で導き出されている結論のような、介護者を一般サラリーマンにする。人間性に頼らない一段高いレベルまで介護社会を引き上げられるか。
介護に頼るという決断を私もいつか迎える。まだ現役だからこそ考えなければならないことは多い。
まずは夫婦関係から考え直(こらっ! -
さてさてさんや他のブク友さんのレビューから図書館予約
すっごい待ちました
〈 吉永小百合主演映画『いのちの停車場』原作続編!老老介護、ヤングケアラー、8050問題……。介護の現場で奮闘する若き医師とその仲間たち。愛おしい人を、最後まで愛おしく思って生きられるように――。〉
介護の現場
うんざりするほど問題山積
される人になりつつある 今
明るい未来を想像できない 今
「まほろば診療所」
ないかしら?
移り行く四季の描写と共に
じっくりと読ませていただきました
≪ 立ち止まる 命の十字路 悔いはなし ≫-
はまだかよこさん、おはようございます。
こちらの続編も良いですよね。『外国人技能実習生』の問題、『老老介護』の問題、そして『ヤングケアラー...はまだかよこさん、おはようございます。
こちらの続編も良いですよね。『外国人技能実習生』の問題、『老老介護』の問題、そして『ヤングケアラー』の問題、それぞれそこに潜在するなかなかに解決の難しい問題が深く描かれていたように思います。
私も南杏子さん、読みたくなってきました。
2024/07/20 -
さてさてさんへ
おはようございます
いつも濃厚(笑)なレビュー楽しみにしております
この本も つい現実を想い心が沈みましたが
の...さてさてさんへ
おはようございます
いつも濃厚(笑)なレビュー楽しみにしております
この本も つい現実を想い心が沈みましたが
のろっち先生や登場人物の優しさにホロリと
いかに死ぬか
課せられた大きな課題です
わざわざコメントありがとうございました
2024/07/21
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今のところ親の介護の予定はないが、どうなるのだろう。。
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『いのちの停車場』の続編。
前作で運転手兼雑用係だった野呂君が、医師国家試験に合格し、金沢にある〈まほろば診療所〉に戻ってきました。
そんな新米医師・野呂先生の視点でお送りする連作六章の構成となっております。
実は、前作のラストにちょっとモヤっていた私ですが、咲和子先生がお元気そうでホッとしました。
今回の主役は野呂先生なので、咲和子先生は大学病院との兼務という事もあり時々しか登場しないのですが、抜群の安定感は健在で何よりです。
さて、本書の内容としては、コロナ禍での訪問診療と、“介護”について・・とりわけ“介護者(ケアラー)”の問題にスポットを当てた話が多く、“老老介護”“ヤングケアラー”など、この国が現在抱えている問題が浮き彫りになっております。
特に第五章「レトルトカレーの頃」は、脳梗塞で身体が不自由な母親の介護と小学生の弟の世話を一人で負担している中学生の女の子の話なのですが、周りも本人も“家族だから(介護負担は)当然”という認識なのがその深刻さを物語っているな、と思いました。
そして、野呂先生自身もヤングケアラーだった辛い過去があり、その時の後悔の念をぬぐい切れない彼の心情も絡めて展開します。
因みに、本文中で挙げられていたのが
「介護受ける権利」
「介護を行う権利」
「介護を受けるのを強制されない権利」
「介護を行うのを強制されない権利」
という“介護の権利”(義務ではなく)なのですが、
さらに、第六章で提唱されていた
「介護を休む権利」
が、介護者と被介護者が“共倒れ”にならない為にも大切だと思いました。
“愛おしい人を、最後まで愛おしく思って生きられるように・・”
そう、一人で抱え込んだ結果、大切な家族を嫌いになってしまう、なんて哀しいですものね。
ところで、第三章“末期癌になった外国人技能実習生”の話も印象的だったのですが、途中まで心温まるええ話だな・・と思って読んでいたら、話の終盤で“保険金”の件がぶっこまれてきて、一気に水を差されたよう気持ちになりました。
まぁ、単なるいい話で終わらせず、問題提起をするというのが著者の方の狙いだったのかもですけどね・・。
という感じで、本作も色々考えさせられる内容だったのですが、ただ重いだけではなく金沢の情緒ある情景描写や郷土料理のネタが所々に挟まれるので、緩急のバランス良く読むことができました。
勿論、野呂君の健闘ぶりと看護師の麻世ちゃんのサポートもナイスで、フレッシュな二人の頑張る姿が清々しくて良かったです~。 -
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ヤングケアラーについて、考えさせられる内容でした。同時に老々介護にも触れられていて、介護の今を見ているようでした。
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介護する家族に視点をあてて話が展開される。介護をする事は、とても大変な行為だ。他人を頼りにすることを恥じとは思わず、SOSを出してもいい社会になるといい。
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主に介護問題、ヤングケアラー問題に焦点を当てる金沢市の診療所を舞台にした医療物語。
熱血で若い医師の野呂先生がとても魅力的だ。
彼自身も、元ヤングケアラーであったという事実が重く物語を進めていく。
年を取らない人もいないし、病気にならない人もいない。
なのに、私たちはどうして介護問題にこれほどにも無頓着なんだろう。
私自身も深く反省する。
介護者は日々の介護で疲弊し、助けを求める気力も時間も無い。
周りの方が気づいて手を差し伸べなくては。
最後は、野呂先生自身の過去の介護問題の呪縛?も解き放たれてよかった。
また野呂先生の活躍の物語を読みたい!
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「いのちの停車場」の続編。あれから3年後、無事医師になった野呂先生を主人公にした一冊。全編通して「介護」が大きなテーマとなっており、重いテーマだけに色々と考えさせられる本だった。
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人の生と死は、逃げられないもの。
救急医療は、一刻も争う状況で、命と向き合い、死から生へと導く。
訪問介護は、細やかな心遣いで、人と向き合い、生から死へと導く。
患者の人生、家族、思いを、丸ごと抱えて、寄り添ってこそだ。
野呂先生、まほろば診療所にお帰りなさい。
コロナ禍で、世の中が大変な時に、
一生懸命な姿に感動!
介護の4つの権利、
①介護を受ける権利
②介護を行う権利
③介護を受けるのを強制されない権利
④介護を行うのを強制されない権利
正直、①しか理解していなかった。
ヤングケアラー問題も、しみじみ考えさせられた。
5つ目の権利、実現出来たら、どんなにいいか! -
シリーズ2作目。
今作の主人公は野呂先生。
介護者スポットライトがあたっているものが多く、厳しい現実を垣間見た気がした。
家族に対する愛情が深いほど、自分で背負いこもうとするというのは、実際そうかもしれない。
自身もヤングケアラーだった野呂が、同じ過ちを繰り返さないようにと懸命に動く様子に共感した。
まほろば診療所のような地域との連携がとれた温かな病院があったら、ホームドクターをお願いしたい。
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いのちの停車場続編。前作が癌の看取りの話が主だった印象だったが、今回はコロナ禍と介護。白石先生が抜け、野呂先生がまほろばを支える。家族なんだから介護して当たり前の世界から抜け出せますように。
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介護やヤングケアラー問題は難しい。家族なんだからやって当たり前、周りも自分もそう思いこんで逆にやらなければ家族なのにという目で見られる、見られるような気がする。簡単に解決できることではなく根深い問題だと思う。日本は介護や在宅医療の発展がまだまだ行き届いてないから、難しいのかもしれない。これからこの分野が発展していくにはどうしたらいいのか…。
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色々と考えさせられる話しだった。
介護のこと、知れて良かった。野呂先生、応援したくなる先生だな。
著者プロフィール
南杏子の作品
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