凍りついた香り (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 145
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344401365

感想・レビュー・書評

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  • 涼子に“記憶の泉”という香水をプレゼントした翌日調香師の弘之は自殺した。
    家族は死んだと弘之に聞いていたが、弘之そっくりの弟、少し心を病んだ母がいた。デタラメな履歴書、数々の嘘を知り、弘之をもっと知ろうと弘之の実家へ行く。
    弘之の大切にしていたもの、スケート、香り、そして数学コンテスト…。

    高校を中退し、家出をする前に参加した最後の数学コンテスト。そこに弘之の謎めいた人生との関わりがあるのではと涼子は開催地プラハへ飛ぶ。15年前、16歳の弘之に何があったのか。

    謎めいてはいるが、ミステリーではない。愛する人がいなくなった世界で、なんとか彼の姿を消しまいと、彼が生きてきた軌跡をたどる、涼子の哀しい旅がメイン。涼子の虚無感が凄く、存在が薄い。ずっと靄のかかったような静かな世界だった。

    「出会った時から私は、彼のいる世界と、いない世界の落差を知ってしまったのだ。」
    私にもわかる。もう元の世界には戻れない。戻りたくない。

  • やはり、小川洋子さんの小説は、独特な世界観だ。
    現実を生きる人たちの物語なのに、どこか現実感が欠けているというか、童話めいているというか。

    職場で突然自殺をしてしまった調香師の弘之。“ルーキー”と呼ばれ皆から親しまれていた彼の恋人・涼子は、弘之がなぜ死んでしまったのか、過去を辿りながら理由を探し始める。
    弘之の弟・彰と風変わりな母親との短期間の共同生活、そしてプラハでの出来事。
    孔雀の羽根、記憶の泉、調香師、数学の問題…いくつかのキーワードから死者をたずねる謎解きが始まる。

    大筋はミステリ風だけど、結果的にはっきりと謎が解けるわけではなくて、終始ふわふわとした雰囲気。
    そして静けさ。小川洋子さんの小説は、どれを読んでも静けさがある。
    主人公が感情を荒立てることがなくて、どこか客観的だからだろうか。
    読んでいて言い知れぬ悲しさを感じるのだけど、その静けさがとても心地好い。

    エンタメ小説ではないし、ここが面白い!とも言えない種類の小説だけれども、この雰囲気にはまる人は小川洋子さんの小説を全部読んでみたいと思うはず。
    私もその一人で、徐々に読んでいってる最中。

    物語の中心はルーキー(弘之)なのに、彼はもう死んでいて、回想や過去の中にしか生きていない。
    それなのに周りの人間たちは皆ルーキーに囚われたままで、彼の突拍子のなさや天才的なところに、いつまで経っても振り回され続けている。
    人間は多面的で、“私の知らないあなた”や“あなたの知らない私”が絶対にある。どの部分が表でどの部分が裏とかではない。全部本物のその人だけど、相手によって見せる面が違うのは自然なことだ。
    どれだけ親しく、近しくなっても、きっとそれは変わらない。未知な部分があるからこそ、人は人に惹かれる。

    そんなことを思いながら、静かに読み終え、本を閉じた。
    最後まで、静けさに満ちた小説でした。

  • 此処にあったのは、ただただ圧倒的な静けさ。
    静謐で誰にも邪魔されない二人だけの世界が、激しい雹に打ち付けられたかのように一瞬で壊れて失われた。貴方の残像は、私が髪を束ね上げ、指先で首筋から耳筋をたどりふっと香る、その甘くて柔らかな形無きものの姿となって、私の元へ帰って来ました。それは記憶の泉。記憶も香りも保存されていく。貴方もその一部となって。過去はどうしても変えることなど出来ないのだから、貴方の欠けた部分を、私が補って生きていく。泣いたって良いじゃない、記憶だけそれだけは、貴方が私だけに香りとして遺してくれた、最期の贈り物。

  • 突然の恋人の自殺をキッカケに恋人の過去を辿り、改めてその思い出に浸る…それがいつもの小川洋子さんらしい優しく不思議な空気感の文章で綴られている。
    弘之の世界観は予定調和的なのか?記憶の泉を作り自らの命を絶つ事で永遠に記憶として生きる、というのが究極の整理・分類なのか?逆に彼に触れた人が全て彼の世界に整理されていくのか?孔雀の番人を通じて行き来できる記憶と現実のどちらに私たちは生きているのか?
    突然の死によって逆にその人の事を深く知るようになる事を通して、人と人がわかりあう事の難しさとだからこそ相手の事をあたまで理解するのではなく「匂いとして」受け入れる、そんな受け止め方もできるのかな?って思いました。

  • 『匂いは過去に向いて漏れている』

    小川洋子の作品を読んでいる時、私の身体は薄い膜に覆われて、現実の中に確かにいるはずなのに、ひんやりと凍りついた空気の中に閉じ込められてしまう。

    寒くないのに、身体が冷え切ってしまったような感覚に陥って本を閉じては何度も腕を摩る。そしてその摩る自分の手のひらが、指先が思いのほか熱くてその生暖かさを気持ち悪いと感じてしまう。

    匂いを感じている。夜の匂い。メレンゲ菓子の喉に残るような甘い香り。サボテンの花が咲いている。雨の音が一度遠ざかる。

    小川洋子の作品を読むという事。それは普通の読書体験ではない。自分がどこにいるのか感じることができる。私がここにいるということがわかる。そして物語も確かにここにある。

  • 美しい。綺麗で匂いたつような文章。

    2011・12・18

  • 自殺した調香師、弘之のこれまでの人生をたどる恋人の涼子の話。

    ただただ静かな時間が流れる小説だった。引き込まれるでもなく、でも文字を目で追うのが心地良い感じがした。小川洋子さんの読んだ作品は博士の愛した数式に続いて二作目だが、どちらも愛しいという言葉がピッタリの小説だった。
    調香師なんて職業があるんだ…

  • 小川洋子の静かで美しい語調の際立つ長編作品。亡くなった恋人がどのような人だったのか、人に会い、旅に出て、不思議な幻想世界に迷い込みながらも見つけていく。
    恋人の影を探し求める1人の女性の悲しみや戸惑いと、鮮やかな才能を持ちながら自分の才能とうまく生きていくことができなかつた恋人、そして、その姿を見ながら自分や周りと折り合いをつけて生きていく恋人の弟。
    全ての登場人物の恋人の才能への眼差し、彼を救えなかった、それどころか、彼自身を見つけてあげることさえできなかった悲しみを背負う姿は、どうしてここまで細やかに心情の機微を文字に起こせるのかと、こちらが苦しくなるほどである。

  • なんと魅力的な主人公だろうか。視覚を塞ぎ、嗅覚、聴覚、触覚に生きた。
    誰かが損なわれることに我慢がならず、自分を失った弘之。ルーキー。
    プラハのジェニャックも魅力的。言葉を超えた世界。
    最後の算数を教える場面の描写で泣いた。
    自殺の理由なんて外からは分からない。それがメッセージ。
    ただ彼は受け入れたんだな、死を。

  • 「あらかじめ用意された間違いを犯すために、身代わりになった。」
    「『どっちだって、大して変わりないさ。僕が行く場所はもう決まっているんだから。誰かが決めてくれているんだ。僕が生まれるずっと前にね』」

    ルーキーは、“正しい答え”が見つけられない事柄に対して、“分類”ができなかった。「僕が行く場所」、つまりいつか死ぬことは、「あらかじめ用意」されていて、「もう決まっている」ことであって、ルーキーはそれをきっと“正しい答え”としたのだろう。こうやって死の動機をたった一つの“答え”として考えるのは恐らくこの小説の本意ではないのだろうが、そう感じた。
    きっとルーキーの「香り」は涼子や彰や母親の中で凍りついていて、もう溶けない。

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著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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