むかしのはなし (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 3294
レビュー : 391
  • Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344410954

感想・レビュー・書評

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  • “むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。おばあさんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。”

    幼い頃におばあちゃんが語ってくれた桃太郎のお話。”むかしむかし”と始まるトキメキの瞬間。恐らくおばあちゃんも、小さい頃に同じようにだれかに聞かせてもらった”むかしむかし”から始まる物語。人類に起源があるように、そんな”昔話”にも必ず起源があるはずです。現代において小説家が小説を生み出すように、過去のどこかのある日、今、”昔話”と呼ばれているお話が生まれた瞬間があったはずです。

    そして、そんな古より伝わる“昔話”を現代の私たちが読むと、とても奇妙奇天烈な内容だと感じます。冷静に考えて桃から人間の赤ちゃんが飛び出してくることなどあるのでしょうか? イヌやサルやキジがドラえもんの力も借りずにお供などしてくれるものでしょうか? 鬼の家にいきなり押しかけボコボコにして、その金銀財宝を持ち帰っておじいさんとおばあさんと幸せに暮らしましたというのは、罪にならないのでしょうか?

    『いま「昔話」が生まれるとしたら、と考えた結果である』と語る三浦しをんさん。この作品は、この国に今も語り継がれる七つの”昔話”の基本コンセプトの上に三浦さんが新たな物語を組み立てて誕生した、とても新しい”昔話”です。

    ということで、非常に凝った作りがなされているこの作品は、七つの短編それぞれが、日本人なら誰でも知っている有名な”昔話”のあらすじをその冒頭でまず振り返った後、三浦さんがその基本コンセプトを用いて、現代から近未来のお話を新たに構築していくという作りになっています。そして、全く異なる”昔話”のコンセプトを使っているにも関わらず、近未来に起きるとされるある事象を背景に七つの物語が繋がっていく連作短編の形式をとっています。

    そんな連作短編は、三浦さんの作品にしてはかなりダークな色彩に彩られています。まず冒頭の〈ラブレス〉は「かぐや姫」のお話がまず語られた後、三浦さんの物語が始まります。『俺の祖父は、二十七歳で死んだそうだ。俺の父も、二十七で死んだ』という衝撃の冒頭。『俺の母はよく「あんたの父親の一族は呪われてるのよ」と言った』という言葉通りに『男がみんな早死』するというその家系。それを象徴するかのように法事で父方の親戚の集まりに行った主人公は『衝撃の光景』を目にします。『男は三十過ぎまで生きないもんだから、いるのは女と子どもばかり』というその衝撃。そんな父方の家系を『ろくでなし』という母は『二十七の一年間は、あまり出歩いたりせず、身をつつしんでおきなさい』と言います。しかし『それが、俺が覚えている母の最後の言葉でもある』という母は、『俺が小学生のときに、どっかの男と一緒に行方をくらませたきり』とどこまでも衝撃な家庭環境が語られていきます。そんな母を『ろくでもないアーパー娘』と思う主人公は『俺は自分が二十七になるのが、怖かったのと同時に待ち遠しかった』という不思議な心持ち。『怖いけれど、逃げようがないよな?』と考え『なにが起きるんだろう』と逆にこれから自分の身に起きることを前向きに捉える主人公。しかし『二十七になっても、べつに変わったことはなかった』という運命の年の始まり。『とにかく生きてこの年齢を越えたいから、俺は油断はしなかった』という主人公。しかし現実は甘くはありません。展開する次の場面は『俺はいま、晴海埠頭の倉庫にひそんでいて、はっきり言って生命の危機にある』という事態。『まわりには城之崎組のやつらが、懐中電灯片手に俺を探してひしめいている』という待った無しの緊迫の場面に立たされる主人公。果たして主人公は運命の二十七の線を越えられるのでしょうか?

    「むかしのはなし」と聞くと、おじいさんが山に行って、おばあさんが川に行ってというイメージが自然と頭に浮かんでしまうのは、私たちが幼い頃から散々に聞かされてきた、いわゆる”昔話”の呪縛から逃れることができないからなのだと思います。恐るべし”昔話”という気がしますが、そんないわゆる”昔話”のイメージをもってこの作品を手にした読者は冒頭の〈ラブレス〉のあまりの衝撃に言葉を失うことになります。「かぐや姫」の要約の後に登場するのは前述の緊迫の物語。そんな主人公は『あんたが欲しがってた、ベンツのガルウィング』『スーツが入っているのだろう箱だ。アルマーニ』と客の女性から高額のプレゼントを次々受け取る様をかぐや姫に重ねます。しかし、そんな主人公の職業はまさかのホスト。そして『俺は信じたくないな。運命も、愛も。どっちも見たことがないから』と語ります。『「あれがそうだったのか」と思い当たったときには、とっくに手遅れになっているものだから。そんなものは、ないのと同じだ』というその信じない理由を語る主人公は『隕石が地球に激突するのと似たようなことだ。激突したときには、どうせすべてが終わっている』という例えを持ち出します。日常の会話でもこのように極端な例えはたまに耳にします。そして読者は普通にはその感覚でこの一文を流し読みするはずです。しかし、実はこの一文がこの七つの物語を貫く強烈な伏線としてこの後の六つの短編を貫いていきます。そう、この作品はあらすじにある通り『三カ月後に隕石がぶつかって地球が滅亡し、抽選で選ばれた人だけが脱出ロケットに乗れる』という奇想天外な背景をもとに展開していく物語なのです。そんな壮大なストーリーへの伏線を三浦さんはこのようにさらっとセリフに載せて読者に提示します。読み返して気づく三浦さんの構成の妙がどこまでも光ります。

    そして、そんな強烈な背景を持つ作品の中でずば抜けて長尺になってしまっているのが最後の短編〈懐かしき川べりの町の物語せよ〉です。なんとも意味ありげな名前のこの短編。七つの短編の一つにも関わらずこの短編だけで全体の40%のページ数という圧倒的な偏りを見せます。この作品では、あらすじにある脱出ロケットへと搭乗することになる人物のそれまでの歩みが描かれていきます。そんな物語の中に登場するのが強烈な個性を持った『モモちゃん』という男子高校生。昔話「桃太郎」の基本コンセプトの上に立つ物語の主人公という位置づけからのその設定ですが、補導歴24回。鑑別所送り3回、寝た女の数もうすぐ4桁という伝説の高校生という『モモちゃん』。そしてそれを取り巻く3人の友人をイヌ、サル、キジと見立てて「桃太郎」の基本コンセプトに重ねて展開するその物語は『モモちゃん』という可愛い名前からは予想もできないダークな世界です。そんな『モモちゃん』と行動を共にする主人公は『危険に直面しても身構え』ることのない『モモちゃん』を見て気づきます。『たいがいのひとは、感情を理性と常識によって制御する。感情というのは、理性によってうまれるものなんだと』。そんな『不安や恐怖という概念』のない超然とした人物として描かれる『モモちゃん』。その一方でどんどん運命の日が近づく地球。隕石衝突というような衝撃的な事態に私たちがもし対峙することになったとしたらあなたはどのような行動をとるでしょうか?会社や学校に行く意味などあるのでしょうか?法律を守る意味はあるのでしょうか?そんな風に湧く疑問の数々に対して、ここで三浦さんはハッキリと書きます。『いずれ死ぬからといって、生きるのをあっさりとやめることはできない』。そう、死ぬと分かっていても、幾ら騒いでも日常生活は続きます。どんな時でも日常生活は続いていくのです。それは、どんな時でも。そして、とてもリアルで冷静なこの感覚を『モモちゃん』はこう語ります。『死ぬことは、生まれたときから決まってたじゃないか。いまさらだよな』。ここまで達観した考えができるのかどうかはわかりませんが、”昔話”のヒーローの一人でもある桃太郎に重ねられた『モモちゃん』だからこそのカッコよさを感じた印象的なシーンでした。そんなシーンを交えつつ、地球滅亡を前にした”昔話”は刻まれていき、そして、ここに新しい”昔話”が誕生していきます。

    『なにかを語り伝えたいと願うときは、きっとなんらかの変化が起きたときだろう』と語る三浦さん。人は心動かされる出来事を目にした時、それを記憶し、次に誰かにそのことを語りたいという思いに囚われます。『喜びか、悲しみか、驚きか、定かではないけれどとにかく、永遠に続くかと思われた日常のなかに非日常性が忍び入ってきたとき、その出来事や体験について、だれかに語りたくなるのだ』という瞬間は、誰にでもある自然な感情だと思います。そして、その語りたくなる相手は『だれでもいい。だれかに』という自然な感情の発露の瞬間。そこに誕生する物語。”むかしむかし”から始まる物語。

    構成の絶妙さに関心させられたこの作品。三浦さんが書く近未来の新たな「むかしのはなし」を聞く未来の子供たちは、そこに何を感じ、何を思うのでしょうか。そんなことをふと考えてしまうとても興味深い作品でした。

  • 2020(R2)7.5
    連作短編集?
    それぞれの短編は独立してるけど、ある状況を共通の設定にし、かつ、日本の昔話のエッセンスを現代の物語に取り入れて「現代版 日本の昔話」に仕立てている。
    ちょっとトリッキーな構成が、僕の「三浦しをん観」をいい意味で裏切ってくれて新鮮だった。

    一気に読み終えた。

  • 昔話には教訓が隠されている。地球滅亡という極限状態で教訓を活かせるひと、活かせない人を扱っている連作小説。
    地球から避難した人と地球とともに死んでいく人。どちらが幸せなのか?不安と恐怖に日々苛まれ、苦しい死に方をするのと引き換えに1日でも生を存えることを選ぶことに意味があるのか?
    究極の選択だな〜

  • 昔話が今、生まれるとしたら…という短編集の物語でした。そして、全て「語り」の様な形式で書かれていました。
    後半は、3ヶ月後に地球が終わるという事態を受けて、、というシチュエーション。
    全て、薄い薄い膜が貼られていて、その膜を通して物語を読んでいるような感覚に陥りました。
    「日本昔ばなし」とはイメージは違うけど、近未来の昔話。こんな昔話もあってもいいのかもしれない。

  • 誰もが知ってる昔話、かぐや姫 花咲か爺 天女の羽衣 浦島太郎 鉢かつぎ 猿婿入り 桃太郎 を三浦しをん風にアレンジしたら こうなりました、と言う洒落た本ですね♪
    人は如何なる状況下でも言葉を仲立ちに誰かと繋がっていたいと願うものであり、昔からの物語は その証だと言う。その思いを具現化したらこの物語になりました とさ!
    だけど これらの物語を市原悦子さんと常田富士男さんが語るのは ちょっとアンマッチ かも 笑。

  • 短い小説が続くがその文章は三浦しをんの世界。
    途中から地球に惑星が衝突するということが分かり選ばれた人たちだけが火星に移住して生き延びることが出来ると言う世界と成り、その移住前に起きる地球での出来事を短編で書かれたものが中心となっている。
    切羽詰まった世界でそれぞれが生きていく姿、助かることのない地球に残る人たちの残りの人生などお話しは色々。
    それぞれの最後の生き様が三浦しをんの世界の中で綴られている。

  • 期待しすぎたせいか、終わり?ってなった。

  • 最初は、三か月後に巨大隕石が衝突するから、地球を脱出する、という設定に、若干なじめなかった。
    どう考えても、地球外へ出ても生き延びられる可能性が考えられない。
    スペースコロニーみたいなものを作ったにせよ。
    そこも、いつか設備に欠陥が出て、阿鼻叫喚の状況に陥る未来が、どうにも描けてしまって…。

    それを脇に置けば、面白かった。
    いや、面白いというと語弊があるかな?
    それぞれの人物が語る物語は、どこか切ない。

    どれくらい未来の設定かはわからない。
    でも、それでも、作品に描かれた多摩川の景色は、きっと私がかつて見て暮らしたそれと変わらなさそうだ。
    そういう部分でのリアリティを感じることができる。

    一番自分にとってわかるような気がしたのは「花」。
    空っぽの「私」を、自分を愛している/自分は愛していない男に、いつ気づかれるか。
    そうして自分への愛が覚めるかを恐れている女のお話。
    「猿聟」からインスピレーションを受けたものだそうだ。

  • 『かぐや姫』や『桃太郎』といった、日本の昔話をモチーフにした連作中・短編集。1話目の『ラブレス』と最後の『懐かしき川べりの町の物語せよ』の内容が呼応して、完結性を高めている。「自分の、そして相手の、さびしさを感じ取ることでしか、だれかとつながる手段がないなんて。心とは、なんて皮肉な仕組みで動くものなんだろう。」三浦しをんさんの紡ぐ言葉の一つ一つに、研ぎ澄まされた感性に惹きつけられる。

  • 全編が基本的に一人語りなのに、ぐいぐいと物語世界に引き込まれていく。時々話し掛けている相手(人や機械)に了解を求めるような場面にニヤリとしてしまう。各話冒頭の昔話を、とても遠いところに感じるストーリー展開で、でも「そうくるか!」という笑いが込み上げる。地球滅亡まであと三カ月の直前の『ロケットの思い出』が良かった。花咲か爺をベースに敷いたロケット(犬)と窃盗犯の話なのだが、可笑しさと悲しさの混ざり方が良い感じだ。

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。以後、『月魚』『ロマンス小説の七日間』『秘密の花園』などの小説を発表。『悶絶スパイラル』『あやつられ文楽鑑賞』『本屋さんで待ちあわせ』など、エッセイ集も注目を集める。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、12年『舟を編む』で本屋大賞を、15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。ほかの小説として『むかしのはなし』『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『光』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『木暮荘物語』『政と源』などがある。

「2021年 『ののはな通信』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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