- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344411821
作品紹介・あらすじ
ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれどもお客といえば、日本おたくの青年トンミひとり。ある日そこへ、訳あり気な日本人女性、ミドリとマサコがやってきて、店を手伝うことになり…。普通だけどおかしな人々が織り成す、幸福な物語。
感想・レビュー・書評
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あなたは『おにぎり』が好きですか?
『おにぎり』というものにどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?今やコンビニを代表する商品でもある『おにぎり』ですが、学校時代の遠足に、運動会にと、イベント事に持っていくお弁当の中に入っている食材という印象を抱いている方も多いと思います。
『やっぱりおにぎりは、鮭、おかか、昆布、梅干しなんです』。
そう、『おにぎり』と言えば中に入っている”具”が大切なポイントでもあります。外からは何が入っているかわからない『おにぎり』の”具”。何が出てくるかというドキドキ感もイベント事にはマッチするのだと思います。
『作る人が心をこめて握』る『おにぎり』。そんな風に考えれば考えるほどに、この国に『おにぎり』というものがあって良かった、そんな風に思います。
さてここに、そんな『おにぎり』を異国の地、フィンランドで提供する食堂を舞台にした物語があります。『ひょっこりした』かもめが『自分と似ている』と思う主人公が登場するこの作品。異国の地を舞台にするワクワク感が全編を覆うこの作品。そしてそれは、異国の地の人々が集う「かもめ食堂」の日常を描く物語です。
『店は開いていたけど、客は入っていなかった。店にいるのは今日もあの子供だけだよ…ちゃんとした料理が作れるのかしら。あれは「かもめ食堂」じゃなくて「こども食堂」だわ』と、周囲の人々から噂されるのは主人公のハヤシサチエ。『外国でわざわさ日本をアピールするのは、ものすごく野暮ったい』と考えるサチエは『さりげなく地元にすっととけ込んだ、お店をやりたかった』と考えています。『客数ゼロの日が延々と続』く中、それでも『ここヘルシンキで自分の店を持てたことがうれし』いと思うサチエは、『嬉々として体を動かし』続けます。『三十八歳になったばかり』というサチエが、『地元フィンランド人に「子供」といわれていたのは、小柄でかわいらしい顔立ちのせいで』もありました。『古武道の達人』という父に、幼いころから『熱心に指導』を受けたサチエは、道場の壁に貼られた『人生すべて修行』『という父の筆による書』を見て育ちます。『敏捷な身のこなしで、みんなに一目置かれていた』サチエでしたが、十二歳のときに母親が交通事故で亡くなったことを機に『家事に費やす』時間が増えました。そして、『料理上手の母親が』『残してくれ』た『料理ノート』をアレンジして、『煮物、焼き物はもちろんのこと、和菓子まで作った』というサチエは『料理がどんどん上手にな』ります。そんな中、『遠足の日、お弁当を作らなければと起きた』サチエは、おにぎりを作る父の姿を見ます。『おにぎりは人に作ってもらったものを食べるのがいちばんうまいんだ』と語る父親。そして、『遠足と運動会の日のお弁当』のおにぎりを作り続けてくれた父親。やがて大学を卒業し、『大手の食品会社に就職し』たサチエでしたが、『素朴でいいから、ちゃんとした食事を食べてもらえるような店を作りたい』という夢を膨らませていきます。『毎日、貯金通帳を眺め』『早く増えますように』と思う日々。しかし、『表面だけお洒落で実のない店』を東京で見る中に疑問が膨らむサチエは、ある日『外国で作ればいいじゃない』と閃きます。そして、『どこの国がいいだろうかと、あれこれ思いを巡ら』す中に、『フィンランド』が頭に浮かびます。『父の道場にフィンランド人の青年が来ていた』ことを思い出し、早速コンタクトを取るサチエ。調理師免許を取り、フィンランド語を学ぶ中に『問題なのは開店資金だ』と思い至るサチエは、『父に頼るのも嫌』という中、ある方法によってまさかの大金を手にします。『最終段階まで』父に黙って進めた計画、そして、出発前夜に『私、フィンランドに行きます…あっちに住んで食堂をやるの』と話すサチエに『むうう』とうなる父親。しかし、翌日『持って行け。人生すべて修行だ』とおにぎりを作ってくれた父親。そして、フィンランドへ単身移り住んだサチエが、港で目にしたかもめから着想した「かもめ食堂」と名をつけた食堂で心をこめた料理を提供していく日々が描かれていきます。
“ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれどもお客といえば、日本おたくの青年トンミひとり。ある日そこへ、訳あり気な日本人女性、ミドリとマサコがやってきて、店を手伝うことになり…。普通だけどおかしな人々が織り成す、幸福な物語”と内容紹介にうたわれるこの作品。日本を飛び出して北欧フィンランドを舞台とする物語です。私は今までにおよそ750冊の小説ばかりを読んできましたが、その大半は舞台を日本国内とするものばかりです。もちろん同じ日本国内とは言え北海道から沖縄までその幅は広く飽きがくるようなことはありません。しかし、2020年春から三年も続いたコロナ禍で国外へ出ることもままならなかった中には、国外の雰囲気感を夢見る気持ちがフツフツとしていたのも事実です。そん
な中にたまたま手にしたこの作品の舞台、フィンランドは私にとって訪れたことのない国でもありとても新鮮な感覚を抱きました。
では、まずはそんなフィンランドを描写した箇所を幾つか見てみたいと思います。
・『フィンランド人は、見知らぬ人にはフレンドリーではない。多くは人見知りだ』。
→ 北欧の人は日本人に似たところがあると良く言われますが、この辺りなるほどと感じもします。物語に登場するフィンランド人たちを象徴する説明でもあります。
・『街なかの洋服店のディスプレイを見ると、東京の場末の洋品店でも扱っていないような柄のブラウスが並んでいる「だいたい、こちらの人の普段着はジャージですね。特に男の人はそうです」』
→ 現地の人々の生活に対する考え方が見えてくる表現ですね。なんだかとてものんびりした雰囲気感が伝わってもきます。
・『フィンランドの人は、森に神がいるっていっているそうです。森に行くことで神と近づくというか、神聖な場所のようですよ』
→ これはイメージ上のフィンランドを感じる表現です。国土面積の73%が森林というフィンランド。森と湖の国というフィンランドに暮らす人々の考え方に納得感を感じます。
三つほど見てきましたが、思ったほどにはフィンランドの描写は少ないのがこの作品の特徴です。というのも確かにフィンランドを舞台とする物語ではありますが、その中心はサチエが営む「かもめ食堂」になるからです。では、次に書名ともなっている「かもめ食堂」を見てみたいと思うのですが、少し不思議なのはせっかくフィンランドという異国に店を出すという想定なのにそんな食堂の外観、内観についての描写がほとんど登場しないことです。これは摩訶不思議です。そして、メニューについてもざっくりとしか登場しません。
『ソフトドリンク、フィンランドの軽食。煮物、焼き物などの日本食、夜はアルコールも出す。味噌汁、そしてサチエの一押しであるおにぎりが、おかか、鮭、昆布、梅干しと揃っている。しかし客の注文はほとんど、ソフトドリンクとフィンランド料理ばかりだった』。
せっかくフィンランドという場に展開するのに、肝心の『フィンランド料理』の描写はほとんどありません。この点も摩訶不思議です。一方で群さんが光を当てていくのが『おにぎり』です。上記した作品冒頭の記述の中にも『おにぎり』は印象的に登場します。食堂の料理として『おにぎり』を打ち出したいサチエ、『注文をとるときは必ず、「おにぎりもいかがですか」と勧める』と、『なじみがないフィンランド人』は、『それはいったいどういうものかとたずねるので、握ったものがあればそれを見せ、ないときは説明する』ものの、注文には繋がりません。しかし、サチエはあくまで『おにぎりに固執し』ます。
『作る人が心をこめて握っているものを、国は違うとはいえわかってもらえないわけがないと信じていた』。
そんなサチエは、腐ることなく『おにぎり』を勧める日々を送っていきます。異国の地で、ある意味では日本食の一つの代表選手とも言える『おにぎり』にこだわるサチエ。彼女が生まれ育った中での父親との思い出にも繋がっていく『おにぎり』。具体的なフィンランド料理が登場しなくとも、『おにぎり』というまさかの日本食の存在が「かもめ食堂」の物語を彩っていきます。
そんな物語は、サチエがヘルシンキに「かもめ食堂」をオープンしたその後が描かれていきます。サチエの見た目から『こども一人』でやっていると見られ、『あれは「かもめ食堂」じゃなくて「こども食堂」だわ』と呼ばれ、『客数ゼロの日が延々と続』く食堂の経営。しかし、当の本人・サチエは『ヘルシンキで自分の店を持てたことがうれしく、嬉々として体を動かして』いきます。そんな物語に彩りを添えるのがフィンランド人のトンミ・ヒルトネンデスの存在です。『コンチワー。カ、モ、メ?』、『ニホンゴ、ベンキョ、チョットシマシタ。ドコデ?シミンコウザデ…』と語るトンミは『一年前、たまたま日本のアニメーションを見て興味を持ち』日本語を勉強しています。そんなトンミの夢は『ぜひお金を貯めて日本に行って、ガッチャマングッズをたくさん買いたい』という微笑ましいものです。1972年にタツノコプロが制作したSFアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」はこのレビューを読んでくださっている方の中でもどれだけの方がご存知かはわかりません。一方で「かもめ食堂」は2006年に刊行されています。フィンランドという国をわざわざ舞台とした物語に登場させるくらいですから実は彼の国でも有名な作品なのかもしれません?この作品ではトンミ=『ガッチャマン』という位に話題として登場していきます。この群さんのこだわりはどこにあるのだろう?『ガッチャマン』にあまりに執着した記述にそんな思いも抱きました。そして、物語には、あと二人、ミドリとマサコという二人の日本人が登場します。小説の登場人物として関係性は別に三人の女性が物語を主導する作品は多々あります。物語に安定感が出るのだと思いますが、この作品における三人の位置づけもとても絶妙に展開します。そんな三人が関わっていく「かもめ食堂」を舞台にしたこの作品。特に大きなことが起こるでもなくある意味淡々と記されていく物語の中に、あくまで自然体な日常を生きるサチエの生き方に魅了されていく、そんな自分に気づきました。
『自然に囲まれている人が、みな幸せになるとは限らないんじゃないかな。どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ』。
ヘルシンキに「かもめ食堂」という名の食堂を開いた主人公のサチエ。この作品では、そんな彼女の店に集まるフィンランド人と日本人の姿が描かれていました。食堂を舞台にした作品なのに、食が目立たないこの作品。そんな中に『おにぎり』という存在に光が当たっていくこの作品。
ただただ穏やかな時間が流れる物語の中に、ほっこりとした読後感を楽しめる、そんな作品でした。 -
本のほうももちろん良いですが、映画は何度も観てしまいます。
休日にプロジェクターに投影して、珈琲淹れてまったり読書。のような時にピッタリです。 -
とても不思議な魅力をもつ物語でした。
経緯は割愛するとして、38歳の独身女性が、ヘルシンキで一人で食堂を始めます。シンプルな味、正直で真面目な仕事を心がけ、特に店の宣伝もしません。
なぜかこのお店に、日本人の訳ありの中年女性が次々と吸い寄せられるようにやってきて、質素な生活の中に、温かな幸福が広がっていきます。
人見知りの激しい地元の人たちの理解も進み、このお店を起点にして、人と人との関係性が良好になっていく展開に、読み手も頑張ろうとする元気と幸せのお裾分けを頂いているようです。
食文化の違いで、「おにぎり」のよさが伝わらない場面が何度もありましたが、最後にその味を認めてくれる人が登場し、少しホッとしました。
最後の晩餐は、シンプルに「絶品塩結び」でいいかもしれません。 -
群ようこさんの作品、初読み
一念発起して日本を飛び出し、フィンランドで店を開きたくましく生きていくサチエの元に、訳ありの人達がそれぞれ店にやって来て触れ合っていく話
特に大きな事が起こるわけでもなく淡々とした文章なので肩肘張った感じはないものの、サチエにはブレない信念があって、芯の強さを感じる
すごく印象に残る小説ではないが、読んでいて心が和むのでゆったりした気持ちになりたい時におすすめ
おにぎりが大好きな私は、フィンランドの客に「おにぎり美味しいから注文して」と常に念じていた -
母を早くに亡くし、
「人生すべて修行」という言葉が口癖の父のもとで育ったサチエ。
自分の店を持つ夢を叶えるべく頑張る話。
かと思ったのですが、、、
宝くじがあたり、父親をおいてひとり海外へ。
念願だった自分のお店を持ち、
のんびりとした生活を手に入れますが、、、
”のんびり”できるのは、
一億円を持ってる故の余裕から…?
合流したミドリも、
初めはお店の経営が芳しくないことを心配して、
サチエとぶつかりながら、あれこれ試行錯誤を試みるが、サチエが大金を持ってると分かった途端、
その情熱は何処へやら。
うーん。
あんまり好きになれなかった作品。 -
片桐はいりさんの「グアテマラの弟」、「私のマトカ」に続いて、小林聡美さんの「凛凛乙女」ときたら、次は「かもめ食堂」ですよね~
映画も観てしまったので、この1週間はちょっとフィンランドに浸りました。
大きな出来事がおきるわけでもないのですが、雰囲気はすきです。
登場人物もいいですね、漢字のネーミングはすごい。トンはやっぱり豚だったか・・・それを無邪気に喜んで練習するほうもするほうだが。
幻冬舎さんのKindleセールに感謝です。
まとめて読むと、撮影当時の空気まで感じられるような気がします。
かもめ食堂はもっと木の香りがするお店だともっとよかったかな。(これは映画のお話ね。声が反響するくらい無機質で、北欧感がなかったなあ。みなさん、どうなんでしょ? 北欧って木のイメージ、デザインに優れたイメージはないでしょうか?) -
再々読プラス1くらい 思い出したら読んでる。日常がつまらなくなったら、読んでる。不思議と気持ちがかる〜くなる。初読みの時は サチエさんの勇気に拍手した。再読で ここではないどこかに憧れ、なんとでもなるさ!って気になった。再々読で 泣けちゃったのは何故なんだろう?サチエさんもミドリさんもマサコさんも 優しすぎて。ヘルシンキに行ってみたい…思ってるだけじゃね。世界地図広げて指さしてみようっと!
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シベリウスの交響曲を聴きながらさらーっと流し読み。
いい世界観ですね。
もともと私自身も北欧好きなので気に入りました。
かもめ食堂の素朴なところもとてもいいです。
残念ながら北欧の国には一度も行ったことがないんだけど
やっぱ一度は行ってみたいな~と思わせる内容でした。
サチエさん曰く
どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ。
その人がどうするかが問題なんです。
しゃんとした人は、どんなところでもしゃんとしていて
だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。
きっとそうなんだと思う。 -
片桐はいりさんの「わたしのマトカ」を読んで、手に取りました。映画も随分まえに観たので思い出しながら読みました。ゆっくり、のんびり、穏やか、この3つの言葉が思い浮かびますね。こんな風に過ごしたいですね。
フィンランドに行きたくなります。 -
フィンランドでおにぎりをだす食堂をはじめたサチエと、そこで共に働くことになったミドリとマサコ、そして常連になる日本びいきの学生・トンミくんをまじえた、ささやかであたたかな物語。
サチエが宣伝もせずにひとり、飛び込みではじめた「かもめ食堂」。おにぎりはさっぱり売れないのだけれど、コーヒーやシナモンロール、パンや軽食は少しずつ注文されるようになっていく。その日々がおおらかな文体でゆったりやわらかく進められていきます。「文学」なんて硬さはありません。「小説」といったようなてらいもありません。なんのひけらかしも、頭のよいところをみせるような技巧もありません。ともすれば、そここそが本作品の心地よさを作りだしている手法となっているのかもしれません。そうなんです、読んでいて、言葉の柔らかさも表現やストーリーの柔らかさも、とても心地よいのでした。
おにぎりをマサコが食べるシーンでは、周りのフィンランド人たちが興味と好奇心から口々におにぎりについて言葉にするさまが可笑しい。
「黒い紙よ」
「白に黒のコントラストの食べ物って、見たことあるかい」
「御飯の積み木みたい」
「あれが、このメニューにあるおにぎりなのか」P169
こういう物語が多くの人に受け入れられることについて、みんな疲れているからじゃないだろうか、なんてことが思い浮かびはするのです。けれども、この物語の味わいこそがおいしく握られたおにぎりのようなんだと気付くと、色合いが違って見えてきます。地味だし素朴なのだけれど、食べるとおいしくて力が出てくる。この物語もそういった味わいがあります。そして、鮭やおかかといった中身の具のようなアクセントも、随所で物語の盛り上がりとしてあるのでした。
また、すこしだけ効いた塩味めいた箇所もでてきます。たとえば、ひとりで店をはじめたばかりの子どものように見えてしまうサチエの様子を外からうかがうフィンランドの人のセリフ。
「児童虐待じゃないだろうね。元気に楽しくするしかないって、あきらめているんじゃないだろうね」P6
上記のセリフを含めて、日常の温度感でさりげなく、「そういうものだからなあ、仕方ないんだよ」としての感覚で、世の中・人の世知辛さが描けているところがあるのが本作品を手にして思わぬところではありましたがよかったところです。ミドリにしてもマサコにしても、そういった境遇・環境にあってフィンランドへやってきています。彼女たちの背景としてあるものは、女性であることでの不利益でもありました。
世知辛さだけではなく、どうしようもできないような割り切れない状況や環境に運命によって身を置かれてしまう大変さも、登場人物の過去つまりその人物の今に至る要因・背景として、さらりと書かれているのもよいところなんです。ある意味、恨みや憎しみで書くよりか、さらりと書かれたほうがほんとうですから。それがおにぎりの塩味めいていました。
といったような、素朴な豊かさを宿した作品です。手にする方は、コワモテで読んではいけませんよ。
昨日までフィンランドにいらしたということで最新情報をありがとうございます。
そして、兎にも角に...
昨日までフィンランドにいらしたということで最新情報をありがとうございます。
そして、兎にも角にもビックリです。「かもめ食堂」って実在するのですか?あまりの衝撃に固まってしまいました。そうなのですね。しかもおにぎりがあるのですか?年の暮れに貴重な情報を入手できて良かったです。私、フィンランドへは渡航経験がありませんでしたがこれは行ってみたくなりました。
ありがとうございます!