無銭優雅 (幻冬舎文庫)

著者 : 山田詠美
  • 幻冬舎 (2009年8月1日発売)
3.64
  • (65)
  • (96)
  • (86)
  • (25)
  • (10)
  • 本棚登録 :996
  • レビュー :105
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344413528

無銭優雅 (幻冬舎文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 無銭優雅。タイトルが気に入って読みました。
    大人の恋愛。軽そうで奥が深いなー。
    驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
    祇園精舎に絡ませ春から夏、秋、二人の世界に笑ってしまった。
    ラビット病の大人版ぽいところが面白い。
    1番気に入っているのは、61ページ 川のほとりを散歩した。から62ページまでの二人だけの世界に憧れさえ感じます。この場面は、付箋紙貼って何回か読み直してます。
    いくつになっても恋愛できるっていいな。と思う。
    男と女しかいないんだから…。

    • 9nanokaさん
      ラビット病の大人版、気になります!
      付箋を貼って読み返されているというのにほっこりしました(^^)
      素敵なシーンなんでしょうね。私も読んでみます。
      2014/10/13
  • 友人と花屋を経営する斎藤慈雨と、古い日本家屋にひとり棲みの予備校講師・北村栄。お金をかけなくとも、2人で共有する時間は“世にも簡素な天国”になる。
    「心中する前の心持ちでつき合っていかないか?」。人生の後半に始めた恋に勤しむ2人は今、死という代物に、世界で1番身勝手な価値を与えている。

    裏表紙にあるこのあらすじがとても綺麗で素敵だったのでそのまま載せてみた。
    慈雨と栄の2人に“死”という意識がないわけではない。でも悲劇的な空気はなくて、どちらかと言うとラブラブな2人の可愛らしさを味わえる。

    章と章のあいだには必ず、短くいろいろな小説からの抜粋がある。
    それに何の意味があるのか分からないまま読みきって、後から分かったのは、抜粋された小説たちは全て登場人物が死ぬ恋愛小説だということ。
    (読書家の栄が慈雨に貸して慈雨が読んだ小説である、というダブルミーニング)
    この小説が出る少し前、いわゆるケータイ小説だとか、登場人物が死んでしまうお涙頂戴系の恋愛小説がとても流行った。具体的にタイトルが出てくるわけではないけれど、たぶんセ●チューとかのことだと思われる。
    それらが悪いわけではないけれど、あまりにも出来すぎたストーリーに辟易した人もいたはずで、この小説はそれらの対極にあるという…そういう位置づけ。
    “死”は当たり前に誰の隣にもある。だけど話を盛り上げるために“死”を使うことはない。

    40代、中年の2人の恋なのだけど、可愛らしさが溢れている。たくさんの過去を乗り越えて出逢った2人。一筋縄ではいかないことも多いけれど、何より2人でいることが一番幸せ。
    「無銭優雅」とタイトルがびっくりするくらいしっくり来る小説。心の豊かさと経済状況は、必ずしも比例するとは限らない。

  • 大人の恋愛小説。
    何が大人か、と言うと主人公の年齢が、ということではなくて、
    語り手としての主人公の「軽やかさ」が大人なのである。
    歳を経て、経験を重ね、己を知り、恋を知り、人生を知り得たからこその、達観したかのようなこの「軽やかさ」。
    そこに、「大人の余裕」を感じるのである。

    「だって、感動的な恋愛小説って、大体どっちか死ぬだろ?」
    「感動的な恋愛小説って、たとえば、この間、映画になったみたいなの?」

    凡百の恋愛小説へのアンチテーゼみたいなこの台詞こそが、この小説の行先を暗示して、その方向へと読者を力強く牽引していることは言うまでもない。
    けれどその途中に差し挟まれる幾つもの引用句が、軽やかなリズムをあえて乱して読む手を止まらせる。しかもその引用句は、次第に「死」の雰囲気を帯びていく。
    解説によれば、それらは全て物語の陰で慈雨が読んだ恋愛小説たち(一部除く)であり、そのすべてに「死」という装置が組み込まれているのだという。

    これは凡百の恋愛小説へのアンチテーゼと読むべきなのか。
    それとも、全ての恋愛小説へのオマージュと読むべきなのか。

    いずれにせよこの小説は、この世に幾百、幾千、幾万とある恋愛小説とはちょっと違う。
    数多の小説たちとは居並ぼうともせず、それらを遥か高みから見下ろしている。
    そんな小説である。

  • 42歳の慈雨と栄は「栄くん」「慈雨ちゃん」と呼び合いながら“大人の恋”とは程多い“中央線の恋”にはまっていた。慈雨の家族の問題があり、終盤には、古い日本家屋に一人きりで暮らす栄の過去が思わぬところから明らかになるが、結局のところシリアスになりきれない。二人にとっては今、恋愛至上なのである。
    私にとって42歳の恋愛は、その歳が近づきつつはあってもやはり慈雨の姪の言うところのオトコイ(大人の恋)であって、その対極にある慈雨と栄の恋愛は初めて触れる、もやもやふわふわした実態の掴みにくいものであった。
    そういう意味で、地の文より、随所で引用されている古今東西の小説のほうが心に残って、あ、この本読んでみよう!とそんな事ばかり考えてしまった。

  • 好きな四文字熟語と問われ「斉藤慈雨」と答える。私も言われたーい。

  • 2年くらい前に、純愛小説ブームとされていた年がありました。主人公のどちらかが死に、悲劇のヒロインを演じている場面には、何度も遭遇したことがあるような気がします。そこで感じられることは、

    「死って、恋のすげえ引き立て役なんだよなあ。」- pp10

    ということだと思います。死は確かに恋の引き立て役かもしれないけれど、エンターテイメントの要素としてたやすく使うべきものではないと、本書を読み終えて思うようになりました。自分の知らなかった一面や知らなくて良かった感情がむき出しになるなど、死別というのはもっともっと重いはず。

    本書の全編に渡って、「登場人物の誰かが死ぬ」恋愛小説からの引用が散りばめられていて、「無銭優雅」というまた1つの恋愛小説を読むことになります。本書の主人公が「死別」という物語の装置をを自分達の恋愛に使うことを提案し、死があるからこそ引き立てられる恋の部分をふたり楽しんでいる様子はまさに優雅でした。

    「私たちは私たちで独自の道を進んでいますの。私と彼という組み合わせは、この世にひとつきりしかないのだから、それだけで独自だと思い込んでいますの。」- pp100

    くだらないところほど良く、他の恋愛小説のようにムードのかけらもないくらいが、かえって登場人物の2人を特別な存在として見ることが出来ます。

    (<a href="http://d.hatena.ne.jp/separate-ks/20090822/1250867783">http://d.hatena.ne.jp/separate-ks/20090822/1250867783</a>

  • このテンションの山田詠美は苦手かもしれない…と思いながらも読み進めたら、最後はなんだか泣いていた。
    親が死ぬのは怖い。死んだら立ち直れない。その悲しさを、好きな人に慰めてもらうのは、なんて真っ当なことなのだろう。
    やっぱり山田詠美はすごかった。

  • 中年の恋愛。

    同年代ですが(笑)納得の部分も多くて
    友人の恋愛を見ているような感覚で読んでいました

    はじめての山田詠美、文体が慈雨に合っていて
    好きでした。
     
    お父さんが亡くなった悲しさを受け止めてくれる、
    受け止めて貰えると疑わない中年の恋愛サイコーです。

  • ゆっくり読んで幸せな感じ

  • とてもほっとする愛の形。

全105件中 1 - 10件を表示

無銭優雅 (幻冬舎文庫)のその他の作品

無銭優雅 単行本 無銭優雅 山田詠美

山田詠美の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
吉本 ばなな
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

無銭優雅 (幻冬舎文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする