往復書簡 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344419063

感想・レビュー・書評

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  • 『この手紙の送り主は本当に悦ちゃんなの?実は一通目から違和感がありました。例えば、書き方が悦ちゃんぽくないな、とか』。手紙やメールが届いたらまずすることはなんでしょうか?恐らく大半の方は差出人を確認するはずです。でも本当にこの手紙は彼女が書いたのだろうか?と疑心暗鬼でいっぱいになって『ねえ、本当に悦ちゃんだよね。浩一くん、じゃないよね。わたし、まだ信じられないところがあるの』、そんな風に改めて考えだすとある意味キリがありません。でも現実には郵便、メールともに差出人を偽った犯罪が後を断たないという現実もあります。また一方で、差出人が正しくても、宛名の人に正しく届くかどうかという問題もあります。日本で書留郵便という制度が導入されたのは1872年のこと。実に150年も前からこのことを不安視する人がいたという事実。でも無事に家に届いたとしても『大概は浩一の方が早く帰ってくるので、浩一が開封するという可能性がないとはいえません』と宛名の本人に読んでもらえるには、さらに家庭内の事情が立ち塞がります。『本人限定受取』などというものが生まれたのも必然の流れなのかもしれません。

    『三十八年間の小学校教員生活の中で、卒業してからも毎年年賀状をくれ、退職祝いまで贈ってくれたのは、大場くんくらいです』という手紙を受け取ったのは高校教師の大場敦史。差出人は今年三月に定年退職をしたかつての恩師・竹沢真智子。手紙には教員生活を振り返り『悔いがないと言いきれるのだろうか』、そして『六人、どうしても気になる子どもたちが出てきました』と書かれていました。さらに『大場くんに、六人に会い、それぞれの今の様子を教えてもらえないでしょうか』という恩師の依頼。『先生のお気持ちは、他人事のように思えません』とこれを引き受ける大場。教えてもらった連絡先に順に連絡を取って六人に会いに行きます。 そこで、大場は、かつて恩師が関わった『あの事故』のことを知ります。真相を求めて図書館で過去を調べた大場は、かつて竹沢が彼女の主人と共に生徒六人を落葉拾いに誘った時の記事を見つけます。『川に落ちて流された良隆くんを助けるために、ご主人が川に飛び込んで一緒に流され、次に飛び込んだ先生は良隆くんを先に救助して、良隆くんは一命を取り留めたが、ご主人は亡くなった』というその記事。そのことを竹沢に伝えると『事故のことを黙っていてごめんなさい。六人が事故のことをどう思っているかではなく、今どのように過ごしているかを知りたかった』という返信を受けます。しかし、二人目、三人目と順に会うにつれ、『あの事故』の裏側に隠されていたまさかの真実を耳にして戸惑うことになります。そして、全く予想もできない結末へ、物語は展開していきます。

    4つの章から構成されるこの作品。一部関連する章が含まれるものの基本的には登場人物も設定もすべて異なる短編集です。ただし、「往復書簡」という書名そのままに、本文一切なしですべて手紙のみで構成されているのは4章とも共通です。せっかくなので手紙の数を数えてみました。(はい、私はマメなのです)
    第一章 24通(悦子宛12通、あずみ宛7通、静香宛5通)
    第二章 18通(竹沢宛9通、大場宛9通)
    第三章 12通(純一宛6通、万里子宛6通)
    第四章 2通(正晴宛1通、亮介宛1通)
    ということで、合計56通の手紙、手紙、すべて手紙をひたすら読み続けることになります。読者は他人宛の手紙を自分宛と思って読み進めることで、やり取りしている人物に隠された過去、繋がりを徐々に知ってゆくことになります。このように手紙(メール含む)だけで一つの作品を描ききった作品というと、三浦しをんさんの「ののはな通信」が思い浮かびます。思えばこの作品でも、私、手紙の数を数えてレビューしていますが、「ののはな」は湊さんのこの作品の3倍以上、なんと179通、しかも2名だけのやり取りという異常なレベルの濃密な作品でした。それに比べるとこの作品は随分シンプルです。というより、湊さんの作品は「告白」に代表されるように第一人称を変えながら独白によって作品を構成していくものが多いので、それが単に、『前略』〜『かしこ』となっているだけとも言え、そういう意味ではとても湊さんらしい構成の作品だと思いました。

    また、これは『超』湊さんらしい!と思ったのが第三章です。『隊員の活動を知るために国際ボランティア隊事務局が発行している月刊紙「ブルースカイ」』、『三親等までの親族について、交通費と宿泊費の八割を負担してくれる「家族訪問ツアー」』、『日本にいる家族や友人に、日本食などを詰めた小包を送ってもらう「愛の玉手箱」』と、青年海外協力隊の国際ボランティア事業のパンフレットを読むがごとくの細かい記述がいきなり登場します。さらには、『一次試験は英語と職種別の筆記試験』と自分は今、小説を読んでいたんだっけ?というくらいに青年海外協力隊の細かいお話が出てきてニンマリします。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、湊さんはかつてこの事業で南太平洋に浮かぶトンガ共和国に派遣され、現地の学校で家庭科を教えていらっしゃいました。「絶唱」を読むとさらに濃厚なシーンが出てきますが、小説家になる前のこの貴重な経験が湊さんの中で占めているものの大きさを改めて感じました。湊さんのことを『イヤミスの女王』という言葉で敬遠されていらっしゃる方には、「絶唱」(オススメ)やこの作品を読むと恐らくイメージがゴロッと変わるのではないかと思います。

    手紙だけで一冊を構成するという特徴あるこの作品。短編が故の駆け足感があるのは否めませんが、それぞれの章に隠されたミステリーを手紙のやり取りだけで解き明かしていく手法は独白形式の第一人称回しという湊さんの最も得意とされるところに通じるものがありますし、その人の気持ちになって読み込める分、作品から受けるインパクトはとても大きいと思います。

    『メールでは「あなた」とは呼ばれないだろう。手紙だからできる表現がある』という手紙ならではの表現の潜在力、『手紙を書くという行為は、改めてわたしに、あなたとの正しい距離と時間を認識させてくれます』という手紙ならではの物理的制約、そして『メールを打つときとは違う気分で、自分の気持ちを表現できそうな気がします』という手紙ならではの送り手の心持ちなど、改めて手紙というものが持つコミュニケーションの可能性について、考えを新たにもさせていただきました。なかなかに興味深い作品でした。

    • さてさてさん
      naonaonao16gさん、こんにちは!
      いつもありがとうございます。
      湊さんが青年海外協力隊で派遣されていたことについてはエッセイ「山猫...
      naonaonao16gさん、こんにちは!
      いつもありがとうございます。
      湊さんが青年海外協力隊で派遣されていたことについてはエッセイ「山猫珈琲」で知りました。その後、意識して作品を読んでいると、色んな場面でポロッと協力隊のことが出ていて、湊さんにとって相当大きな部分を占めているんだなと感じています。
      「カケラ」の感想楽しみにしています。
      またよろしくお願いします。
      2020/05/31
    • naonaonao16gさん
      さてさてさん、こんにちは!
      お返事ありがとうございます!また、昨日は「紙の月」、文庫の方の感想にもいいねをくださり、ありがとうございました...
      さてさてさん、こんにちは!
      お返事ありがとうございます!また、昨日は「紙の月」、文庫の方の感想にもいいねをくださり、ありがとうございました。

      「カケラ」読み終わりました。こちらも、青年海外協力隊を彷彿とさせる部分がいくつかありました。この知識がある中読んでよかったです。友人にも、協力隊での活動はものすごく印象に残っているようです。

      またレビューアップしたら見にきてくれたら嬉しいです^^
      2020/06/01
    • さてさてさん
      naonaonao16gさん、「カケラ」の情報ありがとうございました。青年海外協力隊、再びですか!余程なんですね。頭の中が湊さん=青年海外協...
      naonaonao16gさん、「カケラ」の情報ありがとうございました。青年海外協力隊、再びですか!余程なんですね。頭の中が湊さん=青年海外協力隊のうちに、私も早めに読みたいと思います。
      「カケラ」の感想楽しみにしています。
      2020/06/01
  • 壮絶なすれ違い。
    ちょっとした見方の違いで、こんなにも解釈や行動が変わるのか…現実でも、いちいち話し合ったりしないから知らないだけで、様々なすれ違いが起きてるんだろうな。難しい。

    今作は、すれ違いはすれど、そこまで不幸感もなく、読みやすかったです。

  • 手紙によって、告白される真実や、事件の真相。こういう物語の進め方もあるのだと、面白かった。

    あのときああしていればという後悔、過去に囚われず、今を生きる、過去と現在をどのように未来へ繋げていくべきなのかを考えさせられる。

    三つの短編の中で、最後の「十五年後の補習」が一番良かった。罪は、消えないものだけど(物語当時は時効があったが)、お互いを思う気持ちが手紙の中から、伝わってくる。多分最後の手紙の最後に大家さんが誰かを連れてきていると書いてあったのは、手紙の宛先の彼女なんだろうな。二人には幸せになってほしい。

    今は、メールやラインなど、簡単な伝達手段があるが、たまには手紙を書くというのも趣があっていいかもしれないと思った。

  • ◯でも、ありがとうって受けてもいいんじゃないかって思った。それで、いつか返せたらいいって。単純だろ、卵焼き一つで。(133p)

    ★短編が4つ。いずれも、二人の人物が交わす手紙で物語が進行する。手紙だから延々一人語りになる。往復される手紙で徐々に真相が明らかになっていく。

    ★一つ目の話は、友だちのふりをしながら、相手のことを全く信用していないのに、情報は引き出したい、という駆け引きみたいなやり取りが気持ち悪かった。

    ★二つ目の話は、関係者の証言により明らかになっていく事実によって、事件の見え方がどんどん変わっていくのが面白かった。

    ★三つ目の話は、本格サスペンス+純愛のストーリー。まるで宮部みゆきさんのような。

    ★4つ目は今までの登場人物の名前が出てくる、ごく短いエピローグのような話。

  • 書簡で真相が明かさせれる短編ミステリー。
    印象に残ったのは「15年後の補習」ラブラブな文通のはずが破局に至る展開に、終局がとても気になり夢中で読みました。結局、二人の思いは一生完全には癒やされることはないのだろうけど。書き下ろしの「連絡網」はなくてもよかったかな。
    「20年後の宿題」は最後に明かされる、書簡のきっかけか微妙で「同情されずに彼に事故のことを知ってもらう方法」として迂遠過ぎるし、結局彼氏には骨を折らせ自分に会いにこさせることを考えるかな、と冷静に考えてしまいましたが、フィクションとしては面白い着想かな、とも。最後の手紙は本当に大場さんなのか疑っていまいました。
    「10年後の」はちょっと凝りすぎかな。
    とはいえ、いずれも楽しめました。

  • 全て手紙形式。この基盤だけでも面白い。
    そして湊かなえさんにしては割と心穏やかに読めました。いつもハラハラなので。
    装丁も好きな作品です。

  • 手紙のやり取りで様々な事件が解決されていくところが、さすが湊かなえさんだと思いました!!✨
    友達に言われて確かにと思ったのですが、「往復書簡」っていう題名もとてもセンスがあって感動しました。

  • 15年後の補習がとてもよかった
    うまく手のひらで転がされてしまい読む手が止まらなかった
    最後のオチの付け方がかなり好み

  • ほんの数行でその小説に引き込まれる、湊さんの力量。15年後の補修の優しい嘘が一番好きかなあ。

  • 湊さんというと読む前につい構えてしまうけれど、今回は優しい毒が含まれている物語ばかり三篇の短編集。 読後感はどれもかすかな希望の光が洩れこぼれていて、今までの湊さん作品の中でも好きな一冊です。手紙のやりとりが進むにつれ徐々に明らかになる真実。恐ろしい真実が隠されているのか、それともただの杞憂なのか。誰が正しくて誰が嘘をついているのか。 人が心の中に抱えているものが違うだけで、こうも事実が変わっていってしまうのだというのを巧く描いていて感心してしまいます。 二作目の『二十年後の宿題』が切なくて特に好きです。

  • 続きが気になって、すらすらと読んでしまった。
    学生時代の女子達のやりとりにはさすが。
    誰もが持っている身近だけど言語化は敢えてしたことないようなイヤな部分がうまい。
    どの作品も総じて面白かった。
    イヤミスより読後感はすっきりという感じで、私の中では好きな湊かなえさんの作品になった。
    あとがきが吉永小百合さんだということ、北のカナリアたちが『20年後の宿題』を原案にしていることも初めて知り、最後の最後まで楽しく読んだ。

  • 書簡形式の短編集。
    人間らしさが出ていて生々しい作品や、
    暖かい気持ちになる作品もあり、気がついたら読み終わってた。

  • 文通で連絡を取り合う登場人物たちの手紙を盗み見ている構図。湊かなえさんの作品ではままある私が大好きな手法を用いている作品だった。収録された4つのお話(文通)の中で登場した些細なワードが最後の数ページでカチッと繋がって、ゾワっとする感じ。伏線が回収されたのに爽快感とは違いなんだか少し心地が悪く、でもなぜそう感じるのかわからないモヤっとする感覚も残って、それなのに読了後の満足感は最高だった。

  • さすが湊かなえさんといった作品でした。
    手紙のやり取りという珍しい形式を持ちながら、自身の感性をうまく落とし込めていると感じました。

    ストーリーに出てくる人々が壮絶な過去すぎて、自分の平凡な人生を卑下しそうになりました…

  • 手紙のやり取りで過去の事件の真相が解明されていく3つの物語。短編だったけれど、どれも面白い物語だった。

  • 文庫本の帯には「涙」「感動」が売り文句とされてましたが、ほとんどそんな場面はないです。(二十年後の宿題で若干あるか、ぐらい)

    総じて言うと、人の闇を交えたどんでん返し系で、湊先生らしい作品でした。
    あー多分こういうことでしょ!と結末を予想させつつもう一歩先を行ってひっくり返してくる「リバース」を彷彿させる面白さでした。

    真実を知らず闇を抱えたままの人間、時がたってから知ってしまった人間、その後どう生きていくんだろう、と色々想像してしまいます。(そういう意味でもリバースに似てる)

    でもなんでリエさんは協力隊に行った?w

  • 十五年後の補習 が一番好きかな

    みんなの気持ちが少しずつすれ違って いつの間にか全然違う方向を向いてしまっていたりする

    そして さらに紐解いてみると 絡まっていただけで もともと同じ気持ちで 今も何も変わっていなかった 変わってしまったと見えていただけだったというようなことだってある

    思春期は特に 人の感情は敏感で 繊細で 脆い

    成長は 人を強く賢くしてくれるけど 変えることの出来ない過去は心の中で大きくなり続け 今を見にくくするのかもしれない

  • この作者の作品は本当に面白い。
    今作も素晴らしい。

  • 書簡に書かれたことから、過去に起こった事故の真相がだんだん解明されていく物語三編でした。

    『十年後の卒業文集』
    高校時代放送部だった仲間たちが、十年ぶりに仲間の結婚式で再開します。そこで五年前に千秋が事故で顔に怪我をしたことを知った悦子が、真相を解明しようとします。手紙の主は本当に悦子なのか?事故ではなく事件だったのか?手紙を読んでいると違和感が生まれていき、最後の真相を読んですっきりしました。

    『二十年後の宿題』
    定年退職をした教師竹沢は教え子のことを思い、同じく教え子であり自身も教師となった大場にお願いをします。それは、六人の教え子に会い、今の様子を教えてほしいというものでした。大場は六人と話をするうちに、竹沢先生と六人は二十年前に事故に遭っていたことがわかります。
    竹沢先生は、大切な教え子たちの幸せを願っていましたが、最後はやっぱり複雑な気持ちにもなりました。

    『十五年後の補習』
    国際ボランティア隊としてP国に赴任している純一と、その彼女万里子の手紙です。二人は手紙のなかで、十五年前、中二の時に起こった事故の真実へと近付いていきます。
    湊さんの作品はイヤな気持ちが残ることが多いですが、この作品は最後の手紙に「愛」が感じられたからか、ほっこりしました。でも、少し考えてみると、やっぱり恐ろしいのかもしれません。どうなんでしょう。

    『一年後の連絡網』
    国際ボランティア隊員としてT国に赴任した亮介と、P国に赴任した正晴の書簡です。『二十年後の宿題』の梨恵と『十五年後の補習』の純一の名前が出てきます。

    上記の『二十年後の宿題』と『十五年後の補習』の感想は、この『一年後の連絡網』を読む前に書きました。しかし最後に『一年後の連絡網』を読んで、私は湊かなえ作品=イヤミスという偏見をもって読んでしまっていたため、イヤな方向に勝手に深読みし、誤った解釈をしていたのだと気付きました。いい意味で裏切られて、幸せな気持ちにもなれる作品でした。

  • 手紙だけで小説が構成されてるのがすごい。悲しい出来事がだんだん明かされるのが辛いけど。

著者プロフィール

1973年広島県生まれ。2007年『聖職者』で「小説推理新人賞」を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビューする。2012年『望郷、海の星』(『望郷』に収録)で、「日本推理作家協会賞」短編部門を受賞する。主な著書は、『ユートピア』『贖罪』『Nのために』『母性』『落日』『カケラ』等。23年、デビュー15周年書き下ろし作『人間標本』を発表する。

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