さようなら、私 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎 (2013年2月7日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344419735

感想・レビュー・書評

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  • 『人生は、ちょっとしたきっかけで、大きく向きを変え、正反対の方向へと転がっていく』

    悩み、苦しみ、そして行き詰まる、日常生活において、もしくは仕事において人は何かしら大なり小なりの悩みや苦しみを常に抱えているように思います。そんな悩みや苦しみが大きくなると、心に余裕が持てなくなり、他人への思いやりの気持ちや他人への感謝の気持ちなども失われ、将来への不安だけが心を支配する、とても不安定な状況に陥りがちです。そんな時に何かしらリフレッシュをする方法を持つのは大切なことだと思います。ブクログに集う皆さんなら読書もそんなことの一つにされていらっしゃる場合もあると思います。何かをきっかけにして、マイナスをプラスに転じる、落ちていく自分を再び上昇気流に乗せる、人は何かしらのきっかけを必要とする生き物なのかもしれません。「さようなら、私」という、象徴的な言葉を冠するこの作品。何かしらのきっかけを得た人が発する言葉をそのまま書名にしたかのようなこの作品。それは、悩み苦しんだ人たちが再び前を向く、上を向く、そのためのきっかけを掴んでいく物語です。

    異なる時期、異なる雑誌に掲載された三つの短編を一冊にしたこの作品。全く異なる舞台、全く異なるシチュエーションを背景にしているにもかかわらず、まるで「さようなら、私」という書名の作品のために書かれたとしか思えないくらいに各短編から受ける印象が共通しています。それは、様々な出来事によって心に深い傷を負った三人の女性が、新しい世界を見て、新しい人たちと出会って、その中で新しい自分を見つけていく。そして、それをきっかけにして、過去の自分とサヨナラし、新たな一歩を踏み出していく、この作品はそんなテーマを共通とする三つの物語により構成されています。また、一編目と二編目はそれぞれ、モンゴルとカナダを舞台にしており、特に一編目は、まるで旅行記を読んでいるのかと錯覚するぐらいに主人公・美咲の極めてリアルなモンゴルの旅が描かれていきます。では、そんな一編目を、さてさて流でご紹介したいと思います。

    『機内食は、とてつもなく不味かった。来るべきではなかったのだ。今すぐ降りて、日本に引き返したい』と機内で旅に出たことを悔いるのは主人公の美咲。『目指すのは、ウランバートルのチンギスハーン空港だ』というその目的地。『まさか、自分がモンゴルに行くなんて、つい十日前には想像もしていなかった』と過去を振り返ります。『その日私は、三カ月ぶりに地元の商店街を歩いていた』と生まれ故郷の『千葉にあるちっぽけな港町』に戻った美咲。『美咲、俺だってば、ほら、同級生のナルヤだよ!』と『電柱柱にしがみ付いた格好のまま、相手が大声で』話しかけてきました。『ナルヤって、あの高梨成也君?ナルヤは一流企業に内定をもらったって聞いたけど…』と戸惑う美咲に『もうすぐ休憩時間だから、チェリーガーデンで待ってて!』と『懐かしい喫茶店の名前』を告げるナルヤ。『十五分ほど待ったところで、汗をしたたらせ』て、ナルヤはやってきました。『それにしても、すごい焼けてるね』と言う美咲に『だって、土方だもん』と笑うナルヤ。『ナルヤは大手広告代理店に就職が決まったのだと聞いていた』、なのに『土木作業員』のナルヤ。『聞きたいことは山ほどあった』ものの、『もっと大切な話題を口にしなくてはならなかった』という二人は『あの頃グループを作って一緒に遊んでいた仲間の一人が、この春、自ら命を絶った』ことを話します。『山田君は、これから社会人となるという数日前に自殺した』というその衝撃。でも『急に、里帰りすることになって』葬儀には出られなくなったと告げるナルヤ。『ごめん、美咲、俺、もう現場戻んねーと。もしよかったら、俺の育ての親に、会いに来ない?』と唐突な誘いに『行ってみようかな』と『どこに住んでいるの?』とも聞かずに答えた美咲。『学生時代からアルバイトをしてようやく正社員になれた出版社に、数日前、辞表を提出した』美咲は自殺した山田君、大手代理店に就職しなかったナルヤのことも含めて『私達の世代はダメ人間の集まりなのだろうか』と考えます。そんな美咲はナルヤからの連絡により『育ての親』がモンゴル人であることを知ります。『俺、半分は遊牧民の血が流れているんだよ』と平然と語るナルヤ。そして機中の人となった美咲。『心の片隅では、ずっとずっと、はるか遠い所まで行ってみたいと思っていた』という美咲でしたが、『機内食は不味いし、後ろの席の子供は九官鳥のようにうるさい』状況に『来るべきではなかった』と後悔の機中。一方で、飛行機を降り立った美咲の前に『ナイトガウンみたいな民族衣装を身につけた』ナルヤが待っていました。そして、美咲は今まで経験したことのないモンゴルの大平原の環境の中に身を置くなかで、『確かに私は、まだまだがんばれるかもしれない。このままでは終われない』という思いに心が満たされていくのを感じていきます。そして…。

    〈恐竜の足跡を追いかけて〉という一編目のこの短編では、『せっかく努力して念願の編集者になれたのに、気がつくと、その職業を自分から手放していた』と傷心した主人公・美咲が数々の不満を口にしながらも、ナルヤの生まれ故郷であるモンゴルの地を旅する中で再び立ち上がる力を獲得していく様が描かれます。そんな短編の中で印象的だったのは、まるで旅行記を読んでいるかのように、その旅情がとても丁寧に描写されていくところです。最初、旅行記的な見方でそれを理解していたのですが、次第にそんな細かい部分に美咲の心の変化が投影されていることに気づきました。何を取りあげようか迷うところですが、敢えて旅先で人には言いづらく困るものの代表格であるトイレのことを取り上げたいと思います。モンゴルの何もない大平原で『トイレが限界なのだ』と緊急事態の美咲。『青空トイレだから、その辺にしちゃって構わないから』とナルヤに言われ『急に尿意が引っ込んでしまう』美咲。『丸見えじゃない!』と思うも、やむなく草むらで用を足す美咲。『一番星が光っていた。思った以上に快適で、気持ちよかった』と感じます。そんな繰り返しの日々の中で、やがてそんな時間は『豪快におしっこをしながら見上げる夜空は、最高だった。辞めたばかりの会社の上司に、そのおしっこをかけてやりたい気分になった』となり、ついには『見渡す限り草原が広がっているのだから、わざわざトイレを使わなくても、その辺でやらせてくれたらいいのに』と大きく変わっていきます。モンゴルの大平原を舞台にしたからこそ自然に描ける表現ですが、こんな美咲の変化を、小川さんは美咲の内面の変化と巧みに結びつけていきます。

    『成田から、確か四時間半だった。たったそれだけの時間で、こんな大自然の真ん中まで辿り着くのだ』というモンゴルの大平原。『視界には、木一本見当たらず、天空を太陽が移動する様が、そのまま見渡せる。太陽を遮る物は何もなく、唯一ゲルだけが、影を生み出している』という日本では考えられないような異世界に飛び込んだ美咲。切れない包丁に手こずり、次に来るなら砥石を持ってくるとナルヤに言います。それに対して自身もかつて同じように考えたと話すナルヤ。『でも、見てると結局使わないんだよね。彼らにとってはゴミにしかならない。遊牧民っていうのは、物を持たない暮らしなんだ』と『物に執着しない』モンゴルの遊牧民の考え方を説明します。『彼らは、何千年とそうやって生きてきた。それを無理やり変えようとするのは、それこそ傲慢な話なんだ』と話すナルヤ。自分の生きてきた世界と全く違う価値観の中で生きている人たちがいるのを目の前にして、『不意に、自由ってこういうことを言うのかもしれない』と考える美咲。物に囲まれ、物を守ることに生きてきた自身の人生を振り返る美咲。『自分で自分を重たくして、遠くへ羽ばたこうのするのを阻んでいる』と考えます。そんな繰り返しが『また少し、昨日よりも心が柔らかくなっている』と美咲の感情に変化をもたらしていきます。これが、上記したトイレ、風呂、そして食事などの生活の基本部分の描写の変化と巧みにリンクして、物語の説得力を増していきます。『生きていれば何回だって、やり直しがきくんだよ。生きていれば』と語るナルヤ。そして『いびつな形で固く結ばれていたリボンの結び目が、声を出して笑うたびに少しずつ解けていく』と感じる美咲。幾度か描写される満点の星が広がる大平原の夜空の美しさがどんどん増していくのを感じた短編でした。

    『自分に限界を作っているのは、自分自身なんだ』と主人公が気づいていくこの作品。そうは言ってもね…という気持ちがある限り、それはきっかけを掴めていない自分自身を確認しているのと何ら変わらないままだと思います。

    『人生は、ちょっとしたきっかけで、大きく向きを変え、正反対の方向へと転がっていく』

    前を向き、再び上昇気流に乗って高い空の上へと飛び立ってく。そんなきっかけを見つけていく主人公たちと共に旅をするこの作品。旅情溢れるシーンの数々に、私もすっかり旅に出たくなるとともに、明日からまた頑張ろう!、そう感じた作品でした。

  • うーーーん・・・。内容が結構大人向け?なのでちょっと読みにくく、もう一度読もう!という気にはなれなかった。(-""-;)

  • 今期ドラマの原作と勘違いしたけど、あちらは岡田惠和さんの「さよなら私」でした。。

    モンゴル、カナダ、おっぱいの森。
    仕事のこと、不倫や実母との確執、トラウマ、最愛の我が子の死 等色んなものを抱えた女たちが、非日常空間の中で次第に癒され、ほぐれていく。。

    そう言えば中学時代の恩師は、遊びに行ったモンゴルで遊牧民と恋に落ち、結婚。自身も遊牧民になると決めてモンゴルに移り住んだのでした。「住所不定、無職になるので手紙は届かないけど」と豪快に笑いながら学校を去った姿が忘れられません。すごい決断だ・・・。

  • 本の題名のとおり自分とさよならしたくなるような出来事を思い出したり。起きたことは変えられないしそのままでもまた進んでいかなくてはいけない。短編集でそれぞれの主人公の周りにいる人達がとても優しい。自分もいつなそんな風に人に対して出来るのかな。

  • 3つの短編からなる。
    夢だった仕事を辞め友達が自殺してしまった人、とんでもない母親のもとに生まれ今もその影に縛られる娘、生まれて間もない赤ちゃんを亡くした人など、何らかの生きる葛藤を抱えどうしようも無い境地にいる人達が、何とか前を向き今後の指針のようなものを掴んでいく話。
    最近、小川糸さんの本を著作年順に読んでいるので、モンゴルやカナダが舞台として出て来た時には「エッセイに出て来たまんまだ!!」と嬉しくなった。

  • 3通りの短編集。辛い過去を経験し、心の闇にもがきつつも前を向いて明日を生きていく。そんな3人の女性のストーリー。
    「前を向く」という事は文字で綴る程簡単な事ではなく。辛さ苦しさという重さはそれぞれで。「大丈夫だよ」という言葉が無責任に感じるほど。
    それでも支えてくれる人がいる事の幸せ。辛い時には気付く事が出来なかったであろう支えが希望となり、最後は救われる気持ちになった。そんな物語でした。

  • 小川糸さんの頭の中はすごい!!
    胸が締め付けられるような場面も多かったけれど、前向きになれるような作品でした。

  • さようなら、私...。
    昨日までの自分に別れを告げ、新たな人生を歩みだす三人の女性。
    捨てる過去は人それぞれだが、きれいさっぱり拭いきれるものではないだろう。
    救われるのは支えになってくれる人が近くに居ると言う事。

  • 2015.1.12(月)読了。
    三編からなる短編集。
    短編集だと思わないで買った。
    『さようなら、私』だけで買った。
    三編とも心に傷や、闇を抱えた女の人が主人公。そして三編とも、相手の男の子が優しくて力強くて柔らかい。
    ミステリーばかり読んでいると、最終的な結末をはっきりしたくなるけど、小川糸さんの小説は、スーッと入って浸っていれるからたまに読みたくなる。
    この中で好きだったのは三編目。とても不思議な話だったけど、最後は涙になりました。不思議。

  • 大切な人を喪った女性達の、喪失と再生の物語です。
    失わなければ変わらずそこにあった筈のものと、失ったからこそ新しく見えてくるもののコントラストが、ただただ哀しい。

    希望とか幸せとか、そういう自分なりに構築してきたポジティブな価値観の定義って、大切な人を亡くすと一度瓦解しちゃうと思うんですよね。当たり前に隣にあったその存在込みで世界って構成されてたわけですし。

    で、そういう当たり前の存在が、ある日、不意になくなると、何かもう訳わかんないことになると思うのです。自分の世界の全てが変容するとまではいかなくても、何かが奇妙にねじれてるというか。その人がいなくても成立してる世界に違和感を感じるというか。
    うーん、何が言いたいんだ私は\(^o^)/

    でも、そういう当たり前の存在の不在という新しい世界が、自分にとって当たり前になってくるんですよね。それが寂しくもあるんだけど、あの違和感が長続きしないものなんだとふと気付いた時の深い安堵は、今でも忘れません。

    この作品に収められた三人の主人公達にも、喪失の穴を優しく埋めてくれる人々がいます。悲しみをゆっくり癒してくれる時間があります。それってきっと当たり前のことなんですが、何だかすごくホッとしたのでした。

    ちょっとアンニュイな感想文になってしまた/(^o^)\うおお



    ◎恐竜の足跡を追いかけて…中学時代の同級生が自殺した。お別れ会に出席するために帰郷した私は、久しぶりに初恋の相手に再会し、彼の生まれ故郷であるモンゴルに誘われる。不倫の恋に疲れ、憧れだったはずの仕事もさっさと退職した私を待っていたのは、日本とはあまりに違う風景と人々だった。

    ◎サークルオブライフ…母が死んだ。若い頃はヒッピーにかぶれ、恋人が娘に手を出しても無視を決め込み、最期にはホームレスになって一人孤独に死んでいった母。憎みこそすれ、愛情の欠片も湧かなかった筈の母親だったが…。

    ◎おっぱいの森…コウちゃんを喪い、意気消沈していた私を救ったのは、おっぱいだった。

    ……最後のあらすじ、我ながら酷いな……

著者プロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。その他に、『喋々喃々』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ミ・ト・ン』『ライオンのおやつ』『とわの庭』など著書多数。

「2023年 『昨日のパスタ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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