女子をこじらせて (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 395
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344423213

作品紹介・あらすじ

可愛くないけどモテたいし、頭の中はエロい妄想でいっぱい。絶望と欲望の狭間で、私は「女をこじらせ」、気がつけば職業・AVライターに。過剰な自意識と恋愛欲と性欲のせいで、坊主にしたり、サブカルにかぶれたり、親友の彼氏で処女を捨てたり…。それでも「女」はやめられない!コンプレックスを吹き飛ばす力をくれる自伝的エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 読み終わった後、こんなに救われた気分になった本はない。

    河合隼雄センセイも、斎藤環センセイも、春日武彦センセイも、優しい言葉と鋭い洞察を与えてくれたけれど、心の深くまで届かなかった。

    この本の著者、雨宮まみさんは率直で嘘偽りない言葉で自分がなぜ『女子をこじらせたか』を書き綴っている。
    あまりに赤裸々なので読んでるこちらが心配になってしまうほど。
    容姿の問題、性の問題、自意識の問題、そして男社会に生きなければならない‘女’や‘私’の問題。
    そのどれもが自分と切り離せない、切実な問題で、でも簡単に人には相談できなくて澱のように沈殿していた。

    今回この本を読んでそれらの問題が再浮上。
    気持ち悪くてちょっと泣いた。
    自分では分析もできなかったのですが、彼女のしつこいほどの記憶の掘り返しと反省で思いがけず自分を客観的にみられた。

    彼女は2016年11月15日、自宅で「事故のため」40歳で亡くなった。

    久保ミツロウさんとの対談で彼女はこう語っている。
    「ああ、自分がこじらせたことがそういう形で少しでも人の役に立つといいな。私の屍を越えて行ってほしいですよ。」

    すべての女子必読。

    男子も読んでください。

  • ネットのニュースでフリーのライターが亡くなったという記事を読み、雨宮まみを、初めて知った。

    こじらせ女子、という言葉も、初めて聞いた。

    自殺か?
    またはオーバードーズの事故死か?

    強い酒飲んで、向精神薬も多量に飲んで、自殺ともオーバードーズの事故死とも、どっちとも判断しにくい状況に意図的にしたのかもしれない。

    図書館で最初に『自信の無い部屋へようこそ』を借りて読んだんだけど、コレ読むと、ふつーの、どこにでもいる女の人の感覚だった。

    でも、こちらのエッセイは、たしかに「こじらせてる」感がすごい。

    女で、ここまで本当のことが言えるって、リッパだ。

    でも、それだけに、生きるのがたいへんだったんだろうなあって思う。

    この本を読んで、逆に、死なずにすんだこじらせ女子もいるんじゃない?

    彼女は死んでしまったけれど、誰かの命を救ったのかもしれない一冊だ。

  • 雨宮まみ「女子をこじらせて」を男子が、このタイミングで、実にニワカにKindleにて読む。

    まったく名前を知らなかった。

    本の薫りがするツイッターのフォロワーさんたちが彼女の死を少なからず衝撃を受けており、いくつかのネットの彼女の言葉を読んで、なんと理路整然と粛粛と孤独と葛藤を経た、大都会をサバイブしている人の文章かと興味が出たのだ。

    ひりつくような自意識と表現と性の相剋というテーマは、珍しいものではない。昔から小説で読んで来たし、いわば疾風怒濤期、モラトリアム期の自分探しとしてみれば、非モテでサブカルかギャンブルに逃避するしかなく、30代前半まで思い切り「男子をこじらせて」いた自分からしても、理解できることがあり、読み進めていて胸が詰まった。

    あくまでも個人の半生記ながら、911や311を経たこの時代に遍在している言葉にしにくい気分を「女子をこじらせて」または「セックスをこじらせて」というキーワードから、炙り出した意義は大きい。救われた女子、または男子は多いだろう。

    この本一冊ではわからないが、理解あるパートナーと出会い、出会わなくてもこの足場から、大きく豊かな実りある仕事をこれから出来た人ではないのか。40歳になったばかりと聞く。惜しいと思う。

  • 雨宮さんの血と肉と魂で書かれた本だった。
    途中まで私の本かと思った。私かよ、と思った。
    雨宮さんとは違う形で私は女子をこじらせていた。
    私はヒエラルキーでも真ん中辺にずっといたのに、うまいことやってきたはずなのに、男から愛されず、でも平気なふりをして生きてきて、はたちの頃に壊れてしまった。
    人間は自分の思考と行動が矛盾し、限界のところまでくると、心ではなく体がこれ以上嘘を重ねるな、休めとストップをかけるのだなと妙に納得した。
    一度休んでまた歩き始めても、また自己矛盾にぶつかり、それを徹底的に考え込み悩みぬき、「私が悪い」という結論に落ち着き、治りかけたかさぶたをはがしては血を流し乾ききらぬ内に傷をえぐっていた。痛いな。イタイ。
    そんな私を誰が愛してくれるだろうか、とまた納得する。堂々めぐりで救いがないね。

    私は雨宮さんのように「これしかない」というものがないから、雨宮さんほど這い上がる力がなかったけれど、今なんとかこうして生きていて、なんとかやっている。
    形はちがえど私みたいな人が他にもいたんだなと思うとほっとしてしまう。世の中にどれくらいこういう人がいるんだろうか。その人たちはどうやって今を生きているんだろうか。

    恋愛をするということは、汚い自分を引き受けることです。まったく汚いところのない恋愛なんて、ない。どこかに必ず汚い自分の影が現れる。そのことを知らずに、自分は童貞だ処女だと、恋愛している人間を恨んだり憎んだりするのは、浅い考えです。汚い自分を他人に見られ、知られ、そういう自分に自分で気づくことは、何も知らずにいるよりずっときつい。

  • なんて気高く上品な文章だろうと思う。

    こんなに真剣に自らの性と欲望に向き合った人を
    私は他に知らない。

    その情熱をその真面目さを、
    他のものに注げばよかったのに、と
    思う部分もあるけれど、
    この世界だからこそ、
    貴重な一石を投じられたのかもしれないとも思う。

    性や恋愛に悩む多くの男性・女性、
    そして、思春期の子どもたちに、
    この本を読んで欲しいと思う。

    *   *   *

    装丁はよくない。

    AVの世界について描かれているからといって、
    エロい表紙にする必要はない。
    それをすることによって、
    この本は読まれるべき人から門前払いされてしまうのではないか。

    まったくポルノと遠そうな表紙にして欲しかった。

    だってこの本は、性をもてあそぶ本ではないから。

  • 女であるがゆえに、「女」を武器にして仕事をしているといわれるし、「女」だからと仕事を認めてもらえない。著者が経験してきたダブルバインドな状態への葛藤が強く伝わってくる。

    「わたしを女優にしてください」シリーズに興味がわいてしまった。

  • 早いうちに失敗しないとどこまでもこじらせる。
    だけど関係を築かないとこじらせることさえもない。
    誰にも認められない自分が怖くて孤独で狂いそうになって静かに少しずつ摩耗していく感覚。
    それでもありものでやっていくしかない。

  •  地方でサブカル趣味をこじらせた少女が、やがて上京し、大学生活を送り、(なぜか)エロ本編集者、AVライターなどを経て、全身傷だらけになりながら、自己にかけられた呪いから自由になっていくプロセスを記述している。

     正直に言って、男の僕には、この本についてわかったような感想を書くことはできない。それらしい分析的なことは言えるだろうが、しかしそんなことでは、自分の内臓をひっくり返して、血まみれになりながら、同時にそれを笑い飛ばすような、この本へのレビューとしては、何も言っていないのと同じである。読むもの(男)の安易な言葉を摘み取る、それだけの破壊力に満ちた文章である。

     ところで、この本における「女にかけられた呪い」の正体は、「男目線の内面化」であり、雨宮はAV業界やライター業における女性の立ち位置を通して、それについて考察している。

     これについて僕が考えたのは、昨今流行っている(ヒップホップの)フリースタイルバトルである。そこでは、男性ラッパーが主役となって、自分がいかにクールであるかを競うわけだが、それは別の言い方をすれば「どちらが男前であるか」を競うゲームでもある。だから、女性ラッパーがそこに参加した際の立ち位置は、簡単に定まらない。どのように振る舞ったとしても、フィメールラッパーは見た目をdisられたり、「男に媚びている」と言われたりするし、フィメールラッパー同士で対戦する際に「クソマンコ」と(男の視点を内面化した)disを展開したりする(もちろんすべてがそうではないが)
     そこには、圧倒的に男性に有利になったヒップホップの価値観の中で、「自分らしくある」ための視点が持ちづらいというジレンマがあるのだが、これは雨宮が自己の立場をどのように規定して物を書いたりすればよいか、葛藤してきたことと同様のテーマを持っているのではないかと思う。
     というか、そうした男視点に満ち満ちているのがこの社会であるということなのだろう。

     本書で文庫版の解説を書いているのは、フェミニズム、ジェンダー論の権威である東京大学の上野千鶴子だが、そこでは、昨今注目を浴びるジェンダー関連のライターである田房永子や鈴木涼美、ジェーン・スーや湯山玲子などにも言及しながら、「こじらせ女子の当事者研究」についての考察を展開しており、本編との相性がとても良く、読み応えがあった。

  • なぜこの人はこう行動をしたのか? こう言うのか? はじめは不思議に思っていたことも、話にていねいに耳を傾けているうちに、その人がその人である必然のような、魂みたいなもの触れて、するするといろんなことが理解できた気持ちになることがある。この本はそんな体験のようだった。

    雨宮まみという女性が、思春期を経て大人になり、AVライターになるまでとそれから。ズキズキとした痛みを伴いながらも心の中を丁寧に探り、自虐をスパイスに、どんな感情からも逃げず自分自身を捉えようとする様子にはなんとも言えない迫力がある。
    激しい感情の流れや複雑なうねりを、当人とともに旅するのは、苦しくて辛くて。でもあまりのことに時々笑っちゃうんだけど、同時にどこか神聖な気持ちにもなった。表面で起きている事柄はことごとく俗っぽいにもかかわらず。それは彼女がとてもつなく真面目に人生に取り組んでいると、ひしひしと感じるからだろうと思う。

    普通なら自分の気持ちをあまりに揺さぶり、掻きむしる対象には近づかないものだと思う。けれど彼女は違う。対峙する。対峙し、格闘して、ボロボロになる。でもその経験から掴み取った小さな光を逃さない。転びながら、光をすくい取り、握りしめ、起き上がり、動き出す。す、すごいと思った。この自分への容赦のなさは。


    単行本発売から三年後に書かれた文庫本のあとがきも好き。前のめりに隙間を埋めるように自分の人生を語っていた雨宮さんが、つるんとむけた清々しい文章を書いていて。たくさんうなづきたくなった。


    でももう彼女はいないんだなぁ。
    文章を読んでるとそのことを不思議に感じる。きっと今もたくさんの人が喪失感の中にいるだろう。遅ればせながら彼女に出会ってしまったし、残された作品をゆっくり読ませてもらおうと思う。

  • ○亡くなったと聞いて、ちゃんと文章を読んでなかったのでよみたくなってこれまたブクマ!で購入。
    いつまで独身でいるつもり のほうが響く話だったかも。ほぼ雨宮さんの半生の話ね。

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著者プロフィール

ライター。エッセイを中心に書評などカルチャー系の分野でも執筆。著書に『女子をこじらせて』(幻冬舎文庫)、『まじめに生きるって損ですか?』(ポット出版)など。

「2016年 『愛と欲望の雑談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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