弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344425019

感想・レビュー・書評

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  • 「観光客」でいいんだと書かれていて、私のモヤモヤが晴れ、腑に落ちた。あとキーワードとしては「憐み」。
    議論がいろいろな方面に向いているので、ブクログの感想欄も、人によってさまざまな切り取り方がされていて印象的。

  • 我々は環境に規定される。 我々は環境から予想される パラメータの集合でしかない。 だが、その度合が強まれば強まるほど、 「かけがえのない個人」としての感覚は失われる。 それを乗り越えるには「旅」が必要だ。 無責任な「観光客」として、 あちこちのコミュニティに出入りする。 環境を変え、偶然に身を委ね、 ノイズをあえて取り入れるのだ。 特に興味深かったのは、 上記を支えるものとしての「身体」への言及。 いわく、「性欲」は人間関係のノイズを増幅させるし、 「体力」は活動そのものを規定するのだという。

  • 「統計的な最適を考えるのではなく、偶然に身を曝せ」

    ネットの評価経済社会が強いるどぶ板選挙のような体力勝負の消耗戦に身を賭すのではなく、環境を変えインプットを変えることによってアウトプットが変わる可能性に賭けよ。

    消耗戦の中からは本当に新しいコンテンツ、本当に素晴らしいコンテンツは出てこない。そこから離れ、ゆるやかに流れる時間のなかに身を置くために、旅が必要なのだ。

    入門書として書いてある通り、非常に読みやすく示唆に富む内容であったし、これからの生き方を変えるほどの影響を受けた。まだまだ噛み砕くのに時間はかかりそうだが、また読み返したい。最後に仮に賭けに失敗してしまってもあずまんはこう曰く、

    しかし、人生において「失敗」とはなんでしょう。事業の失敗、投資の失敗、結婚の失敗とういう個別例はあると思います。けれどもその失敗はつぎの局面の出発点になるかもしれない。人生そのものには失敗なんてないのです。だってその成否を測る基準はどこにもないのですから。観光ガイドを見て計画を立てるのはよし。けれど実際には計画は無視し、どんどんコースは変更しましょう!そのほうが旅=人生は楽しくなります。

    勇気をもらえた。

  • ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。⇄ここにこそ大きな矛盾、「ひとりひとりはかけがえのない自分」だと感じてしまう。

    弱い絆はノイズに満ちたものです。そのノイズこそがチャンスなのだというのがグラノヴェターの教え。(略)現実のネットはそのようなノイズを排除するための技法をどんどん開発しています。めんどうだと思ったらすぐにブロックしたりミュートしたりできるからです。

    著者としては、はじめてのタイプの「哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した本」です。飲み会で人生論でも聞くような気分で、気軽な気分でページをめくっていただければ幸いです。

    観光客は無責任です。けれど無責任だからこそできることがある。無責任を許容しないと広がらない情報もある。

    言葉にできないものを言葉にすること。そのために大事なのは、まずは言葉にできないことを体験すること、つまり「現地に行くこと」です。

    メタゲームを止めるためです。
    →あるゲームにおいてゲーム外の駆け引きや戦略のことを指す言葉である。

    弁証法的な時間に対する異議申し立てということ
    ・・・相反する要素(正と反)が衝突し、どんどん高い次元(合)に到達していくという思想

    齟齬(そご)

    21世紀の哲学は、あらためて「物理的な実在」の力を評価し直すべきだと考えています。それは存在論的な意味においてではなく、実践的(プラグマティック)な意味においてです。

    ルソーは、人間は本来は孤立して生きるべきなのに、他人の苦しみをまえにすると「憐れみ」を抱いてしまうので、群れを作り社会を作ってしまうと説くのです。
    → 憐れみを感じるから社会を作っている。

    国民と国民は言葉を介してすれちがうことしかできないけれど、個人と個人は「憐れみ」で弱く繋がることができる。そこにこそ、21世紀のグローバル社会の希望があると考えています。

    ひとは性欲があるからこそ、本来ならば話もしなかったような人に話しかけたり、交流を持ったりしてしまうのです。その機能は「憐れみ」ととても近い。

    東洋と西洋の意匠が混ざった植民地建築というのは、独特の美しさ、というか艶めかしさがある。

    日本人はとにかく村人が好きです。正社員が好き。ウチとソトを分けて、ウチで連帯するのが好き。

    人間関係を(必要以上に)大切にするな。

    x

  • 書を捨て、旅へ出よう

  • 入門書。安いし読みやすい。観光客という主体に関しては、こちらの方を参照必須。既存の価値観に捉われない疎外から回復された人間像、ここまでは交通に着目した柄谷行人と同様。しかし、それを旅人と呼び、場にも根ざして生きるというのが柄谷行人から先へと進もうとする東浩紀の決定的な思想。
    ともに外国を旅する家族が、その示唆を与えたのは明白だろう。

  • 初めての東浩紀。負担にならないやつから始めたかったので、一番ライトそうで事実かなりライトだったこれから。社会学あたりでは「弱いつながり」というキーワードはよく聞く。ネットの網の目があらゆる生活圏に張り巡らされてしまった現代は「強いつながり」の安定した社会になってしまった。グーグルでもアマゾンでも、自分の趣向が読み解かれ、いつもの検索ワードでより近しい情報が与えられていく。生き方としては楽になったんだけども、こういう自足的な生き方に息苦しさを感じることは少なくない。じゃあ、そういう生活の中でいかにノイズを生じさせるか。これがこの本のとっかかりである。

    その前提で著者は「旅」を薦める。今の世の中、私たちの豊かさが差別化される部分は、文字化できない、情報化されない「モノ」だという。しかしそういうモノに触れることは日常ではできない。ポイントはいつもと違う「検索ワード」をいかに見つけるか。日常では出てこない検索ワードを見つけるには、環境を変えるしかない。そのために旅をする。旅をすることで環境が変わり、見るもの触れるものが変わることで、思考が変わる。そうすると検索ワードが変わり、グーグルの予測から外れる。これがノイズである。ただ重要なのはそういう新しい情報ではなく、やはり「モノ」自体なのだという。新しい環境で新しいモノに触れて、イレギュラーな自分が生まれる。これがこれから生きてくるだろうと、そんなメッセージだったと思う。

    分かりやすい。小難しい理論も出てこない。しかし理性に響く。さすが。


    17.6.14

  • 高城剛さんがよく言っている「アイデアと移動距離は比例する」という言葉、それに少し通じるようなお話。
    テーマは身体性。最近感じていた問題意識に近い。
    自分の身体が感覚装置として、受信機として、正しく機能するためにメンテナンスしておく必要があるし、どんどんと物理的に移動したり、人に会い、新たな環境や刺激に身を曝すことが必要なんだな。
    そして言葉の限界。言葉よりも物の方が強いことは確かだ。
    ただモノをやリアルを大事にすることは、今いる環境を大事にすることじゃない。そうすると逆に狭く規定されていってしまう。

  • 検索キーワードは自分の中にある探したい欲望からでしか出てこないため、無限に知・視野を広げられるというのは誤解である、という訴えを主にしている。

    そこで著者が進めるのは旅。
    旅に出てこそ、普段の自分が巡り会わないキーワードを探し当てることになり、Googleの予測キーワードの予測を越えたキーワードにたどり着ける。これがAIを越えるということにもなる。

  • ネットワークの話
    表層をなでるだけの観光でも学びは多い

    ヨーロッパ哲学の大きなテーマ
    表象不可逆性ーホロコーストは表現できるか?

    情報の提示のみではなく環状の操作が必要
    「情報にアクセスしたい」と言う欲求

    身体的拘束+時間が仮想現実との相違


    フーコー
    人間の現実ー言葉とモノから出来ている

    リアル<言葉?
    ←言葉の世界を回すために現実が必要。めたゲームの阻止

    20cフランス・デリダー脱構築
    あらゆるテキストは解釈の仕方によってどんな意味でも引き出せる

    言葉による議論のメタ化は際限ない
    →ことばで真実を探さないことが合理的

    ものは言葉を上回る

    弁証法
    相反する要素(正と反)が衝突し、更なる高い次元へ(合)

    歴史の保存ー後世に残る記憶の書き換えを意識すべき


    20c哲学…記号や言語の力
    21cでは物理的なぞんざいを重視すべき
    not存在論、but実践的(プラグマティック)


    実践的観点の持ち主としてのルソー
    ホッブズ・ロックといった社会契約説の論者とは異なる
    社会契約説…人間は理性的・論理的で頭がいい⇔自分の本性を抑圧し社会をつくる

    ルソー
    人間は本来孤立して生きるべき、他人の苦しみを見ると理念とか正義関係なく「哀れみ」を抱いてしまうために社会を作ってしまう
    社会的契約の根拠は動物的感情
    お8

    コミュニケーションは合意で終わるのではなく、参加者の疲弊によって終わる

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プロフィール

東浩紀(あずま・ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門受賞作。

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