弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344425019

感想・レビュー・書評

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  • 「観光客」であることを、惨めに思う必要はない。
    むしろ、「観光客でいること」に自覚的であるからこそ生み出せるモノがあるのではないか。
    そんなことを考えさせられた。東浩紀さんの本を読んだのは初めてだけど、言葉を扱う仕事をしている人が書くものは、私達が読んでもスッーと身体に入っていくものなんだなと感じた。
    今この時代にこの本と出会えて、本当に良かった。
    自分がなんでこの本を選んだのかはよく思い出せない。この本との出会いも偶然性によるものだったのかなと感じている。
    先行き不安とはよく言われるけど、そもそも未来が予測できる人なんていない。あした自分が、生きていることすらわからない。自分自身のことですら予測できないのだから、まわりのことなんて予測できっこない。だからこそ、今自分がここにいるということに、少しでも意識をむけられたら、けっこう幸せなんじゃないかと思う。だって、いまを意識できるってことはそれだけ余裕があるってことだから。
    東浩紀さん、ありがとう!

  • よみやすすぎてすごい。その昔、読了≠読解するのに何か月も要した『存在論的、郵便的』の読書体験とは明らかに違う。そう言えば当時の己は、本自体から何か“答え”を得ようと頭をフル回転させながら、頁を行きつ戻りつしていたのだった。そういういみでは、ここに“こたえ”はなく、己がかわるきっかけをもらえた(かもしれない)きぶんである。

  • 読みやすくてさらさらーっと読んじゃったからあまり残らなかったな。
    でも解説は何言ってんだかわかんなくて読めなかったのですごいわかりやすく書いてくれたんだなーって。
    福島原発の観光地化の話はいいなって思ったんだけど、今もすすんでるのかな?それを検索しろよってことなんだろうけどなんか嫌なものも見ちゃう気がして気が引けるな。
    うまくいくといいね。

  • 何よりも読みやすかった。インターネットの今まで気付きもしなかった特色に目から鱗というか、妙に納得。気軽に読み終える厚さで、哲学過ぎるわけでもなく、しかし考え込む素材が散らばっているような。手に取りやすい本だと思う。

  • 思想家・東浩紀氏が旅についてとインターネットの検索ワードについての思索を交差させて書いたエッセイです。ネット社会と呼ばれる現代において検索ワードを考えて情報を得ることが自らの世界観を構築するうえで重要な要因といえます。しかし、普段と変わらぬ日常に身を置いていると検索ワードは凡庸になりがちです。そこで旅をして自身を普段と異なる環境を置くことで新たな着想を得、今までになかった世界観を見出すことができるとしています。また、言葉によって世界観は支配されていますが、現物を見聞きして得られるものは言葉以上のちからがあり、言葉重視からモノ重視へとシフトすべきという持論を展開しています。平易な文章で読みやすかったです。

  • 「観光客」でいいんだと書かれていて、私のモヤモヤが晴れ、腑に落ちた。あとキーワードとしては「憐み」。
    議論がいろいろな方面に向いているので、ブクログの感想欄も、人によってさまざまな切り取り方がされていて印象的。

  • 我々は環境に規定される。 我々は環境から予想される パラメータの集合でしかない。 だが、その度合が強まれば強まるほど、 「かけがえのない個人」としての感覚は失われる。 それを乗り越えるには「旅」が必要だ。 無責任な「観光客」として、 あちこちのコミュニティに出入りする。 環境を変え、偶然に身を委ね、 ノイズをあえて取り入れるのだ。 特に興味深かったのは、 上記を支えるものとしての「身体」への言及。 いわく、「性欲」は人間関係のノイズを増幅させるし、 「体力」は活動そのものを規定するのだという。

  • 「統計的な最適を考えるのではなく、偶然に身を曝せ」

    ネットの評価経済社会が強いるどぶ板選挙のような体力勝負の消耗戦に身を賭すのではなく、環境を変えインプットを変えることによってアウトプットが変わる可能性に賭けよ。

    消耗戦の中からは本当に新しいコンテンツ、本当に素晴らしいコンテンツは出てこない。そこから離れ、ゆるやかに流れる時間のなかに身を置くために、旅が必要なのだ。

    入門書として書いてある通り、非常に読みやすく示唆に富む内容であったし、これからの生き方を変えるほどの影響を受けた。まだまだ噛み砕くのに時間はかかりそうだが、また読み返したい。最後に仮に賭けに失敗してしまってもあずまんはこう曰く、

    しかし、人生において「失敗」とはなんでしょう。事業の失敗、投資の失敗、結婚の失敗とういう個別例はあると思います。けれどもその失敗はつぎの局面の出発点になるかもしれない。人生そのものには失敗なんてないのです。だってその成否を測る基準はどこにもないのですから。観光ガイドを見て計画を立てるのはよし。けれど実際には計画は無視し、どんどんコースは変更しましょう!そのほうが旅=人生は楽しくなります。

    勇気をもらえた。

  • ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。⇄ここにこそ大きな矛盾、「ひとりひとりはかけがえのない自分」だと感じてしまう。

    弱い絆はノイズに満ちたものです。そのノイズこそがチャンスなのだというのがグラノヴェターの教え。(略)現実のネットはそのようなノイズを排除するための技法をどんどん開発しています。めんどうだと思ったらすぐにブロックしたりミュートしたりできるからです。

    著者としては、はじめてのタイプの「哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した本」です。飲み会で人生論でも聞くような気分で、気軽な気分でページをめくっていただければ幸いです。

    観光客は無責任です。けれど無責任だからこそできることがある。無責任を許容しないと広がらない情報もある。

    言葉にできないものを言葉にすること。そのために大事なのは、まずは言葉にできないことを体験すること、つまり「現地に行くこと」です。

    メタゲームを止めるためです。
    →あるゲームにおいてゲーム外の駆け引きや戦略のことを指す言葉である。

    弁証法的な時間に対する異議申し立てということ
    ・・・相反する要素(正と反)が衝突し、どんどん高い次元(合)に到達していくという思想

    齟齬(そご)

    21世紀の哲学は、あらためて「物理的な実在」の力を評価し直すべきだと考えています。それは存在論的な意味においてではなく、実践的(プラグマティック)な意味においてです。

    ルソーは、人間は本来は孤立して生きるべきなのに、他人の苦しみをまえにすると「憐れみ」を抱いてしまうので、群れを作り社会を作ってしまうと説くのです。
    → 憐れみを感じるから社会を作っている。

    国民と国民は言葉を介してすれちがうことしかできないけれど、個人と個人は「憐れみ」で弱く繋がることができる。そこにこそ、21世紀のグローバル社会の希望があると考えています。

    ひとは性欲があるからこそ、本来ならば話もしなかったような人に話しかけたり、交流を持ったりしてしまうのです。その機能は「憐れみ」ととても近い。

    東洋と西洋の意匠が混ざった植民地建築というのは、独特の美しさ、というか艶めかしさがある。

    日本人はとにかく村人が好きです。正社員が好き。ウチとソトを分けて、ウチで連帯するのが好き。

    人間関係を(必要以上に)大切にするな。

    x

  • 書を捨て、旅へ出よう

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著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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