ふたつのしるし (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
3.55
  • (46)
  • (114)
  • (114)
  • (29)
  • (4)
本棚登録 : 1525
感想 : 116
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344425996

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『六年生が昼休みに体育館を使える金曜日、クラスでするのはドッジボールと大縄跳びのどちらがいいか、という議題のときに、読書、と発言した。もちろん、意見は通らなかった』。

    小学校だったか、中学校だったか、多数決で物事を決めていくというやり方を学ぶのと同時に、多数決で決まったことが決して正しいわけではないということを併せて学んだと思います。『大きな声でいえるほうが強いけれど、弱いからといって間違っているわけではないのだ』という気づきの瞬間。数の論理が支配する大人社会に入ってしまうと、なんだかなあと思うことも多いですが、そんな学びの主題『正しいか、間違っているか』というところには全く興味はなく、そこに『自分の考えがあってもいいのかもしれない』ということを『発見』した小学六年生がいました。この物語は、そんな『彼』と、『その型を使えばこの場面を乗り切れる』といつも『型』を大切にして、自分の気持ちを隠す生き方をしてきた『彼女』の人生が出会う物語です。

    『小学校の校庭に三十二人の子供がいた。入学して間もない一年二組の子供たち』、みんなで担任の話を聞いているという光景。『春のしるしを見つけましょう』という担任と出かけた校外学習の場。『子供たちはさまざまな春のしるしを見つけて教室へ』戻ります。そんな時『戻ってみたら、ひとり足りなかった』という事態。『きちんと手をつないで二列で歩きなさいといったはずです』と叱る担任は、『これからみんなで捜しにいきます』と校舎を出ます。心配をよそに『足りなかった子はあっけなく見つかった』という展開に安堵する担任。『 どうして蟻の行列がこんなにおもしろいのか。このままずっと眺めていたかった』と『足りなかった』マイペースな温之。そんな彼を、みんなはハルと呼びます。『ハルは何もしなかった。彼の心はそこになかった。ハルは授業を聞かなかった』。そんなハルは授業中、蟻の実物を描きたくて教室を一人出て行きました。一方、『語尾を少しだけ伸ばす。声を少しだけ上げる。このばかっぽいしゃべりのおかげで、攻撃されずに済んでいる』という瑶名は、『近年荒れていると評判の公立中学校』に入学したものの、『どこで足をすくわれるかわからない以上、できるだけ引っかかりを出さないこと。目立たないこと』を心がけ『卒業するまでこんな日々がずっと続くんだろうか』という毎日を送っています。『親しい友達からハルと呼ばれている』瑶名。しかし、『瑶名は成績がいい。特にがんばらなくても、いい点数が取れてしまう』という本当の瑶名に気づいた友達から『あんなに勉強ができるのに隠して、きれいな顔が目立たないように眼鏡をかけて、わざと変なしゃべり方して、つくり笑いして、楽しい?』と問われます。『私は私のやりたいようにやるの』と思いつつも『やりたいように?』という言葉に疑問も感じながらも、瑶名はその考えを『必死でふりはらう』のでした。

    この物語は温之が小学校一年生になった1991年5月からスタートし、温之と瑶名のそれぞれの人生が交互に連作短編のように描かれていきます。それは、実に三十年という先までの長い人生の道のり。本のあらすじには、『二人の”ハル”が、あの3月11日、東京で出会った』とあります。あらすじにはこれ以上の説明はありませんが、『あの3月11日』と書かれてしまうと、これはもうネタバレという以前の問題です。『あの3月11日』はこの国にとって極めて特別な日であることは言うまでもないですが、その特別な日のふたりの出会いを宮下さんはファンタジーのように描いていきます。この現実感を伴わない唐突な展開に何かしらの違和感を感じる人もいるかもしれませんが、私はとても宮下さんらしい展開だと思いました。また、これが『あの3月11日』にあった出来事と捉えると何か不思議としっくりするようにも感じました。この国のいろんなところで、いろんなことがあったあの日、この出会いはそんな日にこの国の片隅にそっと繋がる物語。

    また、この作品ではふたりの”ハル”の生き方の違いが対象的に描かれていきます。小学校時代の温之は、『何もしなかった。できなかった。やろうとしなかった。彼の心はそこになかった』、と発達障害を感じさせるように『他の子たちより遅れる』場面が多く描かれます。でも彼の内面の描写により『ハルは勉強も運動も好きではない。押しつけられる感じが苦手』と感じながらも表に気持ちを上手く表すことができない不器用さと、型にはまらない彼独自の考えがしっかり息づいていることがわかります。一方の瑶名は、『目立ちたくなかった。自信がないからではない。自信があるから、こんなところで目立たなくていい、と思う。いつかきちんと相応の舞台で目立つときが来る。ふさわしいとき、ふさわしい場所で、ふさわしいやり方で目立つのだ』、それまではとにかく『型があればいい』『型を壊さないで』『型を見つけるまでの、自分で入る檻を探し出すまでの、辛抱だ』、とやはり自分の気持ちを心の奥底にしまったままの生き方をしています。『型にはまらない』生き方と、『型にはまらないと不安になってしまう』生き方という全く対象的なふたり。今の世の中にあって、彼らのような生き方はとても不器用にも感じられます。でもふたりに共通しているのは、芯の部分に自分の考え方をしっかり持っているということ。それを上手く表すことができないという共通点を持っているということでした。二人の生き様が交互に描かれることで、このあたりが自然と浮き上がってくる、そしてそれが納得感のある結末へと繋がっていく、とてもよく考えられた構成だと思いました。

    『早くても!遅くても、結局は同じ場所にたどり着くのではないか』。人にはそれぞれのペースというものがあります。そして、そのそれぞれのペースで歩む人生は、あくまでそれぞれの人のものです。自分の人生は自分のものです。自分の人生の意味は自分にしかわからないものです。『ほんとうに大事なものって自分で見つけるしかないの。自分にしか見つけられないのよ』。瑶名は、対象的な生き方をしてきた温之と出会って、そのことに気づいたと語ります。三十年という長きに渡って描かれるふたつの物語。生き方を模索し、答えを見つけるまでのふたりの苦悩の場面のあまりに鬱屈とした時代があったからこそ、ふたりの穏やかなまでの表情が垣間見える結末に心の中がじんわりと温かくなるのを感じました。

    不器用なふたりの三十年の物語。粗雑に扱うと壊れてしまいそうな人の機微に触れる物語。宮下さんらしい、読後にじんわりとした人のぬくもりを感じることのできる、とてもあったかい作品でした。

  • すごい本を読んでしまった。
    宮下奈都の脈々と変わらない深ーい愛?慈悲?

    物語は柏木温之「はるゆき」と
    遥名の二人の話が交互に出てくる。二人ともハルと呼ばれてる

     ハルは「温之」は教室でひとりでいるのに慣れてる
    一人でなんの不都合もない。
    何かに熱中すると何も聞こえない他のシャッターを閉じる
    蟻をいつまでもみている。

    そこに先生はカリカリくる。
    お宅の息子は迷惑だという。

    本文より
    母親容子は
    人に迷惑をかけるなというようなことを息子に一度も言ったことがない
    誰に対しても不本意な状態にある人のことは大目にみても良いのではないか〜
    この辺は素晴らしい

    つい大抵の人は事なかれに走り
    なんでも合わせようとする
    教育に関して特に、
    世間も少し間違っている

    この容子さんの考えのもと
    ハルは育つ
    ハルは勉強ができない
    ハルは地図が好き
    何時間でも読んでいられる

    よく世間では「みんな違ってそれがいい」なぞいうけど
    実際は排他的、排除する、邪魔にする

    スポイルして人をダメにする。
    この本の中に至るところに
    こう日本の教育がこうあれば

    それぞれの素晴らしいところが伸ばせてもっと生きやすいと思う、ところがなかなかそうはいかない。

    いろいろ心うたれた場面を伝えたいけど
    ネタバレだよね。

    同じように遥名も
    どこで足をすくわれるかわからないから
    目立たないこと出来るだけ引っかかりを出さないこと
    いざというときのために蓄えてる。
    そんな二人が〜

    構成、優しい文体
    うまいなぁ、わざとらしくない。
    宮下奈都、もっともっと知りたい!

    しるしってなんでしょうね。



     

  • すごくよかった。
    宮下さんの作品は読みやすくて、心にすっと入ってくる。
    ふたりのハルが、悩みながら成長し、出会う。
    ふたりの悩みはすごく変わったものとかではなくて、隣の人が抱えていてもおかしくはない悩み。
    私は遥名にすごく共感できた。

    こういう作品はすごく好きだけど、こういう作品を読むことで、「しるし」を持つ人が現れることを期待してしまう。それはそれで良くないのかもしれない笑
    運命の人に出会うとビビっと来るものがあるって言うけど、本当なのかな…

  • 『ふたつのしるし』宮下奈都さん

    1.購読動機
    羊と鋼の森。これが宮下さんとの出会い。
    ふたつのしるし。
    これは、このブクログつながりの人からのオススメです。

    2.リズムと色彩
    羊と鋼の森を読んでるときの感覚を思いだす小説でした。
    それは、ひとつひとつの文章が端的なため、余計な感情を移入しないで、物語が展開していくこと。
    スピードが早いではなく、テンポが心地良い小説でした。

    また、色彩的には、モノトーンなイメージです。
    そのモノトーンの濃淡だけで世界が広がっていく感じです。

    3.ふたりの主人公たち
    自身の色、性格を世界に合わせます。
    それに、どこか疲れを感じつつも、平和に穏やかに暮らすために我慢する主人公の姿がありました。

    もうひとりの主人公は、逆に自身の色を無理に合わせることをしません。
    馴染まなくてよいとすら感じています。

    このふたりの主人公に共通するのは、己から目を背けないことです。
    決して投げやりにならず、目のまえの道を進む姿勢です。

    この姿勢は、羊と鋼の森の作風にも似ているように感じました。

    4.読み終えて
    目の前のことに集中すること。
    目を背けないこと。
    そう、自身で自身をなげやりにしたら、それはもったいないことだから、、、。

    #読書好きな人と繋がりたい






  • おそらくLDであるハルと優等生だが目立たず生きようとする遥名...。
    6年後に移行するスタイル(最後は3年後)は、序破急のリズムを意識したものだろうか。想像で空間・隙間を埋められるのもいい。
    健太みたいな友だちと出会っていたら人生変わったかなぁ。
    ラストは感涙必至!

    「これからも風は吹くだろう。勝負は過去だけで決まるものじゃない。」

  • 優等生だけど、目立たぬように息をひそめて生きる遥名と、自分の興味のあること以外に目を向けられず落ちこぼれている温之。

    別々の場所で生きる二人のハルを描きながら、いつかどんな形で出会うのだろうと読ませるのが上手い。
    特に温之の学校生活は、リアルで引き込まれる。
    多様性を声高に叫ばれる現代だが、学校という場は、それが許されない。

    温之が、大人になってからはうまくいきすぎ感も覚えたが、不器用なハルたちが幸せになる最後は、温かな気持ちになれた。

  • 宮下さんは、現在活動中の日本の作家で多分一番好きだ。文章が良い。気取ったところがなくて、読みやすいところが非常に好み。心の中にすうっと入ってくる。ごく普通の人達の人生を丁寧に描く所も好きだ。この小説にもその2つの良さが発揮されている。二人のハルの物語。どちらのハルも不器用だが、一生懸命に誠実に生きる。その生き方に共感した。二人の生き方が交錯するのは、日本人の誰もが忘れられない日。宮下さんの小説の中では地味なプロットだと思う。それでも、その地味さゆえに心に深く染み入るところがあって、感動は大きい。

  • 型を意識せず不器用に突き進む男の子と、型にはまらないと不安な女の子。
    正反対の2人が築く"しるし"が繋がっていくお話。
    それにしてもこの作者は何者なんだろう。ストーリーが頭に浮かびつつ、こんなにサラサラと胸に届く言葉がちりばめられるのか。びっくりしながら、あっという間に読んでしまった。

  • 他者や社会との関わりにおいて少し不器用な登場人物たちが、傷つきながらもそっと彼らを支える人たちと出会い優しく繋がっていく。

    色々な個性、色々な幸せの形、宮下奈都さんの世界に勇気をもらう。

  • 優等生の遥名と落ちこぼれのハルが、お互いにしるしを見つけて結ばれる話。

    途中から先がなんとなく読めてしまった。

    地図を見るのが好きだったハルが、被災地でその能力を使い役に立てたという発想は良かったが、それが健太の言う「いざという時」なのか?
    勉強できなかったハルが電気工事の仕事できるの?震災後、ハルが急にそんな思い切った行動ができるものなのか?色々モヤモヤしてしまった。

全116件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

宮下奈都の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×