キャロリング (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 171
  • Amazon.co.jp ・本 (461ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344426719

感想・レビュー・書評

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  • クリスマス、その五文字を口にするだけで、なんだか顔がほころび、幸せな気持ちに包まれる不思議な何かが漂うこの特別な日。いつの頃からかすっかり根付いたこの幸せな、めいっぱいのハレの日。そんな幸せな日に廃業することを決めた会社がありました。『エンジェル・メーカー終焉の日まで後○日!』、とカウントダウンの掲示を事務室に貼って、その日が来るのを暗い顔ひとつせずに毎日をまっすぐに生きる人たちがいた。そんな時でもやさしい心で困っている人に手を差し伸べる人たちがいた。
    そして、そんなクリスマスを多くの人々に讃美歌を歌って告げ知らせていくというキャロリング。『ありふれた話だ。集めて煮詰めて佃煮ができるほどよくある話』、とは第三者が思うこと。それぞれが幸せな日を夢見て自分の人生を一生懸命に生き、特別な日が、特別な日になるように小さな毎日を生きている。そんな一生懸命な人々に舞い降りた小さな幸せがひっそりと紡がれていく、そんなとてもやさしい物語が始まる。

    『こちらを向いた銃口にはまるで現実感がなかった』という緊迫感のある冒頭、『自分を向いている銃口は、いつ火を噴くのか。引き金はそれを引くことが何ら非日常でない者の指にかかっている』という状況の中、『その子はうちで預かった子だ。俺はその子を守る義務がある』と叫ぶのは主人公・大和俊介。『暴力は突然爆発した。言葉に一つ息を入れるごとに男が靴先を蹴り込む。蹴り込まれるたびに息が止まる』という展開に『やめてよ死んじゃうよ!逆らわないでよ大和!謝って!』と少年が叫ぶ序章に続いて描かれるのはそれに遡るこれまでの俊介の人生。『大和俊介の勤める「エンジェル・メーカー」は、東京は月島の集合ビルに事務所を構える小規模子供服メーカー』、わずか五名のその会社。『エンジェル・メーカーは今月の締め日を以て廃業ということになります』と告げるのは社長の西山英代。『クリスマス倒産かぁ』と投げ出すようにデザイナーの佐々木勉は呟きます。『大和俊介にとって西山英代は「小さい頃から知っているおばちゃん」』という二人の関係。そんな俊介が幼い頃から『ねえ。思い切って別れたら?』、と英代は俊介の母に言い続けてきました。『母が俊介を連れて英代を訪ねるとき、母の顔や体には痣ができていた ー 父の暴力だ』という俊介の日常。でも『転機は俊介が中学校に上がった頃におとずれた』、と力が強くなって父に抗うことができるようになった俊介。『父の暴力は一方的なものではなくなった』と思ったある日、酒を飲んだ父親が俊介を襲います。『「やめて!やめてあなた!俊介が死んじゃう!」目が覚めると素っ気ない白い部屋に寝かされていた』というまさかの救急車が、警察が出動する最悪の展開。しかし、警察に対して『俊介の家庭内暴力で両親はずっと悩んでいた』というまさかの設定にされてしまう俊介。結局、両親は離婚、母親と暮らし始めた俊介。しかし『高校に進学してしばらくして、母が再婚することになった。その相手を聞いて、言葉をなくした』という衝撃の展開。それは『別れた父とよりを戻す』という俊介にとってありえない展開でした。そして、一人暮らしを申し出た俊介、両親と関係を絶った人生が始まります。

    「キャロリング」という書名にかけて、5つのクリスマス・キャロルの名前が付けられた五章から構成されるこの作品。過去に親の離婚を経験した俊介と、現在進行形で離婚を止めようとする航平の人生が対比して描かれます。『母親が親父に殴られるのを見てるしかない気持ち ー 母親が殴られてるのに自分が殴られないために息を殺しているしかない気持ち ー 服で隠せるところが紫の痣だらけになって人前で袖もめくれない気持ち』という壮絶な親子関係に苦しんできた俊介。すでに親と離れ、会うことも全くなく、すべてを過去としたはずの俊介ですが、柊子と結ばれていく過程で、図らずも今も俊介の心の奥深くに色濃くその影を引きずっていることを認識することになります。結婚に向けた話し合いを進める二人。俊介の『俺の両親は割愛ってことじゃ駄目かな』と語ったひと言が作るふたりの間の埋められない溝。有川さんがここで用いた表現は『彼女の辞書に載っている倫理は自分の辞書には載っていない』という『辞書』という言葉を使った表現です。一般的には【私の辞書に不可能という言葉はない】というような使い方をされることはありますが、ここではふたりの『辞書』の内容が比較されていきます。当初『自分の辞書に載っていない彼女の言葉が好きだった』という俊介。それが結婚という人生の分岐点において『彼女の辞書には両親を割愛するという文法は載っていない』ということに気づきます。そして『ここにきて辞書の違いが致命的になりつつある』、と認識し『これほど持っている辞書が違うのに、二人で生きていけるのか』と考え、別れることを決断する俊介。一方で、『載っていない』側の柊子は、当初、俊介の主張がまったく理解できずじまいでしたが、『英代からいろいろ聞いた。大和は「辞書が違う」と言った。その意味がやっと分かった』と感じ、『そんな辞書を編まざるを得なかった大和に、執り成す柊子の言葉はさぞや甘くて苦々しかったことだろう』と、もう戻れないふたりの関係を思う柊子の心の内が描かれます。『辞書』という象徴的な表現を元にこんな風に心の動きを描いていく有川さんの筆、凄いと思いました。

    はっ、とするような言葉が全編に渡って多々登場するこの作品ですが、中でも衝撃だったのが次の言葉でした。『愛されている子供ほど母親を傷つける力を持っている』。この言葉を、英代は、圭子と航平という親子ふたりが揃う場で『圭子をいたわりつつ同時に航平を諭す』ように語ります。『子供さんを夫婦の裁判官にしちゃいけません』とも語る英代。この英代の大きなやさしさと深い包容力に、かつての俊介も、そして現在の航平も救われてきました。クリスマス繋がりで敢えて書くなら、聖母マリアのような存在の英代。一方でそんな英代に小さい頃から面倒を見てもらってきた俊介は『不幸の比べっこなんかしたって仕方ないだろ。同じ離婚にも不幸のランクがあるんだ。それでも、自分の胸には自分の不幸が一番痛い。だから比べたって仕方ないんだ、他人にも自分にも』と今を苦しむ航平に冷静に語りかけます。壮絶な親子関係を生きてきた俊介ならではの言葉の説得力は、作品の結末の納得感にも大きな役割を果たしていたと思います。

    俊介の壮絶な親子関係を経た先に見えた柊子との関係、現在進行形として描かれる航平の両親が出す結論、そして絶対的な悪人にはなりえなかった赤木という男の存在。これらがクリスマスに向かってゆるやかに絡み合って小さな奇跡が生まれるこの作品。単純にクリスマスだから強引にハッピーエンドにしてしまおう、というのではなく『子供だましにしなかった』あくまで大人の事情が優先される結末。それ故に、どこかほろ苦さの残る、それでいてほんのりとしたぬくもりの残る、そしてクリスマスの聖なる夜にふっと余韻の残る、おだやかな気持ちになる読後。みんなの未来にやがて訪れるであろう幸せが垣間見れた、そんな作品でした。

  • 有川氏らしい構成。
    ずっと引き込まれる展開。
    いくつも感動うシーンがあり、マークしたところがいっぱい。

    暴力シーンが多く、そこは読むのがつらかった。

  • 有川さんのラブコメは絶品!最近は、あまりガッツリ『ラブコメ好きで何が悪い!』感がないなぁ…と思っていただけに今回は、クリーンヒットだった。
    子どもの頃に負った傷はなかなか消えない。
    現在進行形で傷ついている少年、親に振り回されて傷を持ったまま大人になった青年、現実から目をそらして夢の世界にいようとする大人。
    いろんな人生観を持った人間が集まって織り成す物語は、じんわり温かくなる。
    「誰と比べても、不幸にランクがあったとしても、自分の傷が一番痛い」。「不幸を比べっこしたってしょうがない」そう言いながら、今、傷ついている航平の辛さを思いやっている大和の気持ちが一番心に響いた。
    その一方で、育ちの違いからすれ違ってもなお好き同士の大和と柊子のエピソードが大好きで、何度も何度も読み返した。
    大和…好きだ!
    口が悪くて、短気で、すぐにポンポン怒るけど、関わった人を見捨てられない。仕事のできる、目端の効いた彼。
    どこかで、聞いた?『海の底』の夏木さん。『図書館戦争』の堂上教官。舌禍で失敗するタイプ。
    冬原さん派ですけどね。有川さんが好んで?書くこのタイプの不器用な青年、大好きです!
    柊子は、笠原…郁ちゃんや望ちゃんタイプでなく、『県庁おもてなし課』の多紀ちゃんに近いかな。大好きです!!

    あと、悪役の面々もいい味出してます。彼らも憎めない。
    クリスマスは、清算される日。これが一番のテーマかな、と勝手に解釈しております。

  • 言葉ってナイフにも癒しにもなる。互いの辞書の違い...。互いに分かるように伝えなければ伝えたことにならない。それでもどうしようもないことも、戻れないこともある。でもそこから始めるしかないんだよなぁ。
    感涙必至のハートフルストーリーがここにある。

  • 最終的には愛がいっぱい詰まった話。
    元恋人や預かった子供、整体のおじさんや同僚、ヤクザのおじさんなど。

    • のんさん
      この作品、以前私も読みました。最終的に愛が詰まっている+登場人物達が繋がっているんですよね。とても素敵な作品だったので恋人の誕生日にプレゼン...
      この作品、以前私も読みました。最終的に愛が詰まっている+登場人物達が繋がっているんですよね。とても素敵な作品だったので恋人の誕生日にプレゼントしたことがあります。
      2018/02/21
  • 途中ホロリとくるシーンが沢山あって、最後は号泣。

    思いやりにあふれたストーリー。

    やっぱ、みんなが誰かのことを大切に思ってる話が好きだなぁ。

    そして有川さんの小説、やっぱ好きです。

  • 2018/02/21

    赤木、糸山、石田、典雅の典のノリコ、ああなんと優しき悪役たちよ!(笑)

    クリスマスの奇跡が、色々な人生のReスタートを彩る大人のお伽話。
    有川先生の作品は、何故こうも魅力的かつ優しさに溢れたキャラに満ちあふれるのだろう。
    クリスマスの奇跡は倒産する会社の、かって恋人だった柊子と大和の少しビターな関係を甘やかに溶かしてゆく。
    すれ違いが大きくなった夫婦の修復そして新たな別離と旅立ちと決意、多くのキャラ達が大きく人生の舵を切る。

    ラストはニヤッとしながら泣きました。

    人生捨てたものでない!有川先生のメッセージと思いたい。

  • 苦しんでいる人を救おうとすることで、相手に余計な罪悪感を抱かせ、さらに苦しめることがある。

    傷ついているときに発する言葉はとても鋭利で、意図せず相手を深く抉ることがある。

    誰が一番辛かったのか、どっちの方が不幸でかわいそうなのか、そんなことは比べようもない。

    父親の壮絶な家庭内暴力
    会社の倒産
    不幸な生い立ちとは正反対の環境で育った恋人
    女性が仕事をすることに理解のない夫との結婚生活
    妻に全人格を否定されたと思っている夫
    東大卒なのに転職先が決まらない女性事務員
    親の都合で闇金の道しかなかった男
    チンピラすらロクにできない
    家族の借金を背負い、袋小路に入り込む

    クリスマスまでには。
    クリスマスの夜ぐらいは。
    それぞれのクリスマス。

  • ドラマっぽい感じで読みやすい。大和は苦手と思っていた子供の航平と知らず知らずに本音でぶつかる。大和と柊子は一度躓いていたが、航平の手紙に押されてやり直せるところまで来ることができそうでホッとする。難しいけど自分を曝け出す勇気が必要だと思う。

  • 有川浩さんの書くツンデレ骨太男子の不器用な愛に複雑な家族関係が絡むストーリー。全てがまるくおさまるわけではないけれど、全てが不幸には終わらない落とし所が有川浩作品なのだなぁ、と思う。2018.5

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著者プロフィール

有川浩(ありかわ・ひろ)
高知県生まれ。二〇〇四年『塩の街』で電撃小説大賞大賞を受賞しデビュー。同作と『空の中』『海の底』の「自衛隊三部作」、「図書館戦争」シリーズをはじめ、『阪急電車』『旅猫リポート』『明日の子供たち』『アンマーとぼくら』など著書多数。

「2017年 『ニャンニャンにゃんそろじー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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