ツバキ文具店 (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
4.19
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本棚登録 : 6408
感想 : 486
  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344427617

作品紹介・あらすじ

鎌倉で小さな文具店を営むかたわら、手紙の代書を請け負う鳩子。今日も風変わりな依頼が舞い込みます。友人への絶縁状、借金のお断り、天国からの手紙……。身近だからこそ伝えられない依頼者の心に寄り添ううち、仲違いしたまま逝ってしまった祖母への想いに気づいていく。大切な人への想い、「ツバキ文具店」があなたに代わってお届けします。

感想・レビュー・書評

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  • 小川糸は、好みの文体なのでハマることを怖れて手をつけなかった。昨年夏に妹が脚を骨折して2ヶ月間入院した。暇なんでなんか本を持ってきて、とのたまうので宮部みゆきやら北方謙三やら東野圭吾やら上橋菜穂子やら持ってゆくと、半分近くは読んでくれたようだ。その時に、「私が読んで良かったのは、ツバキ文具店、あれは良かった」と言った。テレビでやっていたので、だいたいの中身は知っていたので、あ、そう、と応えておいた。が、ずっと引っかかっていた。妹が本を薦めるのは、かなり珍しい。

    やっと手をつけた。

    古い佇まいの文具店。先代の遺したものを、どのように生活に取り入れるのか。私たち兄妹にも共通の景色と課題があり、少し彼女の気持ちが見えたところで、話の中に次第と入ってゆく。

    まさかひとつひとつの手紙を、全てプロの書家に頼んで我々に提示してくれていたとは知らなかった。テレビドラマでは一瞬で終わる手紙を、じっくり味わうことができる。萱谷恵子さんの描く字は、芸術家の書ではなくて、いわば職人の書だ。注文に応じて、注文者が満足するように仕上げる。決して展覧会に掲示されることはなく、でも誰かが喜んでくれる。ペットのお悔やみ状、離婚報告書、元カノへの近況報告手紙、借金御断りの手紙、天国から妻へのラブレター、近所の5歳の女の子QPちゃんへの手紙、絶縁状、そして大切な亡き祖母へ書くあるがままの自分の手紙。総てを、こうでなくてはいけない文具の体裁を整えて我々に提示する。ほとんど芸術だけど、アートじゃない。発信する人と受け取る人、その人たちの気持ちがあってこそのかけがえのない世界で、一つの手紙だ。断じて芸術じゃない。職人は丁寧な生活をして、丁寧な作品を仕上げる。

    作家・小川糸がどうやらそういう生活を送っているだけでなく、字描きの萱谷恵子さんも、「書道家」ではなくて、普段は映画の美術などをしている職人らしい。

    でも単なる代書屋じゃなくて、唯一無二の職人だろう。私の県に代書屋ってあるのだろうか、と検索したら案外あるわあるわ。表彰状から選挙の必勝まで、考えたらプロの書は巷に出回っている。でも決して鳩子さんのように、相手の意を汲んだ「手紙」は書かない。書けない。少なくとも、調べた限りでは鳩子さんのような代書屋はいない。「続編」は紐解くことに決めた。

    妹が発見することは決してないだろうけど、文庫の左上スミにパラパラ感想を書いて置いてみた。一画一画描いていけば良いので、左下スミのパラパラ漫画のように凝ったもんじゃない。90ページ分使った。
    「初小川糸、面白かったよ」と。

  • 年が明け、元旦最初の私の仕事。子どもの頃のさてさては家族に届いた年賀状の山を仕分けするのが毎年の役割でした。父宛に届く300通ものハガキの山に、自分も大人になったらこんなに多くのやりとりをするのだろうかと思ったものでした。大量のハガキを仕分けする中で、作業的に仕分けるものと、ふと手を止めて眺めるものが明確に分かれました。仕分けですから見るのは宛名です。ゴシック体なんか使うなよな、とか郵便番号欄ずれてるよとか、印字されているもので手を止めるのはマイナス視点で見るものばかり。一方で、本気で手を止めるのは手書きのもの。これ凄いなあ、自分の住所と名字、この人なんかよりずっと書くことが多い自分の属性。それにも関わらず自分にはとても書けない美しいそのハガキの上の手書きの文字に見とれることがありました。印刷ボタンを押して自動で差し込まれた文字と、宛名の人を思い浮かべて書かれた文字。それを受け取った人が自分宛に届いたものとして両者を見た時に違う思いを抱くのは当たり前なのかもしれません。でも、手書きだからと言って果たしてそれは差出人本人が書いたかどうかはわかりません。この作品は、そんな手書きの文字の裏に隠された物語です。

    『私は、小高い山のふもとにある、小さな一軒家に暮らしている』という主人公・雨宮鳩子。『三年ほど前に先代が亡くなったので、今は古い日本家屋で一人暮らしだ』という鎌倉に暮らす鳩子。『雨宮家は、江戸時代から続くとされる、由緒正しき代書屋』であり『江戸時代に大奥で働いていた右筆のひとりが、雨宮家の初代』とされ、鳩子が十一代目と聞かされて育ちました。『代書屋』とは『古くは右筆と呼ばれた職業で、やんごとなき身分の方やお殿様に代わって代筆を行う』お仕事。しかし時は流れ、今は『祝儀袋に名前を書いたり、記念碑に彫る文書を書いたり、看板、社訓の類の文字を書くのが主な業務』で、『表向きは、町の文具屋にすぎない』と『歩いて数分のところに小学校がある』立地の『ツバキ文具店』をひとりで切り盛りする鳩子。そんな鳩子は小さい頃から先代である祖母に書道を学んできました。『私にとって六歳の六月六日は、待ちに待った書道デビューの日だった』と振り返る鳩子。『小学校時代はひたすら習字の修練に明け暮れた』という鳩子は『先代がつきっきりで』最初は『○』、次に『平仮名』、そして『漢字』と順に学んでいきました。しかし、生活の全てが習字の修練に当てられ、他の楽しみをすっかり奪われた高校時代、ついに鳩子の気持ちが爆発します。『うるせぇんだよ、糞ババアだまってろ!』と『わかりやすい形で不良』になり『ガングロ街道をまっしぐらに』ひた走ります。それも大人になり『今となってはガングロ時代の自分を知る人に会うのは、とても恥ずかしい』と感じる鳩子。先代の後を継ぎ、次から次へと訪れる代書の依頼に向き合ってゆくのでした。そしてこの作品はそんな鳩子の『夏』から始まる一年を季節の移り変わりを巧みに取り入れながら描いていきます。

    『他の人に代わって文書を書くこと』それが代書。そして、それを家業とする雨宮家。例えばお悔やみ状を代筆するには『墨の色をあまり濃くしない』。これは喪中ハガキでよく見ます。『墨の色を薄くするのは、悲しみのあまり硯に涙が落ちて薄まったため』という理由があること。『たびたびや再び、重ね重ね、繰り返しなど、忌言葉を使わないこと』などの決まり事があること。そして、代筆に向かう姿勢を『私は、静かに筆を持ち上げた。世界中の悲しみという悲しみを、瞬間、涙腺を磁石のようにして吸い集める』と表現していきます。『離婚を報告する手紙、就職失敗を励ます手紙、絶縁状』、と面と向かって言いにくいことを文字にする場合が大半を占めるその仕事は思った以上に多岐に渡りました。また、これは面白いと思ったのは切手選びのシーンです。金銭絡みの『謝絶状』の依頼を請け負った鳩子。便箋を作成し、封をした後に切手を貼ります。ここで『切手は、金剛力士像の図柄を貼った。厳然たる謝絶状である』と封筒に貼る切手にまで拘わりをみせます。『金剛力士像の切手は五百円だが、絶対にお金は貸せないとする強い意志を示す』ためには切手の額面の金額は関係なく、図柄のインパクトを重視するという発想。『優しい印象の切手を貼ったら、相手はまた無心するかもしれない』という理由。自分の仕事の隅々にまでこだわりを見せる本物のプロの仕事をとても感じた瞬間でした。

    また、小川さんらしく食べ物に関する表現もとても魅力的です。庭で手紙を燃やして供養するという一幕でバウムクーヘンを焼くという光景が出てきました。『外側の皮はふんわりと柔らかくなり、中のクリームはトロトロになっていた』、とそもそもそんな食べ方があるのか!ととても興味をそそります。そして『そのトロトロのところを、フランスパンにつけたり、おにぎりにのせたりする。でも、一番相性が良かったのは、意外にもさつま揚げとの組み合わせだった』というまさかのさつま揚げとの組み合わせを持ってきます。これはまさしく経験者が語る記述。すぐにでも試してみたくなりました。また、『ツバキ文具店』のある『鎌倉』という街の食にも焦点を当てたシーンがありました。例えばカレー。『老舗だとキャラウェイが有名だし、若者たちに人気なのはオクシモロンだ。長谷の方まで行けばウーフカレーがあるし…』と実在する人気店を紹介していく様は、この作品自体のリアルと創作の垣根が分からなくなるとても面白い効果を生んでいるようにも感じました。『鎌倉』に暮らすみなさんにはたまらないシーンなのではないでしょうか。

    『代書屋っていうのは、昔から影武者みたいなもので、決して陽の目は見ない。だけど、誰かの幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ』と語った祖母。『自分で自分の気持ちをすらすら表現できる人は問題ないけど、そうできない人のために代書をする。その方が、より気持ちが伝わる、ってことだってある』と気づき、代書という家業を継いだ鳩子。様々な事情を抱え、悩み、苦しみ、鳩子の元を訪れる人々。そんな人々の代わりに代書を行う鳩子はいつもそれらを自身のこととして、依頼の一つひとつに誠実に丁寧に向き合ってゆきます。『昔から、餅は餅屋って、言うじゃないか。手紙を代書してほしいって人がいる限り、うちは代書屋を続けていく、ただそれだけのことなんだよ』という祖母の言葉。時代が変わっても、世の中が変化しても、人と人の間にコミュニケーションが存在する限り、代書屋という仕事は続くのだと思います。

    この作品では、依頼を受け、鳩子が仕上げた手書きの代書がそれぞれのシーンに画像として掲載されています。活字とは違う、『手書き』で書かれたその代書を読んだ時、同じ本を読んでいるにもかかわらず、心の違う部分が動くのを感じました。時代が変わっても、それを書いた、書いている人の顔が思い浮かぶ『手書き』の価値はいつまでも変わらない、そんなことも感じさせてくれた作品でした。

    • kurumicookiesさん
      読書に偏りあるので、さてさてさまの読書歴をぜひ参考にさせてください。どうぞ、よろしくお願いいたします。
      読書に偏りあるので、さてさてさまの読書歴をぜひ参考にさせてください。どうぞ、よろしくお願いいたします。
      2020/05/27
    • さてさてさん
      kurumicookiesさん、こんにちは!
      私も作家さんということでは偏りが大きいですが皆さんの読書歴を参考にさせていただいています。ku...
      kurumicookiesさん、こんにちは!
      私も作家さんということでは偏りが大きいですが皆さんの読書歴を参考にさせていただいています。kurumicookiesさんとは結構似た感じの読書歴にも思い感想参考にさせていただいています。
      ありがとうございます。
      2020/05/31
  • ①鎌倉に行きたくなる
    ②誰かに手紙を書きたくなる
    ③万年筆(筆記道具)素敵な便箋、封筒が欲しくなる
    ④登場人物に会いたくなる特におばあちゃん「が生きていれば」
    これらのオマケは別にしても
    代筆を頼みに来るそれぞれの人の人生に泣けたり
    感動したりする。
    小川糸の作品の中で一番好き。

  • 小川糸さんの優しくて繊細な表現が物語全体を覆っていた気がします。代書屋と言う馴染みのない仕事に興味津々でもありました。他人に代わり手紙をしたためるビジネス、最初は疑問でしだが、なるほど実に様々な事情があるんだなと腹落ちしたのと、主人公の徹底したプロフェッショナル・マインドに感心しきり。筆記具から紙の種類、文面、トーンをあんなにも使い分けるのに驚愕した。季節や鎌倉の情景描写が美しく、主人公と先代の確執、周りの人々との心の交流など人間関係も優しく溶けていくような温かい心理描写に心を掴まれる。素敵な小説でした。

  • 小川糸さんはこの本が初めて。
    とてもいい本です。手紙の手作り感がとってもいい。
    一番好きなのは男爵の手紙。
    「金は貸せんが、飯は食わせる」

    日々を丁寧に過ごすということ。
    アナログで細かいディテールに凝るということ。
    歳を重ねた友達と年若の友達があるということ。

    デジタル全盛期で忘れたことを思い出させてくれます。

    Wikiで調べたら
    作者が浜省とユニットを組んでいたというのも驚きました。

  • 妻の推薦本。このタイトルをみて「本当にこれ大丈夫?」と聞くが「何が?」と応酬。鎌倉の文具屋兼代筆屋を主人公(ポッポちゃん)が先代の祖母から引き継ぐ、でも先代とは確執がある。一方、代筆依頼は、心温まるものから絶縁状など多岐にわたる。これら代筆すべてを掲載していて、大変勉強にもなり、とても奥が深いと感じた。最後の祖母にあてた手紙はこの本のクライマックス、感動的です。私自身7-8年前に鎌倉に住んでいた経験もあり、出てくる場所はとても身近に感じました。今後のポッポちゃんの幸せを願わずにはいられない。

  • 温かくて優しくて流れていく日々の滑らかさを知れました。心から感動しました。キラキラ共和国も読みたい

  • いいなあ鎌倉。人や食べ物や街の雰囲気から、丁寧な暮らしぶり、仕事ぶりが伝わってくるし、紙や筆記用具にもうっとりする。
    ここに出てくるいろんな手紙にはそれぞれに気を引かれるのだけど、中でも天国からの手紙がいちばん心に残っている。
    本当に愛情に包まれていると感じて、涙がこぼれた。
    代書屋さんはプロだから、手紙に心を寄せてもお節介はしない。物語自体も、何も押し付けてこないのが心地よくて、胸にじんわり来た。

  • 先代から代書屋を引き継いだ主人公の、代書の依頼者や近所の人たちとの交流を描いたこの小説は、読者の心にポッと温かい灯りを燈してくれる。
    さらに、主人公が訪ね歩く鎌倉の街並みや訪れる小さなお店には、思わず言ってみたくなる、そんな思いをも掻き立てる(そういう読者に「ツバキ文具店の鎌倉案内」という文庫まで刊行されている)。
    それにしても、主人公が代書したという、書中掲載されている手紙などの書体は、すべて著者の自筆だろうか。
    依頼者ごとに書体を変えたその書き方の何と見事なことか。そして、依頼の内容ごとに、使用する筆記具及び用紙までも変えている。
    離婚を報告する手紙には、活版印刷を用い、あて名は万年筆でインクの色はグリヌアージュに。
    かつての恋人への手紙には、ベルギー製のクリームレイドペーパーにガラスペンで。
    借金の謝絶状には、原稿用紙に太めのペンで。
    絶縁状には、何と羊皮紙に羽根ペンで!インクは虫こぶインク(どんなインクだろう)を。
    著者の、手紙に対するこだわりをも感じさせる作品であります。

    • まーちゃんさん
      はじめまして。
      作中の手紙は萱谷恵子さんという方が全て書かれているようです。
      (単行本にはその旨記載があったと記憶してるんですが、文庫には書...
      はじめまして。
      作中の手紙は萱谷恵子さんという方が全て書かれているようです。
      (単行本にはその旨記載があったと記憶してるんですが、文庫には書かれていませんね)
      おひとりであんな風に書き分けられるなんてすごいですよね。
      いきなり失礼しました!
      2018/10/15
  • プロってすごいですね。
    昔々、運転免許試験場の近くで看板を見かけましたが、そんな程度の知識しかありませんでした。申し訳ありません。
    そこまでこだわっていただいて、そして、あの心配り、そしてあの仕上がり。
    プロって流石っ!
    それで(陰で働いているのに)本当に人々を幸せにしているし、誇りに思っていいです。
    男気ある借金お断り文、惚れました。すばらしい。
    QPちゃん、おとうさんとカレーを食べながら涙しているシーン、とてもわかってじんわりきました。子どもってかけがえのない存在ですよね。
    字で悩んだことはほとんどないけれど、悩んでいる人多いかもしれませんね。今では人の字を見ることもほんと少なくなってしまいました・・・あのひとは、どんな字かくんだろう?そういえば知らない、とか。

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著者プロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。その他に、『喋々喃々』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ミ・ト・ン』『ライオンのおやつ』『とわの庭』など著書多数。

「2021年 『グリーンピースの秘密』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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