大人のための「数学・物理」再入門

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344900523

作品紹介・あらすじ

「不思議となるほど」の55話。生涯役立つ科学のエッセンス。

感想・レビュー・書評

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  • 再読、良かった。

  • 「自然哲学」という古い言葉が、改めて思い起こされる。
    こうやって数学や物理をうまく混ぜ合わせて再構成してくれる人がいると、興味が持てるというものだ。

  • 「オイラーの贈り物」、「虚数の情緒」を購入させてもらいました。文系人間で大人になってから著者の事を知って上記の2冊を購入しましたが、ただただ圧倒されるばかりで、残念ながら未だ読み切っておりません。そんな中で知ったこの本、吉田先生の考えをぎゅっと絞ったエッセンスを網羅し、うっかり大人になった人でも理解の程度は別として読み進められる本です。ベースが出来たので、上記の本ちゃんとチャレンジしようと思います。本当は星5つですが、5つにしてしまうと、上記に挙げた本の取り扱いがどうしていいか分からなくなってしまいます。だから星4つにしておきます。

  • 数学,物理の金字塔とも言える成果や,エレガントさが,綺麗な日本語で伝わってきます。ただ,この本では,タイトルで示されている入門も再入門もできないと思います。科学エッセイというのが穏当だと思います。ただ,ところどころ,教育問題などに言及していて,やはり入門のための本とは言えない様相があります。面白いのですけど,そのあたりはもったいないと思う人もいるかもしれません。


     思考実験を妨げるものは何も無い。その障碍となるものは,自身の想像力の乏しさ,探究心の弱さだけである。(p.19)

     物理理論は,実験データの中から,如何に有用なものを引き出し他を捨て去るか,その選択により産み出される。本質を抉り出すその能力は,人間特有の想像力に基礎を置く。目の前を飛び去る物体の,形も大きさも無視し,空気抵抗も無ければ,運動を遮る壁も,この地球すら消し去って,ひたすら続く“点”の運動を考える。あらゆる夾雑物を排して一点のみに集中する,この時,はじめて理論が生まれるのである。物理理論の歴史は“捨象の歴史”である。(pp.27-28)

     不必要な仮説を捏造することなく,数学的に計算可能な理論として,物質相互の引力に基づく法則を構築したのである。これもまたしばしば引用されるニュートンの発言,「我,仮説を作らず」とは,この“捏造せず”の意味である。(p.92)

     相互扶助の精神を説きながら,その一方で数学嫌いを公言し,一般的な社会人にとっては不要の知識である,と声高らかに宣う“文化人”。現代社会は数理に支えられている。自分達は,十二分にその恩恵に浴しながら,それを学び,育てようとする人々を全く無視して,“無用の長物”と冷水を掛ける。一体,互いに支え合う精神とは,誰と誰のことなのだろうか。(p.142)

     数学の発展史は,如何なる原則を護り,如何なる原則を捨てるか,という取捨選択の歴史である。何を信じ,何から自由になるか,という信仰と解放の歴史である。前例に囚われ,既存の概念に拘束されて身動き一つ出来なくなった精神を,全宇宙に向けて解き放つ,人間精神の勝利の歴史なのである。(p.146)

     他の分野の力を借りなければ分からないことも,より進んだ高度な理論体系の中でしか明確にならない考え方も存在するのである。積み重ねだけではどうにもならない,前へ後ろへ,上へ下へ,と自在に飛翔する精神の自由性が無ければ,その本質を素手で掴み採ることは出来ない。(p.147)

    …論理は,不思議さを感じる心を,決して抹殺しないのである。(p.157)

     【数学は語学に似たものである,という人がいるが,それだけなら数学はいらない。数学は,それ以上のものであり,人間性の本質に根ざしたものである】(p.162, 岡潔)

     物理理論の発展は,現象の把握にはじまり,それを経験則の形で定式化する過程へと進む。そして,既存の結果が“一つの特例”と見做されるような,より大きな枠組の構築を目指して,理論的な整備が行われるのである。物理学では,新事実の発見から,いくつかの法則が導かれ,そしてそれらの理論的統一がなされることで,一つの段階が終了するのである。(p.210)

     理論が成功した暁には,如何なる応用が開けるのだろうか。具体的な応用があろうがなかろうが,物理学者は探求することを止めないだろう。自然の奥底に隠された秘密,それを“知る”ことが,その本質的な動機だからである。(p.213)

    必要とあらば,如何なることにでも挑戦して,それを克服しなければ,科学研究など出来るものではないのだから,無色無臭・人畜無害の“たかが数学”などで腰を引いているようでは先が思いやられる,ということであろう。(p.216)

     本来,大学は学問を修めるところである。この大前提を崩してしまっては,如何なる議論も意味を為さない。もちろん,実学を講じても一向に構わない。時代の要請とやらに応えることも結構だ。学生の就職の心配をすることも,そこから逆算して授業内容が工夫されることもあってもいいだろう。<br> しかし,大学の本質は学問,いわゆる“虚学”にこそある。役に立たない学問,何のための存在か,それさえ容易に分からぬ“難解な学問”を講じ,あるいはそれを研究・教育する奇特な人々が,多くの雑事を離れて一点そのことだけに没頭し得る環境を与える,それが本来の役目である。<br> 今日の日の役には立たずとも,三十年後,五十年後には,如何なる応用が生み出されるかも知れない。いや何時まで経っても,少しも役に立たないかも知れない,それでも構わないのである。このことは逆を考えれば,容易に納得できる。今日の日の役立つことは,明日にはどうなるのであろうか。(p.219)

     今一度繰り返す,大学は世俗の雑音を離れて,学問そのものに命を懸ける,そうした人物を育て,麗しき師弟関係を築き,もって百年の計とすること,このこと以外に存在の意義は無い。(p.221)

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    未読

  • 物理学や数学というのは人間的な温かみのある学問だと思いました。

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著者プロフィール

京都大学工学博士(数理工学専攻)。

「2021年 『はじめまして数学リメイク』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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