松田聖子と中森明菜 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344980631

感想・レビュー・書評

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  • 今年、出版された「阿久悠と松本隆」読了後、久々に再読。二つの対立する存在をテーマに現在でも確認できる資料の中の記述を時系列に並べ、大きな時代の流れをデコンストラクションする著者独自のスタイルは10年前から生まれていたことを再確認しました。描かれているのは、消費文明が徹底された80年代社会。つまり「おいしい生活」の時代。その前史として「時代と寝た女」山口百恵が成し遂げたことを確認するところから構成されているので、正しい書名は「山口百恵と松田聖子と中森明菜」かも。しかし著者の思い入れが炸裂しているのは、間違いなく松田聖子。いや、松田聖子と松本隆のツープラトン。『ジャンルが違う分野での才能と、異なる個性を持つ二人が結びつくことで傑作を持続的に創造していった点において、「松本隆と松田聖子」の組み合わせに匹敵するものは、ある時期を境に一緒に仕事をしなくなることも含めて、「黒澤明と三船敏郎」しかないであろう。』とはなんたる賛辞か。全てにおいて「外見から入る」松田聖子と「物語を解体させ、イメージのみを提示し、歌詞から意味性を排除する」ことを志向する松本隆の出会いが、いかに創造的だったか、いや、いかに破壊的だったか、ふたりの革命家によって『社会は無意味なものになり、男女の関係すら意味を失っていった。「わたし」と「あなた」は、永遠に「わたし」と「あなた」のままで、「わたしたち」にはならない。』そんな80年代が作られたのです。『松田聖子は無自覚に、松本隆が確信犯的に破壊した、日本の旧来の男女関係、個人と社会のと関係は修復されることはなかった。』百恵が「時代と寝た女」なら聖子は「時代を犯した女」なのか?ならば明菜は「時代に犯された女」なのか?百恵と明菜のあまりにもウェットなことよ。聖子のあまりにドライなことよ。偶然ながら百恵と明菜の芸名が本名であることによるリアルと、法子が聖子を演じるというフィクションにその原因を見る、というのもなんか納得してしまいました。失われた30年の先を考える時、おじさんならではの80年代の再確認はとても価値あると思いました。

  • <a href="http://mediamarker.net/u/iketani2412/?asin=4344981855" target="_blank">『昭和45年11月25日』</a>の著者。

     コンテンツとは何か。文化史とは何か。
     について考える。

     中川右介氏の、仮説思考と裏づけ取材に感服する。
     

     二人の歌手の「人と作品」の記述。
     「生き方論」に矮小化するのでも「女としての生き方」の比較論でもない。

     

    【読書メモ】
     ・ 今年(2007年)は中森明菜が、そして二年前には松田聖子がデビュー25周年を迎えた p4
     ・ デビュー25周年を迎え、松田聖子はあくまで未来を志向し、中森明菜は過去を振り返る p4
     ・ 日本社会の核であった「家父長制的」でありながら同時に「母権的」でもあった「家」を崩壊させ、さらに社会と個人とを分離させることが、松田聖子の歌に込められた思想だった p5
     ・ 「松田聖子というタレントは、山口百恵を否定する形で出てきている。… p77
     ・ 大人たちはアイドルを商品としてしか捉えられなかった。しかし、松田聖子は違った。彼女にとってアイドルは思想であり、戦略であり、そして体制だった。 p93
     ・ 70年代末になると、アイドルという制度はいきつくところまでいってしまった。山口百恵が進めた自らの実人生とアイドル像を限りなく一致させる方向と、その対極であるピンク・レディーが進めた徹底した虚構化である。そして、二つとも破綻してしまった。/おのアイドルの荒野に、時代遅れの白いフリルの着いたドレスで武装した少女が挑もうとしていた。忘れていたものが蘇ったのだ。/松田聖子はアイドルの原点に戻った。 p95
     ・ ここまで本音を引き出せたのは、この本の構成者、すなわち実際の原稿の執筆者の手腕であろう。松田聖子に質問しこれまでの優等生的回答ではないものを引き出し、それを原稿にした人物の名は、本にこう記されている。「構成 林真理子」 p166
     ・ 1970年11月25日、当時、松本のいたはっぴいえんどの事務所は市ヶ谷にあり、その日、荒井由実は「松任谷正隆さんが雀の涙のような月給をもらいに行くのに付いて行った」。三島由紀夫が自衛隊に乗り込み自決した日だった。事務所のあるビルのドアを出ると、「自衛隊のバルコニーが見え」た。 p174
     ・ 意味などないのだ。天才である松田聖子は論理的思考などしない。 p266
     ・ 松田聖子の曲としては《ピンクのモーツァルト》は年間で42万枚と普通の売れ行きだったが、前衛音楽だと思えば、空前絶後の成功である。 p267
     ・ 「アイドルとしての実存は本質に先行する」 p293
     ・ アイドルのレコードが売れることで、作詞や作曲というかたちで関わったミュージシャンたちは巨額の印税収入を得て、それが次の音楽の創造の現場に投資されていった。現在の音楽界のインフラは、この世代の間接的投資によって整備されたのだ。/同じ時期、同じようにアニメやコミックに投資していた人々もいた。彼らは第一次オタク世代と呼ばれるようになり、その礎があったからこそ、こんにちのコンテンツ産業は存在する。 p298
     ・ ジャンルの違う分野での才能と、異なる個性を持つ二人が結びつくことで傑作を持続的に創造していった点において、「松本隆と松田聖子」の組み合わせに匹敵するものは、ある時期を境に一緒に仕事をしなくなることも含めて、「黒澤明と三船敏郎」しかないであろう。/松本隆と松田聖子の仕事は、売上枚数などのセールスの記録が語られることはあっても、作品として論じられることはほとんどなかった。歌謡曲というジャンルそのものが、「なぜ流行するのか」という社会学的観点から論じられることはあっても、文芸の作品論として論じられることがめったになりのが、その理由のひとつだろう。 p305
     ・

    【目次】
     プロローグ
     1.夜明け前 ―1972年〜79年
    <スター誕生!>のはじまり――1972年/沈んだ眼のアイドル/福岡県久留米市と東京都清瀬市の少女/百恵の模索/流行歌の条件/女性ファンの獲得/アイドルになりたい女の子と、普通の女の子になりたいアイドル/<ザ・ベストテン>による変革――1978年/時代が求めたもの/蒲池法子、状況/暗雲と僥倖/明菜の最初の挑戦
     2.遅れてきたアイドル ―1980年
        百恵と聖子の出会い/ポスト百恵を探せ/アイドル歌謡曲、革命の序章/全てを松田聖子に!/百恵への阿木・宇崎の惜別/聖子の思想と戦略/消えてゆく少女/アイドルを演じるアイドル、頂点へ/「幸せになります」/明菜の二度目の挑戦/幻の三人娘/失速する者、花開く者
     3.忍び寄る真のライバル ―1981年
    二年目のジンクス/二人の高校一年生/《夏の扉》を開けて/明菜、三度目の挑戦/《白いパラソル》の記号論/はっぴいえんど/「自虐的な歌謡曲」との闘い/明菜、合格/真のライバル
     4.阻まれた独走 ―1982年
    82年組/ユーミン登場/《赤いスイートピー》――不可解な名曲/明菜、デビュー/松田聖子の無意識、中森明菜の自意識/《小麦色のマーメイド》論争/形勢逆転
     5.激突  ―1983年
    歌と80年代と政治意識/変化するヒットチャートの意味/明菜、独走/「無意味」を目指す人々/解放区としての松田聖子/聖子の世界観、明菜の世界観/《SWEET MEMORIES》という誤算/静かなる革命――1983年
     6.前衛と孤独 ―1984年
    加熱報道/薄幸のベール/ピュア、ピュア、リップス/早すぎた成熟/永遠の少女へ/《十戒(1984)》/《ピンクのモーツァルト》/虚構を演じ続けるアイドル/モノローグで語り続けるアイドル/二人の思い
     7.宴のあと ―1985年
    二組のカップル/進むべき道/婚約発表/芸能界の競演/明菜独り/80年代の文化革命/不戦勝/残されたもの
     エピローグ

  • デビュー前の話などは面白かったし興味深く読んでいたがラストのほうは読むのが面倒になってきた。歌番組内での順位のことが延々と..

    ブックオフで購入

  • 松田聖子論がほとんどを占めていて、中森明菜に関しては質・量とも物足りない。二人を比較しての論考を期待していたのだが、それもいまひとつだった。

  • 松田聖子と中森明菜。
    いかにもライバルという題名が興味をそそる。
    本屋さんに目に止まって、中身もろくに見ないで、速攻で買った本です。
    家に帰って一気に読みましたが、これが面白い。

    確かに松田聖子は中学、高校、そして大学までずっと聞いていた。
    BEST ALBUM(CD)も持っている。
    自分がリアルタイムで聞いていたときは多感な青春時代まっただ中で
    あったため、とにかく一心不乱に聞いていたと思う。

    そこでこの本の登場である。
    実は松田聖子の4thシングルの「チェリーブラッサム」は当時、本人が好きでは無かったらしい。
    それはデビュー曲から3曲までと違ってリズムが複雑でノリやすくなかったでは無いかとのこと。
    そういうことがあったのかとその曲の持っていた背景を知って、さらに「チェリーブラッサム」の深さを思った。

    他にもALBUMの話やザベストテンなども出て来て面白い。
    そして明菜が登場するに及んで、聖子との戦いが繰り広げられる状況がこれまた面白い。

    確かに当時リアルタイムで聞いていたので、その状況は分からないでもないが、専門家によるきめ細かい分析を目のあたりにすると、そうだったのかと新たな発見もあり、また聖子を聞いて見ようなんて思ったりする。

    この本は題名通りでの内容であるが、どちらかと言えば、聖子に比重があり、またその当時の芸能界の状況に興味がある方にはお勧めである。

  • ザ・ベストテンのランキング推移と松本隆の歌詞の分析(というか深読み)が中心で、「商品」ではなく「人間」松田聖子に興味があると肩透かしかも。
    80年代邦楽市場遷移に興味あれば。結構的をついたジャスティスなことも多く言ってます。ただ、ちょっと主観に寄りすぎな感があるのでしっくりくるかは読者次第かと。
    松田:中森=8:2くらいなので中森に興味あるとこれまた肩透かしな予感。80年代アイドル楽曲が日本の音楽レベルを引き上げた説には激しく共感。

  • 山口百恵、松田聖子、中森明菜というアイドルの歴史を書き記しているだけ、期待していたような松田聖子と中森明菜の比較アイドル論ではなかった。
    私には特に夢中になったアイドルはいない。中学時代は高田みづえファンだということになっていたが、それも友人が榊原郁恵ファンだったので、「なら、おれは高田みづえ」って感じで心酔したわけじゃない。同世代は中森明菜だが、その頃はもうYMOとか聴いててアイドルは一歩引いて見てた。
    この本の前半、山口百恵の登場から松田聖子デビューに至るプロダクションの駆け引きなどの裏話は知らなかったことも多く、面白かった。
    しかし、後半は松田聖子と中森明菜の楽曲を読み解いたり、ザ・ベストテンの順位やレコードの売り上げを列記したりでつまらない。
    ところで、本文の中に歌詞の引用がこれでもかと出てくるがJASRACの表示がない。細切れに歌詞を引用すれば著作権料は発生しないのか?

  • [ 内容 ]
    アイドルを自覚して演じ、虚構の世界を謳歌する松田聖子。
    生身の人間として、唯一無二のアーティストとしてすべてをさらす中森明菜。
    相反する思想と戦略をもった二人の歌姫は、八〇年代消費社会で圧倒的な支持を得た。
    商業主義をシビアに貫くレコード会社や芸能プロ、辛気臭い日本歌謡界の転覆を謀る作詞家や作曲家…背後で蠢く野望と欲望をかいくぐり、二人はいかに生き延びたのか?
    歌番組の全盛時代を駆け抜けたアイドル歌手の、闘争と革命のドラマ。

    [ 目次 ]
    第1章 夜明け前―一九七二年‐七九年
    第2章 遅れてきたアイドル―一九八〇年
    第3章 忍び寄る真のライバル―一九八一年
    第4章 阻まれた独走―一九八二年
    第5章 激突―一九八三年
    第6章 前衛と孤独―一九八四年
    第7章 宴のあと―一九八五年

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 面白い。タイトルの二人だけでなく、その前の人たちとの関係、というか立場も含めて書かれていて、時代の流れを掴んだ上で二人を登場させている。

  • あたしの世代にとって、この二人はやはり外せない青春時代の象徴です。ただ、あたしはどちらも好きでした。顔の好みでいえば、断然明菜派でしたけど、松田聖子のアルバムもほとんど持っていましたので、両刀遣いと言われてしまえばその通りですけど、どちらに与することもなく共に好きでした。さて本書は、山口百恵を枕に80年代のアイドル群像を、聖子と明菜の二人を中心にたどった本です。確かに記述の中心はこの二人と百恵ですが、やはり当時の歌謡曲を取り巻く状況にも筆は及んでいます。そういう意味で、アニメや漫画を素材にサブカルチャーやオタク文化などを論じた昨今の社会学的論著と、あたし的には似た印象を持ってしまいます。ただ、コミックはあまり読んでいなかったあたしにとっては、本書の方がはるかにわかりやすい物語です。80年代と枠を区切っているために、二人がトップから落ちた90年代以降、そして今日までを描いていないのが残念で、著者には是非とも本書の続篇をお願いしたいところです。

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著者プロフィール

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。「カメラジャーナル」「クラシックジャーナル」を創刊し、同誌のほか、ドイツ、アメリカ等の出版社と提携して音楽家や文学者の評伝や写真集などを編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、漫画などの分野で執筆活動を行っている。

「2019年 『阪神タイガース1985-2003』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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