凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
3.38
  • (39)
  • (96)
  • (159)
  • (28)
  • (10)
本棚登録 : 847
レビュー : 134
  • Amazon.co.jp ・本 (178ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344980891

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 私は、友達に飲み会に誘われたとき、迷うことなく参加するタイプではない。旅行にいくときにも、躊躇することが多い。その時の理由は、翌日が仕事だから、お金がかかるから、得るものがない、無駄、めんどくさい、などである。これは、飲み会や旅行に限ったことではなくて、他のあらゆることにおいて、私の思考の根にあり、何かするときに阻むものである。何でも論理的な損得勘定で考えると、何もしないことが失敗のリスクもく得だという結論になる。
    しかし、躊躇し断って、なにもしないでいると、しばしば後悔するものである

    その意味で、本書でもっとも重要な点は、以下の部分である。

    --------------------------------------

    もう一度時間を戻そう。家路を急ぐあなたの足元で、小さな生き物がくんくんと鼻を鳴らしながら、あなたの温もりを求めている。あなたはその時、躊躇なく子犬を抱き上げる。両の手のひらを通じて、小さな生き物の体温と鼓動が伝わってくるはずだ。

    そのほのかな温もりは、犬なんか飼えないと抱き上げなかった、先ほどのあなたには得ることができなかった感動だ。この感動を得ることが、人生を生きる最大の目標であり、収穫である。

    ----------------------------------------

    この一文は、私にとって、本書の核心である。子犬は、もちろん例え話であるが、人や旅や趣味、何か自分が好きなもの、やりたいことに置き換えることで、その意味はとても深いものとなる。

  • 押井本を読むとなんかやる気になるというか感化される。

  • 凡人として生きていくにはどうしたらいいだろうと悩んでいたら、SFアニメの名監督、押井守さんの本だったので行き始めた図書館で早速借りた。
    生憎才能がなくても生は続くので、その解決策を知りたくての結果だったが、それよりも押井さんの話しが面白くてそんな悩んでいたことなどどうでも良くなってしまった。
    文化から社会、仕事への考え方を網羅しているので、人生論としても充分に楽しめる内容だった。そして蔓延るデマゴギーへの警鐘が印象的だった。「自由であるべき」「若さは価値がある」「セックスは本能的な行動」「引き籠りは悪いこと」「格差をなくそう」など、世間で語られる良いとされるものを否定する様は人によっては少し過激に映るかもしれないが、読んでいる中に納得してしまうのはどことなく本質的に感知していたことかもしれない。
    煽られるだけ煽りその結果生まれているものが哀れで苦悩に満ちていると示すのは、代表作『スカイクロラ』で人生の苦々しさを描いたと語る押井さん自身の深い洞察ゆえに得られたひとつの答えだ。
    若さと同義に描かれる青春の美しさは数多の作品で語られてきたことだ。この歳まで欺瞞じみたあからさまな過剰演出に違和感が拭えなかった答えを得る。あれはそういう作品なのだ。「幻想」を与えるためのもので、押井さんは宮崎駿監督の作品はそれにあたると言っていた。だからあんなに焦がれてしまうのだろう。現実にはあり得ないから。どちらにしても本質を知った上で、そういった欺瞞を利用して夢を見せるということは、本質を知らない上で欺瞞を騙るのとは天と地との差がある。いったいどれがけの人がそれを知っている上で物語を楽しんでいるのだろう。しかしてこの本の中で語られたことはどれも当たり前のことを当たり前に述べているのだから、そんな欺瞞もある意味常識にすぎないのかもしれない。
    「幻想」を与えられて得られた快感から、「はて、いま僕は何が気持ち良かったのだろう」と視聴者は立ち止まり、その欲望の本質を見つめ直さなければならないと述べている。欲望を追いかけることこそ生きる糧になる。そうして得られた情熱の灯し火を燃やし続けることが、凡人として生きて行く術だ。

  • 自由の意味について考えさせられる。
    真に自由であるとはどういうことか。

    オヤジたちは自分の欲望に対して純粋なのだ、と押井守は言う。

    <オヤジは自分がやりたいことが、はっきりと見えている。世間のデマに惑わされた価値観ではなく、自分の本質を見極めたうえでの欲望のありかが分かっている。>

    なるほど。自由であるとは、自分自身の欲望を持つことなのだ。

    僕は今、世間のいろいろな価値観にがんじがらめになっている。そこから自分の欲望を解放しなければならない。

  • ぼんやりと考えていたことに押井守流の答えを突き付けられ自分なりに咀嚼し、自分だけでは消化不良だったところがすっきりした感じ。

    例えば自由を求めて孤独に生きると最終的には不自由になりかねないということ。社会と関わり、親なり配偶者なり子どもなりを背負って家庭を持ちながらそれらのフィールドを自在に行き来し、不自由さの中に楽しさを見つけて生きることを真の自由と語っている。結婚などについても価値観を押し付けず独自の理論で語っていてなるほど納得。どうやら結婚も悪くないものらしい。親や近所のおばちゃんの「結婚して一人前」という言葉よりよほどいい(私の親はそんなこと言わないが)私の言葉だと稚拙になってしまうので気になる方は是非読んでほしい。

    他にも「納得できない映画は作らない」、「金ではなくまず美学を持って行動せよ」、「勝負を恐れず諦めず、しかし、勝ち続けることを狙ってはいけない」とうい映画監督として、人生の先輩としての哲学も語っているし、オタク論、格差論、引きこもり、虐待などについても広いような偏った視点で独自の理論を展開していて非常に面白い。仕事仲間はいるが友達などいないというのも押井監督らしい。

    既存の価値観の崩壊と再構築が進んでいる現代では非生産的な存在であったオタクですら産業を生んで進化し続けていること、アキバの生産性についても語っており、メイド喫茶で働く女の子とたちは現役期間が短いスポーツ選手と同じであると例えているのはすごいと思った。私も少し考えてた「ちょっと年齢層が上のメイド喫茶の誕生」を予言している。私は個人的に「ベテランメイドがいるスコーンと紅茶がおいしい英国風カフェ」の誕生を夢見ている!高齢化が進めば「ばあや」レベルのメイドも需要があるのではないか(笑)

    文明やメディアがもたらす害についてはなるほどと思った。また、彼はメディアは既存の言葉に頼らず、独自のメッセージを発信せよと語っており、彼は独自の方法でもう発信しているという。本書が発売された後に公開された『スカイ・クロラ』に若者に向けたメッセージが込められているらしい。心して再度見なくては!

    本書のタイトルは『凡人として生きるということ』であるが、彼のメッセージは「努力を続け、熱意を持った凡人になれ」ということらしい。努力を続け、熱意を持って映画を作り続けた著者だからこそ言える言葉だと感じた。

  • 押井守さんのエッセイ。
    僕は彼の作品が好きでけっこう観ているが、コンテンツを観たことによって、色々と示唆をくれるという意味で彼の作品が好きだ。

    本書の中にも、作品について触れられる箇所がいくつかあるが、「うる星やつら ビューティフルドリーマー」に関してはやはり思い入れが強いのか、出現頻度が多い。

    本書の目次を紹介しよう。
    第1章 オヤジ論―オヤジになることは愉しい
    第2章 自由論―不自由は愉しい
    第3章 勝敗論―「勝負」は諦めたときに負けが決まる
    第4章 セックスと文明論―性欲が強い人は子育てがうまい
    第5章 コミュニケーション論―引きこもってもいいじゃないか
    第6章 オタク論―アキハバラが経済を動かす
    第7章 格差論―いい加減に生きよう

    彼の主張するところには、映画監督は作った作品がすべてであり、言葉は必要がないそうだ。だが、なぜ本書を出したかと言えば、優れた洞察により世の中を批評する批評家がいないためであるとされる。

    なるほど。これは一理ある。報道がワイドショー化し、ネタとなるものは瞬間風速的に祭り上げられる光景はいまや日常茶飯事だ。
    これにはインターネットの進展における情報流通スピードの早さも要因としてあげられるだろう。

    そのモチーフになりうる、「攻殻機動隊 Ghost In The Shell」を作った押井さんがインターネットに関しては興味がないとばっさりと言ったことに驚きと新鮮味を感じたのだ。
    今、世の中のインターネットはまさに攻殻機動隊の描いた世界へと日々進歩している。それはコンテンツとして世に出たそれに模倣する形に違いない。

    本書の指摘にもあるように、文化とは模倣であり、コンテンツとして世に出た瞬間から正当化されるのである。
    これは別の文脈では「ミーム」として形容されるケースも多く、言葉は違えど様々な分野の先人が感じていることではないだろうか。

    新書ということもあり、内容もそれほど重厚ではないが、押井さんのエッセンスが多分に含まれた本書はオススメである。

  • 数年前、仕事のことで「煮詰まった」時に読んで、心が軽くなった本。
    今は「煮詰まってるわけ」じゃないけれど、無性に読みたくなって再読

  • 格差社会を無くそうと国家が働くと、ナチスやポルポト政権のカンボジアのようになるのが心配だ。人間はいい加減なものなのだから、平等性をもとめすぎるとへんな事になってしまうと著者は言う。あと、若さなんて全然いいもんじゃない、友達なんかいらないなど、独特の世界観が展開される

  • 2011/3/13読了。
    人生の目標を立てるにあたって、とにかく参考になった。
    特に第二章の自由論は秀逸だと感じられた。

    ・父親の本質は洋服や車に力を注ぐことでなく、家族の生活を守ること。
    ・自由であるために、社会との結びつきが強いことは必要不可欠。
    ・自由とは、何にも縛られていない「状態」ではなく、何かをしたいという「動機」をどのくらい実現できるかを尺度にしたものである。
    ・選択しないと何も始まらない。選択を先延ばしにすることで穏やかさを得たつもりでも、実際には不自由さ以上に大きな豊かさを得られる可能性を捨ててしまっている。
    ・現代では、人間の全てが文明化・化学化している。
    ・全くの損得計算なしの人間関係が存在することは怪しい。仕事で築く信頼関係の深さは、損得抜きの友人関係に負けずとも劣らない。
    ・人間はもともといい加減な生き物、ものごとを徹底しすぎると道を外すことにつながる。

    広告会社等がつくる世の中の流れに惑わされず、自分なりの軸を築かなくてはならないと強く感じた1冊。

  • 押井守氏の言葉で哲学が語られている。私は彼のことをほとんど知らないが、魂から出てくる言葉を感じた。「凡人」は上昇志向を捨てた人間ではなく、等身大の自分を認め、受け入れることのできる人間か。私は凡人にすらなれていないのではないだろうか?心揺さぶられた。

著者プロフィール

押井 守(おしい まもる)
1951年生まれ。東京都出身。東京学芸大学教育学部美術教育学科卒。
映画監督・演出家。
タツノコプロダクションに入社、テレビアニメ「一発貫太くん」で演出家デビュー。
その後、スタジオぴえろに移籍し、「うる星やつら」ほか、数々の作品に参加。後にフリーとなる。
日米英で同時公開された劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)はジェームズ・キャメロン監督やウォシャウスキー兄弟ほか海外の著名監督に大きな影響を与えた。また、『紅い眼鏡』以降は、『アヴァロン』など多数の実写映画作品にも意欲的に挑戦を続けている。主な監督作品『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。

「2019年 『セラフィム 2億6661万3336の翼 《増補復刻版》』 で使われていた紹介文から引用しています。」

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)のその他の作品

押井守の作品

ツイートする