ヒトはどうして死ぬのか 死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

  • 幻冬舎 (2010年7月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (176ページ) / ISBN・EAN: 9784344981812

感想・レビュー・書評

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  • 細胞レベルのお話
    細胞が死ぬことの言葉を始めて知りました
    性(生ではなく)と死の内容もなるほどと思えました
    タイトルはヒトを言っているが内容的には
    細胞なので生物、植物に言えることなんでしょう

    まぁどうあがいてもいつか死ぬことに変わりはありません

  • 地球上に生命が誕生してから約20億年間、生物は死ななかった。ひたすら分裂し、増殖していたからだ。ではなぜ、いつから進化した生物は死ぬようになったのか?ヒトは誕生時から「死の遺伝子」を内包しているため、死から逃れることはできない。「死の遺伝子」とはいったい何なのか?死の遺伝子の解明は、ガンやアルツハイマー病、AIDSなどの治療薬開発につながるのか?細胞の死と医薬品開発の最新科学をわかりやすく解説しながら、新しい死生観を問いかける画期的な書。
    目次(「BOOK」データベースより)

    まえがき 私がなぜ「死」の謎を追うのか
    第1章 ある病理学者の発見
    第2章 「死」から見る生物学
    第3章 「死の科学」との出合い
    第4章 アポトーシス研究を活かして、難病に挑む
    第5章 ゲノム創薬最前線
    第6章 「死の科学」が教えてくれること


    〜感想〜
    生物学からアプローチした『死』について
    細胞にプログラムされた『アポトーシス:不要になったり、異常になった細胞を切り離す』と『ネクローシス:外的要因による維持活動の停止』をフォーカス。
    優秀な種を残すために常に(作成)と(切り離し)を繰り返す、複製と修復をもって生命維持することで一定数を達すると寿命として個の細胞の生命活動を終える。
    DNAやゲノム、ガンや糖尿病といった
    よく耳にするワードの解説と疾患に対するアプローチまで初学者でもわかりやすい。
    生物学的に細胞の働きを知った上で生物としてプログラムされた『死』について、どういった人生(生命活動として次の世代に遺していけるか)を歩むかを考えさせてくれた。

  • あらかじめ生物には死がプログラムされていて、アポトーシスという考えには、目からウロコでした。有限の時間を生きる意味を改めて考えさせられました。感謝

  • 死とは生物にとって異常事態なのかと思っていたけれど、為すすべがなくて死ぬわけではなく、死ぬ時が来たから死ぬのか…と改めて生の神秘を感じた。
    生命の研究は、こんなことまで分かってきてるのか…とパンドラの箱を開けてるようなドキドキ感。研究で得られたものを如何に倫理的に活かしていくのか、というのを考えなければならない時代になってきてるのではなかろうか。

    簡単な用語の説明も入ってるので、文系でもあまり詰まることなく読み進められた。

  • ●2025年5月12日、5/8に吉祥寺・外口書店で見つけた「不安に克つ思考」をメルカリで300円で出品してる方がほかに出してた「分子をはかる」(300円)を出してる医療系の女性がほかに出してた本。330円。

  • タイトルからしてヒト(人間)の死について書かれていると思ったが、全ての「性」を持つ生物と「細胞」の死についてもその理由とともに書かれている。

    全6章。1章と2章と3章はアポトーシスの話。4章と5章は難病に挑む話とゲノム創薬についての話。6章が死についての話。

    原始の地球でおきたRNAの「作っては分解して作り変えるリサイクル」が元で死があると思ったが、性が絡んでくるとは思わなかった。結果、目指すところは同じだったが・・・。

    大変読みやすく納得ができる本だった。
    4章と5章がこの本を読みたいと思った目的と違ったので星4。

  • 読みやすいしわかりやすい。
    ↓が頭に入れば読みやすい
    p52
    アポトーシス(自死)再生系細胞 統制
    アポビオーシス(寿死)非再生系細胞 寿命
    ネクローシス(壊死)全ての細胞 事故

    死があるから今を大切にできる。

    性の現れによって、種の保存には環境適応が大切なので新しい遺伝子に更新していくことができるようになり、そこに古い遺伝子が介在しないように死が生まれた。
    そして細胞のアポトーシスはその細胞の持ち主をより良い状態に保つため。人間個人の死は人間という種を生かし、環境に順応した次世代の人間へと繋げるため。つまり死は全体を見れば死ではなく、存続のための何かである。人間などの生き物は地球に包括され、地球は宇宙に包括される。ちょっと考えたことならある。宇宙にとって我々は赤血球(ほどの働きもできてないとは思うけど)かなにかなのではと。

    病気に関しても、死ぬべき細胞が死なないことでなる病気、なぜか細胞が死んでいってしまうことでなってしまう病気。死を知ることで見えてくるものがこんなにあるのかと。

    なんだろうめちゃくちゃ面白かった。
    死が怖くなくなったかもしれない。

  • 誰かの熱意が、他の誰かを生かしている。
    まるでファンタジーの世界のような細胞や遺伝子といったミクロレベルの研究に向き合い、病気と闘おうとする人がいる、ということ自体が奇跡的なことのように思える。
    遺伝子は本質的に利他的な存在、人間は個として全体のために、他者のためになにかを遺すべき存在。だというのであれば、なにもできない私は自死すべき存在なのだろうか?
    天から役目なしに降ろされた者はいない(注:書き手は同時期にゴールデンカムイを読んでいた)。その言葉が頭の中を巡り続けている。なにもできないならばせめて消えることが役目なのではないかなどと、何度思ったことだろう。
    けれど例えば私が産む子供は、私のコピーではない。私の遺伝子を材料とした全く新しい生命だ。またたとえ自己満足だったとしても、私が発した言葉は、私が創り上げたものは、私の想像もしなかった形で誰かに影響を与えるかもしれない。
    私が自分の思うようななにかを何も為さなくても、私という存在があり、有限を生き、なにかを遺しているだけで、人類の糧になるのかもしれない。そんな気もした。

    2023/06/02

  •  村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の中に、大学で生物学を学んでいる主人公が、妊娠中絶手術をしたばかりだという女性と、こんな話をする場面があります。

    「何故人は死ぬの?」
    「進化してるからさ。個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。(略)」

     これは40年も前の小説で、同じく40年前の、今も大概ですがおそらくは今よりも遥かにもの知らずだった私は、このとてもおしゃれで知的な感じのする答に感心しました。(まー、このころの村上小説の主人公のセリフは、誰としゃべっている時でもおしゃれの塊みたいなものでしたが。)
     そして私は、誰かかわいい女の子が僕に同じ質問をしてくれないかなと、いろんな女性ともの欲しげに話をしましたが、文学部で日本文学を専攻していた私には、誰もそんな質問をしてくれませんでした。

     今回、東大薬学部出身の筆者が書いた本書を読んでいて、ほぼ同様の表現があり、40年前に村上春樹が書いた内容ははったりだけではないのだと今度も少し感心しました。

     もっとも全く同じフレーズというわけではありません。
     筆者は、あれこれごにょごにょ私にはよくわからないお話もなさり、で、なぜ人は死ぬのかについて、たぶん3つの答えを説明してくれました。(と、思うのですが、以下の私のまとめは、実は少し自信がありませぬー。)

     まず生物の遺伝子の中には自ら死ぬというプログラムがあることを前提とします。(つまりなぜ死ぬのかとは、なぜこんなプログラムがあるのか、ということですね。)

     そして最初の理由は、こうです。(たぶん。以下同)
     生物は突然変異を進化の原動力としてきたが、そこには望ましくない突然変異も起こりうる。そうした時に必要なのが、「自ら死んでいく力」である。

     二つ目の理由。
     生物は生きている間日常的に遺伝子に傷を負っている。古い遺伝子には多くの傷が変異として蓄積しているが、これが新しい遺伝子と組み合わされると、その変異が引き継がれてしまう。この危険回避のためにあるのが、古くなった遺伝子をそれを持つ個体ごと消去する(=死)ことである。

     そして三つ目の理由。
     有利な突然変異を持つ個体が生まれたとき、古い個体が残っているとせっかくの好ましい変異が元の遺伝子と合体して薄まってしまうことになりかねない。それを避けるためにはやはり、古くなった遺伝子をその個体ごと消去する(=死)ことが有効である。

     以上。私がざっくりまとめてみましたが、いかがでしょう。
     『風の歌を聴け』の主人公と同じことを言っているように私は思ったのですが、そうでもないのかな。

     本書だけでなく、理系の方の優れた科学的なお話を読んでいますと、突き詰めた理屈のその先にふっと、突然詩的な空間が広がっているように感じられ、その現れる瞬間がなんとも、気持ちのいいものですね。

  • 目次
    まえがき 私がなぜ「死」の謎を追うのか
    第1章 ある病理学者の発見
    第2章 「死」から見る生物学
    第3章 「死の科学」との出合い
    第4章 アポトーシス研究を活かして、難病に挑む
    第5章 ゲノム創薬最前線
    第6章 「死の科学」が教えてくれること

    アポトーシスに関して。

  • 細胞の事故死ーアポビオーシス
    細胞の自殺ーアポトーシス

    二つの細胞の死について考えることによって、生を考えるにいたる本といえば良いかな?

    私が好きなのは一章と六章。
    間は面白いのだけど、やはり研究は日々進んでいくものだから。出版されてすぐは良かったかも知れないけど、今読むと内容が古く感じるのは仕方ないかも知れない。
    でも一章と六章はそれとは語り口が違うからいつでも読める。しかも楽しい!

    死を考えると生が輝くのです。

  • 理論的な話し方で読みやすかった。死の科学が理解できた。

  • アポトーシスの話は、非常に興味深かった。途中、最新医療の話になって、ちょっと興ざめの所もあったが、最後には、ドーキンスを軽く否定しながら、人生論のようになり、あとがきが特に良かった。

  • サイエンス

  • 680円購入2011-06-28

  • 死によって生を更新することが時空を超えて生命を遺し伝える為に最も効率的かつ効果的な手段なのではないかと思われます。

  • 良いわ〜

  • タイトル『ヒトはどうして死ぬのか』を明快に答えてくれる良書です。
    引用にある通り、多細胞有性生殖により遺伝子のシャッフルが行われ、常に環境に適応した個体をつくり出していき、次世代のために死んでいく。それが細胞レベルで行われ、またマクロ的には、世代継承や子孫繁栄と呼ばれています。

    著者に問いたいのは『自殺』についてです。
    遺伝子のバトンタッチが生命の本質で、役割を終えたら死ぬ。それならば、単なる自殺をどう考えるのでしょうか。
    この場合の自殺とは、『次世代継承をしていない人の自殺』(簡単に言えば子どもの自殺)と、『次世代継承をした人の自殺』(簡単に言えば大人の自殺)と、『生殖活動を終えた人の自殺』(簡単に言えば老人の自殺)に分けられるでしょう。
    子どもの自殺の場合、『まだ子どもを生んでいないから、生物的には本質から外れるのでダメ』でしょう。
    問題は大人と老人の自殺です。生物的な役割としては全うしていて、何の問題もないはずです(倫理的、社会的な観点は除外します)。死を見つめた著者は、果たして大人と老人の自殺をどう見るのでしょうか。すごく気になります。

    何にしても、細胞レベルでの生死の循環が宇宙の循環と繋がっているという話は、なかなかに想像力豊かで面白いです。仏教の万物流転に繋がる循環が細胞にプログラムされている、また、その循環のためには死が必要とされている……切なくなってきます(笑)
    世界にたった一つしかない存在でありながら、しかしながら循環のためには固執しないってのは、親子の関係に似ています。自分より大切なものを守る姿は感動的ですが、そういった利他的な行動が実は利己的に振る舞えるポイントというのも面白いです。正に『情けは人のためならず』と字義通りです。
    本書で触れられているように、利己的遺伝子というのが定説なので、『いや違うよ、他者のために踏み台になってくれる装置がアポトーシスで、遺伝子は決して利己的なんかじゃないんだよ』と言っている著者に脱帽です。
    僕の評価はA-にします。

  • とても重要な本。

    アポトーシス研究についての一般向け本。生物が、多様化のために死をわざわざ選び取って進化してきたとも言える。そう思った。

  • 8月新着

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著者プロフィール

東京理科大学教授、薬学博士。1952年 山梨県に生まれる。東京理科大学薬学部卒業、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。アメリカ国立衛生研究所/癌研究所研究員、東京工業大学助教授などを経て現職。

「2017年 『ゲノム創薬科学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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