阿頼耶識の発見―よくわかる唯識入門 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 124
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344982109

作品紹介・あらすじ

唯識とは、『西遊記』で知られる玄奘三蔵がインドから中国に伝えた仏教思想の根本。それは「人生で起こるどんなことも、心の中の出来事にすぎない」という教えであり、執着や嫉妬、怒り、絶望、失敗はすべて心の深層部の仕業だと説く。この心の最深部を「阿頼耶識」と呼ぶ。心の表層に生じる感情や思考は、阿頼耶識にもれなく蓄積され、それが無意識のうちに表情や体調となって現れ、美醜にも影響する。表層と深層が常にリンクするという心の構造がわかると、シンプルに強く生きられる。ストレスの多い現代人に向けた心の教科書。

感想・レビュー・書評

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  • 筆者の考え方に偏向傾向が見られるため仏教書を始めて手に取る方には勧められない
    ある程度、基礎があれば、偏向に気づき、より思索を深める契機となり得る書

  • 目の前にある物が存在していない、というのは最後までどうにも理解不能だった。

  • ひとつの存在論としては面白いんだけど、「最先端の科学でも証明されました!」の連発には閉口する。あと妙な啓蒙書臭もあり、うさんくささは否めない。

    もうちょっと冷徹に仏教の論理性を語ってほしかったなあという感想。

  • 唯識論の入門書。
    坐禅を実践するかたわらに読むと実感が湧いて良い。
    唯,心があるだけであって,目に見える物事は,それ自体としては存在しておらず,心が認識する幻影に過ぎないのであって,「自分」というものすら存在しない。

  • ナゾの感動の書である。我々は生きなければならず、そして、他者のために生きて当然だと悟った。
    西洋の哲学書は、ハッキリさせる、定義することが基本である。ゆえに全てを語れなかったり、矛盾を生じることもありで、イマイチ信用におけないなと思っていた。
    本書では、分からないものは分からない、自分よりも他者を大事にするのは当然だと解く。自分という思い込みがそもそも幻想なのだから。苦しいなどの負の感覚や感情も自分が生み出している。ならそれを捨てれば良い。何と大胆な考えだろうか。
    瞑想により自分とつながり、自分と向き合うことで、過去の辛い内容のドキュメント映画、未来のホラー映画を観ることが当たり前になっているココロに気付けば、この本の内容もスルリと腑に落ちた。ブッダという人がこの原理を我々に示してくれたことは本当に有難い。
    某ファーストフード店で、こうやってこの文章を書ける幸せも、様々な縁起のなせる技である。その壮大な縁起の全てに感謝したい。

  • 唯識についての初心者向けの本。本文もはじめて唯識に触れるであろう人を意識した平易な語り口で、図解を多用している。私が存在しなければ、世界は存在しない。すべての物は自分の心を離れて存在しないということが唯識についてのポイントであるらしい。
    著者の後半に、なりきり、なりきって生きる。一瞬一瞬にその行為になりきって生きる。対象になりきっていきる。すると、観察される対象ではなく、自分そのものがなりきった対象になるということが書いてある。前半では「自分」の「心」が存在しないと対象は認識できないということと関係は深いとおもうが、対象そのものと自己不可分であるの性質が若干違うように感じるの。だが、生き方の指針として、一瞬一瞬をその行為になりきるというのは深いものがあると感じる。
    たぶん、混乱するのは、前半は純粋に唯識の考え方についての解説なのに、後半になると、いつのまにか生き方論になってしまっているからではないだろうか。

  • (私なりの解釈)

    阿頼耶識は、蔵識とも言われ、人間のこころの一番奥にある、心の倉庫のようなもの。

    そこに良い種をまけば、世界をより良い視点で観ることができる、と説かれている。

    哲学的な議論(悪く言えば屁理屈)が展開される場面が大半を占めるので、哲学にアレルギーがある人には向かないかもしれない。

    また、仏教哲学と近代科学のアナロジーがいくつかあるが、それも好みが分かれるところかもしれない。

  • 平易に記述しているためか論理的に整合性を欠くような部分が散見され、気にかかる。

  • 不平不満の多い人は病気になりやすい、ありがとうと言い続けましょう……など小林正観さんや『ゆほ○か』を連想させる言葉があちこちに。笑

    「ストレスの多い現代人に向けた心の教科書」とカバーにある割には、ストレスフルというか難解な内容に感じたかも。専門用語いぱいでした。

  • 2011.11.13
    「唯識無境」って、八識の境がなくなること? 
    つまり、五感に対する識別作用(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識(末那識、阿頼耶識) の境が解けてなくなってしまえば、一つになる。自己がなくなり、宇宙そのものになる? 

    これが「円成実性」。
    「円成実性」=真如。

    2011.09.25
    法蔵の縁起因縁六義法って、
    唯識をベースとしているから、唯識の因縁観がわからないと、
    わからないよね。たしかに。

    7世紀の長安には玄奘さんがいる。教えをこう。
    三蔵法師さん、唯識の因縁観ってどうなってるんですか?

    その前に、現時点での疑問点を整理。

    ◆疑問点
    〇事事無礙法界ってなに?
    〇無分別智から後得智のプロセスのなかで事事無礙法界をどう捉えるか?(重々無碍=同体門相即・相入→異体門相即・相入?) 
    〇異体門相即・相入の中に出てくる、因と縁の力の奪いあいってなに?
    〇真如随縁の「縁」と因縁の「縁」との関係は?
    〇唯識の因縁観にこの問題を解くヒントはないか?

    ◆学ぶための準備
    ○唯識の縁起説と縁起因縁六義法の対応関係
    1.刹那滅=空・有力・不待縁
    生滅変化するものであること
    2.果倶有=空・有力・待縁
    生起した結果と同時に離れずに存在すること
    3.恒随転=空・無力・待縁
    必ず一類相続して、前後に転易があってはならない
    4.性決定=有・有力・不待縁
    種子とその種子が現行したものとは、性において決定して変わらないものでなければならないこと
    5.待衆縁=有・有力・待縁
    種子の一因のみで現象を生起するというのでなく、必ず多くの縁をもって現象を生起するものであること
    6.引自乗=有・無力・待縁
    物質と精神とについて、それぞれ別々に自因自果でなければならない

    〇縁起因縁六義法の中の異体門
    異体門は後得知として無分別からあえて異なったものとしてみる場合の見方。
    同体ならば、外部要因である縁はないはず(すべて自因になる)。
    だから、縁起因縁六義法の中では待縁のものが異体になる。

    2.空・有力・待縁=果倶有
    3.空・無力・待縁=恒随転
    5.有・有力・待縁=待衆縁
    6.有・無力・待縁=引自乗

    さあ、三蔵法師さんにきいてみよう!

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プロフィール

1940年、福岡県生まれ。東京大学農学部水産学科、同文学部印度哲学科卒業、東京大学大学院印度哲学博士課程修了。立教大学名誉教授、鹿島神流師範、唯識塾」塾長。専攻は唯識思想。著書に『唯識思想入門』『唯識の哲学』『仏教思想へのいざない』『唯識とは何か』『十牛図の世界』『わが心の構造』『「唯識」という生き方』『唯識入門講座』『唯識仏教辞典』『阿頼耶識の発見』ほか多数。

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