コミュニケーションは、要らない (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 748
レビュー : 93
  • Amazon.co.jp ・本 (173ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344982550

作品紹介・あらすじ

ただ気分を吐き出すための言葉をネットに書き散らし、不確かな言説に右往左往する。そんなものは、コミュニケーションではない。日本人は「現状維持」のために協調性ばかり重んじて、本質的な問題について真剣に「議論」することを避け続けてきた。そのツケがいまの社会のひずみとして表面化しているのだ。
『うる星やつら』『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などで世界で高く評価される映画監督、押井守が語る日本人論。

感想・レビュー・書評

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  • 押井守の作品ってどうもゴダールっぽい。「攻殻機動隊」にしても「パトレーバー」にしても。それは、過去の作品の引用の仕方であったり、やたらと多い独白だったり。
    本書の「そもそも映画とは引用することでしか成立しないからだ。」(P90 )で納得。さらに「今の時代に「創る」ということは「選ぶ」ということと同義だと僕は思っている。それ以外にクリエイティビティなんてないとすら思う。」(P91 )との言い切り。なるほどね。

    ・・・と面白いところもあるんだけど、
    全体的には、親父の小言の域を出てないのかなぁ。そんなにたいしたこと言ってない。ごくごくフツーのこと。
    「そもそも論」が大切なのはわかるけど、解決しないといけない課題を目の前にしながら、「そもそも論」を言い出す奴ほどイラつくことはないのも事実。
    日本人の論理的な言語能力が衰退しはじめたのを昭和初期と言い、さらに言文一致運動へまで遡るのには笑った。
    「本になってないものは信用しない」と言い放ち、「人を説得する言葉を並べたいのなら、一冊の本を書いたほうがはるかに有用だ。僕は多弁ではなないが、どんなに語ろうと一冊の本を書くことに勝るものはない。」「本来、文章を書きたいという欲求は極めて特殊な情熱だったはずであり、それは本になって初めて、客観的に存在することができるものだったのだ。」(P82 )
    と書く割には、全体的には論理的でなく雑。人を説得させるためには、きちんと事実をのべて説明すべきなのにそれがない。
    あと、最近の新書ですごく気になるのが改行の多さ。改行をする、というのが文章の中でどういう意味をもつのかを考えてないのでは??これって「書き言葉」とは別の「『新書』言葉」なのかも。

    ネットに書く言葉は、「書き言葉」と違ってロジックを組み立てられない、というのはうなずける。若者が、きちんとした論理的なテキストを書けないのも実感する。ただ、彼らの思考の垂れ流しのような非常に魅力的な文章を、論理的文章へと導いてあげる(というと偉そうだが)のが書き言葉で育った世代の役目なのだろう。

    うーん、他にもいろいろ残念なところが多く、押井作品を今まで通り楽しんで観れる気がしないなぁ・・・。

  • 口を開けば出てくる宮さん(宮崎駿氏)の暴言。どれだけ好きなんだよと突っ込みながら読んでいた。本文は微妙な内容も多いが、日本人は論理的思考で物を考えるのが苦手なのは、日本語の文法構造がロジカルでないため、お互いにニュアンスを汲み取って語らないので言論にならないという論法は面白かった。日本語がロジカルでないから論理的思考が苦手なのか、論理的思考が苦手だから曖昧な言語になっていったのか興味深い。

  • ■コミュニケーション
    1.僕は携帯電話やPCによるインターネットとはコミュニケーションツールなどではなく、世界への窓口を限定することに成功したツールだと思う
    2.マニュアルを書くというのはマネジメント能力であり、文化の違う人間などに物事のロジックを正しく伝えるという行為だ。マニュアルは作るためのものの考え方こそが大切だ
    3.結局、日本人というのは、なるべく答えを出したくない人種なのかもしれないと思う。
    4.情緒に訴える事で論理的な思考を麻痺させ、正しいとか正しくないとか言い合ってコミュニケーションをはかったつもりになり、その判断の積み重ねで、今の日本になってしまった。
    5.人間が考えるべきことは、自分の人生とどう向き合うのかだ。今生きている人間にとって一番大切なのは、死生観であり、もっと言えば、死とどう向き合うかだけだ。
    6.問われるべきは知識ではなく覚悟なのだ

  • アニメーション・実写映画監督 押井守(おしいまもる)の論説。
    押井守が手がけたものとして「うる星やつら2」「機動警察パトレイバー」「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」「イノセンス」「スカイ・クロラ」「アヴァロン」などが挙げられ、個人的に大好きな映画監督だ。

    この本は押井守の根源に焦点を当てた論説で、とくに3.11後の頑張ろう日本運動や原発反対運動やネット礼賛について、かなり根の部分から世間の空気感(情緒)を批判的にとらえたものだ。

    その指摘は、ある種の暗澹たる世相に深く根を張るもので、爽快さはまったくない。
    読了後も深く落ち込んでしまうような内容だ。

    また、全編を通して、"かような日本・日本人"について深く考えさせられる内容となっている。


    コミュニケーションとは何か・・・上辺だけの活動とならぬように反省も生まれる。


    終末にこう書かれている
    『問われるべきは知識ではなく、覚悟なのだ。』と。

    読者に鋭い視線を投げ掛けてくれる良書だ。

    ミーハー的な感覚で手に取ったのだけども、かなり深く考えさせられた。

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    【目次】
    第1章 コミュニケーションのできない日本人
    第2章 僕は原発推進派である
    第3章 曖昧な言葉が生む無責任な世界
    第4章 日本はまだ近代国家ではない
    第5章 終わりなき日常は終わらない
    第6章 自分の頭で考える―本質論の時代
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  • 2012/4/15読了。

    現在までに読んだ、震災に言及する本の中で最も核心に近い部分をついていると感じた。その大きな要因は、空間的(日本と世界)、時間的(過去から未来まで)、学問的(政治、技術、経済)に俯瞰して語られていることにある。
    時間軸だけで見ても、世間に溢れる震災に関する議論のほとんどは、論点が目先の事象に囚われてしまっている。例えば、原発に関しては、数年先の経済のことも考えられていない。技術面では廃炉から処分まで、数万年単位で語られなければならないのに、である。
    自分には将来への長い視点はあっても、過去への視点はなかった。ここで、そもそもなぜ原発ができたか、という論点を獲得できたことは貴重。

    震災やそれにまつわる議論・世間の反応の経過を通して、日本人の特性について語られる点も魅力の一つであろう。浮かび上がったいくつかの問題点を鋭く指摘している。
    聞こえの良い、何となく喜ばしい気持ちになるような日本人論に飽きた人に、ぜひお薦めしたい1冊である。

  • なんともまあうるさいオヤジの繰り言。
    現場で説得する屁理屈が仕事だとか。
    この人の現場では働きたくないなあ。

  • 【ノート】
    ・3.11の震災を切り口に広げられていく、押井さんの、この国におけるコミュニケーションのいびつさについてのロジック。

    ・「ひとまず信じない」=判断を留保して自分の頭で考える、知識の問題ではなくて覚悟の問題。

    ・原発についての宮崎駿批判は歯に衣着せず痛烈。こう言われてしまうと「え、宮崎駿って、そうなの?」と思ってしまいがちだが、そこで「ひとまず信じない」ことこそが大事なんだ。太平洋戦争時の海軍批判もそう。

    ・「軍事オタク」でもある押井さんが、国を考える時に軍事のことが必須にならない今の状況はおかしいと言っているが、これは佐藤優さんとも共通。

    ・彼の他の著作でも述べられている、映画を作るときのプロセスが実は面白かった。

    第1章 コミュニケーションのできない日本人
     ツィッターはコミュニケーションの役に立ったのか?
     コミュニケーションとは何か?
     言語空間と言論空間
     感情移入に意味はない
     福島という地のもつ歴史
     インターネットは言論には向いていない
     なぜ、他人とつきあうのか?

    第2章 僕は原発推進派である
     原発問題のすべての根源
     原爆と原発はセットである(これは佐藤優さんにしろ手嶋さんにしろ同じことを言ってる)
     嘘をつくということ(これは加藤典洋さんなんかに通じるのでは?)
     スタジオジブリが出した横断幕(痛烈な宮崎駿批判。これだけ読めばなるほどと思うが、宮崎さん側にも主張はあるのだろう)
     ディズニーと読売新聞と原子力政策
     あえて原発推進派になるということ(「国防」ということを、でも大っぴらには言えないでしょ?)
     国防なき国の悲劇

    第3章 曖昧な言葉が生む無責任な世界
     順番にものを考えるということ
     「みなまで言うな」という日本人の美学
     書き言葉の衰退と言語能力の低下
     言文一致運動と言語の特殊化
     本になっていないものは信用しない
     知識と教養は違う
     文章を引用するということ
     アニメの現場と福島原発問題

    第4章 日本はまだ近代国家ではない
     戦争を止める言葉を持たなかった日本
     属国であるということ
     「こうなったらいいなあ」だけで生きてきた日本人
     日本は核武装するなと言われていたわけではない(これはホント?だとしたら、日本はアメリカにとって狡猾な印象を与えても仕方がないけど)
     日本人という根拠はどこにある?(「言葉」と断言)
     日本にオリジナルはない(オリジナルの定義にもよるけど。正剛さんの「日本という方法」読まなきゃ)

    第5章 終わりなき日常は終わらない
     危機感なき人々
     かりそめのナショナリズムと見えないブレーカー(メタルギアのらりるれろ?)
     オヤジギャグが象徴するもの
     未熟なドラマの先にあるもの
     人を説得するということ
     終わらない日常は終わったのか?
     山田正紀と大江健三郎(具体的に何を指している?)
     震災後の世界にファンタジーは無効なのか?

    第6章 自分の頭で考える−本質論の時代
     あらかじめ失われた暴動
     今こそ、本質論を言ってる場合なのである
     真善美の起源(これを出してきたのは、ちょっと我田引水と感じた)
     ネットワークデモクラシーなどない
     不謹慎という罠を超えて
     被災地へ行くということ
     結果を見届けるということ
     「ひとまず信じない」という選択

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  • 想像していた本とちょっと違って・・・前半いいのだが、後半はだんだんジジイ系というか。
    実にその通り!と思うところもあり、ありゃりゃ・・・と思うところもある。普段やや左よりの読書傾向にある自分にとっては興味深い内容だった。著者はネットには一切文章を書かないそうだが、もしこれが”これまでブログにつづられたものの書籍化である”と言われればそうかと思うレベルの本でツッコミどころ満載。論理重視のはずがあんま論理的でないところが面白い。人間はどこか滑稽。まさしく著者自身が身をきる思いで表現しているのかもしれない。

    [more]<blockquote>P6 連帯とか友愛とか、そう行った感情とは全く無縁な、もっと渇いた認識だ。おそらく、その場にいたすべての人々がその想いを共有していたのではないだろうか。だからこそ、そこに言葉は必要なかった。一刻も早く家にたどり着き、家族や知人とこの出来事を語り合いたい。その思いは誰にとっても同じであり、自明であるからこそ、今は傍らを歩く人々と言葉を交わす必要がない。【中略】励ましも、労わりの言葉も、とりあえず今は要らない。

    P5 コミュニケーションには二つの側面がある、と僕は思っている。ひとつは「現状を維持するためのコミュニケーション」で、もうひとつは「異質なものと付き合うためのコミュニケーション」だ。

    P35 僕はそもそも「インターネット」という空間は、コミュニケーションに向いていない世界だと思っている。何よりもまず、ネットでのコミュニケーションの主体はいきなり個人レベルから始まってしまうからだ。【中略】ほとんどの者の『社会性』とは、個人とマスの中間地点にある。あるものは会社員として、あるものは主婦として、あるものはフリーランスとして、またあるものは学生として、生きている。そしてそれぞれの共同体の中では共通言語がある。【中略】これこそがコミュニケーションだ。要するに違うレベルの共同体にコミットすることこそがコミュニケーションなのだ。

    P36 本来考えるべきは、被災地外にいる人間として福島に大きな荷物を背負わせたことをどう思っているのか、ということだろう。首都圏にいる人間は「首都圏にいる人間」として「福島という共同体」にコミットし、そこで震災や原発について考えなければならないのに、同じ立場で感情移入しようとする。

    P40  とくに老人とのコミュニケーションについては、これから加速度的にシビアなテーマになっていくはずだ。

    P48  原発と原爆はセットなのだと僕はいつも言っている。ところが、日本は「核兵器を持たず作らず持ち込ませず」の非核三原則を国是としている。ここに大きな矛盾が起きる。そこで、プルトニウムの取り出せない旧式の原子炉が必要になった。

    P72 日本人は個々の問題よりも共同性を重視する。共同性を重視するために目先の問題だけを次々に回避していく。【中略】他人に嘘をつくのではなく、自分に嘘をつく天才になったのだ。

    P77 おそらく明治時代というのが、日本人の文章力のピークだろう。太平洋戦争末期になると、命令書はひどく劣化した。【中略】極端に言えば「ガンバレ」と書いてあるだけのものとなり果てた。

    P84 マニュアルを書くと言うのはマネジメント能力であり、知識のない人間、文化の違う人間に物事のロジックを正しく伝えるという行為だ。それは『他者に伝える』という論理的思考を鍛える上で最も重要な部分である。

    P137 戦争と自然災害はレベルが違うという人もいるが、国のあり方が問われているという意味では何も変わらない。何に依存し、何を自分でやるべきなのかという問題の本質は何も変わっていないのだ。【中略】この国は変わらない。原爆でも津波でも変わらない。この国全体を覆っている『終わりなき日常』は、自分たちが思っているよりもはるかに強固でしぶとい。

    P141 ファンタジーに代表されるフィクションは人間が戦争中でも片時も忘れたことはない、必要なものだ。それが状況によって、時期によって、立場によって、必要だったり必要でなかったりするなんて、文化そのものの否定だ。【中略】モノづくりの契機ということにおいて、女にふられたことと震災体験は等価であるべきなのだ。

    P155 そもそも僕はネットワークデモクラシーなんて信じていない。何か新しいツールによって変革が引き起こされるという考えは、問題の本質を見失わせるからだ。【中略】なぜ反政府デモのか駐エジプト軍が中立を表明したのか、要するに軍が自国の政権を賞味期限切れだと判断したのだ。このようなことはベルリンの壁の崩壊時にも起こったし、おおよそ革命と名の付くものの背景には少なからずある現象だ。それが革命の順番なのだ。だから、SNSでの呼びかけにひとが集まったとか、そんな経緯は些末なことだ。成功した後で革命を語るとき、確かにそういう文脈は時代性もあって魅力的に映る。けれどもそれを称賛することで納得していたら、結局はまた物事の本質にたどり着けず、一過性のブームで終わるだけだ。

    P168 戦争においても災害においても、その渦中にいる人間の情報が正しいなどという保証はどこにもない。むしろ、渦中にいる人間から発せられた情報こそ、情緒によって客観性が損なわれているという危険を考えるべきだ。どちらが正しいのかということは重要ではない。どちらにしても他人の言葉だ。</blockquote>

  • 日本の対フランス貿易額で2番目に多いのはこの使用済み燃料であるプルトニウムの再処理費用

    情緒というのは正常な思考を麻痺させる

    海上自衛隊で一番足りないのは輸送艦。
    輸送艦が足りないから民間の輸送機能を使うしかない

    日本人は、個々の問題よりも共同性を重視する。共同性を重視するために、目先の問題だけを次々に回避していく

    日本は小さな島国で逃げ場がないから、中国やロシアのようなあからさまな嘘をつく文化にはならなかった。しかし、まわりに同調するという嘘をついた

    軍隊でいちばん重要なのは優先順位だ。順番なのだ。

    知識をいくらつめこんでも知識人になるだけで、知識人でも大馬鹿はいくらでもいる
    ばかにならないことをもって、教養人と呼ぶ。それはいいかえるなら、まっとうな価値観を持つということだ

    どんな知識や情報を得ようともそのことによって振り回されたりしない、それが価値観をもつということだ

    順番にものを考えられないということの他に、日本人の伝統がもうひとつある。危機感のなさだ

    大和やゼロ戦などの存在を含めて日本では人気の高い海軍だが、実際は初戦を除けば負けっぱなしだった。陸軍のほうが最後まで善戦していたのだ。貧弱な装備と少ない兵隊で4年間も戦っていた。参謀は馬鹿だったけれども、技術は先進的で兵士は優秀だった

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著者プロフィール

押井 守(おしい まもる)
1951年生まれ。東京都出身。東京学芸大学教育学部美術教育学科卒。
映画監督・演出家。
タツノコプロダクションに入社、テレビアニメ「一発貫太くん」で演出家デビュー。
その後、スタジオぴえろに移籍し、「うる星やつら」ほか、数々の作品に参加。後にフリーとなる。
日米英で同時公開された劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)はジェームズ・キャメロン監督やウォシャウスキー兄弟ほか海外の著名監督に大きな影響を与えた。また、『紅い眼鏡』以降は、『アヴァロン』など多数の実写映画作品にも意欲的に挑戦を続けている。主な監督作品『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。

「2019年 『セラフィム 2億6661万3336の翼 《増補復刻版》』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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