面白いほど詰め込める勉強法 究極の文系脳をつくる (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 279
レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344983175

作品紹介・あらすじ

新しい知識を習得するのは楽しい。身につけた知を縦横無尽に駆使すれば、仕事のアイデアもわき、雑談力もコミュニケーション力もアップする。ただし知の獲得にはコツがある。「リスト化」「記号化」「年表化」の三大技法を使い倒すことだ-。文藝評論家で留学経験があり、歴史やクラシック音楽、演劇にも異様に詳しい著者が、脳の許容量いっぱいに知識を詰め込めるテクニックを披露。"コヤノ式"であなたも博覧強記になれる!

感想・レビュー・書評

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  •  売れるためのタイトルなので、その点でブーイングが色々とされると思う。だが、そんなことはどうでもいいのだ。小谷野敦を少しでも知っていれば、「勉強は、天才でもないんだから、地道に単語を覚えたり教師に叱られたり、事実を明らかにして形にすることを少しずつ積み重ねたり、地味にやってくしかないんだよ」としか言われないとわかるはずだ。

     はっきりとは書いていないと思うのだが、「何を読まないかが重要」というメッセージがこの本の根本にある。この本は、「勉強しないでいいものを指摘する本」だ。
     とにかく現代人は時間がないのだ(たぶん昔もない)。早くても帰宅するのは午後六時から八時。遅ければ会社に泊まり込みか終電。みんな毎日働いている。死ぬ奴もいる。そんな社会で、どうやって読書し、勉強すればいいのか。
     「再読しない」というのは結構ありがたい言葉だった。よく「再読して、何度も読んで味が出る」といわれたりするが、読まないといけないものがたくさんあるというのはその通り。で、「信頼する人に言われたら、本は再チャレンジしてもいいし、挫折した本でも挑戦してみるべき」も、それはそうだろう。中断したら「続きから読む」というのもそうで、結構「あ、小谷野敦が言ってるから、へんに真面目に最初から読み直すんじゃなくてそのまま行こう」と思えて、無駄な時間を削らずにすんだ。
     参考になったのは、作家の作品を読んだ際、いつ書いたものかは、ちゃんと把握しておく。そのために、作品リストを年代順に並べるのは、結構大事なことだと思えた。漫然と読んでも、軽い感想の言い合いと我田引水で終わるのだ。どういう作品の変遷か、これだと捉えられる。
     大学教師のしゃべることはすべて教科書に書いてある。大学で必死にノートを取っている奴が信じられないとあったが、まあそれはそうとしても、下層大学ではノートをとるぐらいしかすることがなく、退屈でしかたがないのだから許して欲しい。
     ところで、この本は、勉強学というより、学問論であると思う。日本の学者は「思想」という言葉に踊らされていて、思想・哲学とかしてるやつは要するに「思索家」・「随想家」とすべし。晦渋な文章を書く人はカリスマとなるというのもそうで、まぁ、松岡正剛もそうだろうと思える。知のシャワーを浴びるとその人に心酔する。民俗学の説の検証がなく、学者学ばかりというのもそうで、例えあったとしても、例えば南方熊楠の外国語能力の検証を松山俊太郎が「綺想礼讃」でしていたが、退屈だし、というかあまりに専門的過ぎて細かすぎてとても読めなかった。

     過去の随想家の「先見の明」をめぐる議論もよかった。江戸の思想で、何か予見していたとか、遙かに西洋より早かったとか、色々発見しているが、結局は「スコラ的江戸」なんじゃないかと。論語や朱子や道教をオリジナルに解釈する。それでどうなんだと問われれば、まあ当時としては凄いし、今でも凄いのではと。では何が凄いかといえば、もの凄く思索していたから凄いと。昔、三浦梅園の玄語を読んだ時、もうついていけないというか、読んでいてふっと「むなしさ」を感じて放り出してしまったことを思い出した。というか、玄語本文よりも、山田慶児の「黒い言葉の空間」のほうが面白い。冒頭で、「絶望的にみえるまで難解」という本音が書いてある。
     まともな学問はおもしろくない。新しい事実ではなく、新しい思索に行き着くことは、ロマンチックなことなのだ。皇族って素敵だから別にあってもええやん、の感覚に近い。なんだか、思索ってあったほうが素敵なような、やってみたいような、いっちょ取り組んですげえと言われたいような感じかもしれない。で、それが趣味でならばいいのだが、それが学問と思われるのはどうなのか。
     実際の研究というのは、芥川龍之介研究の奥野久美子や孔月の結論を読んだ時、例えば孔月の本では、芥川は軍人批判や軍国主義を非難しているものの、ちゃんと抵抗せず、また、中国の後進性に対する侮蔑もあるというもの。奥野久美子の研究も「芥川作品の方法―紫檀の机から」は、結論は、確か芥川は結構ちゃんと歴史書や文献や過去の作品とかに基づいて、そんな好き勝手せずにきっちりリメイクをやってました、というもので、あとがきの育児と論文の苦労や震災での花束のエピソードが一番面白い。まあ要するに、論文を本にしたものを読めば、学問や勉強で得られる本当の結論は超絶地味だし、「当たり前やん」と言えることをきっちり言っているに過ぎないのだ。そして、それが本来の学問なのだ。

     どんな頭が良くても、やっぱり価値判断を求めてしまうものなのだ。学問の行き着く先はことごとく自己啓発なのか、どうなのか。考えさせられる。
     学説史をきちんと踏まえないと焼き直しになるとか、私的データベースを作っている人を見習えとか、酒飲みは大成しないとか読んで、いったい勉強は新しい思索を取り込むことではなく、何なのか、学問はそもそも古典とかはあるのか、日本は哲学学はあっても哲学はないとかいうが、いや哲学学で十分だろというそもそもに立ち返るための良い本だと思った。

  • 一応、「リスト化」「記号化」「年表化」といった文系学者向けのデータベース構築法が紹介されているが、勉強法の指南書というよりかは、著者の自伝的色彩が濃い。紹介されている文芸の知識(トリビア)はかなりマニアックな領域に入っており、興味のない人には退屈かもしれない。

    ただし、随所で本質を突いた知見が垣間見れる。例えば、103頁では「研究の背後には、その研究者の出身大学や指導教員、学派や学閥というものがある」と喝破している。これは学問の領域に限らず、企業や官庁でも通用する真理である。学歴や出身部門というのは思った以上にその人の思想に影響を及ぼすので、私も企業の経営者や学者の考えていることを知りたいときには、まず経歴を調べる。地味だがこういう作業をすると、本人はかっこよく言っているが、実はスポンサーのためのポジショントークに過ぎなかったり、すでに陳腐化しているイデオロギーに染まっているだけだった、などというようなことがわかったりする。

    また、第4章の「古典をどこまでどう読むか」は痛快。著者が人文・社会科学のキモを紹介してくれるのだが、「法学は普遍的な真理を求める学問ではない」「哲学は思弁であり実証的な科学とは違う」「世間で売れるような評論本は、インチキが多く、まともな学問は面白くないから売れない」など、的を射た批判を展開している。経済学については、「バカなことを言わない程度に役に立つ」と手厳しいが、「マクロ経済は、政治家が政策を決めるために学ぶもので、ミクロ経済は、経営者とか投資家が学ぶものなので、いずれもそれ以外の人間にはあまり関係ない」といったくだりは、参考になる。

    最後の第5章「バカのための英語術」も面白い。読むと、「辞書を引かずに原書を読む」「英語を流しっぱなしにする」といった学習法や、何か国語も喋れる「語学の達人」みたいな人が紹介する学習法などは、一部の天才を除いて全く参考にならず、そうでない一般人は鈍牛のように、ただ地道に単語と文法を覚えていくしかないということがしみじみわかる。

  •  渡部昇一のミリオンセラー『知的生活の方法』(1976年刊)を意識して書かれた、小谷野敦流『知的生活の方法』ともいうべき本である。

     “『知的生活の方法』を呉智英は馬鹿にしていたが、それほど悪い本ではないと思う”という意味のことを小谷野は以前の著作(『バカのための読書術』)でも書いていたが、私も同感。じつは私も、少年時代に『知的生活の方法』にけっこう影響を受けた。

     本書は、Amazonのカスタマーレビューでおおむね酷評されている。批判の主旨は、「タイトルと中身に乖離がありすぎる。著者の自分語りが多すぎる」というもの。

     小谷野敦が出す新書は、歴史の本であれ読書術の本であれ、随所に自分語りがある。誰かが言っていたが、「私小説ならぬ“私新書”」なのであって、それはこの人の芸風だから、目くじら立てても仕方ない。愛読者はそこまで「込み」で彼の著書を楽しんでいるのだ。

     ただ、本書はほかの新書に比べても、自分語りの混入率が高い。
     たとえば、全五章のうち第一章は「私の知的生活の系譜」で、章題のとおり、小谷野自身の少年時代からの読書遍歴、知的遍歴が綴られている。ほとんど自伝に近い内容で、およそ読者の勉強法の参考になるようなものではない。

     読書遍歴だけならまだしも、「竹下景子さんと『犬笛』の思い出」という項では、ファンだったという竹下景子がヒロインの映画『犬笛』について、6ページも費やして延々と紹介している。いくらなんでも脱線しすぎ。

     第五章「バカのための英語術」も同様で、内容の九割方は“自分はじつは英語が苦手で、これまでこんなにも英語の勉強に苦労してきた”という話。読者の参考になる勉強術は、残りの一割くらいしか書かれていない。

     ただ、あとの三章は悪くない。
     第二章「知を体系化するデータベース作成法」と第三章「ネット時代だからこその検索法」は、国会図書館の上手な利用法などの細かなテクが参考になる。
     第四章「古典をどこまでどう読むか」は、本書でも何度も言及されている呉智英の名著『読書家の新技術』の、小谷野敦版という趣がある。

  • 本の読み方(全部読まなくて良い)について書いてあり参考になった。

  • この本の良さは、良書を紹介してくれていることだ。ほの本に書かれた本は読みたくなる本が多い。

  • タイトルに難。勉強法ではなく、著者の学習遍歴を開陳したもの。学習が個人の固有の営みと言うなら、普遍性が欠けていても、それはそれでありなのだろうが…。著者のファンなら読んで損はないかも。

  • 題と内容が合致していない。実用書風に売りたい編集者の気持が透けて見える題名。まあこうでもしないと売りにくいのはわかるが…… この著者のファンならお馴染みの散漫な、自由なしゃべりで、著者の勉強経験などを語っていく。新書らしい軽く読める本。ファン以外にはあまりお薦めできないが

  • 人の批判ばかり
    リスト化、記号化、年表化
    知の獲得のためにお酒は控える
    蔵書自慢より図書館を使え

  • 自分が知らない本、学者、学説が多く、さらに煽るような過激な文体なので、読みにくいところも多かったですが、第2章「知を体系化するデータベース作成法」と第3章「ネット時代だからこその検索法」が参考になりました。

    そういえば、いきなり長尾真(元国立国会図書館長)に噛みついているところがありました。
    「入手困難な本は、複写化と著作権法で定めてくれればいいのだが、国会議員はどうも理解がない。
     単行本に収められた、わずか4ページの短編・論文でも、半分しか複写できないという言うのだ。私は呆れて問答したことがあるが、雑誌に載ったものなら、40ページあってもいいのである。だが、私が複写しようとしたのは、非売品だった。非売品のうちから40ページを複写しても、いかなる意味でも著作物保護の上で著作権者に損害は与えないのである。
     当時の国会図書館長は、情報工学者の長尾真だった。一体に、理系の学者というのは、こういう古い文献問題に冷淡である。」

  • 英語の勉強について。外国語を学ぶ才能のない人は、単語と文法を一つずつ地道に覚えるしかない。
    そもそも、明治大学の3・4年の英語力は、東大1年の英語力より劣っているにも関わらず、そんな人達が教鞭を取るんだから、推して知るべし。
    とまあ、辛辣な書きっぷりでとても楽しく読める。
    時間を作るには、何かをしないこと。勉強に力を入れるなら、酒は飲まない、旅行には行かない、とか。そりゃそうだ。
    あと、本を読むなら、学歴ロンダリングもあるので、誰が書いたものなのか、年齢は幾つのときの本かを気にして読むとよいとも言ってる。
    学問の世界において、大きな仕事をした女性学者には、概ね子供はいないってかかれているように、これは男にも言えることだが、何かを大成しようとするならば、集中して他に目もくれず、やり遂げる必要があるって。その通りやと思う。

    タイトルにある詰め込めるって何だったんだろ。酒飲まないってことかな。
    history of medicine and modern japanは読もーっと。

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著者プロフィール

1962年茨城県生まれ。本名読み・あつし。東京大学文学部英文科卒。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。1990-92年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学。学術博士(超域文化科学)。大阪大学言語文化部助教授、国際日本文化研究センター客員助教授などを経て、文筆業。文芸批評、小説、演劇、歴史、男女論などフィールドは幅広く、独自の「男性論」を展開。また、論壇・文壇のもたれ合いへの鋭い批判も行なっている。著書に『夏目漱石を江戸から読む』(中公新書)、『江戸幻想批判』『リアリズムの擁護』(新曜社)、『〈男の恋〉の文学史』(朝日選書)、『もてない男』『バカのための読書術』(ちくま新書)、『日本売春史』(新潮選書)、『退屈論』(河出文庫)、『聖母のいない国』(河出文庫、サントリー学芸賞受賞)、『恋愛の昭和史』(文春文庫)など多数。小説に『悲望』『童貞放浪記』(幻冬舎)、『美人作家は二度死ぬ』(論創社)。

「2018年 『江藤淳と大江健三郎 戦後日本の政治と文学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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