最貧困女子 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 230
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344983618

作品紹介・あらすじ

働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10〜20代女性を特に「貧困女子」と呼んでいる。しかし、さらに目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワーク(売春や性風俗)で日銭を稼ぐしかない「最貧困女子」だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを、最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す!

感想・レビュー・書評

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  • この本を読んでから、私は某無料エロ動画サイトにお邪魔し、3大NGとされるエロ動画を拝見しました。

    そのNGとされるものの一つに出ている人の半数は、知的障害を抱えている、という文があったためです。


    見たものの一つ(サンプルですが)は、「出演女優は話すのが苦手な恥ずかしがり屋さん」という注釈がついていました。

    もう一つは、注釈は入っていなかったけれど、言葉を話すシーンは全く入っていませんでした。なんか、勝手なイメージなんですが、きちんとしたAV女優さんだったら、喘ぎ声聞いてても、意味のある言葉を発したり、『感じてる』と思わせるような声を発するような気がするのですが(わたしはそういうものを基本的に観ませんのであくまでイメージです。)、絶叫に近い大声、といった感じの叫びが単調に延々発せられているイメージでした。


    もしかしたらな、なるほどな。と思いました。


    こうした興味本位の行動をとっている私は最悪です。


    とはいえ、そういった類のビデオに出演している女優さんは、余程性的な興味が旺盛なのだろうとか、お金に困っていたのだろうかとか呑気に思っていた自分が、とても恥ずかしいです。

    彼女たちには他に、生きる道がなかったのかもしれないのだと。


    女は、「知性か、気立てのよさか、可愛げがあれば、生きる活路を見いだせる」のは、なんとなくそうだろうなと、思います。ただわたしは、「どんな女も、どこかしらこの3つの要素のどれかに特化して、生きる術を身に着けていくんだろう。もしくは、平均的に3つのバランスをうまく高めていって、うまく生きていくんだろう」と思っていました。すべての女は、およそどれかに属されると。


    そうではない現実があるのだと、シビアに書かれていた一文を、引用せずにはいられませんでした。


    わたしは、その個人の3つの要素はどうであれ、(まぁ、この本読めるくらいの知性は養ってこれたのはありがたいのかもしれない。)

    高くない給料でも定職に就き、セイフティネットとしての実家があり、生きるか死ぬかの相談はできるかわからないけれど、ひとまず困ったときに相談できる友達がいる。

    ほんとに困窮したときに、恐らく行政に頼る方法があるのだという情報を集められるくらいの知識もある。



    恵まれているのだ。
    わたしはとても、
    恵まれているのだ。


    父が、働かないのが、なんだ。
    兄嫁が、理解を超えるのが、なんだ。
    祖父に真夜中起こされるのが、いったい何なんだ。


    幸せなのだ。
    グチをぶつける相手がいるだけ、
    幸せなのだ。


    人の不幸を知り、わが身の幸福を思うなんて、愚かしさの極みだ。

    ただ、今一度自分の立ち位置を確認し、
    困っている人はいないかと、手を差し伸べる側にいるべき人間なのであれば、
    できる限りのことをしたいと思う。


    わたしは地元の教員。

    できることは、あるはずだ。

  • ショッキングでしたね。いい悪いではなくそういう現実があるということがまず。想像以上です。

    こういう現実があるということを社会に知らせるということは大変大事なことだと思います。ではどうしたらか?というところに結論が達しなかったところがちょっと残念ですが、簡単に結論の出せることではないということでしょう。
    知的障害は目にわかりにくい障害だと感じていますが、ここに書かれている知的障害の女性の話にはやりきれないものを感じます。
    福祉の問題でしょうが、問題が複雑で見えにくくなっている現在。最貧困女子が増えないことを願うばかりです…。

  •  裏社会・触法少年少女をおもな取材対象に、「犯罪現場の貧困問題」「犯罪する側の論理」をテーマとしてきたルポライターが、「貧困女子」の問題に独自の視点から斬り込んだ1冊。

     鈴木の旧著『家のない少女たち』や『出会い系のシングルマザーたち』(※)にも、貧困問題を描いた本としての側面があった。本書もその延長線上にあり、彼にとっては自家薬籠中の物というべき題材だ。

    ※本書が売れたためか、『最貧困シングルマザー』と改題して、先頃文庫化。

     巷間話題の「貧困女子」とは、給料が安すぎてギリギリの生活を強いられている非正規雇用の女性などを、おもに指すのだと思う。
     それに対して「最貧困女子」とは、「給料が安い」などというレベルではなく、定収入がなく、それでいてなんらかの理由で生活保護を受給していない女性たちを指す。
     その多くが、援交・援デリや裏風俗など、最底辺のセックスワークにからめとられていく。

     『闇金ウシジマくん』にしばしば登場するような、最底辺に生きる壊れた感じの女性たちが、多数登場する(じっさい、著者は取材先の一部を闇金業者から紹介されている)。

     私はこれまで貧困問題の本をたくさん読んできたが、本書はその中でも一、二を争うダウナーな内容だ。読んでいて気が滅入ってくる。
     たとえば、次のような一節が不意打ちのように登場するのだ。

    《僕の取材した家出少女らの中には、親に加えられた「傷害の痕跡」を残した者も少なくなかった。
    (中略)
     「ジャンケンができない少女」というのもいた。彼女は親によって指を手の甲側にへし折られ、何年経ってもいくつかの指を握り込むことができないのだ。
    「パーしか出せないから、チョキ出されたら100パー負けますね」と笑って言う少女に、何も返す言葉がなかった。》

    《売春する相手への嫌悪感を消すために薬物中毒になった少女がいた。
     「身体が売れなくなったら死ぬときだ」と真顔で言う16歳の少女は、初めての売春は小学5年生のときだと言った。その身体中に、虐待の傷痕があった。》

     日本の生活保護制度は「捕捉率」(受給対象となる人たちのうち、実際に受給している人の割合)が低いことで知られるが、その低さの理由の一端も、本書を読むとわかる。

    《彼女らの欲しい物のほとんどを、行政や福祉は与えてくれない。だが実はセックスワークは、彼女らの求めるものを彼女らの肌触りがいい形で、提供してくれる。
     これが、長期間大都市部に家出する少女らが高確率でセックスワークに吸収というか、「捕捉」される理由だ。》

     自分の子どもが予防接種を受ける段になって、初めて「予防接種って何だっけ、あたし受けてねぇわ」と気づいたというシングルマザーも登場する。

     彼女たちは、著者が名づけた「三つの無縁」――「家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁」に阻まれ、行政の保護が届かない場所に生きているのだ。そして、セックスワークという「路上のセーフティネット」によって生きのびている。

     では、そのような「最貧困女子」たちにどう手を差し伸べればよいのか? 最終章では著者なりの処方箋が提示される。
     その一つが、最貧困女子たちへの「恋活」――すなわち、まっとうな恋愛をするために必要な心構えなどを教えることだという。
     最貧困女子の多くが極度の恋愛依存体質であり、ろくでもない男に引っかかる「恋愛自爆率」も異様に高いからだ、と……。
     著者はこの提案を「炎上覚悟の爆弾」と呼んでいるが、私は「けっこうアリ」だと思った。

     気が滅入る本だが、内容は重要だ。鈴木大介はルポライターとして、誰もやっていない社会的意義のある仕事をつづけている。

  • 16.jan.6

    ブログ『外資系OLのぐだぐだ』の過去記事を読み、あまりにも衝撃的だったので読んだ。

    「電車で読めるポルノとして『最貧困女子』が消費されている事実から目を反らしてはいけない」
    http://toianna.hatenablog.com/entry/2015/11/05/173020

    公共の場でこんなことを言ってのける人間がいることにも吐き気がしたし、この記事についているコメントも下衆極まりない。絶望を感じた。



    貧困のあまりセックスワークに走るが、しかしそこにも市場原理が働く現実。
    格安で過激で危険な行為に走ってまでその日の収入と宿を手に入れようとしがみつく女性たち。
    政府とは離れたセーフティネットとして成立する地元コミュニティ、売春産業。

    石井光太氏のルポで描かれている海外のスラム・路上生活者コミュニティの構造と何ら変わりなかった。
    途上国の貧困にばかり目を向けて、見て見ぬ振りをしていた。見ようと思えばいくらでも見れたし、もし今突然両親や親戚全員と離れ、事故にでもあってしまえば私にもありうる現状だった。

    ページを進めるにつれて筆者のやるせなさや怒りがひしひしと伝わってきた。
    こんなものを「エロい」という言葉で消費しようとすることがどれだけ当事者の思いや尊厳を踏みにじることになるのか?

    街中を歩いていてこのようないわゆる「貧困女子」に出くわしたことは、正直ない。本書で触れられているように、隠れて存在してるケースが殆どなんだと思う。
    ただ絶対に自己責任じゃない。誰かが拾い上げるチャンスもあったはず。自分にそのチャンスが訪れたら絶対に見て見ぬ振りしたくないし、チャンスを自分で見つけにいきたい。

  • 壮絶な貧困状態にある若年女性という見えないものを可視化したルポとしては興味深いものがあった。それを救わなければならないという著者の主張も分かる。その主張は、著者の正義感によるもので、純粋なものだが、自身のルポ取材の対象への思い入れが強すぎて、かえって読者を冷めさせてはいないだろうか。
    たしかに、ここで明らかにされた最貧困女子に社会的・組織的な支援が必要ということには同意できる。ただ、これを放置することは絶対的な悪だとまでいうのは、どうだろうか。本書の文脈として理解できないわけではないが、ならば、アフリカや中東で飢餓や紛争により瀕死の状態にある人を救うことも絶対的に必要であろう。
    こういうルポを書くには、対象への思い入れが必要なのだろうと思うが、その思い入れが強く、その救済を声高に叫ぶほど、視野狭窄に陥っているように見えてしまうという感想を持つのは、自分だけだろうか。

  • 見えづらい部分を見えるようにえがかれていた。生々しくリアルで直視に耐えない。でも現実なのだ。実際にどのくらいの割合なのか知りたい。知らなきゃいけないことだから我慢して読んだ。泣きたかった。貧困女子だけ切り取ってみると早くなんとかしなければと苦しくてたまらなくなるし、読後感が本当に苦しい。しかし、世の中には多岐にわたる問題があるからそこだけに注力はできない。自分の持ち場で無理せず一生懸命生きてくしかない。

  • 読み始めたら止まらなくて一気に読んでしまいました。
    とても重い。色んなことをぐるぐると考えてしまう。

  •  この一年で古代から中世、江戸、明治、戦前戦後あたりまでの女性の権利、性風俗というものを追ってきたのだが、ついにここまで来た。

     女性の権利だけでなく被差別階級なんかにも興味を持ってあれこれ文献を読み漁ってきて、過去の(感覚的には自分の生まれる頃くらいまで)の話であれば純粋に興味本位で眺めていられるのだけれども、現代の話となるとなかなかそうもいかない。正直気が進まないのである。
     なぜかといえば、現在いまそこに困っている誰かがいるとなれば、それに対する態度というものが求められる。もちろん困っているならば助けたい、そうは思っても、じゃあ自分に手出しができるかと言うと、どうにもためらわざるを得ない。
     本書を読んで、改めてそう思う。詳細については初めて知ったことも多いけれども、概要としてはここで書かれているような「最底辺のセックスワーカー」については、なんとなくは知っていた。生本番一回5000円、車内で口コキのみなら3000円みたいな世界だ。そこには高級店で看板を飾れるような容姿もなく、キャバクラで客を呼べるほどの愛嬌や会話術もない、病的に太った子持ちの女性や、知的障害を抱える女性が生きている。村上春樹の小説に出てくる高級コールガールとは別世界である。たぶん内田春菊にも出てこない。どちらかといえば「闇金ウシジマくん」や「ナニワ金融道」の世界である。

     私自身はそんな世界に接点はなかったし、おそらくこれから関わることも当面はないだろう(でもまあたとえば10年後のことは誰にもわからない)。一生知らないままでいる人だっているだろう。
     著者は「可視化」を訴える。最底辺に暮らすセックスワーカーに日の光を当て、救いの手を差しのべるべきだと。私も気持ち的には賛同したい。個人的には無理でも、行政が救済する制度は作れないのかと。
     だがその一方で、具体的にどのような「手」を差しのべたらいいのかと思考実験してみると、そこで止まる。わからない。彼女達は何を求めているのだろう。

     本書にも書かれているが、福祉施設などで彼女達を受け入れたとしても、しばらく経つとふいといなくなってしまうことが多いのだという。性風俗以外で働けるよう職業訓練をしたら、その日のうちに逃亡してしまったこともある。一度売春を覚えてしまったら、他の仕事に比べれば「楽」なのだ。たぶん。
     彼女達は決しておとなしく援助を待ち、いかなる援助でもありがたく受け取るような可愛い存在ではない。少しでも押し付けがましいところを見せれば去っていく。そしてまた路上で、最底辺の風俗店で、一回数千円で春を売る。
     まともな教育を受けておらず、自ら学ぶ気もなく、督促状は読まない、役所の申請もできない、借金すらできない。運よく受け入れてくれるパートナーに出会えたとして、過去の虐待や裏切りの経験から優しさを疑い、試すように自殺未遂をしたり、暴力を振るったりもする。そんな人に、どのような手を差しのべればよいのだろうか。
     著者も行きがかり上いろいろとアドバイスはするが、根本的な改善を見た例はほとんどないように見えるし、そのことに苦悩している様子もうかがえる。
     行政などの職業的支援者には限界があり、「恋愛」による救済に希望を見るが、仮にうまくいったとしても一人には一人しか救済できない。

     戦後、進駐軍を迎えるために国が用意した慰安所RAAは、元々娼婦だった者を中心に集めたというが、復員者のために女性や子供、高齢者が大量に解雇された折、やむなく応募したものも少なくなかっただろう(事務職に応募したら定員は埋まったと言われ、仕方なく慰安婦になった者までいたという)。本書の中で取材したセックスワーク従事者は、親も同様に街娼などをやっていた者が少なからずいた。遡れば、或いはそうした戦後の混乱と窮乏の中で「醜業」に落ちた女性の子が、孫が、現代に至っても望まぬセックスワークの中にいるのかもしれない。
     では路上や「最底辺」と呼ばれるような激安店に行かなければいいのか。どうなのか。上手い答えは浮かばない。

  • 本当にこれが日本なのか、というのが一番大きな感想。

    貧困というものにもさまざまな意味があり、全ては人や地域とのネットワークに掴まれているかどうかにかかっているようである。

    恵まれない容姿ながら、二束三文のセックスワークに明け暮れ、好きになる男性から虐待を受ける女性。その反面、地域の同じような友達と常に協力しながら節約生活を工夫して楽しんでいる女性。この二人の収入はほぼ同じなのだ。

  • ネットやテレビでちょっと話題になっていたので…とそれ以外の予備知識もなく軽率に手に取ってしまった一冊。
    馬鹿なワタシは、「最貧困女子」というタイトルで、
    「ああ、なんかボンビーガールとかあんな感じの話なのかなー」
    と思いながら読み進めていたのですが、ここに出てくるのはそんな「貧しくても明るく」というのではなく、幼少時から本当に悲惨な日々を送り、まさに生きるか死ぬかギリギリところでセックスワークを生業としている女性たちのケース。
    (マイルドヤンキー的な、それこそ「お金はないけど地元の仲間がいるからそれなりに幸せ」的な女性のケースも一人だけ紹介されてはいるが、おそらく他の悲惨な女性達との対比のために書かれているのだと思われます)

    読んでいて、桐野夏生の「グロテスク」を思い出したんですが、悲惨さは同じぐらいでも、この本に出てくるケースの女性たちの多くは、サバイバル的にセックスワークに流れていて、より切羽詰まっています。
    知的障害を持つ女性のケースは、本当に読んでいて心が痛かったです。

    これを読んで、「生活保護を受けれるだけ、まだましなのかもしれない」とつくづく感じます。
    公的な福祉や保護を受けるまでに至らない水面下のケースに、読んでいて自分の無知を恥じ入りたい気持ちになってしまいました。
    行政の差し伸べる手と、彼女らが欲している手の、なんと隔たりがありすぎることか。

    筆者の思い入れが強すぎて、ラストは本当に実現が難しそうな理想論的な解決案はあるものの、いろいろと考えさせられることが多かったです。
    でも情けないことに、これを読んだからといって、ワタシの中ではまだ答えが見つかっていません。
    今まで知らなかった、今の自分からはあまりに遠くかけ離れた立場の女性たちに、手を差し伸べるべきなのか、それとも自分の平穏な日常のテリトリーを守るために、「お願い、ここから先は入ってこないで」と小さな声で冷たく言い放ってしまうのか(ものすごくエゴで保身ですが)、その時になってみないとわからない、今は結論が出ていない、というのが正直な気持ちです。
    その意味では、読んだ後にこれほど感想や自分の考えの結論が迷走した本はこれが初めてかもしれません。

    キレイ事で手を差し伸べるだけではすまないぐらいの悲惨で切羽詰まったケースなので、卑怯な言い方ですが、自分の中の善意とリスクを天秤にかけてしまうかもしれないなー、と思ってしまいました。

    ただ、こういう女性たちの存在を知ることができて良かったです。
    自分の中での考えの結論は本当に今、迷走しているのですが、少し時間を取っていろいろ考えてみたい、と思わせてくれる本でした。
    まとまりがなくてすみません。

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著者プロフィール

1973年千葉県生まれ。文筆業。子どもや女性、若者の貧困問題をテーマにした取材活動をし、代表作として『最貧困女子』(幻冬社新書)などのあるルポライターだったが、2015年、41歳のときに脳梗塞を発症し高次脳機能障害が残る。当事者としての自身を取材した闘病記『脳が壊れた』『脳は回復する』(ともに新潮新書)が話題に。他にも、夫婦での障害受容を描いた『されど愛しきお妻様』(講談社)『発達系女子とモラハラ男』(漫画いのうえさきこ。晶文社)、当事者視点からの実践的な援助ガイドを試みた『「脳コワさん」支援ガイド』(日本医学ジャーナリスト協会賞受賞。医学書院)、当事者と臨床心理士との対話を記録した『不自由な脳』(山口加代子氏との共著。金剛出版)などの著書がある。

「2021年 『壊れた脳と生きる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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