- 幻冬舎 (2015年3月25日発売)
本棚登録 : 2465人
感想 : 334件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (184ページ) / ISBN・EAN: 9784344983762
みんなの感想まとめ
家族の関係性やその距離感について深く考えさせられる作品です。著者は、自身の体験を通じて、親子の間に存在する微妙な対立や理解の難しさを描写しています。特に、離れて暮らすことで感じる心細さや、帰省時のアレ...
感想・レビュー・書評
-
亡くなった父と老いた
母を思い浮かべました。
果して私は彼らの事を
どれだけ知っているの
だろうかと。
真っ正直に向き合えば、
親子って対立せざるを
得ない。
まさしくそのとおりと
思います。
単純ではないですよね。
離れて暮らしていると
心細かろう淋しかろう、
たまには親孝行しよう
と思いますが、
ではといざ帰省するや、
ほんのちょっとした癖
や相変わらずの話題に
アレルギー反応が・・・
やはり、家族の間には
日常的に微風を吹かせ
ておきたいです。
正に近すぎず遠からず
知ってるようで知らぬ
距離感。
それくらいがちょうど
よいのかもしれません。
ベッタリ依存されたり
啀み合ったりするより、
そのほうがずっと健全
かと。 -
これを読む人は家庭や家族に悩む人だろうか。
家族との距離感は最も近いようであり、しかし、外で見せる顔とも異なり、その近さ故に素直になれないものだ。著者は、家族と折り合いがつかず、そのまま家族を看取りもせずに亡くしてしまった経験をもつ。何かその本質を探れればと思ったのだが、家族について考える本、というよりも著者の日記、雑記みたいな内容だった。
後半の家族への手紙には感動する要素もあるが、冷静に考えると、知らない人の家庭の話を聞かされ、知らない人の亡くなった家族への手紙を読む、あるいは逆に見れば、その事を本にして、売り物にする著者がいる、というのは不思議なものだ。楽しい読書なのかよく分からなくなりながら、わずかな好奇心のみでページをめくる。
ー 飛行機事故が起きる。船の事故が起きる。
「犠牲者に日本人は含まれていません」
日本人がいた場合には、ニュースの扱いが大きくなる。テレビでも新聞でも。日本人がいなかった場合には、日が経つにつれて徐々に扱いが小さくなる。最後には、あの事故はどうなったのというくらい、見当たらなくなる。日本人や知っている人が犠牲者が含まれない場合は、マスコミのみならず、みなどこかでほっとする。日本人エゴに陥って、他の国のことに我関せずという島国根性が顔を出す。欧米の場合は陸続きで、他人事とは思えないから、常に目くばりをして、もし自分の身に起きたらと想像をたくましくする。そのあたりが、日本人は鈍感だ。自国と同様に、他国のことも考えなければ、今のような国際的に開かれた時代にはうまくいかない。数が少なかろうと多かろうと人の命の重さに変わりはないはずだが・・。
イエモンの歌詞みたいな価値観だ。自然な感情なので、それを否定する精神が分からない。著者自身も、日常の全ての他人の死と向き合い続けているわけではあるまい。これは自嘲なのか。そこから島国根性という表現は導かれないはず。論理が破綻している。
身近なほどビックニュース。自分の生命に関わる事が最大の関心事。身内に目が向く事は、病ではなく、摂理だとすら思うが。 -
家族が良い面ではないことが再確認できた。
-
とにかく主張主張主張。これだけ強い言葉で言い募られると言い返せず離れていくしかないであろうと感じました。
家族という幻想を打ち砕いて欲しくて読んだ本でしたが、哲学的要素は皆無でひたすらご自身の家族への感情を披歴するという本です。
共感をして欲しい人ではないと思うので、何を言われてもなんら痛痒は感じないと思いますが、もし彼女の家族であったら相当悲しい気持ちで死んでいく事になりそうだなと思いました。
自分自身で関わる人や信頼出来る人を選んで、その人と家族のようになった方が良いという考えは頷けます。自分もそう思った事も有ります。でもそれって婚姻で信頼出来る人と新たな家族を作る事と何が違うのかな?とも思いました。
自分が産まれた家族は「出生家族」、自分が婚姻で作った家族は「結婚家族」と言います。彼女は父母の生き方を否定しますが、父母は父母で「結婚家族」を作り彼女はそれを「出生家族」として生きてきました。自分が作った人間関係は「選んだもの」として言い募る彼女の言葉は非常に幼稚に感じられます。彼女は彼女で「結婚家族」を独自に作ったわけですから、親の作った「結婚家庭」も認めるべきであったろうと思います。 -
下重暁子さんは昭和11年生まれですから、今度の日曜日に80歳になられます。
小学校のときに終戦を迎え、早稲田大学を卒業してからNHKアナウンサーを経て、文筆業をされています。
穏やかな外見のわりに、とても活動的で革新的な考えをお持ちなのは、だからなんですね。
共感することも多かったけど、ときどき「ちょっとひねくれているんじゃないかなあ」と思うところがありました。
ご自身のご家族についてが、ちょっとぼやけていたから。
最後に、亡くなられたお父さんお母さんお兄さん、そしてご自分へのお手紙が掲載されています。
「彼女を作ったのは、そういう家庭環境なんだなあ」と納得しました。
彼女の言われることはもっともであり、興味深い話、本当にありがたいと思っています。
ただ、そういう情報不足の時代に育ったご両親に対して、私だったらもっと寛容でありたいと思いました。
生意気言ってごめんなさい。 -
無駄な情報が多く、何が言いたいのか分からない。根拠のない主観的な話が延々と続く地獄のような一冊。
-
ピンとこない。
びっくりするほどピンとこない。
共感ポイントを見つけたと思ったら、わざわざそれ書く?と思うような僻みのような妬みのようなネガティブな物言い。
彼女自身の家族や家族関係についても書かれていて、家族というものに期待していない、むしろ絶望からのスタートだというのはわかるけれど、気持ちのよい読後感はありませんでした。
私自身も機能不全家庭で育ったという自覚はありますが、なんとも寒々しい見解でした。一刀両断というより、ネチネチ言うてます、という感じ。
我が家がこうだった、知り合いはこうだった、程度で家族の実態をえぐりつつ、と書かれても、な。 -
此の方は元NHKのアナウンサーで本もたくさん書かれてるそうなんですが、存じ上げませんでした。
全体通して読んで、この人の言いたい事は半分は理解出来るけど、半分は理解できない。
夫婦といえども親子と謂えども異なる人格を持った人間なんだから、わかり合えてると思うな、理解してると思うな、過剰に期待をかけるな。その点については、その通りだと思う。
そうは言いながらも自身の家庭に対する鬱憤を晴らしているようで、なんというか‥‥気の毒に思えてしまう。
終戦の時小学校3年生だったと言うから、私の母と同世代だけど、家庭に問題はあったにせよ自身が恵まれた境遇にいることをわかっていない。勿論本人の才能もあったとは思うけど、女の子を大学まで行かせてくれる家に生まれついて、普通の人ではできない仕事につけた。この世代の女性にしては経済的に自立した存在だったでしょう。
同世代の一般の女性は子どものためと言うのも嘘ではないけど、離婚したくてもできない状況にあったことをジャーナリストなら捉えていてほしかった。親位の世代の人だけど、あなた青いわね。と言ってあげたくなる。 -
なんだか少し寂しいような気持ちになりました。
この本の著者:下重暁子さんは、敗戦という一つのキッカケによって、大きく価値観が変わってしまったあるいは変えざるを得なかったのだろうと思います。
たしかに日本では「家族」をあまりにも絶対的なものとし過ぎていてそのせいでがんじがらめになっている部分があると感じます。
それは3.11以降どんどん顕著になっているとも。
付かず離れずというのはなかなか難しいですね。
「個」という生き方と「家族」は相反するものではないと信じたいです。
そして言われてみれば、おかしなことだなと気づいたのが、夫のことを主人と呼ぶ文化です。
欧米などではジェンダーニュートラルが根付きつつある時代ですが、言葉一つ取り上げても日本はまだまだということなんでしょうか。
そして、下重暁子さんは連れ合いと独立採算制を築いているそうです。
そうすることによるメリットやデメリットなどについて、今一度自分の頭で考えてみたいなと思います。 -
久しぶりに読むのが辛い本でした。
中身がない。
タイトルに惹かれて、読もうと思ったのだけど
ここまで酷いとは。
期待したのは、家族もいうものを
客観的に見て、紐解いてくれる内容だったのに
ひたすら、著者が家族というものをどう捉え、
自身の家族観とそれがいかに自身にとって好ましいものではないかを語っているという。
この中では家族とは多種多用である、ではないの。
著者自身がうまく家族関係を築けなかった結果を、主観で延々愚痴ってるようにしか思えない内容なの。
そんなもの、他者であるこちらはどうだっていいの。あなたの家族に興味はない、て話。
ホント、がっかり。
評価に値しないので星☆無しです。 -
-
下重さん、自分とはずいぶん違う生き方をされているけれど、「自立してこそ」「固定観念にとらわれず快く生きられる方法を作り上げる」という思いは不思議と似通っている。
思いや理由のない集団で無理にくくると、「家族なんだから当たり前だろう!」とぶちギレないと対処できないシーンが出てくると思う。
そして力のない立場にいる人は、それに従うか事件を起こすしかない。
そこには、人権も何もない。
自分の奥さんや子供を、そんな立場にはしたくない。
成長しつづけるひとりひとりの人間として、お互い、違うところや同じところを楽しみあって行きたいと思った。 -
本屋さんで立ち読み半分、友人に借りてあと半分を読了
下重暁子さんのベストセラー新書『家族という病』
お書きになっていることは
つねひごろわたしの思っていること
「夫婦は他人」こどもは「育てている時だけ」
を言っているのではないかと
だからわたしは読まなくてもよかったのだけど(笑
さて
序章「ほんとうはみな家族のことを知らない」
当然でしょとわたしも思うけど
むかし母が
「××子(ばあチャル)は何を考えてるかわからない子!」
と嘆いたのをわたしは親不孝して悪いなあと思った時もあったので
親子は「通通」という呪縛はものすごく強力なのかもしれない
第一章「家族は、むずかしい」
第二章「家族という病」
第三章「家族を知る」
「家族を盲信する日本人」だという
典型的なのが「振り込め詐欺」にひっかかる家族
冷静さを失い、家族の恥は家族でと内々に処理したくなる
わたしも「それはありえん」と前にブログに書いた!
「一家団欒」と美化される家族
それなのに家族がらみの悲惨な事件は起こる
親殺し、子殺し、相続時のお金がらみの争いなどなど
どんな家庭にも確執はあるのである
「家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り」とおっしゃってるの
まあね、友人には送らない方がいいよね
と、読んでしまって言うのもなんだけど
問題提起というけれど、新しいことは無かった感想
個人個人を認め、気配り想像力を働かせ、冷静な対応
それが出来れば家族という他人と暮らすのもまたいい
と常々思っている -
テレビで話題になっていた
家族とは負のつながりである
というイメージを拭いきれない
親兄が亡くなってから伝える良いことは生前であれば至上であったろう
ネガティブを良しとするのは時代の流れか?-
2016/06/29
-
2016/07/09
-
-
子供が産まれる前に初めて読んで、子供達が夏休みで出かけている間に再読しました。家族と自分との関係性・距離を冷静にポジティプに捉え直すことができる本。
-
タイトルが気になって読んでみたけれど、この方の書いたものは二度と読みたくないと思った。著者が書いていることに、あちこちに矛盾を感じたし、思い込みが激しい人なのだとも感じた。
「家族というもたれ合いは好きではない」「家族ほどしんどいものはない」「(家族)団欒なる生暖かいものに浸っているとなんとも居心地が悪かった」「家族だけという甘えのだらしなさがいやなのだ」と「家族」というものを否定的にとらえているけれど、最終章の家族への手紙を読むと、それまでの主張と矛盾を感じた。
「家族はそんなに誇らしいものだろうか」と書きながら、自分の家族・身内自慢はする。
子どものいない数名の著名人のことにふれ、その著名人の奥さんが語った「〇〇家には子供がいないので、〇〇さんは家族ぐるみのつき合いのある家の子供をほんとうに可愛がった」との言葉が気になったという。曰く、「血のつながりはなくとも、心がしっかりと結ばれた家族を持っていたから、〇〇さんは個々の安定を保つことが出来たのだろう」。
もしその〇〇さんに血の繋がった子どもがいたら、また話は違ったかもしれない。
「知的な家族ほど消滅する」という主張も理解に苦しむ。
裏表紙に「家族の実態をえぐりつつ、『家族とは何か』を提起する一冊」と書かれているが、そんな一冊では全くなかった、私にとっては。 -
読んだのは2回目。
暗黙の了解で誰も言ってはいけない「理想の家族像」への批判を気持ち良いくらいにハッキリと述べているのが作者らしく好感がもてた。
たぶん理想の家族を築いている大方の日本人にはなかなか理解されない内容かも。典型的な日本の家族である私の親兄弟も、きっと共感できないかなと思う。
日本人は枠の中にはめておけば安心、家族を持てない人は何かしら問題がある、と決めつける節があるように思う。
愛がないなら家族ではないし、家族だからって語らずとも全部分かり合えるわけではない。わかりあう、愛を与えようと努力することで初めて家族が成り立つ。
それらができないならもはや家族ではない、という主旨には同感したし、私はこれから築くかもしれない家族になる人たちとはこの教訓を胸に接していきたいと思う。
ちょっと逸れるけど、生前の祖母が家族に対してたぶん無礼を働いた?わたしに「親しき者にも礼儀ありよ」と言っていたことをふと思い出した。
家族だからってなんでもかんでも許されるわけではない。
敬意と愛情をもって接することが大切。
2022.08.14 -
家族との縁も薄く、1人の時間を好む私と似ている点も多いけど
なんとなくギスギスした気持ちになった。 -
・著者の意見には大体同意するし、この本によって「家族という幻想」を抱きがちな日本社会に少なからず風穴を開けたという功績もありそう。
また、著者が80歳あたりで出版していることからも、長らく家父長制や家族という縛りに苦しめられてきた同世代あたりの女性読者には胸のすく思いもあったのではないだろうか。
・ただ、著者の主張する根拠というか論拠が、ほとんど「私」と「その周りの知人」のエピソードによるものなので、どうしても著者のお気持ち表明の本だな、という印象を抱いてしまった。(新書で出版されていたので、さすがに論拠のある本なのかなと思って読み進めてしまったので星2つ)
・「陸軍将校だった著者の父が敗戦によってその地位を失うが、日本の再びの上昇によってまた再び右傾化された考えになっていくことが許せなかった」というのが印象に残った。
「家族という病」というのもそうなのかもしれないが、著者の場合、そこに「敗戦という病」というのも混合されて、今に至るまで敗戦をずっと引きずっているがゆえの苦しみというのもあるのでは、と思った。それは日本人として、軍人を家族に持った人として誠実な姿勢でもあると思うのだが、ちょっと苦しそうとも思った。
著者プロフィール
下重暁子の作品

微風がちょうどよい」
賛同します。
私も帰省するたびに(1年に2回あるかどうかの
ことなのに)、
滞在3日...
微風がちょうどよい」
賛同します。
私も帰省するたびに(1年に2回あるかどうかの
ことなのに)、
滞在3日目には
くたびれてウンザリしている
狭量な自分自身に気付いて
そこにウンザリしてます。
親のこういう癖が目につくとか、
あーだこーだと。