他人を非難してばかりいる人たち バッシング・いじめ・ネット私刑 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (195ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344983908

作品紹介・あらすじ

マスコミやネット住民はバッシングが大好物。失言やトラブルによって「悪人」となった対象を見つけては非難するが、最近ここに一般の人も追随し、まるで国民総出のいじめの様相に。このとき、非難する側は必ず「正義」を振りかざすが、実は他人を傷つけて楽しむ心理も混在する。もともと、似た価値観を共有する日本人は、差異に対して敏感で嫉妬を抱きやすく、異物を排除する傾向が強い。さらに、適度に豊かな現代には空虚さが蔓延し、若者は悲観的で自信がない。現代人の心の歪みを、精神科医である著者が斬る!

感想・レビュー・書評

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  • 精神科医である著者が、閉塞感からくるネットの炎上やマスコミの加熱するバッシング報道について、日本人の特性や現在に至る社会変革なども交えて考察する。
    頷けることばかりで、うーむとなるのだが、明確な解決策があるわけでもない…ついこの前も吉本興業のお家騒動が加熱報道されたばかりだが、暫く日本の社会はこういった息苦しさを抱えたまま進んでいくのだろう。
    10代〜20代の若い世代が抱く、未来に対する希望も自己肯定感も低いという事実。先進国の中で最下層に位置するというのは、この状況を写す鏡であるのだろう。2019.8.9

  • みのもんた。
    朝青龍。
    沢尻エリカ。

    一世を風靡した有名人が、一つの出来事をきっかけに日本中から情け容赦のないバッシングを受け姿を消していく。

    その攻撃には、マスコミだけでなくインターネットやSNSなどの発展に伴い、誰でも参加が出来てしまう。

    攻撃対象を見つけては炎上を繰り返していく。

    最近では攻撃の対象は有名人だけでなく、一般人にまで広がっている。

    そして改めて思う。
    自分もその参加者の一員なのだと。


    人を攻撃している時に感じる、正義感による陶酔。

    指先一つで裁判官に、場合によっては神にすらなったように錯覚できる時代。

    ある日突然、誰もが被害者になり、加害者にもな
    る。

    大事な時間を費やし、「好き嫌い」で一時の憂さ晴らしをする。

    ちょっとした差異から生まれるジェラシー。
    攻撃することそのものが目的となる。


    不寛容で、再チャレンジがしにくい社会。
    若者が悲観的で希望が持てない日本。

    著者は、統計と精神科医としての経験から分析する。

    「日本ほど物質的に豊かな上に、便利で安全な場所は他にはない。文化的にも豊かだ。現代の日本に欠けているものがあるとすれば、それは『智慧』であり、『教養』である」

  • こないだの青森の市議の一件で、市議会の議長辺りが「めっ!」と怒れば済む程度のことwを、正義の味方面したテレビが鬼の首を取ったようにバッシングしまくっていたのを見ていて、なんだか無性に読んでみたくなった本。

    で、読んだのは読んだんですけー。
    読んでいて、なんだか文革時の密告社会のようでウンザリでした。
    あと、連合赤軍の「総括」も思い出して、嫌ぁーな気分に。
    この本に出てくるようなことって、たぶんそれらと全く同じ構造で起こっているんでしょうね。

    「義」は確かに大事だけど、「仁」はもっと大事なわけでー。
    「仁」を忘れた「義」ばっかりが横行している世の中なんて、息苦しいだけ。
    つまり、今の日本人にある閉塞感って、それこそが根本の原因なんじゃないの?

    憂さ晴らしに面白がってした私たちのバッシングを、マスコミやマスコミに出ている専門家と称する人たちが耳ざわりよく、かつ正しいことのように新たなマナーやルールにして。
    それを情報として、“これは正しいんだから知らなきゃ時代遅れ/非常識なんだぜ”と流す。
    その情報の耳ざわりの良さに私たちはそれを喜んで、あるいはカッコつけて受け入れる。
    やがて、それはスタンダードになり、スタンダードになったことで、今度は世間から強要されるようになる。
    気づけば、私たちはそんな新たなマナーやルールでがんじがらめになっている。
    そんな大人たちを見て、子供は自分の未来を感じとって、絶望していく…
    いや、そんなことは書いてないですよ(笑) 
    書いてないけど、ふとそんなことを思いました。

    とはいえ。
    そういえば、「オカルトクロニクル」というサイトに“現代においては一部の芸能人の方々が、『天狗』になったせいで神隠しになる”みたいな一文があったんですけどw、この本で紹介されていた例の中には神隠しにあってもしょうがないんじゃないのぉ~みたいな人もいるとも思っちゃったり(笑)
    つまり、この本に書いてあることを必要以上に「正解」としてしまうと、また新たなバッシングの根拠を作ってしまうことになるんじゃないかと…。
    ていうか、アイドルと芸人の顔見るのにウンザリで、最近テレビをめっきり見なくなったなぁ~。


    感想からは離れますけど、TVもネットも。最近はバッシング(の程度)の基準が、もはや全然デタラメになっているような気がしますね。
    タレントだか放送作家だか知りませんけど、彼ら/彼女らも叩かれるのが怖くて、何を良い/何を悪いと言ったらいいのか全く判断が出来なくなっているのではないでしょうか。
    つまり、ルール(法律)を犯した人(犯罪者)全くバッシングしないけど、マナー違反程度の人(気に障った人)は徹底的に叩きまくる、みたいなあの風潮ですよ。
    それこそ、仕事上で上司が部下を叱るのと、仕事外で上司が部下に明らかな暴力行為をするのを、どちらも等しく「パワハラ」という言葉を安直に使って済ませている、と言ったらいいんですかね。

    これも全然関係ないようですけど、堀江貴文って、個人的には、頭が良すぎて無責任にしか生きれない人というイメージしかなかったんです。
    でも、こんな世の中になっちゃったんなら、人なんて無責任にしか生きれないみたいな考え方も必要なのかなーと思いましたね。
    一冊、読んでみようかな。

    って、今回もほとんど本の感想なってない(笑)

  •  最近の、どうにも挙げ足取りな風潮に心底、嫌気がさしています。
     どうでも良いことに、イチイチクレームつけたり、炎上したり。
     例えば、ベッキーの不倫。当人たちで解決させればいいのに、全く迷惑もかかっていない人たちが、面白く盛り上げて。

     そんな事をイチイチ、ネット記事にする記者もいますね。(そんなのは記者じゃないけど)msnも最近ヒドイ。
    ブログで誰が何と言ったことで炎上→謝罪とか。誰々のSNS発言に誰々がSNSで応酬とか。
     
    そう言うのに、うんざりしてました。
     
    そんな所で、本書を知り読んでみた。
    精神科医の視点から、色々な考察が書かれています。

    読んで、「解決。スッキリした。」とはなりませんが、なるほどです。

  • 他人を非難してばかりいる人たち バッシング・いじめ・ネット私刑。岩波明先生の著書。他人のちょっとした過ちや失言をことさらに大きな問題に取り上げて、傲慢な上から目線で非難したり、バッシングしたり、いじめ・ネット私刑と思われるようなことをしたりするのは、多くの人が嫉妬感情や欲求不満を抱えているから。岩波明先生によると、それは日本社会特有の問題。ではそのような不寛容な日本社会に渦巻いている嫉妬感情や欲求不満を少しでも減らすためにはどうすればいいのかについても知りたくなりました。

  • 日本人の特性、ネット社会、SNS、メディアの取り上げ方、興味があることは人の不幸、炎上、等々、現代社会での現状を語る。匿名性の中で他人を吊し上げることで溜飲を下げることが一般化しているのか。著名人や公の立場の人はうっかり本音など言えたものではない。

  • 社会
    心理

  • 201607/

    国連児童基金(ユニセフ)は、2008年に先進国に住む子供達の「幸福度」に関する調査報告を発表した。
    子供の「主観的な幸福度」に関する項目の中で、「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の子供の割合は29.8%と、対象国の中で第一位で、ずば抜けて高かった。日本に続くのはアイスランド(10.3%)とポーランド(8.4%)だった。もっとも低いのはオランダの2.9%だった。
    このように、日本の子供における「孤独さ」は、先進国の中で際立って高い。この点は、これまでに述べてきた社会的な「まなざしの欠如」と関連している現象であろう。つまり、子供達を見守り、同時に縛ることにもなる、目に見えない社会的なルールや、インフォーマルなコミュニティが、希薄となっていることを示している。その一方で、子供達を縛る「規則」は多い。けれどもそれらは管理的なきまりであり、あるいは学校社会のルールやネット上での約束事であり、子供達の本質的な内面と結びつくものではない。/

    内閣府は、2013年度において、わが国と諸外国の若者の意識に関する調査を行った。その結果の一部であるが、「自分自身に満足している」という問いにイエスと答えたのは、日本の若者の45.8%にすぎず、欧米の若者の80%以上という回答と比較すると極端に低かった。
    このように、多くの調査の結果は共通性が大きい。具体的に言えば、他の先進国と比較して、日本の若者は、「孤独で、将来への希望がなく、自己評価が低い」のである。/

  • 【最終レビュー】

    ノンフィクション・図書館貸出。

    〈不寛容社会=NHK特集で放映されていた『テーマ』〉

    このキーワード検索から、以下の岩波さんの記事に目を通したのが、この著書を読むキッカケ。

    *岩波さんの関連記事より

    http://www.sinkan.jp/news/index_6177/1.html

    〈精神科医=医療の角度から〉迫った内容です。

    *第一章…世界が小さくなり、ぼくらは過激になっている

    *第二章…スキャンダルをショーとして楽しむ国民とマスコミの卑俗

    *第三章…はたして、マスコミの一般大衆はすべてを裁ける「神」なのか?

    *第四章…だれでも、突然「クレーマー」になる可能性を持つ

    *第五章…日本的な「嫉妬」が引き起こすもの

    *第六章…「規範」がないゆえに、他人に不寛容になる?―日本人の本質についての考察

    *第七章…日本人は世界的に見て「孤独で、悲観的で、自己評価が低い」

    *第八章…長きにわたりバッシングの苦しみの中にある雅子妃殿下

    改めてネットの世界は、思ってる上では広いようでも

    実質的そのものは

    [窮屈・不寛容]等の悪意が吹き荒れる

    [場所そのもの]であること

    岩波さんが書かれていた

    [今のネット社会における『異常事態』であることの『自覚』]

    を、今後常々、自分に言い聞かせないといけない『時代そのもの』になっていることを、痛切に肌で感じていました。

    『細心の注意をはらいつつ』利用していく中で

    [『デメリット』から見える『ネットの心構え』]

    を、今一度肝に銘じたいと思えた内容でした。

    ここで書かれている『渦の中』に

    〈『どんな事情だろうと、決して立ち入ってはいけないよ!』〉という、岩波さんからの

    [ネット社会における異常事態&最終警告灯]のような内容といっても過言ではないと言えます。

    既読済:中川淳一郎さん『ウェブはバカと暇人のもの』との

    『密接な関係性』にも鋭いメスが入っていましたし

    仮レビューでも書いた

    既読済:『大橋鎭子さん~』で

    坂東眞理子さん・タニアさんが書いていた内容との『キーワードを通しての関係性』にも触れられていたこと。

    《〈ネットはほどほどに!〉『ネット以外』に目を向けなさい!》

    と、念には念を押して頂けた著書でした。

    一部ですが、キーとなるメッセージを引用しながら終えます。

    〈[匿名性=『仮』]あらゆる情報は、サーバーに残される!]

    〈1人に話したことは、1,000人に話すのと同じ〉

    〈自己目的化〉

    〈『無関係な人達』からバッシングを『受ける理由』はない〉

    〈人格否定・人格批判=名誉毀損に近い〉

    〈品格・人格、自分たちはどうなんだ?『それほど「真っ白・品行方正」なのか?』〉

    〈ネットの炎上=心性・知的レベルを反映している〉

    〈日本人に欠けているもの〉

    〈勝手・誤った思い込み〉

    〈微妙な差異=嫉妬→競い合い〉

    〈多様性を受け入れない=不寛容〉

    〈無機質〉

    〈自分で『考える訓練』〉

    〈排他的事象・社会的病理現象〉

  • ☆☆☆【他人を非難してばかりいる人たち】(岩波 明)
    私たちの身の回りで起こっている個人に向けたバッシングの例を引き合いに出しながら、社会ことに、日本社会の特殊性を、精神科医の立場から説明しています。

    もう忘れてしまった近い過去の例が多かったのですが、あらためて目の前に並べられると、この異常さは同じ日本人でありながら気味悪く映ります。

    常にバッシングの対象となる者を探し、ちょっとしたことでいきり立ち、必要以上にその対象を痛めつける状況に対して著書は
    〜〜「バカでヒマ」なわれわれは、自らの現実に不満足になりやすい傾向を持ち、不寛容な心持ちで他人のアラ探しにセイを出しては、いっときのウサを晴らしている〜〜
    と描写する。

    以前、オーストラリアに一年間滞在して、成田の地を踏んだ時に感じた、言葉に表せなかった感覚を著者の文章は朧げに思い出させてくれた。
    〜〜日本人の大部分は、小児期から成人まで、好むと好まざるとにかかわらず、比較的同質の集団の中で生きていかなければならない。これは、多様な民族や宗教的背景を内部に持つ米国などとは、まったく異なる環境であり、「安心感」は大きいものの、様々な弊害も存在している。〜〜

    そして、日本社会の閉塞性がもたらすものとして
    〜〜近代化、都市化を進めてきた戦後の日本の歩みは、一方では、伝統的な社会を解体する試みでもあった。その作業は成功し、日本社会は先進国の中でもっとも現代的に変化することに成功した。
    しかし、それは当然ながら副作用を伴うものであり、社会のアノミー化(=無規範化、無秩序化)をもたらした。伝統的な規範を意味する「強いまなざし」は失われ、従来からの宗教的感覚の希薄さは、規範の喪失をもたらした。
    人生の選択肢は無数に存在し、それを妨げるものはごくわずかしかないのに、日本人は自分の人生を自分で考える訓練を受けていないため、何をしたらよいのかまるでわからない。〜〜
    このような社会の空気感が、バッシング・いじめ・ネットリンチの背景にあるという意見には納得をするが、新書という枠のため、分析が一方向に偏ってしまった感がある。
    今私がこの本を読み終わった時の、日本国のバッシングの標的は都知事舛添要一氏に当てられている。報道機関も、街角のインタビューも、誰もこの流れに棹さすことができないかのようだ。
    ベトナム徴兵を拒否し、チャンピオンの座を剥奪されたモハメド・アリが亡くなってから一週間。日本という国を操っているのは、何なのだろう。

    2016/06/09

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著者プロフィール

昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より現職。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『他人を非難してばかりいる人たち』(幻冬舎新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。

「2020年 『医者も親も気づかない 女子の発達障害』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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