日本の没落 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (309ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344985025

感想・レビュー・書評

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  • 東2法経図・6F開架 B1/11/501/K

  • これはちょっと残念。どこが日本の没落なのか。
    シュペングラーの引用ばかり、西洋の没落を氏が副読本としたイメージ。タイトルと内容が乖離すると少し残念。

  • シュペングラーとの比較論は邪道でした。❌

  • 明日、新しい時代である「令和」を迎えるにあたり、部屋の片隅に読みかけとして置かれていた本を一斉に整理することにしました。恐らく読み終えたら、面白いポイントが多く見つかると思いますが、現在読んでいる本も多くある中で、このような決断を致しました。

    星一つとしているのは、私が読了できなかったという目印であり、内容とは関係ないことをお断りしておきます。令和のどこかで再会できることを祈念しつつ、この本を登録させていただきます。

    平成31年4月30日(平成大晦日)作成

  • 「日本の没落」中野剛志


    ギリシャ・ローマ文化の魂は、感覚的に現存している個体の拡がりを理想型とするものであり、これを「アポルロン的」と呼ぶ。西洋文化の魂は、世界の空間と時間の限界を常に超越しようとし、永遠に際限なく成長を続けようとする「ファウスト的」と呼ぶ。

    非西洋世界は、文化水準の向上を伴わずに文明だけが進展した。非西洋世界のめざましい台頭とは、非西洋世界の西洋文明化であり、それは東洋の勃興ではない。その先には没落の運命が待っている。

    ギリシャ・ローマ文化は紀元前4世紀に、西洋文化は19世紀に文明へとシフトした。

    観光立国とは、世界史において繰り返されてきた没落の光景。

    女性はより現存在的であり、男性はより覚醒存在的。女性はより生命的であり自然に束縛されている。男性はより知性的でありより自由。

    文化とは、覚醒存在と現存在がバランスよく結合している状態。覚醒存在が現存在に対して支配的になると文明は没落する。

    文化の春夏秋冬
    春、、初期段階。政治形態は封建国家。封建領主の連合体。
    夏、、階級国家、王朝。私的な領域を超えた公的な権威が生じる。
    秋、、文化が文明に変わろうとする時期。国家がより絶対的なものへと近づき、階級に代えて「国民」という概念が生じ、国民国家が成立する。都市の時代の始まり。
    冬、、文明が没落し、都市は世界都市化する。市民は「大衆」へと堕ち、国民は消滅する。これがグローバリゼーションの真実。

    国家の健全性を担保し、国家の危機の際に優れた指針となるのは、成文憲法ではなく、不文憲法。

    18世紀以来、自分が社会の中で担っている役割を実感できなくなっており、人生の意味を失いつつある。

    技術や経済成長は、地球環境を破壊し、自律した生活を困難にし、所得水準の低下や失業をもたらし、ひいては技術革新や経済成長そのものすら鈍化させる。だが、それでもファウスト的人間はこれらの追求を止めない。なぜなら彼らは行為そのものが全てだから。

    ファウスト的人間は、引き起こされる結果には目もくれず、ただひたすら技術の進歩や事業の拡大に向けて邁進する。

    人間の技術が労働を軽減するというのは真実ではない。どんな発明でもさらに新しい発明の可能性を含んでいる。また、満たされた願望のどれもが他の無数の願望を目覚めさせる。そして、自然に対するどんな勝利も、もっと大きな勝利へとかきたてる。この中に安らぎ、幸福、享楽というものは見られない。

    貨幣が知性を破壊し去った後に、デモクラシーは貨幣によって自ら破壊される。

    経済には体系はない。あるのは相貌だけであり、この相貌を観る事が必要。

    文化の成長期には政治が経済に優ってくるが、文化が退潮し、文明の時代になると、政治は後退し、経済がせり出してくる。つまり、高尚な理念や名誉よりも物質的豊かさや享楽が重んじられる。

    政治が単なる経済的利益の追求と同一視されるようになると、デモクラシーはプリュトクラシー(金権政治)となる。

    無制限の政治献金、人材の回転ドア、金融業界の利益と国の利益を同一視する風潮が、ウォール街・財務省複合体を不動のものとした。

    政府が自国通貨建てで国債を発行している限り、その返済能力に制約は存在しない。なぜなら政府は企業とは異なり、通貨発行の権利を有するから。過去に返済不能となった国債はどれも自国通貨建て以外のもの。

    財政支出は貨幣供給量を増加させるが、貨幣供給量が過剰となれば過度のインフレが起こされる。従い、財政赤字の制約として考慮すべきは物価水準のみ。つまり、過度のインフレが起きない限り、財政赤字は拡大させてよい。

    財政制度等審議会は国債の信認が失われる事を懸念しているが、それは信用貨幣論という基本的な理解を欠いている為。

    通貨の価値を維持する為には、投資家がその通貨を資産として需要する必要があるが、そうなればその分支払い手段としては流通しなくなる。つまり、貨幣を資産として需要する事と、貨幣を支払い手段として流通させる事は根本的な矛盾がある。

    ユーロの設計者たちは投資家の需要を重視した為、慢性的なデフレ圧力を発生させる仕組みを内蔵させてしまった。

    デフレは債務者たる労働者階級を苦しめ、債権者たる金融階級には有利に働く。政治が金融機関に支配されると、経済政策は低インフレを最優先課題とする事になる。

    経済の金融化が進み始めた1980年以降から先進各国は低インフレを最優先し始め、財政政策についても、歳出削減など財政健全化という欺瞞が進められた。

    貿易の自由化、労働移動の自由化、移民の流入も、賃金や物価の上昇を抑える効果を持つので奨励される。グローバリゼーションは全般的にデフレ圧力を発生させる。

    財政健全化やグローバリゼーションはデフレ圧力を発生させ、一般国民に賃金水準の抑制や失業といった犠牲を強い、富裕層や金融機関が保有する債権価値は上昇し、恩恵を与える。これこそ、「独裁的貨幣経済」の姿に他ならない。

    有機体の生成するダイナミズムは、有機体の内部と外部環境の連関を視野に収めなければ理解できない。

    形態は動くもの、生成するもの、消滅するものであり、形態学は変化に関する、生成するものを理解する為の手法。メタモルフォーゼは自然のあらゆる微表を解明する鍵。

    有機体の生成を理解する為には、その有機体の原型を抽出し、その内部と外部環境との相互作用を観察し、その相互作用によって原型にどのような変化が生じ、どのようにメタモルフォーゼしてくのかを研究する。この手法は、「直観」と「比較」であり、「証明」ではできない。原型、すなわち本質とは直観的判断力によって発見するしかない。

    形態の原型を直観によって把握した後、個々の形態と典型とを比較する事で形態の変化の過程と多様性を理解する。

    形態学を人の精神に適用したものが観相学。人間の内面を外面から推し量ろうとする科学。人間の外面から内面を判断できる所以は、人間と彼を取り巻く環境との間に相互作用があるから。

    人間は環境の中にあって環境によって存在する生き物。

    世界を理解するあらゆる方法は形態学。機械的なものと拡げられたものとの形態学は、自然法則と因果関係を発見し、これを秩序づける体系学。有機的なものと歴史と生命との形態学、すなわち方向と運命とを自己の中に担っているものは全て観相学。

    世情に通じた人は、個人の格好、顔つき、態度、歩調、話し方、筆跡等から彼の人間性を理解する。歴史に通じたものは、国家、経済、戦争、芸術、科学、宗教、道徳といった文化の表面に現れた様式や象徴からその文化の内面を理解する。これが観相学。

    現実を理解するという事は、「成る事」と「成った事」つまり歴史理解と自然理解の両方を含む。
    両者を「成りつつあるもの」「完成されつつあるもの」として観るものは、歴史を体験するものであり、両者を「成ったもの」として観るのは自然を認識するもの。

    文化という原型はその内面に精神態を持ち、それをシュペングラーは「魂」と呼ぶ。

    歴史には「ただ一度だけ事実である」という特徴があり、自然には「絶えず可能である」という特徴がある。

    科学を学び、因果法則を知れば自然を認識する事はできるが、歴史の運命理念を直観するには眼識が要る。卓越した眼識の持ち主はほんの少数。

    自然認識は教える事ができるが、歴史を知る者は生まれてくる他ない。ただ一度で人間と事実とを把握し、その中に入りこむ。

    自然認識は労働であり、歴史研究は創造。体系学者は成った事を学んで知るだけであり、歴史家は、何かがどんなふうになるかを観るし、観察された相貌の中に成る事をもう一度体験する。

    悟性とは、個々の部分を識別し、分析する作用。理性は、悟性が識別した諸部分を相互に連関させ、内的な統一をたった一つの全体として認識する作用。形態学における直観と同じもの。

    精神科学が目指すのは、因果律ではなく構造連関の把握。設定すべき課題は、「なぜ」という因果関係ではなく、「どのようにして」という構造連関。

    文化は定住生活の為に働く知性から生み出される。人は土地という環境の中にあって大地によって存在する。土地と密接に結びついた生活に知性が使える時、文化が生まれ、花開く。

    偉大な思想家たちは偉大な実践家でもある。認識論は実際生活の重要な知識に他ならない。

    今日、より優れた哲学者は実験心理学の中にはおらず、発明家、外交家、財政家の中にいる。

    文化は自己完結的に発展し、どの文化にも始まりと終わりがある。

    没落する世界を生き残るには、徹底して懐疑し、執拗に批判する能力とそれを続ける精神力を身につける事。

  • 西洋の没落のことが現在をイメージしながら理解でき、読みやすい。
    過度な合理性批判は分かる。でもその先を自分の理解不足からかなかなかイメージできないような…もう一度読もう

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著者プロフィール

中野 剛志(ナカノ タケシ)
評論家
評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年
に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism) でNations and Nationalism Prizeを受賞。著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(ともに集英社新書)、『国力論』(以文社)、『真説・企業論』(講談社現代新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『富国と強兵─地政経済学序説』(東洋経済新報社)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(ともにベストセラーズ)などがある。

「2019年 『MMT現代貨幣理論入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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