ヤスパース (センチュリーブックス 人と思想 36)

著者 : 宇都宮芳明
  • 清水書院 (2000年発売)
3.67
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  • Amazon.co.jp ・本 (198ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784389410360

ヤスパース (センチュリーブックス 人と思想 36)の感想・レビュー・書評

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  • 第二次大戦の中、命の危機にさらされながらも、自らの実存と理性にしたがって哲学的信仰を貫いたヤスパース。真のドイツ的性質を持ち、真の人間性と真の平和を求めた哲人である。限界状況に立たされたとき、人間性を放棄せず、その中でも真の自由を求め続ければ、理性を越えた包括者・神とであう。その出会いにより自らの実存にたち、本当の生を生きる事ができる。

    キルケゴール、ニーチェの巨大な実存哲学者を意識しつつも、自らの本心を偽ることなく実存哲学を打ち立てていった誠実さに感動した。

    12/4/8

  • ヤスパース、この人物の軌跡はどうにも興味深い。彼は、哲学に興味を抱きながらも、医学を志し、その後、心理学、そうして最終的に哲学へと回帰する。医学、心理学、哲学、この流れはなんとも興を注がれる。というのも、個人的には臨床心理学と哲学とに興味を抱いているからであり、二十世紀という時代は、フロイトにしかりラカンにしかりフーコーにしかりと、精神病理学的思想が哲学にも心理学にも大きな影響を与えているからであり、そうしてヤスパースもやはりその一群の中に含まれるのだろう。つまり、影響を与えた側としてである。臨床心理学派の中にも若干特異的な位置づけとして、ヤスパースの流れを汲む現存在分析、実存心理学といったものが生まれている。メダルトボスやレインなどによって発展させられてきたものであるし、また、ロジャースなども現象学的アプローチをとっていることもあって、このあたりの人物は臨床心理にとっても重要であろうが、しかし、どうにもカウンセリングの先生たちは、「現象学」「現象学」とその言葉は連呼しても、現象学そのものについては語ってくれないのである。彼らが語るのは、「我々は主観なくしては世界を捉えられず、その意味で我々の世界は我々の主観というフィルターを通した世界でしかないのだが、とはいえ、それでは無数の主観が乱立することになり、我々はその間にそれを繋ぐ間主観性を要することによって互いに存立しうるのである」みたいなことくらいしか語っておらず、もしかして実は現象学が何であるのか知らないのではないか?といぶかしんでいたりします。ちなみに本著を読んでいて現象学との関連性についてはかなり曖昧にしか書かれておらず、そのあたりは消化不良。

    とはいえ、ヤスパースの哲学観にはかなり共感を覚える。彼は神を認める、けれど、彼が認める神は、全知全能的な神ではない。要するに、抉りに抉った後に何か超越者らしきものが、いるような気がする。彼はそこにこそ信仰を求めるべきだと述べている。だが、その信仰の具体的な内容は、その神とも神ともつかぬ超越者に絶対的に帰依服従することではなくて、理性によって抉りに抉ってその超越者へと思索していくことだと言う。その意味で彼はキルケゴールに近しいが、彼はキルケゴールよりもなお一歩進もうとしているようだ。逆にニーチェとはその超越者を認めるか認めないかによって立場が異なってくるが、実はその部分の差を除けば、ニーチェとキルケゴールは非情に近似しているというのは著者の考えである。また、ニーチェやキルケゴールにおいて理性と実存は対立するものとして考えられた。だが、その対立を相克する必要があろうとも考えられる。それがヤスパースの立場である。理性を突き進めることによって実存へと到達する。実存は存在に置き換えることもできなくはない概念で、それは人間にのみ認められるものとヤスパースは見ている。なぜなら、理性と思索を持ちうるのはヒトだけだからであろう。実存は物質を超えてその更に先に見えてくるものである。いや、真の物質性とも言えるのかもしれない。それだからこそ、精神である理性と相反すると考えられてきたのかもしれない。だが、俺は物質的な実存など非情に曖昧なものであるとしか感じられない。だって、物質的な実存なのに……という話である。むしろ精神的な実存こそが真なる実存であると俺には思われる。その点で、ヤスパースには共感を覚える。カントのような物自体とかそれこそがアプリオリ的なあるいは西田のようなアプリオリのアプリオリ的な超物質的な実存があるとも思われるのかもしれないが俺にはむしろ、超精神的な実存があると思う。そこを抉りたい。だが、ヤスパースと異なるのは俺の場合はその実存の先にある超越者と敵対するということだろうか。ヤスパースは信仰というけれど俺は信仰はせずに徹底抗戦をしたい。それが俺にとって生きるということだし、どうにも世界は反逆者を愛するように思われてならないのである。だって、反逆者こそが自分をもっとも愉しませてくれる存在であるのであるからして。

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