マックス=ヴェーバー (Century Books―人と思想)

  • 清水書院
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  • Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784389410780

感想・レビュー・書評

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  • 全体は3部で構成されており、第1部ではウェーバーの生涯と人物像が、第2部ではウェーバーの国民国家論、国民経済論が、第3部ではウェーバー社会学の方法論が、それぞれ解説されている。

    ウェーバーは、ビスマルク以来のユンカーによる労働者の支配がドイツの近代化を妨げる宿阿だと考え、近代的な国民経済の担い手となるべき労働者の利益を擁護した。ただし彼はこの問題を、労働条件の改善という経済領域の中に限定することに反対する。めざされなければならないのはドイツ社会の政治的成熟であり、彼はそうした観点から、労働者の自助原則に基づく労働組合の政治的役割に対する期待を表明している。「上からの」近代化によって労働者の保護を達成したところで、政治の主体は育たないのである。

    のちにウェーバーは、講演『職業としての政治』の中で、政治家が担うべき倫理は、自己の心情に忠実であることをめざす「心情倫理」ではなく、現実における結果の責任を負うべきだとする「責任倫理」でなければならないと主張する。こうした立場から、彼は、当時の若者たちを支配している革命の熱狂や心情倫理的行動欲求に対する批判をおこない、現実の中に踏みとどまって、断じて挫けることなく問題の解決を図ってゆく主体の姿を描き出したのである。本書の第2部では、こうしたウェーバーの思想が分かりやすく紹介されている。

    ところで、ウェーバー社会学の方法論に大きな影響を与えたのは、リッケルトら新カント学派の価値哲学だった。ウェーバーは、価値を前提とする社会学的認識は単なる主観的なものだと考えてはいなかった。彼は『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』の中で、社会科学的認識において「価値理念」という主観的なものと「思惟の規範」すなわち「論理学と方法論の規則」という客観的なものの果たす役割を区別する。研究の出発的では「価値理念」が規定的な役割を果たすが、それは当の研究の「観点」を定めるという役割を担っているだけであり、研究の進行においては普遍的な「思考の規範」にのみ拘束される。ウェーバーは、こうした客観的研究の主観的条件を「価値自由」と呼び、それぞれの観点から現実の中の特定の徴表が取り上げられることで「理念型」が構成されると考えた。本書の第3部では、こうした問題への見通しが与えられている。

  • 古い本ではあるが1章のヴェーバーの個人史及び2章の政治的思想はかなり読みやすく面白い。しかし一転して3章の思想については内容がかなり難しく、正直よくわからなかった。とはいえヴェーバーという人物に触れつつ、ビスマルク時代を経て第一次世界大戦終了時までのドイツを感じるのには適した良書。

  • まずこれを。

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