わたしたちの脳をどうするか: ニューロサイエンスとグローバル資本主義

  • 春秋社
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  • Amazon.co.jp ・本 (201ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393322239

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  • 様々な科学的知見から、もはや脳を古典的な「機械」、「展望のないプログラム」のようなものとして類推することは許されない。脳とは可塑的な機構であることが判明しているのだ。
    しかし、未だ多くの人が、この単的な事実=脳の可塑性を受け入れていないし、受け入れようとしない。それはなぜなのか・・・?
    マラブーの回答は、実にあっけらかんとしている。それは我々自身の生きる社会が一見すると可塑的なものであり、そのなかで生活しているから、見えなくなっているのだと言う。しかし、注意しなければならない。一見すると可塑的に見えるこの社会は、実は可塑的なのではなく、そのイデオロギー的な側面が強調された柔軟性の社会なのだ。
    それでは、「可塑性」「柔軟性」とはどういう意味なのか。ここが重要であろう。マラブーは語源的に遡る(この辺りは実にデリディアンな気がする笑)と「可塑性」(plasticite)には3つの意味があると言う。
    1.形を受けとる能力2.形を与える能力3.あらゆる形の消滅(爆発)
    すなわち、一方には「形にはなすという感覚的形象」の意味がありながら、もう一方で「形の消滅(爆発)」(プラスティック爆弾のプラスティック)があるのだ。後者の形の消滅(爆発)は、あまり注視されてこなかったが、マラブーは後者の爆発こそ重視する。そして、この二つの相矛盾する意味合いー造型と爆発ーこそが重要だとマラブーは力説する。
    他方で、「柔軟性」(flexibility)とは何か。これは「可塑性」の前者の意味のみを拾い上げたもので、現代のネオリベラルな資本主義形態にとって最も重要な概念としてこの「柔軟性」という言葉が要請されていることを説く(雇用・人材の流動性、組織の可変性と多様な人材などなど)。
    この柔軟性の蔓延が、脳が可塑的な機構であるという単的な事実を気付くことから阻害しているし、他にも様々な問題を引き起こしている。それでは蔓延する「柔軟性」に抵抗していく手立てはないのか。
    その抵抗の戦略としてマラブーが掲げるのが、先の「可塑性」という言葉のなかに相矛盾する意味合いが含まれている、その弁証法的な契機である(このあたりはよーわからん)。・・・

    「爆発を恐れるあまり、永遠の自己制御と、諸々の流れ、移動・交流のままにみずからを変えていく能力とを結合した柔軟な個人であることを拒否すること。諸々の流れをはね返し、自己制御の監視をやわらげ、ときには爆発することを受け入れること、これがわたしたちの脳についてなすべきことである。・・・「わたしたちの脳をどうするか?」と問うことは、柔軟性の勝利を称賛し、微笑みつつ頭を下げるしか取り柄のない従順な個人の支配を称揚するだけの政治的・経済的文化、そしてまた悲しむべきマスメディアの文化に対して、もちろん、そしてとりわけ、否と言う可能性を考察することである。」(pp.134-135)

    ラストはよくわからんかったが、脳の可塑性と柔軟性、脳の問題は極めて政治的な話で、かつてフーコーが問題視した、セクシュアリティ問題のような様相を呈しているという訳者解説も「なるほど!」と。非常に面白かった。

    ちなみに、ここ数年間、(少なくとも日本では)脳科学ブームとなっているが、これをマラブーはどう見るのでしょう。僕は不勉強で、この脳科学ブームには完全に出遅れていて、ほとんど何も読んでいないので、マラブーが批判するように、脳を機械/コンピュータのように類推しているのか、それすらわからない・・・。

著者プロフィール

(Catherine Malabou)
1959年、アルジェリア生まれ。イギリス・キングストン大学教授。ドイツ・フランス近現代哲学。主な著書に『わたしたちの脳をどうするか──ニューロサイエンスとグローバル資本主義』(春秋社、2005年)、『ヘーゲルの未来──可塑性・時間性・弁証法』(未來社、2005年)、『新たなる傷つきし者──フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』(河出書房新社、2016年)、『明日の前に──後成説と合理性』(人文書院、2018年)、『偶発事の存在論──破壊的可塑性についての試論』(法政大学出版局、2020年)、『真ん中の部屋──ヘーゲルから脳科学まで』(月曜社、2021年)、編著に『デリダと肯定の思考』(未來社、2001年)などがある。

「2021年 『抹消された快楽 クリトリスと思考』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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