フラジャイルな闘い 日本の行方 (連塾 方法日本)

著者 :
  • 春秋社
4.16
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本棚登録 : 185
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (429ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393333020

作品紹介・あらすじ

日本は何を失い、何を得たのか。「これまで」の祖国、「これからの」母国。津波と原発の波涛を越えていますべての人に伝えたい、渾身のメッセージ。3・11を予見させる「負の想像力-地震と枯山水」収録。

感想・レビュー・書評

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  • ☆2(付箋6枚/P429→割合1.40% 文字数加算+1)

    松岡正剛の8回に渡った「連塾」の7、8回目を収めた三冊目。
    いまなお私たちは、2.26とは何だろう、石原莞爾とは何だったのだろう、バブル、太平洋戦争、東京裁判、それは何なのか、答えを出せないでいる。

    “私たちはそういう現代史の日本から、いったい何を思い出しているのでしょうか。どんな面影を思い浮かべるべきなんでしょうか。昭和史ですか。満州の夕陽ですか。大正デモクラシーですか。それとも「明治」ですか。あるいは「江戸」ですか。もっと前でしょうか。私たちはその「面影日本」というものが、実はどこに拠点をおいていいやらわかりにくくなっているように思います。”

    それはただの歴史の一コマに過ぎない訳じゃない。今が積って歴史となっているのだから。

    “いったいどういう情勢の中にわれわれはいるんでしょうか。商品は溢れ、情報は好き放題に端末にとりこめる。だからそれでいいじゃないかと、本気で感じているんでしょうか。今日本はグローバル・スタンダードとコンプライアンスに骨の髄まで組み込まれたいと本気で願っているのでしょうか。だったらそれって、黒船とはどこがちがうのでしょうか。黒船でないとしたら、市場グローバリズムは世界の必然というものでしょうか。フランシス・フクヤマはそれを「歴史の終わり」と言ったわけですが、そんなことでいいのでしょうか。”

    その、日本の形とは何であるのか。日本のやり方、方法とは何だったのか。その一つが万葉からある「寄物陳思(きぶつちんし)」

    “万葉人はほとんど自身の周辺の風景から関心事を生け取ります。人麻呂も長屋王も防人も額田王も。ですから雪月花というのは、花鳥風月もそうですけれども、雪そのもの、月そのもの、花そのものじゃないんですね。雪は盆に活けるし、月は水盤に水を張って月を映し、花はもちろん手折ってきて差すわけですね。
    いまでも産地直送が日本で流行しています。もともと日本は広大な土地ではありません。水戸とか信州なんて東京から見てもとても近い。けれどもそんな近距離から何かをわざわざ取り寄せているということが大事なのです。気仙沼のサンマなのか大分のシイタケなのか、和歌山の梅干しなのかです。
    この「取り寄せる」ということ、それを万葉人は「寄物陳思(きぶつちんし)」と言いました。「物に寄せて思いを陳べる」ということです。…何かを取り寄せたということは、元の場所から手元にもってきたわけだから、その何か、花や月は別の新たなところに移ったわけです。たとえば花は一輪になって竹の花器に入り、それが床に掛けられた。そうすると、その花は元の場所の風景や記憶をブラウジングしてきたものであるとともに、そういう花に託した古来の詠み人たちの記憶もともなっているということになります。それが、いまここにあるわけです。”

    ***以下抜き書き**
    ・当時はほとんど財界・政界、そしてマスメディアのトップが戦争犯罪者になった。それからまだわずかしかたっていません。しかし、そういうことをしたあとに思い出せるものとしての「日本」とはなんなのか、その「日本」はどういう面影なのか。
    私たちはそういう現代史の日本から、いったい何を思い出しているのでしょうか。どんな面影を思い浮かべるべきなんでしょうか。昭和史ですか。満州の夕陽ですか。大正デモクラシーですか。それとも「明治」ですか。あるいは「江戸」ですか。もっと前でしょうか。私たちはその「面影日本」というものが、実はどこに拠点をおいていいやらわかりにくくなっているように思います。

    ・ちなみに日本の歴史では、そもそも法律文書には漢字とカタカナを使いますが、文化はもっぱら漢字と平仮名を使ってきました。文芸的なものはみんな平仮名がベースです。カタカナを使うのは漢文をフォーマルな文章としたときの名残です。
    いま、日本中で書道展が毎日、130ヶ所ほどで開かれているらしいですけれども、ところがカタカナを表現した書家というのはほとんどいない。これはちょっとおかしいことです。ということは、日本人はどこかで文化としてのカタカナというものを失ったんです。

    ・一つは、慕夏主義。二つ目は、水土主義。三つ目は、中朝主義。
    これはいずれも山本七平さんのネーミングですが、なかなかよくできているのでそのまま使います。しかも私はこの三つの「日本モデル」を日本はどうも今日までずるずる引きずってるんではないかというふうに思ってます。
    …「夏」というのは中国の幻の王朝のことです。最近では殷墟のような都市の遺跡が発掘され、彩陶といういろんな焼き物も発見され、とくに長江文明の研究が進んだので、「夏」も実在したのではないかと言われはじめてますが、この「夏を慕う」という考え方は長らく中国王朝の分母になっていました。
    ですから「慕夏主義」というのは、過去の偉大な国にモデルを求めていけばのちの王朝はつくれるという考え方です。これを日本も中国から受け入れた。奈良朝がつくった平城京モデルは唐の律令モデルを真似たものであり、その唐はさかのぼれば夏や周のモデルを想定したものでした。もっとも戦後の日本では「夏」が「米」という字になって「慕米主義」というふうになってますね。その前の明治維新の場合は「慕列強主義」でした。それは日本がつねに中国のような海外のグローバル・スタンダードにモデルを求めるという考え方の方程式があったからです。
    二つ目の「水土主義」は、仮によその国のモデルがよくても、日本の実際の風土に合わないのではないか、やっぱり自分の国の風土に応じたモデルをつくったほうがいいじゃないかという考え方です。抽象的な観念やシステムがすばらしくても、実際の土や水が合わない。だからこのモデルは「その国のよさはこの国には当てはまらない」という見方をもっています。いいかえれば、どんなモデルも日本的に改変したほうがいいというモデルです。これは熊沢蕃山などが提唱したモデルで、のちに貝原益軒を含めた日本の本草学や吉宗の国産物産論につながります。
    それから三つ目のモデルが「中朝主義」です。これは一言で言えば「中華」という思想を日本にそのまま移しちゃえというものです。

    ・けれども、そこに生じていったのが明治中期の領土拡張路線の選択であり、日清・日露の戦争選択であり、日韓併合の実現であり、そして満蒙問題の解決であったのです。
    それらはすべて欧米のロジックで説明できるようになっている案件ばかりです。大半が海外交渉力がモノをいうことばかりだし、勝てば勝利者が利益をぶんどるしかなく、敗ければ相手や同盟国の言うことを聞くしかないゲームです。でも日本はそういう競技に参画する意志を示す一方で、他方では、そこに皇国主義や国体ナショナリズムをくっつけて、五族協和や王道楽土の理想を組み入れた。
    それも不可能なこととは言えません。EUにカール・マルテル以来のヨーロッパの理想が入ったように、そういうことが選択されてもいいでしょう。けれど、それならそれでその説明ができなくてはまずかったのです。ところが、そのことを正面から取り組むべきその期間に、日本は軍部の抗争にかまけ、満州国の理想を自身で踏みにじって日中戦争にし、あげくに太平洋戦争の決定的敗戦に至ってしまったのですね。
    これでは、東京裁判による“裁断”がくだるのはやむをえないことになるでしょう。それが天皇の“聖断”を上回り、マッカーサーと天皇が一緒の写真として世界に公開されることもやむをえないことになります。しかしながらもっと大きな問題は、そのあとの日本がかつて努力してきた「日本という方法」によって、私たちの国の来し方行く末をつなげていくことを怠ったというほうにあります。
    このことを怠ったということは、いまなお「石原莞爾って何だろう」「二・二六って何だろう」「将軍と天皇って何だろう」「内閣と天皇って何だろう」という疑問に誰も答えられない現状をつくってしまっています。日本人は本来と将来をつなげる説明を、私たち自身の母国にあてはめることができなくなっていったのです。

    ・株主資本主義どころではありません。デリバティブといった「明日以降の確率的リスク」を証券化して、これを投資案件にしてみんなでポートフォリオを売り買いしようというんですから、これはいつのまにかお金が一番の「自由」になってしまったんですね。各国各地の年金組合の貯蓄がどんどんそういう案件に注ぎ込まれていることがわかっています。そこには祖国も租法もありません。
    …いったいどういう情勢の中にわれわれはいるんでしょうか。商品は溢れ、情報は好き放題に端末にとりこめる。だからそれでいいじゃないかと、本気で感じているんでしょうか。今日本はグローバル・スタンダードとコンプライアンスに骨の髄まで組み込まれたいと本気で願っているのでしょうか。だったらそれって、黒船とはどこがちがうのでしょうか。黒船でないとしたら、市場グローバリズムは世界の必然というものでしょうか。フランシス・フクヤマはそれを「歴史の終わり」と言ったわけですが、そんなことでいいのでしょうか。

    ・万葉人はほとんど自身の周辺の風景から関心事を生け取ります。人麻呂も長屋王も防人も額田王も。ですから雪月花というのは、花鳥風月もそうですけれども、雪そのもの、月そのもの、花そのものじゃないんですね。雪は盆に活けるし、月は水盤に水を張って月を映し、花はもちろん手折ってきて差すわけですね。
    いまでも産地直送が日本で流行しています。もともと日本は広大な土地ではありません。水戸とか信州なんて東京から見てもとても近い。けれどもそんな近距離から何かをわざわざ取り寄せているということが大事なのです。京都では「仕出し」のお店がいまでもたくさんありまして、何かの折には料理をそこから取り寄せるのですが、その仕出し屋さんはほんの5、6分のところです。祇園や先斗町などのお茶屋で食べる料理はすべて「仕出し」です。だから距離が問題なのではない。どこから何を取り寄せたのか、そこが大事なんです。今日もレストラン・オーナーの方も来ていらっしゃいますけれども、料理屋だってレストランだってどこから取り寄せたのかということが大事です。気仙沼のサンマなのか大分のシイタケなのか、和歌山の梅干しなのかです。
    この「取り寄せる」ということ、それを万葉人は「寄物陳思(きぶつちんし)」と言いました。「物に寄せて思いを陳べる」ということです。…何かを取り寄せたということは、元の場所から手元にもってきたわけだから、その何か、花や月は別の新たなところに移ったわけです。たとえば花は一輪になって竹の花器に入り、それが床に掛けられた。そうすると、その花は元の場所の風景や記憶をブラウジングしてきたものであるとともに、そういう花に託した古来の詠み人たちの記憶もともなっているということになります。それが、いまここにあるわけです。

  • 読んだけども、読みたい本が延々と増え続ける

    あと、なにかをつかんだようで何をつかんだのかはよくわからない
    それが松岡正剛の本



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    【要約】


    【ノート】

  • 騾」蝪セ繝サ譁ケ豕墓律譛ャ隨ャ荳牙キサ螳檎オ舌@縺セ縺励◆縲らエ?譎エ繧峨@縺?す繝ェ繝シ繧コ縺ァ縺吶?ょソ?ェュ縺?縺ィ諤昴>縺セ縺吶?よ收蟯。豁」蜑帛?逕溘?√☆縺斐>縺ァ縺吶?縲

  • 本書は、「方法日本=日本という方法」を探る全八講の「連塾」最後の2講をまとめたもの。「第七講では日露戦争から東京裁判にいたるきわめて壊れやすい出来事を扱い、第八講では私の編集的な見方と方法日本を、私(著者松岡正剛)の心的感覚をまじえてつなげよう」としている。「方法日本」とは、何かが喪失されたときに思い出される「日本の面影」のこと。明治以降、外からのクサビや規定のためにそれ以前の面影を思い出せなくなっているのではないか、そこにこそ現代日本の問題があるのではないかと説く。この「出会い」は運命かもしれない。私も

  • [ 内容 ]
    <1>
    衝撃の日本論!!
    つまらないニッポンに喝を入れる一途でパンクなセイゴオ流・高速シリーズ、第1弾。

    <2>
    山水ラディカル、侘び寂びアバンギャルド。
    「見えないもの」を「魅せる」、方法日本、究極の「負の想像力」。
    日本美術の見方が一変する。衝撃の日本論第2弾。

    <3>
    日本は何を失い、何を得たのか。
    「これまで」の祖国、「これからの」母国。
    津波と原発の波涛を越えていますべての人に伝えたい、渾身のメッセージ。
    3・11を予見させる「負の想像力―地震と枯山水」収録。

    [ 目次 ]
    <1>
    第1講 日本という方法 笑ってもっとベイビー無邪気にオン・マイ・マインド―外来文化はどのようにフィルタリングされてきたか(比良八荒を「次第」にこめて;正負を合わせるてりむくり;絶対矛盾の自己同一 ほか)
    第2講 神話の結び目 住吉四所の御前には顔よき女體ぞおはします―日本にひそむ物語OSと東アジア世界との関係(グローバル・スタンダードをめざさない;物語には「型」がある;モノに赴く物語 ほか)
    第3講 仏教にひそむ謎 重々帝網・融通無礙・山川草木・悉皆成仏―仏教的世界観がもたらした「迅速な無常」(東洋をコンピュータ化する;宮沢賢治と法華経;近代史のなかの法華経 ほか)

    <2>
    第4講 「文」は記憶する 目の言葉・耳の文字・舞の時空・音の記譜―インタースコアとインタラクティブシステムの歴史(並列する文化;インタースコアとしての日本;森林文化のメソッド ほか)
    第5講 日本美術の秘密 白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし―枕草子・枯山水・宣長・幕末三舟・イサムノグチ・三宅一生(梅窓院から日本を考える;「連塾」とは編集の場である;「好み」とは何か―椅子は奏でる ほか)
    第6講 「負」をめぐる文化 正号負号は極と極。いづれ劣らぬ肯定だ―引き算と寂びと侘び(夢窓・心敬から天心・九鬼へ)(「場」と「関係の発見」人は自然か、人工か;日本の健康状態;日本になったもの ほか)

    <3>
    第7講 面影と喪失 誰そ我にピストルにても撃てよかし伊藤のごとく死にて見せなむ―なぜ日本人は喪失をもって面影としてきたか(日本は何を失ったか―喪失の昭和史;思い出のなかのリアル;日本の「分母」はどこにある;ナショナリティとジャパン・マザー;グローバルvsローカルの境い目で ほか)
    第8講 編集的日本像 雪が舞う鳥が舞うひとつはぐれて夢が舞う(または一宿一飯の義理)―メディアステートとしての去来日本(“北の螢”はどこにいる―明滅する日本;「テ・ニ・ヲ・ハ」の方法論;“ぼくら”はコメの民族だ;エディティング・ジャパン―外来コードと内生モード;「型」のゼネレーション―方法日本「五つの窓」 ほか)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 祖国、母国としての日本の解説は右翼、左翼に関わらず大変にためになった。松岡正剛にしか出来ない仕事。博覧強記な人嫌いでない松岡正剛兄にしか出来ないセッションでした。

  • 第7講は明治維新からの近代史の総括。
    司馬遼太郎は日露戦争後から太平洋戦争の間を異胎の時代と呼んだ。最近は明治日本は元々侵略性を持っていたとし、司馬史観は疑問を持って語られることが多い。だけど、天皇の統帥権を人質にして日露戦争以降の関東軍の暴走が次々起こる、この時が転換点だったのではないだろうか。日露に勝利し、欧米の侵略から生き延びた、その時に日本はどういう国か、見定める必要があったと思うのだ。
    結局、五族協和などのスローガンも突き詰められることなく、侵略のカモフラージュになっただけ。

    日本を在り方で定めるのでなく、方法として捉えるという提唱。不思議と未だに古代と繋がっていて、色々なものを消化し表層は変わっていく、この日本。結論があるわけじゃないが、様々の言及や引用は素晴らしく刺激的だった。

    たとえば、藤森照信さんの建築って、方法日本じゃないかな。

    グレン・グル―ドは何となく苦手で避けていたのだが、逃げていてはいけないだろうな。漱石の「草枕」との話など、良く判らない処も多いのだが、その判らないことが気持ち良かった。

  • ようやく3巻すべて読み終わりました。

  • 第三回は昭和初期の歴史についてと松岡正剛さんの自身の人生についてを講演した内容を本にした一冊。昭和初期の歴史について自分自身関心があったので興味深く見る事が出来た。いままで松岡先生の日本文化や人文科学系統に対する知識はものすごいと感じていたが、ここまで昭和初期の歴史と思想をまとめて語る事ができるのには驚いた。戦前に関しては軍部に対する憧れと嫌悪という点でしかこの時代を語れない人物が多いのに対しここまで彼らの思想を分析しそれを語ることができるのは大変貴重に感じる。
    最後に河合寛次郎記念館に行く事を勧めていたが、私もこの記念館は気に入っている。今度また行きたいな。

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著者プロフィール

編集工学者、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。80年代に情報文化と情報技術をつなぐ方法論を体系化し「編集工学」を確立し様々なプロジェクトに応用。2000年「千夜千冊」の連載を開始。同年、eラーニングの先駆けともなる「イシス編集学校」を創立。近年はBOOKWAREという考えのもと膨大な知識情報を相互編集する知の実験的空間を手掛ける。また日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱し独自の日本論を展開。著書に『知の編集工学』『擬』『世界と日本の見方』『国家と「私」の行方』ほか。

「2018年 『千夜千冊エディション 情報生命』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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