チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学

著者 :
  • 春秋社
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レビュー : 61
  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393333716

作品紹介・あらすじ

香港のタンザニア人ビジネスマンの生活は、日本の常識から見れば「まさか!」の連続。交易人、難民、裏稼業に勤しむ者も巻きこんだ互助組合、SNSによる独自のシェア経済…。既存の制度にみじんも期待しない人々が見出した、合理的で可能性に満ちた有り様とは。閉塞した日本の状況を打破するヒントに満ちた一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    香港のチョンキンマンションに居を構えるタンザニア人コミュニティには、中古車ブローカー、難民、亡命者、不法滞在者や売春婦など、表の世界を堂々と歩けないアングラな人々が集う。しかし、そんな怪しい人々の中にも、表の世界と同じように「経済」が根付き、労働者組合を始めとした相互扶助のコミュニティが形成されている。
    ビジネスに必須である「信頼」「信用」が欠けている彼らの間に経済倫理は存在しうるのだろうか?存在するとすれば、いったいどのようなもので、何がそれを担保しているのだろうか?

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    本書の主人公であるカラマは、いい意味でも悪い意味でも雑な人間だ。遅刻は当たり前、雨が降ったら仕事をせず、毎日のようにネットサーフィンをして過ごす。
    だがそんな自分大好きな彼も、積極的にビジネスの情報を提供し、生活が困窮している同胞に手を差し出し、香港で死亡したアフリカ人を祖国に送還するための組合を結成している。
    こうした活躍ぶりから、「困ったことがあったら、チョンキンマンションに行ってカラマを探せ」と言われるほど信頼され、ビジネス目的で香港に渡る新参者はまずカラマに相談を持ち掛ける。カラマのアドレス帳にはタンザニアの上場企業の社長から政府高官、囚人、売春婦まで、多種多様な友人が登録されている。

    まさに「ボス」であるカラマが根城にしているのは、香港の九龍にある「チョンキンマンション」。そこでは多くのタンザニア人が寄り合って独自のエコノミーを形成している。
    そのエコノミーを支える理念は、
    ①「ついで」に助ける
    ②人をある部分では信頼しても、違う部分では信頼しない
    の2つである。

    1つ目の「ついで」とは、例えば帰国する友達のスーツケースの中に商品を詰めて、現地のバイヤーと取引をしてもらったり、家族へのお土産を渡してほしいと頼んだりすることである。大したことないお使いに思えるかもしれないが、輸送費と手数料、そして「機会費用」を浮かすための手段としてバカにならない。

    ビジネスの世界では「チャンス」をいくつ掴めるかが成功の鍵を握る。しかし、商品とは違ってチャンスは目に見えるものではない。カラマが手掛けている中古車ビジネスであれば、自分の手の届かない場所で状態の良い日本車が売買されていたり、アフリカから来たバイヤーが高額の買い付けを行っていたりするかもしれない。

    それら全てにアンテナを張ることはできないが、少なくとも、目下の売買であれば仲間内との協力のもとで利益を最大化できるかもしれない。商品を仲間に託し、帰る「ついでに」売ってきてもらう。取引先の解体屋で見つけたバイクの情報を「ついでに」シェアし、欲しがっているブローカーとマッチングさせる。
    ビジネスのネットワークは無数に増殖拡大する。その中で、人々がそれぞれの「ついで」にできることをしている。彼らは気軽な「助け合い」を促進し、国境を越える巨大なセーフティネットを作り上げているのだ。

    そうした「ついで」の経済にぶらさがっているのが、「偶発的で一時的な信頼関係」である。
    カラマがまさにそうだが、香港にいるタンザニア人は清廉潔白の人間ばかりではない。ヤクの売人、売春婦、密入国者、偽装難民など、脛に傷を抱えた者たちも大勢いる。
    そうした素性の知れない人間たちを、どうやって「経済取引」という「信頼性」に軸足を置いたシステムの中で機能させているか。

    その答えは、「ある部分では信頼し、違う部分では信頼しない」ことである。

    チョンキンマンションの住民たちは、「信用するな」と言いながらも、偶然に出会った得体の知れない若者を気軽に部屋に泊める。「奴は信用できる」とも「奴を信じていたのに裏切られた」とも口にする。他者の行為や人間性に踏み込まず、「彼/彼女には色々事情があるんだ」を合言葉としている。
    住人たちは「助け合う人間を区別・評価する基準を明確化すること」と「助け合いの基準・ルールを明確化すること」のどちらも行っていないのである。そのため、ある人物の別の面に全面的に信頼が欠如していても、特定の面において全面的に「信頼」することが往々にしてあるのだ。

    おおらかで寛大、とは少し言葉が違うかもしれないが、彼らは他者に対して大きく構えている。そしてそのことが、チョンキンマンションのエコシステムそのものを安定化させている。

    舞台はアングラな香港都市の中でもさらにアングラな場所なのだ。明日何が起こるか分からず、目の前の相手と急に連絡がつかなくなり、警察に逮捕されていることも不思議ではない。そうした環境では、「決めない」「約束しない」「信じない」ことが、かえって反脆弱的なシステムを生み出している。

    「私があなたを助ければ、だれかが私を助けてくれる」。
    これは彼らのコミュニティの根底にある原則だ。「ついで」に「誰かがやる」を基本とするささやかな助け合いの精神である。ルーズで不安定な環境だからこそ、こうした緩いモットーがみんなの結束を生み、コミュニティを強くする。

    筆者は、彼らのコミュニティを一種の「シェアリングエコノミー」と見なしている。

    従来のシェアリングエコノミーは、当たり前ではあるが、「経済活動である」ことが第一原則だ。「サービス・製品が満足のいく価格だった」「気軽に利用できた」という「所有しないこと/共有することへのコストパフォーマンス」をメリットと見ている。最近はモノだけではなく個人のスキルや時間をシェアするサービスも始まっているが、だとしても「有意義な使い方という価値」を前面に押し出しているのは変わらない。
    一方チョンキンマンションのエコノミーは、経済性が先にあるのではない。仲間との「互酬性」の上にお金の取引が乗っかっているのだ。
    誰かがただ乗りしようとしても、それを咎めることも防ぐこともしない。「それぞれの事情がある」と斟酌し、緩い繋がりの中で、自分が「ついで」にできることをする。その思いやりの応酬を繰り返しながら、エコノミーが発展していく。

    共有経済の最新版のようでもあり、昔のムラ社会のようでもある。そんな不思議なコミュニティがチョンキンマンションにはあるのだ。

    本書は文化人類学の専門家である小川さやか氏が体当たりで挑んだフィールドワークであり、彼女が語る現地の暮らしと経済は目を見張るものばかりであった。
    エッセイとして読んでも面白く、経済学として読んでも非常にためになる。
    まさに傑作。ぜひオススメしたい。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


    【本書のまとめ】
    0 まえがき
    チョンキンマンションのボスである「カラマ」は、香港とタンザニアの間のインフォーマルな中古車ビジネスの開拓者であり、15カ国以上のアフリカ諸国の中古車ディーラーとネットワークを持っている。毎日のように数多くの後続のタンザニア人が相談にやってくるし、タンザニアの上場企業の社長や政府高官など、多種多様な知り合いがいる。
    とは言っても、カラマはだいぶ適当な人間だ。遅刻は当たり前、雨が降ったら仕事しない、一日の大半をネットサーフィンで過ごす……。まるでビジネスマンに見えない彼が、どのようにして香港で成功を収めたのか。


    1 チョンキンマンションのタンザニア人
    香港のタンザニア人たちは、香港に留まって仲介業をする「長期滞在者(ブローカー)」と、香港を経由して本土での商品の買い付けをおこなう「短期滞在者(公益人)」の2つに大きく分けられる。他にも難民、不法滞在者がいる。
    チョンキンマンションに住むタンザニア人はブローカーである。アフリカから中国に来た公益人たちの便宜をはかるコンサルタントの役割をして、収入を得ている。

    香港のタンザニア人たちは、「みなそれぞれのビジネスをしている」「他人の人生は他人のものである」などと言い、あまり他者の生きかたに口を出さない。だが彼らは、「信用するな」と言いながらも、偶然に出会った得体の知れない若者を気軽に泊める。時には別の次元で「奴は信用できる」とも「信じていたのに裏切られた」とも言う。表稼業と裏稼業、ペルソナと素顔のように、別の面に全面的に信頼が欠如していても、特定の面において全面的に「信頼」することが往々にしてあるのだ。


    2 チェーン・マイグレーション
    チェーン・マイグレーションとは、先に香港でビジネスを成功させた親類や友人に交易の仕組みを教えてもらったあと、香港に渡航してビジネスを始めること。やり方を教えてもらったボスには後で返礼をする。


    3 タンザニア香港組合
    香港にいるタンザニア人たちは組合を結成し、不慮の事故で亡くなった人の本国送還などを行っている。
    一般的に組合活動とは、組合員どうしの相互貢献・相互扶助、すなわち「互酬性」を基盤として動くものだが、難民や亡命者、不法滞在者、売春婦たちで構成される組合で、互酬性論理は通用するのだろうか?言い換えれば、組合活動に貢献しない短期滞在者や、リスクの高い犯罪行為に手を染める仲間に対して、助けを施す必要がどこにあるのか?

    基本的に彼らは助言を求められない限り、他者のビジネスや行為に踏み込まない。「彼には色々事情があるんだ」が合言葉である。個々の実践、行為の帰結を他者の自己評価――「努力が足りない」「考えが甘い」――に結びつけて語ること自体をしない。現状を判断することがあっても原因を探ることはないのだ。
    彼らは「助け合う人間を区別・評価する基準を明確化すること」と「助け合いの基準・ルールを明確化すること」のどちらも行っていないのである。

    他者の「事情」に踏み込まず、メンバー相互の厳密な互酬性や義務と責任を問わず、無数に増殖拡大するネットワーク内の人々がそれぞれの「ついで」にできることをする「開かれた互酬性」を基盤とすることで、彼らは気軽な「助け合い」を促進し、国境を越える巨大なセーフティネットを作り上げているのである。


    4 ブローカーとしての仕事
    カラマのビジネス論理は、「扱いやすい人間にならないこと」である。
    業者にとって、カラマたちブローカーは客引きや販路開拓、売れ筋の商品情報の入手に関わる重要な顧客である。一方、彼らがカラマたちを使う背景には、顧客が信頼できないために発生しうる様々なトラブルへの懸念を、ブローカーを通すことで回避できることがある。
    カラマたちブローカー業とは、香港の地理や香港の業者のやり方・手口に不慣れなアフリカ系の顧客と、信用できる顧客を見極められない業者とのあいだの「信用」を肩代わりすることで、「手数料」「マージン」をかすめ取る仕事なのだ。言い換えれば、カラマたちは両者のあいだの「信用の欠如」によってビジネスしている。そのため、両者のどちらかに重きを置くということをせず、頼み事を安請け合いもしないのだ。


    5 SNSによるシェアリングエコノミー
    カラマたちは、InstagramやFacebook、What's upなどを駆使し、特定の顧客に車の写真を送って直接的に営業をかけたり、偶然見つけた売れ筋商品の写真と希望販売価格をSNS上に流したりしている。
    このSNSエコノミーを筆者は「TRUST」と呼んでいる。TRUSTに参加すれば、アフリカ諸国のブローカーは香港に渡航しなくても商品を探せ、相場を把握することができるようになる。
    また、TRUSTはブローカー同士の持つ商品と買い手の希望をマッチングさせ、すれ違いを防ぐ。また、投稿された車を買いたいが手持ちのない人間は、分け前を折半することで、クラウドファンディングのように小口の出資を募ることができる。
    これらは顧客や商品を獲得できなかった香港・タンザニアのブローカーにとっては生活保障の機能を果たす。販路が決まった取引に投資し、「おこぼれ」という形の共同利益が創出されるのだ。

    TRUSTのもっとも重要な機能はその名前のとおり、香港ブローカー全体に対する「漠然とした不信感」を担保しながら、そのつど特定の誰かに関する「偶発的で一時的な信用」を立ち上げる仕組みになっていることだ。
    労働者として半雇われの身になることを嫌っている彼らは、他のブローカーと共同経営することを好まない。そのような彼らが、客筋の不侵犯により緩やかなニッチを確保しつつも、商売のやり方・商品の情報を積極的に教授して、ライバルたちとの間で情報をシェアしている。自ら競争を激しくしていく行為にも見えるが、「ついで」に無理なく助け合うことで、香港の生活を成り立たせている倫理があるのだ。

    TRUSTの「信用」を担保しているのは、なんとカラマが日がな熱中しているSNS投稿だ。パーティーに参加する、華やかな服を試着した写真を撮る、日本人の女と肩を組む…などは、見せ方によっては、彼の業績が好調で信頼に足ることを裏付けるものだ。SNSに投稿するための写真や映像を集めるのは、「遊び」でもあり「大切な仕事」でもあるのだ。

    たまたま取引を成立させた者、偶然に「ついで」の機会を得た者が、偶然に必要とする者への要望に答えていくことで、輪郭の曖昧なネットワークのなかでモノやサービス、チャンスを回していく。経済性が先にあるのではなく、仲間との「互酬性」の上にお金の取引が乗っかっているのが、TRUSTの仕組みである。

    彼らは基本的に「自力で生きている」からこそ、本当に困ったときには助け合うという関係が成り立つ。ただ、両者のバランスはすごく難しい。


    6 商売と恋愛
    香港在住のタンザニア人男性には、複数の妻がいる者が多い。理由は2つあり、ひとつは彼らがイスラム教徒であるからだが、もうひとつは、香港人や中国人女性との結婚を通じて、香港・中国の在留資格を得ることを企図している者が多いからである。

    より直接的な性交渉と金銭のやり取りをする人間、つまり香港でタンザニア女性が売春したりパトロンしたりする「シュガー・マミー」「スポンサー」と呼ばれる人たちもいる。
    彼女らのターゲットは白人観光客や白人ビジネスマン。表の理由は羽振りがいいからであるが、裏の理由としては、観光客である彼らから盗みを働いても足がつきにくいからだ。

    彼らの関係性は、金品と性行為の交換を目的とする「援助交際」にも、はたまた恋人や夫婦にも、ビジネスパートナーにも、さらには助け合う家族のようにも見える曖昧なものである。

    相手が何者で何をして稼いでいるのか、なぜ良い人なのに悪事に手を染めているのか、なぜ親切にしてくれるのかという問いと切り離して、ともに関わり合う地点を見つけられるのは、彼らが「商売の論理」で動くからである。逆説的ではあるが、誰もが、「俺たちは金儲けにしか興味がない」と公言しているからこそ、気軽に助けを求められるのだ。


    7 チョンキンマンションのボスは知っている
    チョンキンマンションのボスの半生は波乱万丈だ。それでも不思議なことに、彼らの日常的な暮らしには、何かしら「ゆとり」のようなものが観察される。

    タンザニア人たちの香港生活は「互酬性」によって成り立っているが、互酬性とは難しいものだ。私が与えてくれたものと相手がくれたものを比較し、「どちらかが損をしている」と感じると、好循環の相互性はやすやすと、悪循環の相互性へと転化する。

    香港のタンザニア人世界が好循環のまま成り立っている理由は、「私があなたを助ければ、だれかが私を助けてくれる」という原則が根底にあるからだ。一種のシェアリング経済である。ところが、今日ひろく普及しているシェアリング経済は、誰かに負い目と威信を与えないようにする細やかな気配りではなく、評価経済システムによって「与える」「受け取る」「返す」がきちんと遂行できない者を排除することで、経済的な価値を優位に置くシステムである。テクノロジーが人々を結びつけた結果、メルカリ、ヤフオク、Uberなどは、誰かを評価し選別していくことが当然であるかのように機能してきた。そこに存在するのはタンザニア人世界とは真逆の、ユーザー同士の格付けシステムである。

    格付けシステムが確立されれば、信用スコアを獲得するための競争が始まる。しかし、特定のブローカーを「信頼できる相手」と「信頼できない相手」と仕分けるよりも、TRUSTのように、「誰も信用できないし、状況によっては誰でも信用できる」という観点に立って、一度裏切られても状況が変われば何度でも信じてみることができるやり方のほうが、本人の努力いかんに関わらず足を踏み外したり災難にみまわれたりする不条理な世界を生きぬきやすいのではないか。

    チョンキンマンションのボスは、「自分に都合よく他者や社会を意義付けることで、その相手から裏切られるという不確実性が存在すること」の重要性を知っている。相手を信じすぎれば不都合を招くことを理解している。
    チョンキンマンション社会の仕組みは洗練されていない。しかし、「偶然」と「ついで」に左右される適当なものであるからこそ、上手く回っているのだ。

  • チョンキンマンション。社会人になりたての20代の頃、なんとなく1泊したことがあって、怪しげな空気にビビりつつも素晴らしいネイザンロードの眺めと水回りの微妙さを堪能した記憶があります。
    路地にたむろするアフリカ系の人々もその空気づくりに一役買っていたわけですが、本著はまさにそのタンザニア人たちのアングラなコミュニティを題材にした、人類学者による「エッセイ」です。
    端的に感想を述べると、フィールドワークの読み物として面白いのですが、第6章や最終章の著者の考察を読んでいると、今後更にグローバルに広がっていくと思われる資本主義の評価経済の仕組みに対する「別の対抗軸」が浮かび上がってくるように感じられる、考えさせられる一冊でした。

    フィールドワークの部分は、良くここまで調べたなぁ…と思う対象群への密着ぶりで、ボスの現地妻的な扱いを受けて(しかもそれを本に書いて)しまうレベルの仕事熱心さはこちらが心配になるくらい。
    第4章に載っているインフォーマルな香港-タンザニア間の送金システムは、法的にどうなんじゃと思いつつも非常に無駄の無い仕組みで、面白いと感じました。

    著者の考察の部分は、まだ氷山の一角だけを示されたような感覚で、今後広く展開していく余地があるものなのかわかりませんが、評価経済と言われた時に一般的に感じる「信頼できない相手を排除する仕組み」ではない、ゆるーく、負担にならない繋がり方、その中で動いている互助の仕組みというのは、学ぶべき要素があるように感じました。
    こっちの方をもっと読みたいなー、と思ったら、著者が新書で「『その日暮らし』の人類学 もう一つの資本主義経済」を出版されてるんですね。読んでみようかな…。

  • ーー私たちは必ずしも「危険な他者」や「異質な他者」を排除しなくてもシェアができる(p.272 おわりに)

    ここを読んで、胸の支えがスッと取れた。
    「リベラルとは気前のいいことを意味する」ということを説きながら、一方で、ご自身が展開する「閉じた互酬性」の美しさを称揚する方がいる。それ以外の部分では非常に学ぶことの多い方で、私は大変に尊敬しているのだが、なぜ、その話になった時にだけ耳を塞ぎたくなるのかが、私自身、分かりかねていた。
    で、冒頭の引用文である。
    なぁるほど。

    最近、アフリカに関する本を複数読んだのと、河合隼雄先生の著書に触れたのもあって「河合隼雄学芸賞ってどうなのよ?」と思い、手に取ってみた。
    読みながら、西原理恵子さんとゲッツ板谷さんの『アジアパー伝』がしきりに思い出された。あそこまで破天荒じゃないけれど、カオスで逞しくていかがわしい魅力が満載。お行儀よくない文化人類学は大好物だ。
    そして、返還直後の香港に女4人で旅行した時のこともあれこれ思い出された。重慶大厦で友人が買った海賊版ビデオ『聖者の行進』は全く再生されず、おそらく無許可でカバーされたものであろう仮面ライダーのテーマソングは「せまる〜」というワンフレーズを放って停止した。コンビニかというくらい乱立するTシャツ屋、かと思えば、夕暮れ時になると街の角角で焚かれる線香。嗚呼、懐かしい。
    当時流行っていた厚底サンダルでメトロに乗ったら、現地の人たちに目を剥かれたのもよい思い出(身長165センチ+靴15センチ+アフロヘア10センチ)。

    そんな香港も、今、大揺れに揺れている。
    カラマさんは元気に稼いでいるんだろうか?
    こういう植木等の歌にあるような「開かれた互酬性」、ちょっと前までは日本にもあったらしいけれど、今はもう、昔話の世界になってしまったよう。それだけ「分断」と「不審」、「自己責任」の感覚を私たち日本人は内面化してしまっているということなんだろう。
    けれど、突破口はあると思っている。特に、ビジネスの手前にいる中学生や高校生たちに、その糸口を見つけようとする動きが顕著であるように思う。「ギブアンドテイク」のケチ臭さを抜け出して「Pay forward」へと向かっていくその動きを後押しするヒントがこの本にあるかもしれない。

  • 私にとってチョンキンマンションと言えば、沢木耕太郎の深夜特急である。
    緩くてついでで遊び楽しむ事で回る経済システム。
    そんな香港タンザニアの怪しいカマラ達と過ごす著者はどのような人なのだろうと思ってたら、来週の朝日新聞日曜版に載るらしい。

  • 面白かった。いろいろ違いすぎてそのまま即とりいれるのは難しいだろうけど、この先いろいろ変わっていかないといけない気がするので、学ぶ所は多いのではないかと思う。

  • 論文を分かりやすく噛み砕いてエッセイ風に仕立てたような本。
    現在の資本主義経済の行き詰まりに、贈与やシェアリングの視点から何かないかと言う風潮の中、それに近づきつつ、違った角度で、ついでの価値を問う。洗練されず適当でいい加減な香港のタンザニア人たちの仕組み、そしてチョンキンマンションのボスカマラ、本当に面白かった。
    小川さやかさんのバイタリティにも圧倒された。

  • 面白かったけど、これを理屈で説明するのは無理があるんじゃないのかな…
    理屈抜きの世界でしょう。

  • 全然知らない世界でした。タンザニアから来て中国で商売する。アフリカって貧困で子供が涙流してる姿ばっかり強調されてるけど、タンザニアとかインド洋に面してて古くから栄えてそうだということを気づかせてくれる本。著者の方大学の先生なんだが、こういう仕事楽しいだろうな。どうして私はこういうことができなかったんだろう。羨ましいな。

  • 全員ブルシットジョブでよかった(そんなことはない)

  • 香港のタンザニア人コミュニティの形態を考察している本ではあるが、その中に出てくる登場人物の魅力やストーリーも見どころ

    資本主義にこのタンザニア人コミュニティの特徴をうまく取り入れていけばいい感じになりそうだなと思った

    読みやすく面白かった

    個人的には香港に行ったことがあり、チョンキンマンションに泊まったこともあるのであそこにそんなコミュニティが存在していたのか!と少し驚いた。それと共に本の中の描写が明確に浮かんできて楽しかった

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著者プロフィール

1978年愛知県生まれ。専門は文化人類学、アフリカ研究。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程指導認定退学。博士(地域研究)。日本学術振興会特別研究員、国立民族学博物館研究戦略センター機関研究員、同センター助教、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授を経て、現在、同研究科教授。著書に、『都市を生きぬくための狡知』(世界思想社)、『「その日暮らし」の人類学』(光文社新書)がある。

「2019年 『チョンキンマンションのボスは知っている』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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