家族連鎖のセラピー―ゲシュタルト療法の視点から

著者 :
  • 春秋社
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393360613

作品紹介・あらすじ

個人で解決できない問題の背後に隠されている「秘密」とは?「今-ここ」の自分に気づくことで身心を統合するゲシュタルト療法の視点から、世代間に伝達される"愛情のもつれ"(=家族連鎖)を解きほぐす技法について、わかりやすく解説。

感想・レビュー・書評

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  • ある男性が「自分の子どもが不登校になっているので悩んでいます」と訴えました。
    その時のアプローチが、とても印象的だったのです。稲村教授は、その男性の家族の構成メンバーを聞きました。
    そして参加者の中から家族のメンバーの役割を担ってくれる人を選び、グループの前に出てきてもらいました。
    その人たちにそれぞれの位置に立ってもらったのです。その時に、家族が互いにどの方向に向いているのかという<方位>と、家族同士の互いの<距離>を尋ねて、そのように家族メンバーを配置しました。すると、グループの前に示された家族構成の配置は、驚くほどに、その家族の実態を<見せてくれた>のです。
    母親と小学生の娘は向かい合って互いに顔を見ています。距離もとても近い場所に立っています。中学生の男の子も母親からそれほど離れていない位置に立っています。彼も母親を見ています。妹の横にいます。兄妹は仲が良い関係であるのが見て取れます。
    しかし、父親であるその男性の役割の人は、家族の空間から離れて立っていました。そして彼の家族とは関係の無い方向を向いていました。一見して父親は家族の輪の中に入っていないことが分かりました。単純な方法でしたが、そのアプローチが示してくれたのはとても意味深いものでした。一瞬にして、その家族の構成がグループに理解できたのでした。父親は仕事の方を向き、家族に背を向けて立ち尽くしていたのです。

    私たちは二つの感情を持っています。一つ目は、個人の感情です。この感情は「私が楽しい」と思ったり、「私は悲しい」と感じることのできるものです。人と会い、「会えて良かった」とか「また会いたいな」と、個人の体験から生まれてくる心の動きです。
    二つ目は、家族構成のシステムから生じてくる感情です。家族は、そのグループ内だけに通用することばや価値観を持っています。外部の人たちに分からない家族の内部の秘密であったり、家族しか共有することのできない体験に基づいています。
    感情とは、人間にとってどんな意味があるのでしょうか。心理学や心理療法の世界でも、感情についてはさまざまな異なる立場で異なる捉え方をしています。ある特定の流派や理論では、感情を分析したり、意味づけようとしています。また他の立場の学派では、感情を「コントロールすべきもの」と考えています。しかし私は、感情はコントロールするものではなく、「表現する」ことにこそ意味がある、という立場をとりたいと思います。なぜなら感情には良い感情とか悪い感情ということはないからです。

    彼女は一生懸命に働いて、店を持つようになりました。人の何倍も努力したとのことです。それなのに<二人の私>がいて、いつも相手の<私>を非難するとのことです。一人の私は努力する人間です。一生懸命に働きます。するともう一人の<私>が、そんな自分を責めます。「もっと、ゆっくりしたらいいのに」「あなたはいつもセカセカ動いている」「落ち着きが無いわ」「だから私は身体がつかれるのよ」と文句を言うのです。そして実際、彼女は働きすぎで体調をこわし、倒れてしまったのです。
    ところがゆっくりしたい<私>の声を聞いて休んでいると、もう一人の声が「そんなことでいいの?」「あなたはなまけものね」「一人で生きていけないわよ」と責めるのです。ゆっくりすることも辛くなり、また頑張ってしまうのです。
    このような話しをしてくれた時、私は「その二人は本当にあなた自身なのですか」と聞きました。それというのも、どちらの<私>も相手を非難したり、責めているからです。そこで彼女にこんな喩え話をしました。
    動物や植物はけっして自分を責めたりしないし、そのような生き物はこの世にいないはずです。生き物は生きていることを常に謳歌しています。生命が楽しいと感じるから、自分の子孫を残そうとするわけです。生きる瞬間の喜びに浸ることができるから、自分の種を増やそうとするのです。人間も同じです。私たちは人間である前に生き物なのです。動物なのです。私は<私>を責めるために生れてきたわけではないのです。そのようなヒト科がいたとしたら、人間は子孫を残しません。きっとどこかで自分を責めてしまう何かを学んでしまったのです。

    私が心動かされたのは、人は何かあると、生まれた「家に帰る」ということです。
    (クモのような女性)

    家族という場の空間には、それぞれが<座る位置>が生まれます。その座る位置は<距離>と<方向>で示すことが可能です。一つは家族観の人間関係の深さや親密さを表す<距離>です。二つ目が互いの親密さや葛藤を表す<方向>です。

    ゲシュタルト療法家は、家族の関係をパターン化して理解しないように注意しています。「距離が近いから良い関係である」「距離が離れているから問題である」「互いの方向が反対だから対立している」。このようにパターン化することは、カウンセラーや治療者側の思い込みを引き起こすことがあるからです。

    ゲシュタルト療法を創設したパールズは、「私たちは身体を持っているというが、それが大きな問題なのだ」といっています。つまり私たちは「私」という人間がどこかにいて、身体よりも「私」という人間が本質的な存在であると思っているのです。

    脳で人が認識することを「経験」とか「体験」あるいは「記憶」と呼んでいます。しかし、最近の脳の研究で分かってきたのは、身体で経験したことを認識するのは新しい脳の部分(大脳新皮質)だということでした。人は外部からうけた刺激を神経で脳に伝達します。しかし、脳の新皮質はその感覚の刺激を直接受け取るわけではないのです。感覚を受容する脳内の各部位でこの刺激が受け止められ、その意味を新皮質で「認識する」のです。

  • どの心理学や心理療法の本を読んでも必ず、言葉は違えど必ずと言ってもいいほど表現していることは、「カルマ」とか「シンデレラ・コンプレックス」「負の連鎖」と言った、人の育つ過程・環境がどれだけ一人の人の人格に影響を与えるかということだと思います。
    この本はそれを家族連鎖という言葉で表現しています、著者は日本でのゲシュタルト療法の第一人者である百武正嗣さん。ゲシュタルト療法ではエンプティーチェアと言って、自分の中に取り込んでしまった"誰か"や"自分の一部"を椅子に座らせて、それと対話していくのだが、百武さんは家族連鎖を浮き彫りにするために、「家族の彫刻」と言って、椅子を家族分用意して、それを家族間の親密さとか距離感などを意識して、自由に配置する。そしてそこに一緒にワークをしている人がいる場合は、その人たちに実際に椅子に座ってもらって、それぞれの役割にあった姿勢や表情を実際にしてもらう。(「うちの父さんはいつも腕組みをしていたなぁ」という場合は父役の椅子に座っている人に腕組みをしてもらうなど…)そうすることで、家族を客観的に見ることができ、不意識に配置した椅子の向きや距離で自分との関係性も見えてくる。さらにそれを祖父祖母の世代にまでさかのぼって行くことで、代々引き継いできている連鎖が見えてくるという内容だった。
    僕も自分の家族や祖父母の家系図というものを面白半分で書いたことが、あるがそれを見ているだけでも、代々引き継いでいるがあるなぁと感じます。悪い遺産もあるし、いい遺産もあると思います。それはどこの家族もそうだと思いますが…。
    でもやっぱり大切なのは、それがいい遺産だと思おうが、悪い遺産と思おうが、それに"気づく"ことだと思います。いい遺産はそれを作ってくれた家族に感謝し、悪い遺産は「自分はそうゆうところがあるなぁ」とか「これをどうやったらいい方向に活かせるかなぁ」という解釈の転換をすれば、もっともっといい遺産になると思います。そうい意味では悪い遺産なんてないと思いますが(笑)

  • 請求記号:146.8/Mom
    資料ID:50067390
    配架場所:図書館1階西 学生選書コーナー

  • 家族が創りだす二つの感情。「個人の感情」と「家族構成のシステム
    から生じてくる感情」があり、家族はそのグループ内だけに通用する
    言葉や価値観を持っている。その家族しか共有できない体験にもとづく。

    感情はコントロールするものではなく「j表現する」ことこそ意味がある。
    「今・・ここ」の自分がどのような〈経験〉をしているのかを教えてくれる
    ためにある。

    という考えのもとに著者がゲシュタルト療法を知って
    「もしかしたら本人が葛藤していつ心の問題は、その本人の問題
    ではなく、本人が所属している家族メンバーが世代から世代へと
    受け取ってしまった〈未完了〉な心の問題なのかもしれない」

    そして本人が「これは自分の問題ではなく、引き継いでしまった、
    家族の問題である」と視点を変えることが可能で、ワークをとおして
    葛藤が消えていったそうです。

    知らず知らずに自分自身ではない問題まで取り込んで苦しんで
    いるのかもしれないのなら、知ることでもっと楽に生きていける
    のかもしれないと思わされた1冊でした。

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