ミルトン・エリクソン心理療法: 〈レジリエンス〉を育てる

  • 春秋社
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393365304

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  • ☆4(付箋22枚/P405→割合5.43%)文字数加算1。

    付箋割合が5.5以下は☆3としているのですが、付箋平均で文字数が多いのと、エリクソンを分かりやすく体系立ててくれている良い構成なので、1つ加算。

    ミルトン・エリクソンは催眠療法と、強力な行動療法で知られるセラピスト。ポリオによる麻痺の障碍があり、人の仕草や体の使い方への鋭さが恐ろしいほどの人です。

    関節炎で片方の親指しか動かないと車いすで愚痴っている患者に、動く親指の運動が足りないと挑発し、患者が親指の運動など何の役にも立たないことを証明してやると憤って親指を動かしているうちに、少し周りの指が動くようになって・・
    とか、
    一分に一度チックを起こす患者に、原因を知るためにと言って一分に二度、三度とチックを起こすよう指示する(患者は大抵嫌になるが、症状を増やせる=減らせる、なのである)
    とかのテクニックの創始者として伝説的なのです。

    その技法を、
    ①注意のそらし:想定外の展開は自己破壊行動を妨げる。
    ②分割:すべてを正すことができないときには、修正できるものをもつといい。
    ③前進:あらゆる病気を治すというのは不可能だが、苦しんでいる人のためにできることは必ずある。
    ④暗示:あらゆる問題解決は、変化は可能だという考えから始まる。
    ⑤新たな方向付け(リオリエンテーション):その人の心理的問題が複雑であればあるほど、シンプルな解決法を発見する機会は増す。
    ⑥利用:その人を変化させようとすると反感を助長するが、機会を提供するのであれば、こちらのエネルギーが消費されることはない。
    に分類して、それぞれのシーンに応じて事例を載せてくれています。

    既存の行動と信念を、患者が変わりはじめられるような形で使う、心理療法とは学びのプロセスである。

    ***以下抜き書き**
    ・過剰な専門用語を暗記しても、細部の曖昧な分析に夢中になっても、こうした出発点に立つことはできない。健康と癒しの根本的な力学を正しく認識してこそ、それは可能となる。したがって、本書はそこから始めたいと思う。
    心理療法の強力なテクニックは、より広範な理解から生まれるものだが、そうした理解を自分のものにしないで、テクニックだけを使うこともできる。しかし、そういう状況で得られる成功はたいてい熟練の洞察力によるものではなく、偶然によるものである。

    ・関節炎の男性にとって、出た結果はすばらしいものではあったが、関節炎が完治したわけではないことを明確に理解しなくてはならない。それどころか、ある特定の帰還においては、症状の強さは、最初にセラピーを受けにやってきたときと変わっていない。しかし、彼がもはや肢体不自由者ではなくなったという点で、セラピーは大成功であった。正しく理解すべき第一の重要ポイントは、完璧はセラピーの適切な目標ではないという点である。
    (11年激痛に伴う関節炎で頭と片方の親指しか動かせない状況だったクライエントに、エリクソンは“運動不足”だと言った。動かせる親指を毎日動かさなければならない。クライエントは、「そんなことをしてもくその役にも立たないことを証明してやろう」と家に帰ったが、親指を動かす練習をしているうちに、他の指が少し動く事に気づき、、一年後には小屋のペンキ塗りができるまでになった。)

    ・2003年のツール・ド・フランスの第一ステージでタイラー・ハミルトンは衝突事故に遭い、鎖骨を骨折した。そして、激痛にも拘らず、最後まで走りとおして、第4位に入っている。この驚くべき偉業はいかにして成し遂げられたのかを問われると、ハミルトンは、痛みを受け入れられるようになったからだと答えている。いったん痛みと闘うのをやめると、姿勢やバランスが思考に必要な調整が行えるようになったのだという。これはたぶん、エリクソンが融通の利かない頑固さについて、心理療法で扱うもっとも一般的な問題だと説明したときに伝えようとしたことであろう。

    ・もし人間の思考が今まさに生じつつある現実と緊密に結びついているとしたら、変化は生じうるという認識こそ、最重要ポイントとしてセラピーで伝えるべきだというのが、唯一理に適った考えである。
    「患者のなかに、若干の失敗を受容する達観を生み出すのである。いかに治療が成功しようとも、きわめて遺憾ながら、かけた治療時間の10%は失敗に終わるだろうということを、まずはそれとなく、無力な患者に伝える。そして次に、かけた時間の10%が失敗に終わることを非常に残念に思っていると明確に伝える。しかし、実際に患者に伝えているのは、かけた時間の90%は成功するだろうということである。

    ・エリクソンは彼女が属する核家族の外側にいる人間として、彼女の浅黒い肌を、とても特別で甘くてスパイシーな「ジンジャーブレッド」に喩えて、別格のものとしたのである。兄たちは彼女ののもつ差異の肯定的な状況を羨みさえした。
    (エリクソンの娘夫婦には小さな息子が二人いたが、さらにベトナム人の赤ちゃんを養子にした。それは当時大変まれなことだった)

    ・エリクソンは仕事を始めて間もなく、心理療法が学びのプロセスであることに気づいた。

    ・治療上の刺激に対して患者がどのように反応しようとも、そこには必ず、患者を関与させる別の機会が生じる。方向転換が必要になれば、患者の内部に以前からある動機づけの力に訴えなくてはならない。これはテニスを喩えに説明することができる。飛んでくるボールをラケットが受けるとき、ラケットには、飛んでくるボールの方向や速度をコントロールする力はない。しかし、ラケットをわずかに上か下に傾けると、ボールはまったく違う形で反応する。適切な方向にボールを打ち返すには、テニスボールの特性ではなく、ラケット面のコントロールに集中しなくてはならない。

    ・心理療法のあらゆる努力の背後にある第一の目標は、患者の意思が決定した目的を達成するために、未だ認識されていない能力を活性化するべく刺激を与えることである。

    ・この六項目の説明は、ミルトン・エリクソンが教えたもっとも重要な教訓を反映している。
    注意のそらし:想定外の展開は自己破壊行動を妨げる。
    分割:すべてを正すことができないときには、修正できるものをもつといい。
    前進:あらゆる病気を治すというのは不可能だが、苦しんでいる人のためにできることは必ずある。
    暗示:あらゆる問題解決は、変化は可能だという考えから始まる。
    新たな方向付け(リオリエンテーション):その人の心理的問題が複雑であればあるほど、シンプルな解決法を発見する機会は増す。
    利用:その人を変化させようとすると反感を助長するが、機会を提供するのであれば、こちらのエネルギーが消費されることはない。

    ・行動の詳細な分析を行うには、先行事象、行動、結果の三要素を見きわめなくてはならない。行動を修正するために、臨床医は先行事象か結果、もしくはその両方を変えようと試みる。
    たとえば、ショートは最近、駄々をこねる息子に悩まされている母親を目撃した。公園で過ごす間に、母親はしばしば、強行するつもりもないことを息子に頼んでいた。「ジョニー、そろそろおうちに帰りましょ。公園の遊びはおしまいね」。すると、予測可能な行動が発生した。息子は地面にひっくり返り、手足をばたばたさせながら泣き叫びはじめたのである。母親は参って、「泣くのをやめるなら、あと15分ここで遊んでいいわ」と息子にいった。駄々をこねた結果、ジョニーは自分の望むものをさらに与えられた。母親は、みっともなくも駄々をこねられて、今後は自分の思いを主張するのがもっといやになっただろうと想像がつく。こうして、次に駄々をこねられたときの先行事象となる。行動をこのように詳細に分析して初めて、いつまでも終わることのないこの悪循環を脱する手段が明らかになる。

    ・エリクソンのワークのユニークな一面は、なぜ問題が存在しているのか、何が原因で問題が発生していたのかを必ずしも知る必要はないと考えていたという点である。エリクソンは、多くの行動的問題は行動の習慣的パターンに過ぎず、元の目的はもはや失われていると考えていた。
    …また、エリクソンは行動主義者とも異なり、あらゆる行動は状況が規定する機能を果たすという考え方はしていなかった。ある行動に関する具体的な状況的先行条件はよく探していたが、必ずしも自前の環境的結果事象を、行動を維持する第一の力とは見ていなかった。代わりに、その行動のもつ主観的な意味を理解しようとした。エリクソンが説明するように、「行動は、当人に役立つ目的に照らして判断しなければならない」

    ・たとえば、偏頭痛との取り組みで、エリクソンはそれが確実に10日置きに、しかも午前中に起きると知ったとしょう。その場合、彼なら、その発生を1~2時間遅らせようとするかもしれない。頭痛がいつも左目の奥で発生しようとするのなら、発生部位を変えようとするかもしれない。頭痛がいつも丸々5時間続くのなら、それを4時間55分に減らそうとするかもしれない。

    ・少年は見た目にわかるほどほっとした様子だった。死や呼吸停止をどれだけ恐れているか詳しく聴きたいといわれたのはこれが初めてだったのだ。…エリクソンは「ねえ…恐怖のことを話すと、呼吸が前より楽になるね」と指摘した。少年はそのとおりだと認めた。そこでエリクソンは続けた。「きみのぜんそくの原因だけど、一部は恐怖で、一部は花粉だってこと、わかってもらいたいんだ。飲んでいる薬は、花粉が原因のぜんそく用だね。それはちゃんと飲むんだよ。ところで、たとえば、きみの今のぜんそくを100%だとして、もしわたしがそれを1%減らしても、きみはその変化に気づかないだろうね。でも、そのとき、きみのぜんそくは1%減っているんだ」
    …エリクソンはそのあと、今後少年がこのぜんそくをどれだけ残しておくつもりかについて、少年と話し合った。「5%…それとも10%…いや20%…あるいは30%…いやいや40%かな?」少年はきっぱりいった。「花粉からくるぜんそくは20%にしておきます」
    こうして、少年は吸入器の使用を以前より80%少なくする自由を得た。

    ・若い女性がエリクソンの診療室に入ってきて、彼をにらみつけた。予約を取ったのは彼女の夫だった。エリクソンは彼女に挨拶して、「もしわたしがここでたったのひと言でも間違った言葉を口にしたら、あなたはわたしに平手を喰らわせて出ていくだろうと、ご主人から伺っています」といった。彼は真剣な口調で、「ひとつだけ、困っていることがありましてね…どちらに身をかわしたらいいか、わからないんです。あなたは右利きですか?それとも左利きですか?」と続けた。
    …何にもまして明確に認識すべきは、エリクソンが<暗示>を戦略的に利用するのは、患者を支配するためではなく、患者のエネルギーを集中させ、その消費を方向付けるためであったという点である。

    ・彼女は息子の手にできた大きなイボを取ってもらおうとしていたのだという。小児科医がいろいろと手を尽くしてくれたが、うまくいかなかった。イボは、治療するたびにまた出てきて、しかも次第に大きくなっていった。小児科医は最後の手段としてヒプノティストのところに連れていってみてはどうかと彼女にいった。
    彼女の説明は続いた。「息子はまだほんの8歳でした。これから起きることに怯えてほしくなかたtので、毎晩ベッドに入る前に、優しい人が土曜日にあなたとお話をして、イボを消してくれるからね、と息子にいいました。わたしたちは指折り数えてその日を待ち、いよいよ予約を入れてあった土曜日になったのですが、その日の朝、息子を起こすと、なんとイボは消えていたんです!」
    …「あなたは、ほかの人が息子さんに催眠を行うのを見られませんでした。ご自分でしてしまったんですから」とわたしはいった。彼女が相変わらず困惑した顔をしているので、わたしはさらに説明した。「あなたは息子さんにいいわすれたんです。土曜日にその優しい人に会ってイボを取ってもらうまで待ちなさいね、って」

    ・ある日学校から帰ってくると、エリクソンの患者のひとりが前庭の芝生に座っていた。何をしているのか訊ねると、彼は応えた。「エリクソン先生がいったんだよ。緑の草を創っているいろんな色合いが全部見えるまで、前庭に座って芝生を見ていなさい、って」
    そこで、ベティ・アリスはその若者と一緒に腰を下ろし、さまざまな草の葉をじっくり調べ、葉の表と裏でどんなに色合いが違っているかを学んだ。時間はあっという間に楽しくすぎていった。エリクソンは、患者の宿題について訊ねられても、何も答えなかった。
    それから何年も経ち、情緒不安定の青少年について専門的な話し合いをしていたとき、ベティ・アリスは再びエリクソンに、あの青年とあの宿題のことを訊ねた。エリクソンは当ててごらんといった。ベティ・アリスはその男性が薬物中毒だったことに気づいていた。そこで、あれは、日常生活のなかの楽しみに気づくきっかけ―すなわち、ハイになるのに薬物は必要ないという洞察―を彼に与えようとしてのことだったのだろうと推測した。青年はあのエクササイズに助けられて、生活のなかには無限の多様性と喜びがあること、しかし、そうした楽しみや喜びを実感するには、まずそれらに気づかなくてはならないということを悟った。エリクソンは彼女の洞察を笑顔で認めると、こういった。
    「足を止めて、バラの香りをかいでごらん」

    ・人がいかに自分の知的な考えを守り、そのことについていかに感情的になるかを理解したら、、心理療法でまずすべきことは、観念の作用を変えるよう相手に強要しようとするのではなく、それと歩調を合わせ、ゆるやかにそれを変えていき、相手が自ら進んで思考を変化させたくなる状況を創り出すことである。

    ・たとえば、エリクソンの診療室に引っ張ってこられた子供が、部屋のまんなかに残されて、声をかぎりに泣き叫んでいたことがある。エリクソンは、子供が息を吸い直すために泣くのを中断するのを静かに待っていた。そして、泣くのを中断した一瞬を使って、エリクソン自身が大きな叫び声を上げた。子供は仰天した。エリクソンは、「さっきはきみの番だった。今は、わたしの番だった。さあ、またきみの番だよ」といった。エリクソンと子供は何度か代わる代わる叫び声を上げたあと、次は、叫ぶのではなく、順番に話をすることにした。

    ・学校で成績の振るわない学生に話すとき、エリクソンはよく、「どれだけ学ぶかを決めるのはきみの権利だから、きみが学びたいと思うこと以外、ひとつたりとも余計には学んでほしくないとわたしは思います」といっている。
    …内気な患者と話すときには、「気楽に話せない秘密は、何ひとつ私に話してはいけません」とよくいった。情報の共有がいかに難しいかについて考えさせるのではなく、自分が何を話したいと思っているかを患者に考えさせるのである。

    ・治療的ダブル・バインドのエレガントな例は、エリクソンとある少年との次のやり取りのなかに見ることができる。
    「お父さんとお母さんは、きみにね、ジミー、爪噛みをやめなさいって、ずっといってきたよね。けど、お父さんもお母さんも、きみがまだったったの6歳だってこと、わかっていないようだね。それに、きみが7歳になるちょっと前にごく自然に爪噛みをやめるってこともわかっていないようだ。いや、本当にそのことをわかっていないようだ!だから、お父さんとお母さんが爪噛みをやめなさいっていったら、とにかく知らんぷりしなさい」
    …エリクソンが、両親を無視しつづけるというジミーの行動に治療の達成目標を付随させたのは、ほぼ確実に起きる行動を肯定的なやりかたで利用したということである。エリクソンが説明するように、このダブル・バインドは、ジミーが自力で爪噛みをやめる機会を創り出している。

    ・ウィリアムは7歳の少年で、反復的な音声チックがあった。一日中、一分に一度、「ウェッ」と聞こえる音を発するのである。両親も教師たちも頑固に続くこの行動に悩まされていた。彼がこのような音を出す理由を、誰もが知りたいと思っていた。
    助けを求められて往診したエリクソンは、医療上の指示として、この往診中は自室に行き、一分に一度だけではなく二度、「ウェッ」という音を出すようにと、ウィリアムに指示した。ウィリアムは部屋から出ていいといわれるまで、これをしつづけなくてはならなかった。ウィリアムは最初こそ抵抗したが、結局、一分に二度、「ウェッ」という音を出すことにした。丸一日その音を出す練習をしたあと、彼は、ちゃんと時計を見るようにといわれた。というのも、一分に二度「ウェッ」という音を出さなければ、自室に追いやられることになったからだ。
    翌日は、一分に三度「ウェッ」という音を出してみることになった。その次は、一分に四度になった。エリクソンはこのルーティンについて、彼の行動を調べて研究するために必要な正当なものだと説明した。ウィリアムを安心させるためには、なぜ彼が「ウェッ」という音を出すのか、その理由を理解することがとても大切だといった。
    少年は、自分の行動の研究にこんなに長い時間が必要だなんて、先生はものすごく馬鹿なんだ、と思った。一週間も経たないうちに、ウィリアムはこの習慣行動を抑えられるようになり、もう二度と繰り返す気はなかった。

    ・「…人間はけっして単なる遺伝と環境の産物ではない。第三の要素がある。決断力である。人間は最終的には自ら決断する。そして、つまるところ教育は、決断力を育む教育でなくてはならない」ユーモアと症状の脚色とを組み合わせることによって、フランクルは患者が自らを分離できるようにし、「自分自身の神経症から距離をおく」ことができるようにした。

    ・確かに患者も柔軟な態度を学ぶべきではあるが、患者が正式に拒否している行動の有用性について、患者と論じ合うのは賢明でない。もしある女性が大都市の道は二度と歩きたくないといったら、これについて論じ合う理由はまったくない。セラピストは、系統的脱感作のためだからと女性を街に送り出したりせず、田舎道を散歩してはどうかと提案して、女性の立場を利用すべきである。

    ・治療上の目標を処方するときには、実証済みの行動を使って課題を構築した。患者のレパートリーにない行動の必要性を示唆するのではなく、既存の行動と信念を、患者が変わりはじめられるような形で使ったのである。

  • この本を読むと心理療法が如何に科学的で理知的であるかが分かる。最後の方に「自己成長のためのエクササイズ」があるが、これは自分の問題解決に使えそうだ。
    心理療法の幾つかのテクニックについてその典型例を挙げ的確に解説しているものである。カウンセリングには興味があったのだが、どうせ傾聴だけでテクニックなどは無いのだと思い込んでいた。この本はそういう思い込みを払拭してくれた。更には医者選びには慎重を期すべきことも教えてくれた。
    特に興味深いのは「利用」の章に書かれている「シンプル・バインド」、「ダブル・バインド」である。他者を変えることは出来ないとよく言われるが、気付きを与えて勝手に変えさせることは可能である。これが「利用」である。要は本人の能力を変化に結びつける技である。

  • ・完璧は適切な目標ではない
    現状の中で小さな事でも成就できそうなことは何かを探求する
    ・癒し=良い点を見極め、肯定的に捉えるよう励ます
    ・新たな可能性を認識できるよう手助けする→未来の可能性に対する希望、新たな考えに元気づけられる=レジリエンス=立直る力

  • 個人的には読みやすく、腑に落ちやすい本です。それは、エリクソンの豊富な事例から、その方法論が抽出されているからだと思います。私は、意識の逸らし、が日頃の面接でも大事だという感覚があるのですが、他の方はどう読まれるのでしょうか。また、違う読み方があるのかもしれません。実のところ、図書館で借りて2回ほど読んだので、3回目は書店で購入して、手元に置きたいと思っています。

  • セラピーを成功させる要素は、積極的にセラピーに関わる事。努力を要することを何かするよう指示される事実。数々の勝利が含む他者によって目撃されている事実。4、指示した課題をやってみようという意欲を内的に感じていたという事実、の4点である。https://note.mu/hayato_matsui/n/nb4717cc1d9f1

  • すばらしい!の一言。
    ミルトン・エリクソンの臨床は常に弟子たちの模範、素材でありつづけてます。あとはそれぞれの弟子が彼の臨床をどうモデルづけ、技術を盗んだかにかかってるわけですが。これは大泥棒ですよ。

  • エリクソンがどのようなセッションをしたのか、どのような症状のクライアントを改善したのかがかります。

    エリクソン自身が身体に痛みを抱えていたことやクライアントに寄り添うセッションをしていたことを知ることができます。

    実際の催眠療法についてのやり方はほとんど掲載されていませんが、エリクソンについて知ることができる本だと思います。

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著者プロフィール

前ミルトン・H・エリクソン財団の副理事。精神分析医。エリクソンに関する記録文書の保存と組織化に携わった。1500時間に及ぶミルトン・エリクソンの録音記録の研究を行った専門家。

「2014年 『ミルトン・エリクソン心理療法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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