ドイツ参謀本部-その栄光と終焉 (祥伝社新書168) (祥伝社新書 168)

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396111687

作品紹介・あらすじ

ビスマルク首相、モルトケ参謀総長の下で「史上最強」といわれた集団組織はいかにして作られ、そして消滅したか。その歴史を調べることは、とりもなおさず究極の組織論、リーダー論につながる。さらにリーダーを政治家、スタッフを軍部(自衛隊)に置き換えれば、そのまま現代の日本の理解ともなり、「文民統制」のあり方を考えるヒントともなる。ドイツ参謀本部は、まさに教訓の宝庫である。

感想・レビュー・書評

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  • 個人的には、ナポレオンの天才の理由が大掴みできて良かった。本書は、それを破ったプロイセンの本なのだけど。

    ・ナポレオンの軍隊の特徴は、フランス革命のもたらした軍事上の変化を徹底的に利用したことにある。兵士の愛国心、散兵線の利用、行軍速度、火砲の集中的利用などがそれであるが、特に重要なのは徴兵された無制限に大量の軍隊を「師団」編成にしたことである。
    ある程度以上の大量の軍隊は「単位(モジュール)」に分割しなければ動かすことができない。ルイ十四世時代のフランスの名称モーリス・ド・サックスは野戦軍の人数は、4万5000以下であるべきで、それ以上の兵士は指揮官の邪魔になるばかりだ、と言い切っているぐらいである。もちろんサックスの軍は、待遇に気を使わなければならない傭兵であったということもあるが、しかし原理は同じことで、一団として動ける軍の数というのには制限が出てこなければならない。それで革命フランス軍は大軍を分割して用いたのである。
    「師団」というフランス語はdivision(ディヴィジオーン)であるが、これは「分割」というのが原義である。ナポレオンの強みは、この師団による用兵術を最初にマスターした人間であるということであった。すなわち、作戦にも「スパン・オブ・コントロール(管理の範囲)」があることを心得ていたのである。
    師団編成というのは、まことに戦略革命であった。軍団は今や分割可能な部分から成り立つことになったのである、その各部分はあらゆる種類の兵科をその内に持っていて、独自でも戦闘が可能となる、一つのシステムである。したがって、大規模な包囲作戦にも、また、逆に包囲されることを防ぐのにも用いられるし、別々の道を並行に進軍して、開戦直前に収れんする事もできるのである。
    ナポレオンはこの師団を戦場で使う場合には、「混合隊形(ordre mixte)」と呼ばれる戦術隊形を用いた。これは縦隊と横隊の併用である。連帯の三大体が100人の幅に銃を構えて、縦に重なって進む。各大隊は九列の深さを持つ。すると全体で二七列の深さが基準ということになる。「制限戦争」時代は散開して並ぶので、三列の深さが基準であった。これから見ると、ナポレオン軍のマトリックス型の隊形は縦のラインを突破する形になっていることが分かるであろう。そしてここに火砲の全力を集中するのである。

    ・従来のナポレオンの戦術は、主要戦場にできるだけの火器と兵力を集中し、一挙に敵を叩いて追撃戦に移るところに本領があった。そして主要戦場に対するカンの鋭さと、そこに兵力を集中する天才的速さが彼の勝利の最大の理由であった。しかしシャルンホルストによって、退却は必ずしも敗残でないことが証明されたし、グナイゼナウはこれをはじめから根本的な戦略としていたのである。ナポレオンは一挙粉砕の拳を振り上げても、いざそれを打ち下ろした所からは敵はもう整然と退いているのであった。
    …このようにしてプロイセン軍は同じ道路を進んだり退いたりすること三度、この間に将兵は食事も睡眠もろくろくできず、しかも勝っているのか敗けているのかわからないような不得要領の戦いに不満を示した。しかしグナイゼナウはこれこそ既定の作戦であるとして断乎反対を斥け、将兵を慰労した。だがフランス軍にとっては、これは既定の作戦ではない。既定の作戦としているプロイセン軍にすら不満が高まるぐらいだから、フランス軍のほうは、さらにもっとじれてきた。そしてじれたあまり無理な追撃をしかけたため、見事にグナイゼナウに捕捉され、カッツバッハで壊滅的な打撃を受け、三分の一の兵力を失ってしまうのである。
    一方ドレスデンに戻ったナポレオンは、三日間に約150キロの行軍という神速ぶりでオーストリア軍を粉砕した。個々の戦場におけるナポレオンの指揮は依然として水際立っており、まだ正面から戦って勝てる将軍はいないのである。この点からもグナイゼナウの根本戦略である「ナポレオンの主力とは正面衝突しない」という方針は正しかったのである。

    ・そして当時のプロイセンにおいては、さらに重大な急進意見なのであるが、軍事大臣は国王に対してではなく、国民に対して責任を持つ、という見解を抱いていた。国民皆兵という以上、論理的帰結はそこにゆくと言うのである。
    まさにこの理由で、国王もユンカーも最後まで「国民皆兵法」に反対したのである。

    ・彼はまず第一に、「主戦場に可能なかぎり多数の軍を集中する」というナポレオン式戦術が、分散進撃方式によってなしうることを洞察した。鉄道と同じころに発明された電信技術も、それを助けることになった。モルトケにとっては、動員とはとりもなおさず鉄道輸送問題であったが、他の誰も彼ほど明らかにこのことを認識した者はなく、またしべての軍事問題をこの視野から考え直した人もいなかったのである。
    ここから当然、それまでの戦術の公理がひっくり返される。当時のヨーロッパ諸国は、まだジェミニの意見に従って内線の有利さを信じていたが、モルトケは鉄道の問題さえ解決されているならば、外線作戦のほうが、つまり包囲攻撃のほうがはるかに有利であるという、まったく新しい戦術思想に到達したのであった。

    ・ドイツの敗戦の原因はいろいろ考えられるが、軍事的視点から見るならば、リーダーシップの欠如の一語に尽きると思う。大モルトケはさすがに「戦争において確実なる要因は指揮官の戦意のみである」と言っていたが、リーダーの養成は国家的レベルにおいても軍団のレベルにおいても不十分であった。

  • 参謀本部の起源から第二次世界大戦までの歴史を俯瞰して見ることが出来る良書。それにしてもドイツ人は戦争を単なる殺し合いの方法論とみなさず、政治の延長線うえの活動であるとし、そのシスティマテックな軍隊の運用には、思わず、なぜこれほどの頭脳集団が見え見えの戦略的退却をしていたソ連に弄ばれるかのような敗戦を喫したのか?不思議な感覚と残念な感覚に囚われた。
    クラウゼビッツやマハンを超えるような戦略家が登場しても、参謀本部以上に強力な用兵方法論はもう考案されることはないだろうとおもう。

  • 「へー」と思いました。いろいろと考えるヒントがつまっていると思います。【2024年2月23日読了】

  • 最初に読んだ時は第一次大戦を経て強いリーダーを望む声がヒトラーを生み出してしまったという記載が印象に残っている。もう一度読んでみたい。

  • 第二次大戦までのドイツ参謀本部の歩みをリーダー(政治家)とスタッフ(軍部)のせめぎ合いの視点から追いかけた本。シンクタンクのような近代の大組織の原型の一つはドイツの参謀本部に求めることができる。

  • メモ

    ①三十年戦争(1618〜1648年)後の絶対王権の時代
    ドイツのカトリックvsプロテスタントの争いに端を発し、様々な利害関係から周辺諸国が参加し、泥沼化した、最後の「宗教戦争」
    →30年間で戦場となったドイツは荒廃し、人口は30年間で1/3(1800万→600万)になったとも言われる。
    →三十年戦争を終結させた1648年のウェストファリア条約以降、戦争は絶対君主の常備軍(せいぜい1万〜MAX10万人程度)による「制限戦争」で、庶民には関係のないこと。
    →君主同士のゲームのようなもので、戦争は好むが、戦闘は恐れる(大切な常備軍を失うので)

    そんな中、1740年に即位したフリードリヒ大王は大国(オーストリア・ハプスブルク帝国、フランス、イギリス、ロシア)に囲まれて、1756〜1763の七年戦争を戦った。
    忠誠心の極めて高いユンカー貴族による常備軍を動員し、戦闘を恐れず、早い進軍で敵の補給路を断つ戦略で大国と渡り合った。
    その影には最初の参謀総長と呼ばれる、ハインリヒ・ヴィルヘルム・フォン・アルハルトの存在があったが、目立たない。参謀の無名性の代表。

    ②フランス革命(1789〜1799)とナポレオンの時代
    上記のような絶対君主の常備軍による制限戦争の流れを一変させたのがナポレオンである。
    ナポレオンは「自由」「平等」「博愛」をスローガンに国民主義(愛国心)を高め、一般民衆を戦闘に駆り立てた。
    → ナポレオンの強力なリーダーシップのもと、徴兵制の活用、野営による飛躍的な行軍速度の向上、師団制による高い機動力などにより、ヨーロッパを席巻。

    これに対抗策を生み出したのが、プロイセン参謀本部の父と呼ばれるシャルンホルストである。
    シャルンホルストはナポレオンが生んだ大きな変化に適応するため、プロイセンを絶対君主制かつユンカー貴族による常備軍から、臣民の市民化とそれに基づく国民皆兵制の導入、そして将来を担う将校の養成に取り組んだが、改革を進めようとする彼への風当たりは強く、穏健改革派にも関わらず「ジャコバン派」と呼ばれ、冷遇された。
    しかし、人格的にも優れたシャルンホルストの元にはグナイゼナウやクラウゼウィッツなど優秀な部下が育ち、徐々に参謀本部が形作られていった。

    シャルンホルストとグナイゼナウによる対ナポレオンの消耗戦戦略により1813年ライプツィヒの戦いで敗戦、復活後の1815年ワーテルローの戦いでも撤退からの側面攻撃戦術で撃破した。

    ③ドイツ参謀本部の時代
    ナポレオン後のヨーロッパは、1814〜15年のウィーン会議におけるオーストリアの外相メッテルニヒの主導により、反動保守的な体制となった。

    1861年、ヴィルヘルム1世が64歳にして即位。その下で、首相ビスマルク、参謀総長モルトケの最強のコンビネーション(リーダー=政治、外交、スタッフ=戦術、戦闘)が生まれ、1866年の普墺戦争、1870年の普仏戦争という短期決戦でドイツ統一を成し遂げた。
    その背景は、「ドイツは周辺を強国に囲まれながら自然の要害がなく、安全保障面から、ドイツ統一が必須である」というクラウゼウィッツの認識を2人が共有し、ビスマルクは卓越した外交で多正面戦線を避け、モルトケが卓越した戦術(鉄道を生かした分散進撃、決戦集中、包囲攻撃)により、各戦線で勝利したことがある。

    そしてこの時代こそが偉大なリーダーとスタッフの共存による、ドイツ参謀本部の絶頂期であった。

    ④その後
    絶頂期はその後の下降への危険を内包している。
    それは第一次世界大戦ではスタッフばかりが育ち、戦闘に勝ちながら苛烈なヴェルサイユ体制に追い込まれた政治的リーダーシップの不在として現れた。
    スタッフ側には有名なシュリーフェンプランがあった。多正面作戦(フランスとロシアを共に相手にする)を前提に、6週間以内にフランスを殲滅させ、その間の犠牲は厭わない、肉を切らせて骨を断つ作戦であったが、リーダー不在のもと徹底されず、また戦闘での勝利を外交的勝利に導ける政治家がいなかった。

    その反動で第二次世界大戦では強力すぎる政治的リーダー=ヒトラーのもと参謀スタッフが悉く否定され、敗戦を喫する結果となった。

  • ドイツ参謀本部の歴史のみならず、ドイツを軸とした近代欧州戦史を概観する良書

    最後の言葉が胸に刺さる
    「"リーダー"と"スタッフ"のバランスにこそ」

  • ●嬉野雅道さんおすすめ
    戦争からヒューマニズムの時代
    「魂の潤いのある未来へ移行したいと、本当のところみんなそう思ってる」

  • もともと随分昔のものなんですが推薦してくれた人がいたので読んでみました。18世紀から第二次大戦前までのドイツ(プロイセン)の軍事史が概観できます。西洋史をほとんど知らない私にもよく分かりました。
    参謀本部という大局を鳥瞰し全体の戦略を決定できる組織の形成がドイツの隆盛を可能にしたといいます。外交も見据えたリーダーと軍事的スタッフがともに天才的に優秀でバランスがとれていることが条件であるというのが本書の教訓です。

    ただ「まえがき」と「おわりに」は蛇足のような気もしました。

  • 前半は筆者が指摘するように、フリートリッヒ、プロイセンといった近代に至る歴史の記述に多くのページが割かれています。
    カタカタだらけで世界史を知らないだけに、前半は?って感じでした。
    モルトケという名前を聞いたことはあったが、どういう人だったかが知れたことは収穫でした。
    終焉の説明が足らずかな。概略本ですな。

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著者プロフィール

上智大学名誉教授。英語学、言語学専攻。1930年、山形県鶴岡市生まれ。1955年、上智大学大学院修士課程修了後、ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学へ留学。ミュンスター大学における学位論文「英文法史」で発生期の英文法に関する研究を発表。ミュンスター大学より、1958年に哲学博士号(Dr.Phil.)、1994年に名誉哲学博士号(Dr.Phil.h.c.)を授与される。文明、歴史批評の分野でも幅広い活動を行ない、ベストセラーとなった『知的生活の技術』をはじめ、『日本そして日本人』『日本史から見た日本人』『アメリカ史の真実(監修)』など多数の著作、監修がある。2017年4月、逝去。

「2022年 『60歳からの人生を楽しむ技術〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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