はじめてだらけの夏休み

著者 :
  • 祥伝社
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本棚登録 : 51
感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396633998

作品紹介・あらすじ

はじめて、きちんと向き合ったぼくとお父さん。ふたりきりの夏休みが、はじまる。病気になったお母さんは突然、新潟の実家に帰ってしまった。いつも仕事ばかりのお父さんはめったにうちに帰ってこないので、ぼくはひとりになった。誰の指図も、もう受けない、とぼくがやけくそになったその矢先-。夏休みがはじまる日に、五カ月ぶりにお父さんが帰ってきた。「この夏は、俺にとっても夏休みなんだ。家のことがちゃんとするまで、仕事はずっと休むつもりだから…」。突然お母さんが消えた九歳の夏、ぼくははじめて素顔のお父さんを知った。映像・小説界期待の気鋭が、イラストとのコラボレーションで描く親子の絆。

感想・レビュー・書評

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    鬱病(はっきりとは記述されていないが、おそらくそうだと思われる)が重症になってきた母が一学期の終わりから新潟の故郷に戻っていった。
    きっと母の病気は僕のせいだ。
    と、自分を責めさいなむ10歳の僕。
    残された僕はほとんど家に帰ってこない父と過ごさなければならない。

    初めはその父親の人物像は息子の価値観、いや、息子に伝わっている母親の価値観で描かれる。
    かなりの危険人物かと思いきや、徐々にその映画の音響技師の父親の悪意のない人柄が表に描写されてくる。

    土鍋でごはんを素晴らしくうまく炊く父。
    あらゆる障害物を越えて一直線に進む遊びに熱中する父。
    濾過器でビールを濾過してみる父。
    子供以上に子供のような父。

    不在にしていたのは、仕事が忙しく熱中していたための不在だったことがわかってくる。
    音響技師としての仕事ぶりや真剣さに息子が触れて熱が移ってくる。そして雪の音を録るという仕事を親子でチャレンジする。
    その音はどんな音か。
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    繊細な筆致で父と子のひと夏の行方を綴った物語。
    読後感は爽やかで、表向きは何も大きな変化はないのに、息子の心持ちと考え方によって見る風景も生活の色彩もまるで変わっていくのが面白い。

  • 大人にならざるを得なかった小学生の葉太と、子供みたいなお父さん。
    2人は普段顔を合わせることも少なかったが、お母さんの病気をきっかけに毎日顔を合わせるようになる。
    2人のだんだんと縮まる距離感、大人びていきつつお父さんの性格に染まって行く葉太に釘付けになった。、

  • 児童書にも時代が反映されている…というのは当然なんだろうけど、設定が今だなぁとちょっとびっくりした。
    児童書って面白い。
    子どもたちが色んな事を感じ、考えるきっかけになるんだろうか。
    大人が自らの事や社会のことなどいろんなことを振り返るきっかけにもなるかもしれない。

  • ・あらすじ
    サブタイトルが「大人になりたいぼくと、子どもでいたいお父さん」となっている。
     父親が年に5回くらいしか帰って来ない家庭。
     母親が精神的に病んでいる。薬も服用している。
     そんな中で9歳の少年の心の動き、葛藤を描いている。
     夏休み、母親は一大決心をして、葉太(少年の名前)と離れ自分の実家に行く。
     終業式の日に葉太が帰宅すると、テーブルの上に一通の母親からの手紙。
     その中には父親の事を「あのひと」と書かれた文章があった。
     葉太は母親を守れなかった、母親を壊してしまったのは自分、という自責の念にかられながらも、反面もう誰の指図もされないでこの夏休みを過ごす、と決心した日に5か月ぶりで父親が帰って来る。

     父親は終業式の次の朝に帰宅。
     でも、ある意味「他人」よりも遠い存在の父親を疎ましく思う自分がいる。
    最初は噛み合わない会話、行動が少しずつ変化してくる。

     「朝飯食うけど、葉太もたべるか?」⇒「朝飯、食べるならおれも食べる」に変わっていく。
    土鍋でご飯を炊くことから父親の新しい面を発見してから、新発見の連続であっという間に1週間が過ぎていく。
    父親の言う言葉の中にいいものがある。
    「子どもは子どもでなくちゃいけない。ちゃんと子どもでいさせてあげるためには、俺がちゃんとおとなにならなくちゃいけないんだ」
    「葉太ははじめてだらけでいいな。俺にはもう、はじめてじゃないことばっかりだ。でも葉太といると、またはじめてを味わえる、得だな」
    そんな中、ずっと仕事を休むと言っていたのに、「夏休みは終わり」と言われる。
    やり切れなさを隠しきれない葉太に父親は
    「俺の仕事を手伝ってくれないか?」
    そして、雪の降る音を二人で録音する。
    さて、みなさん、雪の降る音って、どんな音でしょうか?
    そして、ラストは・・・
    (松雪)

  • 9歳の少年と父親の二人だけで過ごす夏休み。録音技師の子供っぽい父親と早く大人になりたい息子の葉太の一生懸命さが伝わって心に響きました。友達のダイスケの家族と月を見に行くシーンが好きです。

  • 9歳の葉太の夏休みはじまりの日、お母さんが出て行った。
    心の病気を治すために新潟の実家へ帰ったのだ。かわりにやってきたのは、録音技師という仕事のためほとんど家にいない父親。
    子どものようなだらしない父親と葉太の夏休みを描いた物語だ。
    父親と息子のぎこちない友情&家族物語、といってしまえばそれまでだけれど、間に挟まれる白熊の映画のエピソードだとか、ちょっといいな。

  • 大人が大人になってくれないから安閑として子供でいられない小学生。
    洒落にならないくらい本当にいると思う。
    「大人」に育てて貰えなかった子供が清く正しく真っ直ぐな「健全な大人」になるのは相当に難しいことで、たいていのそんな境遇の子供たちは「アダルトチルドレン」と呼ばれるイキモノになってしまう。
    でもお父さんもお母さんも頑張ってるんだしそれなりに。出来ればまともな普通の親が欲しいけど仕方ないので僕も頑張るしかない。そんな健気すぎる少年の一夏の物語。

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著者プロフィール

1973年東京生まれ。女優、映画監督、脚本家、作家。多摩美術大学在学中の97年、斎藤久志監督の映画「フレンチドレッシング」で女優デビュー(毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞)。その後、「大いなる幻影」(監督:黒沢清)、「BULLET BALLET」(監督:塚本晋也)、「金髪の草原」(監督:犬童一心)「さゞなみ」(監督:長尾直樹)「『また、必ず会おう』と誰もが言った。」(監督:古厩智之)などに出演。その他の出演映画に「いたいふたり」「透光の樹」「血と骨」「それでもボクはやってない」「Sweet Rain 死神の精度」「ゲゲゲの女房」などがある。2006年「三年身籠る」で長篇映画監督・脚本家デビュー(高崎映画祭・若手監督グランプリ受賞)。映画の進行と同時に、同名の長篇小説を書き下ろし、小説家デビューも果たす。

「2018年 『彼女たちがやったこと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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