- Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
- / ISBN・EAN: 9784396634391
感想・レビュー・書評
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鉄鼠の檻から流れで読んだ。
考えが浮かんでしまうなら、浮かぶままにしてしまおう等、具体的でイメージしやすかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
久々のランディさん。
自意識の塊で窒息寸前の女性。
自家中毒一歩手前。
座禅を通して、変化していく。
自分自身を自分で受け入れること。
内側にむかうエネルギーを外側に向けて一体となること。
そんなふうに感じた。
座禅マスター アイリーンの言葉
ー考えを深めない
考えを発展させない
考えを追わないようにします
常に何かを考えている。
考えないというのは難しい。
なにはともあれ、
「素直さ」というのは本当に大切なことだと
女性の変化を通して感じた。
素直に何かを受け取れる
素直に感じ取れる
歳を重ねれば重ねる程難しくなってくる。
素直さ大事にしないといけないなぁ。
平成26年 3月 祥伝社
装幀:bookwall
装画:スカイエマ -
久しぶりに本を読んで少し泣いてしまった。
自分とは何なのか。欲望とは何なのか。
迷い悩みながら自分と向き合っていこう。
僕がどうして下記の文章を引用したのか、自分でもよくわからないけど、ひっかかったので引用します。
“時間が経てば恋のときめきなど日常の中に消え失せる。わかっている。相手が替わっても結果は似たようなものだ。だから、適当に遊んでいればよかったのだし、そのつもりだったのに計算が狂ったのだ。
私が苦しいのは、一緒に登っていたはずの恋愛のはしごを、いきなり相手からはずされたことだ。恋は欲望のゲームだから、先に冷めて、先に降りた方が勝ち。自分が先に冷めた時は非道なほどそっけなく相手を切り捨ててきたくせに。恋は相手を欲しいと思った時点で負け。やったことはやり返される。人生とはそういうもの。自業自得。” -
軽く読めるけど内容は軽くないよ。
人の業についてふたりの対照的な女性を通して描いている。
ランディさんは人の内面を描くのがうますぎる!
ドロドロとした感情をこうもさらりと読ませるのはなかなか出来ないのでは?
座禅、やってみたくなりました。 -
なんだか心が痛かった。でも、前向きにしてもらえた。自分と向き合いながらじっくり読めました。
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今風の軽いタイトルと装丁。それとは裏腹に心をえぐられるような内容。
この本を読むことによって坐禅を疑似体験し、自らの妄執に気づかされる。
人の美醜にとらわれること、それこそが欲望の象徴か。
自分こそは、人より冷静で公平と思い込む姿が、かえって頑なな態度なのだといわれると耳が痛い。 -
読んでいて『私』である小説家の名前がハッキリ出てきた。田口ランディの小説の『私』は本人ではないが、なんとなく田口ランディを意識させる誰かとさせているイメージがあったから、よう子と呼ばれたところで驚き思わずググった。
すると、『盗作』の文字がなかなかな踊り方をしていた。この事件はまったく知らなかったので少し驚いた。そんなことがあったのかと。
そんな衝撃を受けて再度読みだすとと『りん子』の陰影が深まったように思う。盗作作家と呼ばれ続ける著者に整形女と蔑まれる女。なんとなく重なって見え、人の人生を盗み見ているようなとても味わい深いものと感じた。
検索すると盗作、スピリチュアルと嘲るようなものがよく目についたが、それでも田口ランディは書き続けているし読ませる本を書いている。なにを勘違いして声高に嘲っているのか分からないが、読書はたった1人の楽しみである。いま手に持つ本を自身がどう楽しめるかだけのことで、どこかの誰かの個人的な嫌悪感など読者にはまるで関係ない。
傑作だ、代表作だとは言えないが、読んで良かった。楽しめた。 -
二人の女性が座禅に出会う。座禅を通して変わっていったり変わらなかったり。座禅のことも知れて面白かったです。
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主人公のよう子さんとりん子。
どちらも真逆の性格だけど、鬱々と悶々と一人でいろんなことを考えてしまうところは似てるなあと思った。
私自身もふとしたとき考えなくていいことまでぐるぐると考えてしまうから、この2人と同じで煩悩の塊だなあと思った。
答えがなくていい、わからなくてもいい坐禅の世界。
奥が深いなあ。
『いったい私の中で分裂して、いろんなことを考えている私は、どの私がほんとうの私なのだろうか。それともどれも私であってわたしではないんだろうか』
『昔は悩み事がいっぱいで私は四六時中、くよくよといろんなことを考えていたものだわ。それは、ストレスなのよ。考えても仕方がないことを考えても終わりがないでしょう』
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終盤まで坐禅のこともあまりよく分からないまま、
鬱屈とした気分が続いたけれど終盤で一気に持っていかれた。
集中して雑念を振り払うことばかりが重要なのではなく、何も考えなくても良いし考えても良い。
意外と寛容で懐の深い行為なのだと知れてなんだか感動してしまった。