それは私です

著者 :
  • 新書館
3.84
  • (7)
  • (8)
  • (9)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 59
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784403210976

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 翻訳家のエッセイは不思議系が多い気がします。最初の自動翻訳機の話は途中まで本当にあるんだと騙されてしまいました。きたむら氏の挿絵がたいへん良かったです。

  • 妄想と現実入り乱れるエッセイ。
    いい翻訳家はいい文書を書くっていう当たり前を嬉しく思う一冊。

    過去の自分と対峙する時間が長過ぎる感はありますが、
    あまり気にならず、すいっと読み進められます。

  • これまでに出版されている何冊かのエッセイ集同様、「新書館」発行の雑誌『大航海』に掲載されたもの(2000年〜2008年)を中心に収録。これまでのエッセイに較べると、仕事とする英米文学のレビューについてはかなり控え目。むしろ露悪的なぐらい「自分」の身の回りことばかり言及しているのが面白い。第3章の中ほどのエッセイの一節に、『僕はエッセイでは絶対教訓を書かない主義であり、社会時評的発言もしないようにしている、、、」とあったが、まさにこのエッセイ集は、教訓も社会に対する憤りもなく、自己の妄想の赴くところを好き勝手に書き散らかしている感じだ。中には、その後の私小説の原型となる話の種があちらこちらに散見できる。

  • 翻訳家のエッセイ。妄想と言うより空想、最初読んだとき「え、これホント?」と思わず訝しんでしまった。・・・あ、なんか空想なんてきれいな言葉より妄想の方が近いかも。ある意味、悪夢のようだ。
    いや、中にはちゃんとしたモノもあるけど、第一印象って中々強いからね。

    自分が至る所に存在する話とか、自分と妻の幽霊たちと同居している話とか、イルカになって日本語の訳分かんない文法を組み立てる話とか・・・
    どこからどこまで本当なのか、全部に主観と言う名のウソが混ぜ込んでいるような。

    日常に飽きてきたらまた覗きたい。

  • 小川洋子さんとかモンキーズとかディランとか、柴田さんと趣味が合いそうでうれしいです。相変わらず面白くて気取りがなくて素敵でした。ホーソーンと「ウェイクフィールドの妻」とバーセルミ、読んでみたいなあ。

  • エッセィか小説か、章によって分からなくなる柴田先生の本。

    でもやっぱり、このユルイ?感じというか筆力はすごいなぁと思います。
    あんなに素晴らしい翻訳をしているだけあって、やっぱり日本語に対して
    感性が豊かなのだなぁ〜というありきたりな感想を持ってしまいます。

    翻訳もエッセィも小説も、どれを読んでも外れがない人は、大学の先生では柴田先生位です(今ままで読んだ中では)。

    表紙のコラボはすごいと思うけど、ちょい個人的にハデすぎるので★4。

  • 現代アメリカ文学の翻訳といえばこの人を外せない、柴田元幸さんのエッセイ集です。ポップな装丁が楽しく、私にとってはファースト柴田エッセイ(『つまみぐい文学食堂』はあくまでもブックガイドとして)。柴田さんのエッセイがどのようなものか、全く先入観なしに臨みました。

    立ち読みは数ページだけにとどめ、本気モードで読み始めると、そのぶっ飛び内容には気が遠くなりそうに!妄想と明晰さの混じり混じった文章がイタい世界をかもし出しており、わけのわからないままに柴田ワールドへ引きずりこまれていきます。このニオイは森見登美彦さんに微妙に通じる(彼に翻訳をやってほしいな、と今思った:笑)のですが、彼の筆致をおバカと評するならば、柴田さんのエッセイはクレイジーとしかいいようがありません。『自動翻訳機のあけぼの』、ちょっと引っかかってしまって悔しい(笑)です。『文法の時間』、イルカになるってどうよ(困)。それに、「自分の幽霊」の話がいくつか出てきており、「柴田さん、最高学府の教員ってそんなに辛いのー?」とツッコミを入れてしまいます。

    まるっきりのおバカ炸裂というだけではなく、『タバコ休けい中』などの繊細な話も読ませます。また、やはり文学畑の人だけあり、本の話もとめどなく登場します。『微熱のときに読む本』など、書評ではなくても本について書かれた章も多いので、ブックガイドとしての側面も楽しめます。イタさスパーク、でも嫌みがなくて楽しい本なので、この☆の数です。

    -----[2008.10.17 未読リストアップ時のコメント]-----

    書店で<柴田元幸責任編集>と銘打たれたナゾの文芸誌、『monkey business』の隣に転がっているところを発見。開いて驚き!もう、何が何だかよくわからん中身が怪しすぎ!森見登美彦さんの『美女と竹林』を上回るスパークっぷりに、棚の前でアタマがくらくらしました(笑)。早めに読もうっと。

  • 柴田さんの文章を読んで感じるユーモアには、ナントナク、エスプリめいた雰囲気を醸しだすエッセンスが含まれている。徹底的にくだらないようにも思える話であっても、いつの間にか、うーん、と唸っている自分を発見する。不思議だ。

    とにかくこの文章からは饒舌な人柄が浮かび上がる。それは翻訳の文章を読んでいても感じることもあることなのでエッセイでは尚更なのである。文章に張り付いた個性である。柴田さんの中にある「それは私です」というオーラが強いとも言えると思うけれど、そこに余り嫌味も感じさせない人柄も浮かんでくる。まあ、そこが嫌味だと感じる向きもあるでしょうけど。

    オリバーツイストを岸本佐知子訳で読んだ人に精神障害が起こるという妄想に、げらげらと笑ってしまったのだが、でも何でそんなに可笑しいの、自分?と冷静になる。そりゃあ岸本さんの翻訳するモノは、彼女のヘンなモノを探り当てる能力が探り出した元の文章が妙な雰囲気の源になっている筈で、岸本佐知子訳そのものが妙ではないと思うのだが(とはいえ、岸本さんのエッセイなどでは彼女自身の変人ぶりが楽しいのではあるけれど)、柴田さんの妄想は翻訳者の側に妙なクセがあること、個性があることが前提となっている笑いである。まあ原作者と翻訳者の相性ってのはありそうだなあとは想像がつくけども。

    ああ、でもそんな当たり前のコトはこの際どうでもいいや。

    このエッセイを読んでいる時、柴田元幸訳のピアソンを読んでいるのと同じような気持ちが湧き起こる位、やっぱりこの日本語には個性がある。だからこそ柴田さんの翻訳するものは作家の側により強い個性がないと、どれを読んでも「柴田元幸翻訳モノ」を読んでいるって気になってしまうんだね、やっぱり。

  • <a href="http://blog.livedoor.jp/akkochama3/archives/2008-09.html#20080918">森見氏</a>と系統が似ている。

    違うところといえば、柴田氏は立派な英米文学者であるということだ。
    もう可愛い妄想だらけ。

    柴田氏のよく使うフォントは、PALATINO LINOTYPEだって。
    思わず、探したくなっちゃう。

    イルカになった「文法の時間」は笑っちゃったよ。
    あまりにも馬鹿馬鹿しくて。

    自らをチビと言えるのって素敵♪

    柴田氏のご尊父はCommunistだったのねえ。
    彼の担当編集者S編集長に赤旗系のサンプルをお見せした時、
    妙に反応したのを思い出しちゃったわ。

    翻訳では「自分を消す」と教えておきながら
    妄想では自分中心って自ら認めているのも好ましい。

    元生徒Mの煙草休憩中は、暖かかったなあ。

    ますます柴田元幸氏を尊敬し、好きになってしまった1冊。

  • 「生半可な學者」であるとか「死んでいるかしら」だとか、柴田元幸の著書には境の曖昧なものが多いやうに思ふ。そこが好ましい。この本でも蝋人形と人間との区別がつきづらかつたり、「ある人がある人であることの根拠なんて実は疑わしいものだ(P103)」なんぞといふ記述がそこかしこに見られる。
    現実と虚構ともわかちがたく、なるほど、小説も書くわけだ、と納得したり。
    翻訳家であるだけにどこか「trans」なところがあるといふことなのかもしれない。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

柴田元幸(しばた・もとゆき)
1954年東京都生まれのアメリカ文学研究者、翻訳家。東京大学文学部名誉教授。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベック、スティーヴ・エリクソンなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳。
2010年、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』(新潮社)で日本翻訳文化賞を受賞。マーク・トウェインの翻訳に、『トム・ソーヤーの冒険』『ジム・スマイリーの跳び蛙―マーク・トウェイン傑作選―』(新潮文庫)、最近の翻訳に、ジャック・ロンドン『犬物語』(スイッチ・パブリッシング)やレアード・ハント『ネバーホーム』(朝日新聞出版)、編訳書に、レアード・ハント『英文創作教室 Writing Your Own Stories』(研究社)など。文芸誌『MONKEY』、および英語文芸誌Monkey Business 責任編集。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。

柴田元幸の作品

ツイートする