プチャーチン (新人物ブックス)

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  • 新人物往来社
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  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784404039484

作品紹介・あらすじ

明治天皇が勲一等を与えた最初で最後のロシア軍人。プチャーチン父娘と日本の意外な交流史。

感想・レビュー・書評

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  • 大砲をちらつかせながら裏口から土足で上がり込んで来たペリー、一方、礼儀正しく正面玄関(長崎)からきちんと挨拶をしたロシアのプチャーチン。前者の圧倒的な知名度と比較して、意外に知られていないロシアの外交官は極めて親日であり、初期の良好な日露関係に貢献したという。当時の時代背景や同時期の世界情勢などにも触れられており為になった。

  • 幕末外交史のなかで 重要な事項でありながら、 ペリーのように取りざたされていない そんなプチャーチンのロシア艦隊来航。シーボルトの助言を聞き 日本のぶらかし政策にも  気長に 時には張ったりで 開国を そして通商を結ぼうとした。ヘダ号造船の経緯を 知りたかったが 割とさらっと 流していたのが残念。でも プチャーチンの晩年や シーボルトの息子達についても 知ることができた。なかなか、 面白かった。現在の日露関係も この幕末期のように 良い関係が結ばれるといいのに。

  • 大砲をちらつかせながら裏口から土足で上がり込んで来たペリー、一方、礼儀正しく正面玄関(長崎)からきちんと挨拶をしたロシアのプチャーチン。前者の圧倒的な知名度と比較して、意外に知られていないこのロシアの外交官は極めて親日家だった。

  • 国家関係の好転をもたらす震災援助《赤松正雄の読書録ブログ》

     幕末の日本。開国を迫ってきた各国の訪問者のなかで、アメリカのペリーに比べて知られていないが忘れてならない男がいる。ロシア人プチャーチンだ。1855年(安政2年)に日本にやってきて、マグニチュード8.4の大地震・大津波に直撃され、乗船していたディアナ号が大破。九死に一生を得る。救助にあたった日本人との間での涙ぐましい悲話の数々。以後、日ロ関係進展のなかで彼は貴重な役割を果たす。白井仁章『プチャーチン』は、党理論誌『公明』5月号での下斗米伸夫氏(法政大学教授)の論文「大震災が転換促す日ロ関係」のなかで発見、外務委質問準備の必要に迫られてひもといた。

     東日本大震災を受けて注目されるのは、「震災外交」。災害を機に、それまで険悪であった関係が好転するケースは少なからずある。1999年のギリシャとトルコの例など典型的だろう。東ローマ帝国とオスマントルコ帝国以来の関係好転である。もっとも、直ぐにまた逆戻りにはなっているが…。

     ロシアの場合も過去に、関東大震災を受けての日ソ基本条約締結など幾つかある。最初の例がプチャーチンが活躍し、下田条約締結につながって、択捉とウルップの間に日ロ国境線がひかれたというものだ。誠に人のいい人物であり、同時にしたたかな交渉上手だったようだ。

     白井氏は、アメリカが原理原則を重視するのに比し、ロシアないしソ連はブラフ(虚勢)も譲歩も緩急自在だとしていて、交渉術比較論が興味深い。ロシアを見るとき、ややもすれば、先の大戦の終わりぎわのどさくさ紛れの領土略奪にのみ目がいく。このためロシアを敵視し、嫌悪しがちだが、遡ればこうした人物による心の日ロ交流があったことにも思いをいたしたい。

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著者プロフィール

2022年2月現在
外務省外交史料館職員

「2022年 『命のビザ 評伝・杉原千畝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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