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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784405108202
作品紹介・あらすじ
どんなに健康な生活をおくっていても、誰にでも死は訪れます。人類は哲学、宗教、科学、歴史、美術など様々な面から死について考え続けているといっても過言ではありません。
本書では全人類に共通する「死」について、「知の巨人」佐藤優が歴史に残っている偉人たちの言葉をピックアップし、死生観について語ります。
みんなの感想まとめ
死というテーマを深く掘り下げた本作は、歴史に名を刻んだ偉人たちの言葉を通じて、死生観を探求します。著者は自身の経験を交えながら、死という避けられない運命に対してどのように向き合うかを問います。ニーチェ...
感想・レビュー・書評
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慢性腎不全から腎移植を経験し、その間には余命宣告もされていた佐藤優。キリスト教カルバン派を信仰するため予定説で自らの運命と向き合いながら、生き延びられたのは神の思召しであり、至近は映像にも挑戦しようと。そんな同氏が、今一度、人類が持つ「死の言葉」を慰めや勇気づけ、コレクションのように並べて点検していく。
本来、死を担当するのは宗教だ。しかし、そこに挑んだ哲学があった。ニーチェの「超人」である。幾つかの死の言葉の一つとして紹介される。神の死の宣言、そこで登場する「超人」。ニーチェの語る超人は神という絶対的真理に受動的に従う人間を拒否して、より強くより大きくなろうとする「力への意志」を持った強固な存在。超人はキリスト教の神が約束する死による平穏を拒否して、永劫回帰によって繰り返される生の力の発露である永遠を求める。死は救いではない。死などを求めても生の力に溢れた永遠は掴めないではないか。
その通りだ。一粒の麦となり、私個人の肉体の滅びを肯定する途端に、死は美化され、殺人すらも正当化しかねない。彼我の区別なくエゴを捨てて、耽美な死後を思う時、私があなたを殺めぬ理由があろうか。人工的な宗教には超えられない。何故なら神は人間には解釈され得ないからだ。
極度の貧困や生まれながらに労役に苦しむ人たちは、現世に救いがない。こうした人々に救いを与えるために、欺瞞を承知で天国を創作した。
グノーシス主義とネオプラトニズムの結晶として、肉体が滅びても魂は永遠に生き続けるという考え方が生まれる。このような思想をキリスト教に導入したのが、神学者アウグスティヌス。彼は神の国と地上の国との違いを強調し、地上の国から離れ、神の国に向かった魂はそこにおいて永遠の命を生きると説きました。その後、この思想はカトリック思想の中に深く入り込んでいく。
色んな人の言葉が紹介される。印象的だったのは一休だ。「世の中は起きて箱して寝て食って後は死ぬるのを待つばかりなり」。死に臨んだ一休の言葉「死にとうない」、その解釈を佐藤優は述べる。ただ単に思ったことを発したに過ぎないと感じる。
死の存在を忘れたまま死ぬのが良いか。メメントモリを意識するのが良いか。いずれが良い人生かという、自らの選択つまり信仰であり、真のリビングウィルである。思考のきっかけになる本。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
佐藤優さんの本はたくさん読んできましたが
哲学関係は難解で極力避けてきました。
この本、哲学的がとても多かったのですが
内容は興味深かったので
とにかく読みました。
まあ半分も理解できていません。
そんな中で、最後の孔子の言葉についての解説は
ほっとするものでした。
「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」
ブッダも、死については「無記」
その理由として考えられるのは主に次の三つです。
(諸説あり)
・知らないから言わなかった
・死について知ったところで、
お前の人生にどんな関係があるのかという意味で答えなかった
・そもそも「死とは何か」という問いに対して答えるという、
通常の「問い」と「答え」で成立する図式を使って
死とは何かについえ答えることを
拒否したかったのではないか
〈こうしたブッダの考え方と比べると
孔子の考え方はかなりプラグマティック、だと思います。
彼は死についても、生についても、
具体的に実践の中で考えるべきだと言っているのです〉
死を抽象化せずにプラグマティックに考えるとはどういうことか。
佐藤優さんがわかりやすい例をあげます。
新大久保の駅で電車が入ってきた時に、
ホームから人が落ちてしまったとします。
そこへ、親切な韓国人の青年と日本人カメラマンが
線路内に飛び込んで、その人を助けようとしましたが
残念ながら三人は亡くなってしまいました。
この韓国人青年と日本人カメラマンの死を
われわれはどうとらえればいいのか。
〈こういった問いかけこそが、
死を具体的な実践の中でプラグマティックに考える
ということではないでしょうか〉
具体的な文脈の中でこそ、「個別の死」について、
それはどういったものなのかを
実際的に考えるべきであると考えたのではないか、と。
本当にたまたまここ数日、
いろんなニュースを見て考えていた私。
どれも複数あったのですごく記憶にあります。
熱中症で死亡。
海や川で死亡。
子どもが交通事故で死亡。
60代70代の子どもが介護疲れで90代100代の親を殺害。
この本を読む前に、いろいろ考えていました。
孔子さん的に、私は正しかったのではありませんか。
そして、私による「死の言葉」を紹介します。
「『死』は死んだ人の数よりはるかにたくさん存在する」
うーん、語録に載せるにはまだまだかなー。 -
いろいろな偉人たちの「死」に対する考えを知ることができる言葉たち。当然ながら「死が怖くて怖くてどうしよう」(勝手にちょっと『鬼滅の刃』の善逸をイメージ)みたいな言葉はないな。生きている人間は「死」について知ることができず、誰でもいずれは死ぬことを受け入れざるを得ない。確実な将来の死があるからこそ、生を充実したものとして享受できる。
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偉人たちの名言から生と死を学び直す。【目次】
第1章 死を乗り越える(神は死んだ。―フリードリヒ・ニーチェ;死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。―吉田松陰 ほか)
第2章 死を知って生きる(お前たち、そうやって死を遁れようとしているが、どうせいずれは向こうからお迎えに来る。―ムハンマド;燃えたよ…真っ白に…燃え尽きた。―梶原一騎・ちばてつや ほか)
第3章 死を受け入れる(散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ―細川ガラシャ;死とは死によってすべてから去るものであるとすれば、すべてから去られるときも死であるといってよいに違いない。―森敦 ほか)
第4章 死の周辺を巡る考察(アウシュヴィッツでは死が至高の支配者だったが、死の傍らには偶然があり、これが収容者たちの運命を決めたのである。―ハンナ・アーレント;野心は思考の死である。―ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン ほか) -
誰もが死ぬし、わたしも死ぬ。
当たり前のことだけれど、死生観について改めて考えたことはなかったし、他者の死生観について配慮しようという考えも浮かばなかった。
時代や文化、宗教によって死生観はさまざまで、それらのどれもに正解はない。
ただ、いつか死ぬということに目を瞑って生きていくことは独りよがりな生き方になりやすい、という著者の意見にはっとさせられた。
自分なりの死生観を模索し続けたい。
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死について、著者はキリスト教信者でプロテスタントであるというスタンスで、自身の死生観を述べつつ、古今東西の哲学者や文化人、ビジネスマンなどの死に対する考え方の言葉や文章をピックアップし解説した一冊。
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ドラックは直面している問題へのショートカットとなり得る手段だが、本当に解決するわけでわはない。
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「死」を前にした賢者(だけではないが)の言葉を、佐藤流にコンパクト解説する本だが、余りにも内容が薄く、上っ面をなぞっているだけの本なので、まあ読まなくてもいい本の部類。「はじめに」だけ読んで終わりでもいい。
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