津波てんでんこ 近代日本の津波史

  • 新日本出版社 (2008年1月1日発売)
3.82
  • (11)
  • (8)
  • (11)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 121
感想 : 21
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784406051149

みんなの感想まとめ

津波という自然災害の歴史とその教訓を深く掘り下げた内容が特徴です。著者は、津波が過去に何度も襲来してきたことを強調し、特に地域住民が持つ「てんでんこ」という行動規範の重要性を説いています。この言葉は、...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 三陸地方では昔から「津波てんでんこ」と言い習わしているのだと思っていたが、著者の説明によればそうではなく、1990年に岩手県田老町で第1回「全国沿岸市町村津波サミット」が開かれたときに、著者が特別講演で紹介した話が元になっているそうだ。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の後、津波から身を守る方法を耳にするようになったが、それは全然新しいことではなく、過去に津波が押し寄せるたびに言われていたことでしかない。津波はそう頻繁に起こる災害ではなく、体験は容易に風化してしまうので、重要なことは、あとがきで「私には、津波に対する恨みがある。」と断言する著者が言うとおり、教育を通じて防災意識を高めることだろう。この本を手に取ったのは、記憶が薄れてきたような気がして、これではいけないと思ったから。

  • この本を読んでイヤと言うほど痛感したのは、津波が同じ海岸、同じ集落を、数十年から100年ほどの周期で定期的に襲っていること。すなわち、経験したことのない災害ではなく、過去に何度も繰り返されてきた、想定可能な災害であるということ。
    復興の時点で、教訓が生かされず、被害のあった場所が再び居住地として利用されるということを繰り返していること。
    必ずしも津波に遭った先人の教訓がきちんと伝承されていないこと。「津波てんでんこ」は三陸海岸の住民に以前から伝わっていた言葉ではなく、これから国民全員が肝に銘じるべき行動規範である。
    もう一つ、堤防は、ある程度しか効果がないこと (防潮堤が無傷でも、その高さを超えた津波で集落が壊滅的な被害を被った奥尻の例あり) 。

    東日本大震災以前にかかれたこの本に書いてあるような、教育、啓蒙が適切に行われていれば、今回の震災でも津波による被害が、また違ったものになっていたのでは? (99.8%が生き残った釜石の小中学生が好い例)

    思えば震災から3年以上、ずっと目をそむけてきた気がするが、これをきっかけに、きちんと向き合っていこうという気になった。

    最後に、自らも被災し、同年に亡くなられた著者の御冥福をお祈りする。

  • 3・11東日本大震災の前に出版された本。

  • 「近代日本の津波史」という副題の方が本の内容をよく示しており、津波てんでんこの話自体は少ない(52-54頁とあとがきなど)。しかし津波災害について考えるさいには持っておくべき本だろう。

  •  本土で発生した8件の津波被災を、章ごとに取り上げる。第6章で1960年の「チリ地震津波」を「地球の裏側から遥遥 昭和のチリ津波(1960年5月23~24日)」(p157-169)をあてる。

     主題はエピローグで示されていると、言えよう。
     「三陸だけが『宿命的津波海岸』ではない」。「世界でも一、二を分ける津波の国」「体験の風化は恐ろしい」などをまとめて、「自分の命は自分で守る」と、主張点は明確。

     題名『津波でんでんこ』の「てんでんこ」。
     著者は「てんでん」「てんでんばらばら」の末尾に、「こ」をつけた「地域語」と。
     津波が予知されたら、「各自めいめい」「てんでんバラバラに」。それがたとえ親子であろうと、知人であろうと、「津波のときはお互い問わず語らずの了解のうえで」と、解説(231p)。
     緊迫感のうえに、永年の伝統が生んだ一語と示す。

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA84672796

  • 津波の悲劇の歴史を学ぶことができる。結構写真などもあるので、本格的に悲惨さを知りたい人には良いかもしれない。

  • 著者は2011年3月11日に陸前高田市の病院に入院中、東日本大震災の大津波に遭遇し九死に一生を得たといいます。
    その後、2011年12月13日に氏はお亡くなりになられましたが、郷土史研究家として、三陸で二度三度と大きな被害をもたらした津波について、歴史を紐解き、本書を含む書籍を執筆され、現代に生きる我々に警告を発していました。
    紹介されている事例は、明治三陸(1896.6.15)、昭和三陸(1933.3.3)、チリ地震(1960.5.23-24)といった三陸を襲った津波の記載にとどまらず、日本海中部地震、北海道南西沖地震といった記憶に新しいものも含まれます。地域の言い伝えや新聞の記事から悲惨な現場の惨状を今に伝えることで、読者がただしく恐れることを意図しているようです。
    愛知、静岡、三重などに被害をもたらした東南海地(1944.12.7)は発生当時報道管制が敷かれて言い伝えが不足しています。高知、和歌山、徳島などに被害をもたらした南海地震(1946.12.21)も同様に、強く語り継がなければ忘れ去られてしまいそうです。
    防災と、災害に遭遇したときの対処法を、常にイメージして暮らし、不測の事態に備えていきたい。

  • 453.4 ヤ 登録番号8647

  • 「知識は命の保障」防波堤・防潮堤の効果には限界がある。機敏に早く避難することが究極の津波防災。津波情報を受けても住民の避難率の低さ、津波体験が風化していくのは防災教育の不足からくる。「命のほかに宝はない」避難訓練、教育によって個人の防災意識を高めることで、自然災害に強い国づくりにつながる。東日本大震災の時著者は、陸前高田市の病院に入院中で津波被害に遭われたが助かったそうだ。なんとも皮肉なことに「歴史は繰り返される」歴史に学ばなければならない。

  • 2011年著者の山下氏が亡くなられた。
    東日本大震災にも、被害にあわれ、九死に一生を得た。
    貴重な津波教訓本。
    今まさに必読書。

  • これだけの(庶民向けの)研究がありながらまた悲劇が繰り返され…著者も無念であろう。

  • 津波が来たら他の人を助けようとしないで、それぞれバラバラに(てんでんこ)逃げろ、という「津波てんでんこ』なる言葉は有名になってきているが、なんと1990年くらいに著者がでっち上げた言葉らしい。同じく津波に関するお話として有名な『稲むらの火』も1854年の津波がモデルというから、意外と津波の教訓を伝承するというのも歴史が浅いのかもしれない。

    津波てんでんこ、となると、基本的に要介護老人などはおいてけぼりになる。だから人道的ではない、様な気もするが、実際はこっちのほうが人道的なんだろう。比べる対象は、助けるか、助けないか、ではなく、一人の老人のために5人死ぬか、1人の老人が死んで4人助かるか、なのだろうから。

    3.11死亡者の死因の90%が水死との認識だったが、どうも本書によると溺死とされている人の殆どは脳挫傷とかが原因らしい。それで死んでしまったあとはもみくちゃにされてとりあえず水死、と分類されるようだ。津波に飲み込まれたら基本的に死ぬ、と認識すべきだろう。(クリント・イーストウッドのヒア・アフターの津波の描写は、建築物があまり壊れてなかったり、水が透明だったり、ぬるかったな。)

    『体験者多く死すの教訓』
    一度それほどでもない津波を体験した人のほうが、甘く見ていたので死んだ人が多い。(これも3.11でみられたこと)

    (死体が転がる被災地の状況がいくつか紹介されているが、今回ので見た地名ばかりだ。。。)
    同じ地名で、また壊滅的な被害を受けたところを見ると、不謹慎ながら、結局被災地の人間がこれまで何も学ばずにまたちんたら海岸沿いに住んでたからこれだけ多くの人が死んだんじゃないかという気にもなるが、「田老村の場合、前の津波での死亡者があまりにも多く、生存者があまりにも少なかったために体験を語り継ぐべき人が少なかった」とかいわれるともう。。。なんとも。。。自然の脅威には基本かなわんな


    『津波警報はなぜ出遅れたのか』
    という節があるのだが、むしろ警報は遅れるものだ、と認識すべきな気がする。。。

    『歴史は繰り返された』(本書が出版された2007年まででも、3.11でも)
    体験者多く死す
    共倒れ
    海岸から遠いほど油断し、多くの人が死んだ
    一度は高台に逃げて助かったのに途端に欲が出て、金品などを持ち出すべく避難場所から下がり、そのまま死亡
    「災害弱者」(自力で避難できない人)の犠牲が多い(こういう人達は高台に生活拠点を持っておくほかないよなぁ。。。)

    三陸海岸沿いの地域はこの150年で4,5回は津波に襲われている。漁港の再建はともかく、低地に住居を再建してまた流されたら、正直馬鹿としか言いようがない。

    日本海側でも、東京でも、和歌山でも、高知でも、名古屋でも、過去100年間のうちに1回は津波が襲ってきているし、死者も出ている。

    思いの外、津波防災の歴史は浅い。 #ischool2011 で津波てんでんこを鬼ごっこみたいな遊びにして風化させない、というようなアイデアが出たっぽいが、地味にアリな気がしてきた。

  • P23「それぞれの特徴でいえば、明治三陸津波は震度わずかに2-3という弱震の後で襲って来た巨大津波であったし、チリ津波は、事前の地震を感じなかったことから、音もなくやってきた津波といわれ、また日本中部地震津波は、日本海側には津波が無いとの俗説が災いを大きくした防災の虚を突く大津波ともいわれた。」

    東南海地震は1944年12月7日。南海地震津波は1946年12月21日。

    明日にも来るかもしれないし、50年経っても来ないかもしれない。

  • 蝦夷(エミシ)土着の英知

  • 岩手県田野畑村 海抜24mに20トン津波石があるとのこと。
    写真が掲載されています。もし写真がなかったら,ピンと来ていなかったかもしれません。
    実物を見たことがある人たちはどう感じたのでしょうか。

     「凄まじいスピードと破壊力の塊である津浪から逃れて助かるためには,薄情なようではあっても,親でも子でも兄弟でも,人のことなどはかまわずに,てんでんばらばらに,分,秒を争うようにして素早く,しかも急いで速く逃げなさい,これが一人でも多くの人が津浪から身を守り,犠牲者を少なくする方法です」という哀しい教えが「津波てんでんこ」

    自動車での避難はあらかじめ合意しておくことが大切だとの事。

    避難途中で,寄ったために亡くなられた話は悲しい。

    どうやって語り継ぐべきか「津波てんでんこ」

  • 津波が来たら親子兄弟を気にかけず、全力疾走で逃げる。それが、被害を最小限に食い止める方策。
    明治の大津波の教訓を伝えて来た三陸地方が、再び同程度の被害を出してしまった。「復興」に向けて、何が足りなかったのか?を考えさせられた

  • 東北関東大震災で、津波の恐ろしさを感じて。津波の実例を紹介している本だが、頻度が低いから風化しがちだけど、日本は地震・津波大国なんだと改めて認識。知らなかっただけで、関東大震災のときに相模湾沿いは大変だったんだ…。

  • 津波てんでんこ―近代日本の津波史 / 山下 文男
    著者の山下文男さん(87)が新聞に出ていた.大船渡市の病院で今回の津波に遭遇.これだけ津波の知識のある人でも今回は想定外だったようだ.

全19件中 1 - 19件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1924年 岩手県の三陸海岸生まれ。大船渡市綾里地区在住。「歴史地震研究会」会員として著作と地震津波防災活動に従事。

「2009年 『太平洋戦争史秘録 隠された大震災』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山下文男の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×