日本史・あの人たちのあっと驚く「結末」事典 (じっぴコンパクト新書)
- 実業之日本社 (2011年1月28日発売)
本棚登録 : 13人
感想 : 3件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784408453255
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
日本史上には大勢の人々が登場します。
人物の活躍ぶりは知っていても、その人物がどんな最期を遂げたかまではほとんどわかりません。
この本には、そうした歴史上の有名人たちの最期について書かれています。
阿倍仲麻呂は、遣唐使の帰りの船の上で暴風雨に会い、ベトナムへ漂着したまま客死。
どんなに日本に帰りたかったことでしょう。
菅原道真は、左遷後は酒をあおり愚痴ばかりの日々を送り、赴任から2年後に病死。そう聞くと悲劇性がなんだか薄れます。
小早川秀秋は、関ヶ原の戦いで東軍に寝返った2年後に21歳で死亡。跡継ぎがなく小早川家は断絶。
誰もが清濁あれど華々しく歴史を飾った人々だけに、その最期は一層切なさが漂います。最期以外の話も語られる中、一番印象的だったのは、やくざの親分とされる清水次郎長。
彼は船持ち船頭の息子で米問屋の養子で、本来なら米問屋主人になるはずでしたが、旅の僧に「長生きできない人相だ」と言われ、やけっぱちで賭博人になったのだそう。
明治の文豪、森鴎外は、日露戦争時に陸軍軍医として従軍。彼が脚気がビタミンB不足によるものと認めなかったため、陸軍では脚気による病死者を3万人弱出したそうです。
比べて海軍は、米麦混色により脚気を予防し、脚気による死者はたった3名のみ。
鴎外には海軍や世間から激しい非難が浴びせられたが、本人は全く自説を曲げず、責任も取らなかった。陸軍も彼の罪を追及しなかったそう。ひどい話です。
ほかにも多くの人物が採り上げられています。人間である以上、光と影があるのは当然のことで、輝かしい人物という面だけではないということを教えてくれる本です。 -
↓利用状況はこちらから↓
https://mlib3.nit.ac.jp/webopac/BB00515508
著者プロフィール
後藤寿一の作品
