よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

著者 :
  • 実業之日本社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784408550992

作品紹介・あらすじ

著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元玲は、音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれる-。見えない未来に惑う少女たちが、歌をきっかけに心を通わせ、成長する姿を美しく紡ぎ出した傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 世の中には色々な職業がある。何十、何百、何千という人が注目する舞台、その舞台に注目する人たちに背を向けて、舞台の中心で黙々と自分の世界を作っていく人、指揮者。そんな指揮者に一度だけなったことがある。中学三年生の時だった。文化祭か何かの機会にクラスの合唱を指揮するのに選ばれた。くじ引きだったかそんなことは記憶にかけらも残っていない。でも、その時の光景は今でも薄っすらと覚えている。ピアノを弾く子と目ではじまりの合図をした。緊張で震える手を振り下ろして歌が始まる瞬間。みんなが自分のほう見ている、数十の眼差しに見つめられ、自然と気持ちが高揚していく瞬間。練習でふざけていたあいつが、普段余り仲の良くないあいつが、みんなの声がひとつになってこの上ない時間を作ってゆく。

    『名の知れたヴァイオリニスト』を母に持つ玲。声楽を学びたいと音大附属高校を目指すもまさかの不合格となり、聞いたこともなかった私立の新設校に入学する挫折の第一歩から物語は始まります。

    いつまでも不合格の呪縛から逃れられない玲。『自分だけが間違った籠に放り込まれた洗濯物のように感じる。』と考え、自分の居場所がここでないことを常に意識した後ろ向きの高校生活。『友達はできなかった。私はいつも一人だった。けれど、孤独でもなかった。ひとりと孤独は全然違う。』クラスメイトとの関わりも拒んで孤立を深めていく玲。

    そんな時に校内で開かれる合唱コンクールの指揮者に選ばれた玲。その彼女と、そのことをきっかけとして周囲にクラスメイトがいたことを知る玲。『合唱コンクールで何かが変わった。指揮に指名されて彼女は初めてこちらを振り返った。同じクラスになって半年余り経ったあのときになってようやくその目にクラスメイトの顔が映ったみたいだった。』家業を蔑みそこから逃れようとする千夏。中学のソフトボールで肩を壊し『余生を送る』早希。みんな何かに悩んでいる、何かと闘っている。そんなみんなと紡ぐ合唱コンクール、『歌わせよう、歌わせようとした。技巧を重視して、歌う動機も気持ちも置き去りにした。』一方で結果がそう簡単にはついてこない現実もそこにある。

    でもそんな玲のことを見ていた人たちがいた。支えたいと思った人たちがいた。『マラソン大会で走る御木元さんの応援歌として歌った。そのときに思いがけず見た彼女の一粒の涙が私たちの胸を濡らした。彼女を固めていた雪が溶けかけているのがわかった。』

    失敗を糧にして、クラスの最後を美しい思い出に変えようとみんなの心がまとまっていきます。『ある日、指揮をする私の指の先にクラス全員の意識が集中し、彼女らの喉からほとばしった歌がひとつの束になりリボンのようにくるくると回りながら空へ上っていくのを見た。』こんな日本語の表現があるのでしょうか。宮下さんならではのハッとするような表現の数々によって本からみんなの歌が聞こえてくる気がします。そう、みんな色んなことで躓いて、色んな悩みを抱えて、それでも前を向く彼女たちの前にきっと道はある。

    『世界は六十八億の人数分あって、それと同時にひとつしかない。』お互いを尊重しあい支え合っていく。みんなでひとつになって、何かを成し遂げる瞬間に気づくことがある。やがて過去になっても糧になって未来の自分を支えてくれるきっかけとなるものがある。そして、それぞれの未来へ。

    宮下さんの作品は最後の数ページを読むのに物凄く時間がかかります。言葉の紡ぎ方が、もうこんな日本語の表現があるのかと思わせるように素晴らしい表現に満ちあふれています。それを一言も逃さないように、この作品でも圧倒的にスローモーションな読書となりました。いつまでもこの作品世界に浸っていたい、離れたくない、美しい言葉に包まれていたいと願う。

    とても幸せな読書を楽ませていただきました。

  • 人はそれぞれ悩みを抱えている。人の数だけ悩みがあるし、考え方も違う。高2の女子高生たちがクラスメイトと「合唱」を通じて、悩みながらも前を向いていく成長の物語。
    彼女たちは自分の現状を悲観し、クラスメイトとは本気でぶつからない。ぶつかっても理解してもらえないという不安と、内側を見せる怖さを感じている。揃って大人たちに当たるのも、若さを感じる。
    こういう時期あったよなぁと思う。宮下さんは登場人物それぞれの心情の書き分けがとてもうまい。
    悩める10代の子たちはもちろん、大人の背中もそっと押してくれるすてきな作品。

  • バイオリニストの母のもと、声楽家を目指して音大附属高校を受験したが失敗し普通校に通いだした怜。
    怜は喪失感に自らを閉ざしていたが、学校の合唱コンクールで指揮をすることになったことで変わっていく。
    怜の変化が波紋となり広がりクラスの他の子にも影響を与え、少し変化してゆく。各章6人の少女を通して描かれている。
    と紹介するとよくある話なのだけど。宮下奈都さんが描くと
    少女たちの繊細で複雑な心の描写で一人一人が立ち上がってくる。
    みんな明るく高校生活を楽しんでいるかに思えるけれど、それぞれ事情を抱え、未来へ漠然とした不安を抱いている。あの頃の気持ちを思い出す。
    お互い響き合い方が合唱の響きと重なり余韻が残る。

  • 主人公は、高校受験に失敗して不本意ながら滑り止めの高校に入学。積極的に友人を作らず、学校生活に馴染めない日々が続く中、合唱コンクールの指揮者に選ばれてしまう。当然、合唱コンクールは消化不良に終わるのだが、その先に待っている展開は感動的。主人公を含め、クラスメート1人1人の成長が描かれ、立場・家庭環境・趣味も交友関係も全く異なる少女たちが、1つの歌を通して繋がっていく。

    終盤で「何のためにみんなで歌うのか?」という問いが投げかけられる。これは読者1人1人に対しての問いかけでもある。

    この問いに対して、私は「1人1人の異なる人生が、あの時に確かに繋がっていたことを思い出すため」と答えたい。

    学校行事の中でも、人によって好き嫌いが分かれるものは、クラス対抗の「合唱コンクール」ではないだろうか?私自身も指揮者をしたことがあるのだが、ほろ苦い思い出がある。高校1年生の時に、残りの学校生活に多大な影響を及ぼすくらいの恥をかいた。実際はそこまで気にする必要は無いのだが、自分の中で相当打ちのめされ、長期間ウジウジしてしまった。

    ただし、今でも合唱コンクールのことを思い出すとき、1人1人の表情が蘇る。当時プレッシャーを感じずのびのびと楽しく歌えたのであれば、一生の宝物。そして、数年後に思い出して、クラスメートが幸せに暮らしているのかどうか思いを馳せることも、幸せなことである。

    「仲間を信じること」「(指揮者である)自分1人だけの力では何も成しえないこと」「結果を周囲のせいにしてはいけないこと」を身をもって味わい、高校時代初めての挫折経験となった合唱コンクール。時々思い出して、自分の「弱い心」にシンミリと向き合いたい。宮下さん、素晴らしい小説をありがとう。

  • 「終わらない歌」を先に読んでしまい、その前作のこちらをやっと読めました。
    この本の一章めにあたる短編の「よろこびの歌」は読んでいたのですが。

    あの女の子達の高校時代の話。
    とてもいい感じです!

    御木元玲は受かると思い込んでいた音大付属高校に落ちて、新設の明泉女子高校に行くことになった。
    母親は有名なヴァイオリニストで、高校受験に特別な準備は要らないと言っていたため、どこか軽く見ていたのだろうと考える。
    母親へのコンプレックスと葛藤、つまらない毎日。
    目的を見失い、高校とは別に声楽の勉強をする予定だったのが、そんな気にもなれなくなる。
    孤立する玲をクラスメートは遠巻きにしていた。

    校内声楽コンクールで、御木元玲に指揮をやってもらおうという声が上がる。
    玲の才能はちょっとした指導にも現れるが、専門的に過ぎるやり方についていけないという生徒も。
    だが、マラソンに苦戦する玲を見ていた彼女らは、一人二人とあの歌を歌って声をそろえ、玲を応援する。
    その声を聞いた玲は‥

    どこか他と違う玲へ向ける級友のまなざし。
    小柄で元気な原千夏は、うどん屋の娘。音楽をやりたかったがピアノを買ってはもらえない環境だった。
    音楽室で玲に歌を教わるようになり、父の自慢のカレーうどんを玲に食べてもらいたいと思う。

    中溝早希は、十六にして余生と感じている。
    中学ではソフトボースのエースだったが、肩を壊したからだ。

    牧野史香は、人には見えないものが見え、それを伝えようか迷う。
    思い切って伝えたとき‥?

    里中佳子は、南君に初めて家に呼ばれた後、ふったのかふられたのか‥
    いきなり地下の核シェルターを見せられて驚き、引いてしまったのだ。
    自分には取り得がないと感じている佳子だが‥

    周りを見ていなかった玲も、少しずつそれぞれの事情や気持ちに気づいていく。
    教師の浅原は、もう一度、玲を送り出すために合唱しようと皆に声をかけるのだった。

    それぞれの事情がわかりやすく、悩む様子もはっきり描かれ、切なさとさわやかさと共に、情景がすっと入ってきます。
    極端な不幸というわけではないのだけれど、当人にとっては人生が変わるような大問題というのがよくわかります。
    互いにすべてを知るわけではないけれど、刺激し合い、交差し、時に寄り添う。
    こんな時期を過ごせたら、幸せですね。
    また音楽を聴きながら~再読したい小説でした。

  • 先日、ゴスペルを聴いた。
    地元の駅前広場にステージが設けられ、カルチャースクールの生徒とおぼしき女性達が歌声を披露していた。『アメイジング・グレイス』に始まり、クリスマスらしいナンバーが次々に歌われる。
    普段は地道にお仕事をされているであろうOLさんや、自転車の前後ろに子供達を乗せてペダルを踏んでいるお母さん達。この日ばかりは精一杯のお洒落をして「ハレルヤ!」と満面の笑みで声を上げる姿には、ちょっと感動するものがあった。
    文庫化されて気になっていた『よろこびの歌』をすぐに買った。

    挫折と諦めから始まるそれぞれの高校生活。

    ばらばらだったクラスメイト達が合唱を通じて一致団結......って感じじゃないのがいい。そこがいい。
    それぞれに独立したパートが、微かにふれあい影響しあいハーモニーを奏でていく。すべての人々がみんな普通で特別。どんな人にも自分にしかわからない思いがあるし、また自分が思っている以上に人はそれぞれ素敵なんだということ。

    第一話『よろこびの歌』の終盤から『カレーうどん』は震えた。
    そして、明るく開けていく様なラストが素晴らしい。
    読了後、「あそこ良かったよね」と感想を分かち合っているかのような、大島真寿美さんの解説も良かった。

    時節柄、市民参加の第九コンサート等も各地で開かれるようだ。
    「合唱なんて、俺興味ないし」なんて思っていたけど、今はちょっとやってみたい気もする。

    • まろんさん
      はじめまして。フォローしていただいて、ありがとうございます!まろんです。

      同じ本を読んで、花丸をいただいたのが恥ずかしくなるくらい素晴らし...
      はじめまして。フォローしていただいて、ありがとうございます!まろんです。

      同じ本を読んで、花丸をいただいたのが恥ずかしくなるくらい素晴らしいレビューで
      この本を読んだときの感動が鮮やかに甦ってきました。
      「すべての人々がみんな普通で特別」という言葉が、この本の印象にあまりにもぴったりで
      趣味も嗜好も家庭環境も、クラスの中での立ち位置もまるっきり違う少女たちが
      ひとりひとり集まって、それぞれの思いを抱えて歌う、そのことを
      こんなに短い言葉で伝えられるなんて、とため息が出ました。

      どのレビューも、そのまま本のあとがきや帯に使えてしまえそうなkwosaさんの
      本棚もレビューも、これから心待ちにさせていただきたいと思います。
      今後ともどうぞよろしくお願いします(*^_^*)
      2012/12/21
  • とある新設女子高。そこに通う女の子達。みんな、それぞれ事情があって不本意ながらもこの女子高に入学し、毎日を淡々と生きている。そんな淡々とした人生の中に合唱という光が差す。
    ちょっとしたきっかけから合唱する事になり、それぞれが様々な想いを乗り越え、心を一つにし、偶然じゃなく必然だったと思える。学生の頃の合唱コンクールでは、私自身そんなに深く考えた事なかった。この本を読みながら、私も一クラスメートになり一緒によろこびの歌を歌えた気がした。

  • 昨年の年末に「スコーレNO4」を読んで、心が暖かくなったと書いたら、今年も知らずに宮下奈都を年末に読んでいた。年末に引きつけるものが彼女の小説にはあるのかな?
    過去は忘れるものでも、乗り越えるものでもなく、そのまま受け止めて前に進んで行こう。彼女達の未来は明るい!

  • 声楽科の受験に失敗し、女子校へ進学した玲。
    同級生とも距離をとり高校生活を送っていた彼女だが、合唱コンクールをきっかけに音楽にも同級生たちとも関わっていく。

    物語はクラスメイトそれぞれの視点で1章ずつ進んでいく連作短編集。

    それぞれ、家の事や家族、友人、進学や将来について悩みもがく。その姿は青春そのものかもしれないけれど、その時その時を誰もが必死にもがいている。
    合唱コンクールのリベンジに向かい、このメンバーで歌える最後の機会。悩みやもやもやを抱えながらも練習を重ねることで、苦しみからも成長していく姿がとても良かった。
    大人が読んでも励まされる物語。

  • 最初の頃、クラスメートや友だちに見せる彼女たちの顔やその印象と、ひとり自分の中で迷い立ち止まりながら答えを探して進んでいく彼女たちの印象があまりにも違うもののように映り戸惑ってしまった。だけど、そんな時が自分にもあったじゃないかと、そんなことも忘れてしまっていたことに愕然とする。わたしはとてもつまらない大人になってしまったのではないかと。この頃の少女たちにはそれぞれのそれぞれにしか分からない痛みや諦め、孤独感で心の中は白く冷たい霧が深く覆っているようだ。でもきっといつか、その霧を爽やかな風で晴らすことの出来る綺麗な翼が現れるに違いない。それは彼女たちにとっては合唱であったんだと思う。その歌声は未来の自分に誇れる歌となったに違いない。前向きになれる物語。

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著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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