中味のない人間

制作 : Giorgio Agamben  岡田 温司  多賀 健太郎  岡部 宗吉 
  • 人文書院
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本棚登録 : 50
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784409030691

作品紹介・あらすじ

ベンヤミンゆずりの政治と芸術の内在的連関、古代や中世から近・現代までの自由な時間の往還、ここには、哲学、美学、詩学、言語学から、神学、政治学、法学、さらには医学史や生物学にまで及ぶ思想家の仕事のすべてがある。アガンベン28歳、恐るべき処女作。

感想・レビュー・書評

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  • アガンベンの処女作。私が最初に読んだアガンベンが「ホモ・サケル」だったんで、アガンベンは政治哲学の人っていうイメージがついてたけどプロフィール見たら美術の人なんだよな。

    「中身のない人間」は芸術についての論文集。
    ニーチェ、ヘーゲル、ヘルダーリン、あとバルザックとかカフカの小説や日記からの引用、カントの「アプリオリな美的判断はその根拠に関する限りいかにして可能か?」というあの有名な問いの検証などを踏まえて、ニーチェの永劫回帰や芸術の根拠に迫る書。

    ヘーゲルの精神現象学からの引用が多くて大変だった。
    でもヘーゲルの引用と「脅威の部屋」の相互作用がなければ「同一人格が主語でも述語でもある同一判断における同一性」という概念は理解できなかっただろう。「脅威の部屋」で書かれている収集家の価値の剥奪的なこともこの引用のおかげですっきりと理解できた。

    とても興味深かったのは、ギリシア人が昔職人も芸術家も合わせて「技術家」とくくっていたこと。
    労働の価値を軽視していたのではなくむしろ労働の価値をしっかりとわかっていたのではないかと。

    その後産業革命やらがあって再生産可能であることこそが価値であるものと高度に芸術的であること技術が高いことこそが価値であるものとに別れて行き、やがてそれはレディ・メイドとポップ・アートにそれぞれ行き着いたという考察。ただ、そこに本来的な意味での中身は何もない。

    とにかく広範な考察力なので、美術哲学思想好きは是非。

  • 美学を感性論の問題に限定したり、芸術を趣味判断の論議に還元してきた近代の一つの方向性に対する批判精神、更にはベンヤミンらに依拠しつつ芸術をその「根源」において捉え直そうとする問題意識を基とした、場なき場の哲学。

  • http://d.hatena.ne.jp/KANAH0/20110502/1304337903

    【目次】

    第一章 このうえなく不気味なもの
    第二章 フレンホーフェルとその分身
    第三章 趣味人と分裂した弁証法
    第四章 驚異の部屋
    第五章 「詩についての判断は詩よりも価値がある」
    第六章 自己を無にする自己
    第七章 剥奪は顔貌(かんばせ)のごとく
    第八章 ポイエーシスとプラクシス
    第九章 芸術作品の根源的構造
    第十章 メランコリーの天使

    原註
    訳註
    解説 アガンベンのもうひとつの扉──詩的なるものと政治的なるもの

    主要事項索引
    主要人名索引

    *****

  • いまの思想界で時の人であるイタリア人思想家ジョルジョ・アガンベン氏の著書。

    題名にとても惹かれた。

    いずれ読みます。

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著者プロフィール

ジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben)
1942年生まれ。美学者・哲学者。パリ国際哲学コレージュ、マチェラータ大学、ヴェローナ大学、ヴェネツィア建築大学などで教え、現在はズヴィッツェラ・イタリアーナ大学メンドリジオ建築アカデミーで教鞭をとる。
主な著書に、《ホモ・サケル》シリーズとして、I『ホモ・サケル』(1995年、邦訳:以文社)、II-1『例外状態』(2003年、邦訳:未來社)、II-2『スタシス』(2015年、邦訳:青土社)、II-3『言語活動の秘蹟』(2008年)、II-4『王国と栄光』(2007年、邦訳:青土社)、II-5『神の業』(2012年)、III『アウシュヴィッツの残りのもの』(1998年、邦訳:月曜社)、IV-1『いと高き貧しさ』(2011年、邦訳:みすず書房)、IV-2『身体の使用』(2014年、邦訳:みすず書房)。近著として、『哲学とはなにか』(2016年、邦訳:みすず書房)がある。

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