脱ぎ去りの思考 バタイユにおける思考のエロティシズム

  • 人文書院 (2020年3月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (300ページ) / ISBN・EAN: 9784409031087

作品紹介・あらすじ

終わりなき思考の運動

バタイユが唱えた「非‐知」とは知の否定ではなく、概念のヴェールを絶えず脱ぎ去っていく、積極的な独自の哲学であった。本書では、思考の運動そのものともいうべき「非‐知」をバタイユ思想の核心に据える。彼の代名詞であった「死とエロティシズム」のヴェールを剝ぎ取り、この思想家を哲学史のなかに位置づけ直すことで、バタイユ研究に決定的な哲学的転回をもたらす新鋭の力作。

「本書は二〇世紀のフランスを代表する思想家のひとりであるジョルジュ・バタイユの思想を、思考のエロティシズムという観点から論じるものである。それはバタイユにおける知や思考の問題を、性愛としてのエロティシズムにではなく、哲学的なエロティシズムに、すなわち「知を愛し求める」というエロスの運動に結びつけることで、彼の思想を古代ギリシャから連綿とつづく哲学の営みのうちに位置づけようとする試みである。」(本書より)

感想・レビュー・書評

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  • 脱ぎ去りの思考というタイトルが見事だった。同じ高知県出身でバタイユ好きということでシンパシーを覚えて購入。思ったよりはお行儀よく哲学史をなぞりつつ、非-知という知のあり方を提示している印象。脱ぎ去りというのは常に概念化から逃れるデリダ的な思考(性愛ではない!)を指し、これが本書の肝。こうした思考形態が「女性的」であるというのも語の「横滑り」という従来的な二項対立を超える戦略的な操作の結果である。日本におけるバタイユ受容史(独哲より仏哲が発展してなかったがゆえに、生田や澁澤などの手により仏文エログロナンセンス的文脈のみでバタイユが読まれてきた)も興味深かった。

    物足りなく感じたのはマルドロールちゃんも言っている通り、生と哲学の一致に関して、著者の生き様が示されていないゆえに説得力に欠けたという点だろう。

  • 脱ぎ去りの思考
    ・240、250、
    ・162、184、

  • 2021I055 950.278/Yo
    配架場所:C1

  • ◎信州大学附属図書館OPACのリンクはこちら:
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB30103524

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著者プロフィール

横田 祐美子(ヨコタ ユミコ)
1987年生まれ。横浜美術大学美術学部助教。博士(文学)。専門は、現代フランス哲学ならびにエクリチュール・フェミニン。著書に『脱ぎ去りの思考──バタイユにおける思考のエロティシズム』(人文書院)、訳書にボヤン・マンチェフ『世界の他化』(共訳、法政大学出版局)、カトリーヌ・マラブー『抹消された快楽』(共訳、法政大学出版局)、『泥棒!』(共訳、青土社)など。

「2026年 『世界の意味』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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