ソフィストとは誰か?

  • 人文書院 (2006年9月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (308ページ) / ISBN・EAN: 9784409040805

みんなの感想まとめ

存在や言論の真理に迫る本書は、古代ギリシアのソフィストたちが持つ複雑なイメージを再考させる。特に、GorgiasやAlcidamasの主張を通じて、彼らが真理とは何かを問い直す姿勢が描かれており、単な...

感想・レビュー・書評

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  • 倫理の教科書以来、触れることなく生きてきた存在「ソフィスト」だが、本書を読み終えてからは、むしろ日々彼らについて思いをめぐらせている。
    ソクラテスは「ソフィスト」として死んでいったように、現代にも詭弁家として扱われている「哲学者」がいる。もちろん逆も然りである。そしてなにより、自分にその批判を向けるようになった。巷では「自分で考える」がよいこととされているが、それは本書の文脈でいう「哲学者」になることに他ならない。ともすれば古代ギリシアよりソフィストが蔓延る現代社会、どう生きるか考えるための良書。

  • 言葉巧みに聴衆を惑わし,自らの主張を真理であるかのように押し通す,というレッテルを貼られ,哲学の敵とされてきたソフィストについて,彼らが実際に何を語っていたかを軸として,その実像に迫る内容.特に有名なGorgiasと,無名ではあるものの,残された著作が潜在的に影響を持っていると思しき,Alcidamasの2人について,文献読解を中心に扱う.

    哲学の敵としてのソフィスト像は,ソフィストとの論難を受け処刑されたSocratesを擁護するために,師事していたPlatoが著した文献により,決定づけられたものである.しかし実際にGorgiasが語ったのは,本当の真理というものは議論により明らかにされるものではなく,議論で可能なのは「真理らしく見せること」に過ぎず,あらゆる言論はそれ自身の妖術により,聞き手にもっともらしいことを信じさせるものでしかないということであった.その点では,真理を歪めているとの非難を向ける哲学もまた,そうした言論の妖術に拠って立っているのであって,ソフィストと何が違うのかということである.一方Alcidamasは,推敲を重ねて文章を書くことは誰にでもできるが,聞き手と調和して即興的に意見を述べ,議論や主張を作り上げる活動は,書く行為と比べてより高度な活動であると述べた.Platoはこの主張に乗る形でソフィスト批判を展開した.

    私自身はソフィストに近いと自認するところであり,Gorgiasの主張には頷ける部分も多かった.教えることで対価を得る行いが卑劣との話も,「哲学者」の側は働かなくても生きていける上流階級であったと考えると,知の追求にとってそうした経済性の介在は確かに支障があるかもしれないが,どうあっても人が生き続ける以上は稼ぐ必要があり,何らかの経済性がバイアスとして混ざり込むことは避けられないと思う.

    つまるところ論理的に徳を追求する試み自体が前時代的であることがすべての原因であって,よいものが残るのではなく残ったものがよいもので,正しいことがよいことなのではなくよいことを正しいと感じているだけであると考える自分としては,絶対性を伴う哲学があるとするなら,それは何が適応的かを探求する進化生物学的なアプローチではないかと考えるところである.

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著者プロフィール

納富 信留(のうとみ・のぶる):1965年生まれ。東京大学大学院教授。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院古典学部博士号取得。専門は西洋古代哲学。著書『ギリシア哲学史』(筑摩書房)、『ソフィストとは誰か?』『哲学の誕生――ソクラテスとは何者か』『新版 プラトン 理想国の現在』(以上、ちくま学芸文庫)、『プラトンとの哲学――対話篇をよむ』(岩波新書)、『世界哲学史』全8巻+別巻(共編著、ちくま新書)など。

「2024年 『世界哲学のすすめ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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