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Amazon.co.jp ・本 (466ページ) / ISBN・EAN: 9784409130339
作品紹介・あらすじ
ニーチェ思想の本質をつかむ詩集が新装判で復刊。今回、新たに『超訳 ニーチェの言葉』を編集した白取春彦氏の解説を付す。
感想・レビュー・書評
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「ニーチェの核心・実体に突きあたるには、どうしても彼の詩を読まなければならないと思います」(訳者あとがきより)
哲学者ニーチェを掴むには、詩人ニーチェを肌で感じ取らなければならない、という。10代から発狂するまでのニーチェの詩を集成。初期の「死」をモチーフとした別離・漂白・故郷喪失の歌から、後期の、重い者達を軽やかに超えていく舞踏者としての詩まで。
ニーチェは『悲劇の誕生』に後から追加された「或る自己批判の試み」で、「新しい魂を語るべきではなかった。歌うべきであった。そしておそらく私にはそれが出来たであろう」と、歌わずに語ってしまったことを痛恨の思いで述べています。この前書きは1886年に追加されたもので『ツァラトゥストラ』は既に世に出ています。
『たのしい知識(学問)』の付録、「プリンツ・フォーゲルフライの歌」の「ミストラールによせて(舞踏の歌)」が、重々しく語る者達を吹き飛ばします。ここで重々しく語る者とは、イデア主義者やキリスト教徒とされ、風とともに舞うことの出来ぬ者です。
『ツァラトゥストラ』でいっさいの言葉は重い者達のために作られ、軽やかな者達にとっては、いっさいの言葉が嘘をつくことになると言われる。
「歌え!もう語るな!」(『ツァラトゥストラ』七つの封印)
「「新しい魂」としてのニーチェには、どのような言葉も古い価値体系の残骸として、必然的に「嘘」とならざるをえませんから、予感的にヴィジョンに訴えて「歌う」以外に、手はなかったのです」(訳者あとがきより)
善も悪も全ての価値観を軽やかに超えていく、時間(時代)すら舞踏者には妨げにならない。
「至福に酔いつつ、この時間をつきぬけて巡りゆくがいい!
時間というものの悲惨さは、君には無縁だ!」
「君の光は もっと遠い世界にこそふさわしい!
同情など、君自身への罪というものだ!」(星のモラルより)
哲学者としてのニーチェを掴むのに、詩人としてのニーチェのリズムを感じ取るには絶好の一冊だと思います。
※2021/7/30 追記
『ディオニュソス頌歌』について
1884年から1888年にかけて作詞された詩群。ニーチェ後期の思想が詩となって歌われています。
ジル・ドルゥーズの『ニーチェと哲学』(江川隆男訳・河出文庫)で『ディオニュソス頌歌』が取り上げられ、ニーチェ哲学の背骨ともいえるディオニュソス神の謎、その解読がなされています。
特に「アリアドネの歎き」でディオニュソスと伴侶であるアリアドネの核心に迫り、ディオニュソス的肯定が第一の肯定なら、アリアドネは第二の肯定として存在するとする。肯定をさらに肯定する倍化、肯定は二重化されいっそう強くなり、その最高の力能にもたらされる。差異は反映され、また反復される、あるいは再生される、永遠に回帰する。ディオニュソス的肯定は、この肯定を対象とみなす別の肯定を要求する。
「存在の永遠の肯定よ、
永遠に私はおまえの肯定者だ。」『ディオニュソス頌歌』「名声と永遠」
永遠回帰の円環は、肯定と肯定の、ディオニュソスとアリアドネの婚約指輪(『ツァラトゥストラ』「七つの封印」)
無への意思が肯定へと変化し、反動的諸力を破壊する一つの肯定する力能に関係するときにのみ、破壊は能動的になる。
ディオニュソスの雷光は、価値変質によって肯定する力能となった否定的なもの。
ツァラトゥストラとは「あらゆる事物の永遠の肯定」であり、それ自身肯定的で創造的となった<否>、諸価値の価値変質(『ツァラトゥストラ』「日の出前」)
『ニーチェと哲学』には「小さい耳」や「迷宮」についても語られています。
詩を読んでもよく分からないという人はこちらの書物を参照するのもいいかも知れません。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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