貧困の放置は罪なのか グローバルな正義とコスモポリタニズム

  • 人文書院
3.80
  • (0)
  • (4)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 57
感想 : 3
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784409240892

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 労作である。長年この分野に研究を費やしてきた著者の集大成的な著作。難点は、少し繰り返しが大きいこと。繰り返し出てくるまとめを省けば本の分量は30%は減りそう。

    大学院の講義内容に関連した内容であり、日本の正義論ではどのように考えるのか読み解くために読んだ。正義論にありがちな理想主義的思考がないわけではないが、正義論の本としてみればかなり現実主義に近い本であると思う。現実のデータを見つめ、問題を発見し、それをどのように捉えるか分析していくところは良い本だと思う。

    ただし、正義論の本である点で、正義論そのものの弱点を孕んでいることも事実。つまり、どのようにそれを実行するかという視点を欠いている。例えば、本書で富裕国からのODAなどによる2%の所得移転で、貧困を解決できると提唱している。本文ではわずか2%程度と記述され、読む人からすればそれくらいできるのではと思うかもしれない。そして何より、貧困にあえぐ人々を助けることは大切だなと思わせる。

    しかし、日本の防衛予算はGDPの1%程度である。この2倍を他国の貧困削減に用いることが現実的かどうかは自明だ。貧困は悲惨である。しかし我々は身近な問題を優先してしまう。例えば今話題の待機児童問題にその分の資金を回したほうが国民には必要だし、政治家にとっても選挙などの面でメリットが大きい。国益という概念から見た時に2%を”わずか”と捉えることは実現可能性を無視しているのではないかと思ってしまう。

    このようにhow?という疑問に対して正義論は概して対応できていない。正義論に共通するのは、それが倫理的に正しいこと(利点)、それがどうやって実現できるかという視点が欠けていること(弱点)である。問題提起にはなっても、政治的に考慮されるところまで対応できていない正義論はまだ、成熟していないことを露呈する。

    このように批判は多くできるが、それでも問題提起としては面白いし、何よりこうした理想的であっても重要な問題を考えることは長期的には必要であり、それをやめるべきでないだろう。

  • 【書誌情報】
    著者 伊藤恭彦
    ジャンル 思想 > 日本思想
         社会 > 国際政治
    出版年月日 2010/05/01
    ISBN 9784409240892
    判型・頁数 4-6・290頁
    定価 本体3,200円+税
    http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b66587.html

    【目次】
    序章 貧困に苦しむ人々と私たち――グローバルな正義の課題 
    一 世界の貧困の実態 
    二 貧困撲滅に向けて 
    三 グローバルな正義とコスモポリタニズム 

    第一章 貧困の放置は罪なのか――貧困の撲滅をターゲットとするグローバルな正義
    一 はじめに 
    二 日常生活に潜む新マルサス主義 
      (一)救命ボートの倫理
      (二)「救命ボートの倫理」の問題性地球の事実
      (三)「救命ボートの倫理」の問題性地球の倫理
      (四)シンガーの提案
      (五)自発的移転と慈善行為の問題点
    三 日常生活に潜むリバタリアニズム 
      (一)私のものは私のものか
      (二)自己労働に基づく所有と自由市場モデルの問題点
      (三)社会システムの評価
      (四)グローバルな正義のミニマム構想国際分配政策の倫理的基礎
    四 日常生活に潜むナショナリズム 
      (一)身近な人を優先すべきか
      (二)共通の権力がないことをどう考えるのか
      (三)近親者優先の倫理とグローバルな正義
    五 まとめ 

    第二章 シャンパングラスと暴力――グローバル資本主義改革を目指す正義 
    一 はじめに 
    二 格差と暴力 
      (一)経済的格差と力の格差
      (二)過去の暴力
      (三)グローバル化する経済と構造的不正義
      (四)格差を真剣に考える
    三 構造的不正義とグローバル資本主義 
      (一)構造的暴力と構造的不正義
      (二)グローバル資本主義と構造的暴力
    四 グローバルな分配的正義 
      (一)分配的正義の射程
      (二)構造的暴力の現場を改革する
      (三)エンパワーメントとしてのグローバルな正義
      (四)グローバルな分配的正義の妥当性
    五 まとめ 

    第三章 正義を実践する――グローバルな正義と国際公共政策 
    一 はじめに 
    二 ODA政策の改革 
      (一)ODA政策の現状
      (二)ODAの現状とグローバルな正義
      (三)国益とグローバルな正義
      (四)グローバルな正義と自己利益
    三 グローバルな税制の可能性 
      (一)トービン税と国際連帯税
      (二)地球資源税・地球資源の配当
      (三)グローバルな税の倫理的正当性
    四 グローバル資本主義の改革 
      (一)生産的正義
      (二)私的であり社会的である企業
      (三)多国籍企業課税
      (四)グローバル・コンパクト多国籍企業システム改革のための政策
      (五)フェア・トレード
     五 まとめ

    第四章 コスモポリタニズムの倫理とグローバルな正義――改革と共生への希望 
    一 はじめに 
    二 共生の思想としてのコスモポリタニズム 
      (一)多様性と差異の中のコスモポリタニズム
      (二)コスモポリタニズムの危うさ
      (三)帝国とコスモポリタニズム
    三 グローバル資本主義、グローバルな正義、コスモポリタニズム 
      (一)グローバル資本主義の二面性
      (二)グローバルな正義
      (三)政治と希望

    あとがき 
    引用・参考文献 
    事項索引/人名索引 

全3件中 1 - 3件を表示

著者プロフィール

名古屋市立大学大学院人間文化研究科教授

「2012年 『現代政治学〔第4版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

伊藤恭彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×